メンテ
『ただいまメンテナンス中です。』
その文字を見たと同時に被ったヘッドセットを脱ぎ捨てる。俺らの迅速な行動により、運営がすぐさま調査を開始してバグの発見に勤しんだ。その結果あの紙魚はバグによって発生していたことが分かったのだ。やっぱりあれってバグだったんだな、虫だけに。
「しっかし、存在自体がバグだったなんてな。」
紙魚が手記から飛び出してきたときは、もしかして古紙に紛れ込むお邪魔キャラが追加されたのかと少し喜んでいたんだけども。でも運営が断りもなしに不快害虫を追加することも無いか、あの飛翔するゴキだけは許さないけども。
「でもこういう事があるってことはさ……。」
もしかして今までに出てきた生き物もバグによって生成されていた可能性があるってことだよな。カグヤは一応伝承があったり正規の進化方法があるから別物だけども、もしかしたらあの蜘蛛夫人って最初はミスによって生まれたんじゃないだろうか。
「大丈夫大丈夫、カグヤはきっと大丈夫。」
なんだか無性に心配の種を胸中で育て始めてしまう。ちゃんと手順のあるバグだって昔存在していたからな。例えば仕様とまで言われてしまった増殖バグとか敵キャラ取得バグとかがあったゲームがな。俺それやって無いけども。
「…公式ホームページでも確認しておこうかな。」
まあ一応と言う奴だよ、もしかしたらって所があるかもしれない。もしそうだったら心の準備と言うものがあるし。
『昼休憩は終わりだぞ斎藤君。』
沼河童の声は液晶から響いてくる。スピーカー内臓型のこいつそれなりに気に入ってるけども、こうなるとは思ってもいなかった。無性に殴りたくなる。
「ですがまだあと20分はありますが。」
『私が再開しているのだ、部下である君もやり始めるのが礼儀だろ。』
知らんがな。労働基準法とかそれに連なる条文読んで来てもらってもいいですかね。てか本当よくこの人解雇されないな、七光りとかそういう奴なのだろうか。でもこの人と同じ苗字の人いないし、この部署に飛ばされている時点でその線は無いだろうな。
「マジで異動届受理されないかな。」
マイクをミュートしてからそう呟く。次の部内辞令が出るタイミングはもう少し先だけども、マジで早く異動したい。この人の下でやるならブラック部署と呼ばれる営業二課の方が億千倍マシだろう。個人へのネチネチだけは無いらしいからなあそこ。
『先輩、この資料のココ抜け落ちてるんすけど、これ作った人分かります?』
『沼河童』
通話メッセージアプリを通して連絡を入れてくる亜紀、見ればこの前プレゼン資料を意気揚々と作ってた沼河童の力作(笑)だ。お前悪魔かと言う奴がいるかもしれない、でも弁解させて欲しい。沼河童は指摘すればするほど改悪していくんだ。そうなる前にこちらで修正しておくのが最適解なんだ。
亜紀はやっぱりかーと諦めに近いメッセージで締めくくる。何となくこれの犯人は思いついていたんだろう。まあ後数カ月は我慢するほかないだろう。
怪しまれないうちにパソコンから午前中に終わらせていた午前部分の仕事を立ち上げる。もう少し量が多くないと正直腐ってしまう気がしてならない。そういう面でも俺はさっさとこの部署を後にしたい。前のあの人はちゃんと適正量与えてくれたからな、そういう人の下で働きたいものだ。
『緊急メンテナンスのお知らせ。』
ナチュプレの公式ホームページの最新の欄に出てくるそれをクリックする。メンテの終了時刻のおおよそと内容が書かれている。
「早く会いたいものだ。」
カグヤに早く会いたい。