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開花

 『はっはっはっはっは、蠅だってもうちょっとマシに動くというのに。』

 奴はこっちに一切目を向けないでフソウ君を狙い撃ちしようと火球を飛ばし続ける。地面に着弾するたびに散り散りになった火球と、抉れていった地面から飛び出す礫片が散弾となって、命を刈り取ろうと殺意を持ったかのように背中目掛けて飛び込んでいく。

 俺の方はというと、一切攻撃が来ることが無い。だが奴の目はこっちを捉えている。そう、あえて見逃されているのだ。蠅が回りを飛び交っていたら人はウザがって対処しようと殺虫剤やハエ叩きを使ってその生命活動を停止に追い込もうとするだろう。だがそんな生き物が回りにいる中で偶々足元にいる蟻を先に潰そうなどと考えるだろうか、いや考えないだろう。

 (力が欲しいかしら……フフフっ。)

 「だからさっきから“いる”って言ってるだろうがっ。」

 さっきから頭の中で鳴り響く幻聴に口答えする。ついに自己肯定感の喪失や苛立ちから、幻聴だと分かっているのに反論するようになるとは、俺の頭も茹で上がったのだろうか。

 (クスクス、あそこまで私を追い詰めた貴方はどこに行ってしまったのかしら)

 誰だよお前は、まず先に名前を名乗るのが礼儀だろう。お前あれか、この前はあれほど愛してくれたのにとか言う人の感情差を考慮しないタイプの奴か。

 ……いや待て、追い詰めたか。俺が切羽詰まるような戦闘をしたのはほんの数回だけ。その中で俺一人だけで戦闘したのはおよそ二回、片方は理不尽なまでの物量で潰され、もう片方は死力を出しながらも一歩足りなかった俺の中での死闘だ。

 ……いやいや、いくらなんでもあり得ないだろう、だってここあの屋敷から相当離れているぞ。流石にテレパシーとかそういう距離じゃないだろう。

 (あら、いつだって自然は人間の創造の範疇を簡単に凌駕するのよ。)

 「もう確定じゃねーか。」

 確定した、この声の主はあの屋敷で対峙したアラクネの夫人だ。全身全霊を出し切って戦い、最後のあの一撃を防がれ辛酸をなめる結果に終わったあの。

 (フフフ、貴方にあげた“祝福”が開花できるようになったの。だから力を授けましょうとこうやって声を掛けてるのよ。)

 「祝福だぁ?そんなもん貰った覚えなんて……。」

 気絶状態に陥ったコナラさんを引きずりながら疑問を述べる。俺、お前からそんなもん貰った記憶なんて一切ないぞ。

 (あらそう。まあでも良いわ、欲しいんでしょ、力。)

 「ああそりゃあ。」

 (人の姿を犠牲にしてでも?)

 言葉に詰まる。まさかお前は俺に与える代わりに奴みたいな姿にするとでも言うのか。

 (少し違うかしら、そうねえあえて言うのなら、「貴方の子」みたいになるとでも。)

 悩む、実際今すぐにでも力は欲しい。だけど人の身を捨てようとまで思えるかと言えば何とも言えない。だけど今戦える人員がいないこの場で断れば奴を止められる機会は失われる。それどころか今度はカグヤに危険が迫っていく。もう俺は選択できる立場に無いのだ。

 「ああ、それでももう構わない。寄こせ。」

 (私そうガツガツする男、意外と嫌いじゃないわよ。)

 瞬間体の中央から熱が湧いてくる。とても不快な感覚だ、体の中心からドロドロに溶かされもう形を形成できなくなるかのような錯覚。そしてまた別の体になっていく喪失感と歪さ。

 視界が暗転する、俺という存在が変わっていく感覚だけが頭の中に残り続けた。



 『もう終わりかな。』

 意外とあっけないものだ、私の最高傑作をああも簡単に破ったコナラもこのざまで、地面に転がって倒れ尽くしている。お仲間さんたちも火球に礫片に体をズタズタにされ継戦能力はもう残されていないだろう。

 あとはあの新人と思わしき男を捕らえて新しい実験材料の譲渡を促すだけだ。テントウムシなどどうでもいい、我々の望みは実験材料になるものの調達とその効力の実験だけだ、あんなもの傭兵共に捕まえさせておけばいい。

 そう思いながらあえて逃がしていた奴を探そうと目を凝らすがどこにも見当たらない。まさかあの一瞬に逃げ出せたとでもいうのだろうか。いやあり得ない、奴はそこまで削っていないから自殺テレポートはまず不可能のはずだ。それなら奴は今何処に……。

 瞬間頭部に衝撃が走る。地面にキスする前に私の瞳が何とか捉えたその姿は、人から逸脱したあの男の姿だった。

 『ああっ……、君はなんてこうも私の心をくすぐるんだっ。』


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