山小屋での出来事
最近暑くて寝苦しいですね。
「コナラさん……いくらなんでも遅すぎないか。」
フソウがそう零す。無理もない、クヌギが出ていってこのかた30分は経つ。それだというのに通信機からも音沙汰無ければこのように焦れてぼやいてしまうのも仕方が無いというものだ。
だがそれが許されるのは回りに人がいないときか、いてもそれが自身と同じ考えを共有している時だけだ。特に今のようにさっきまで意見が割れており、自身が少数派になった人物の横で言っていいものでは無かったのだ。
「何よ……信じられないって言いたいの。」
またさっきまで繰り広げていた論争と同じ内容を繰り返そうとする言葉を、さっきとは打って変わった態度でまたフソウに投げかけようとする。本人も思う所があるからこそさっきのように眉間に皺の寄ったものでは無くなったけれども、それでもまだあの判断への反対論が再燃しかけている。
「……いや、今更。」
フソウはそんなヤナギの心の動きに気づいているから逆撫でないよう必死に努めようとする、が持ち前の軽さが悪影響してこのような空気感を醸し出している。
そんな二人に意を返さずにいるのがクヌギ一行の従魔であった。ただ一人じっと託された瓢箪をぎゅっと握って、ずっと外を眺めているカグヤ、近くにはダンゾーがうろうろと天井や壁を這いまわっていて、普段の様子とは一変し落ち着きのないダンゾーと落ち着いているカグヤと言う図になっている。
コンコン、そんな中で小屋に響いたノック音、部屋の中にいた全員がぎょっと目を扉へと向ける。誰かがこの小屋の戸を叩いている、合流地点に指定したコナラさんならこのまま入ってきそうだから他のプレイヤーだろうか。
ちらっとヤナギに目配せする。二人はアイコンタクトだけで何するかを互いに察知し、武器をあらかじめ抜きながらドアへと近づいていく。
「誰だ。」
「援軍っす。」
外から聞こえてきた声は知らない声だった、もしかして敵もまたこの小屋を集合地点としているのだろうか。ここはどう返答するのが正しいだろうか、そう頭を精一杯回転させていると、今まで何もしていなかったカグヤがその戸を開けようとし始めた。
それに気づいたフソウが止めようとするがもう遅く、鍵は開けられてそのままドアは開いてしまった。
「はいはーい、援軍の到着っすよ。」
そういって入ってきたのは女のプレイヤーだった。その顔は知らない、フィールドワークのメンバーでないからだ。でもその装備から推測できる職業や、そのプレイヤーネームからそいつがなんなのかは理解できる。
「新月の切り裂き姫っ。」
都市部で男女関係なく襲うPK専門のプレイヤー、必ず新月の日には行動し、襲われたプレイヤーは体中を切り裂かれたと言っていたことからそう呼ばれるようになった。
「あれー、私のこと知ってるんだ。」
今までこっちには目もくれないで中をキョロキョロと見回していた女が初めてこっちを見た。冷たく氷のような瞳、その視線はまるで見たものを石にするメデューサのようであった。
「まあそれはどうでもいいんですけど、クヌギさんっていないんですか。」
だが次の瞬間凍てついた視線が幾分か柔らかくなってそう聞いてくる、何故クヌギさんなのだろうか。まさか前の掲示板事件だろうか。
「あ、君がカグヤちゃんか。クヌギさんからよく話を聞いてたよ。本当にかわいいねえ。」
こっちが内心で冷や汗を掻いているともう興味は俺らから失ったのか、クヌギさんの従魔に目線を持っていくようになった。今の口ぶりからしてどうやらクヌギさんとは知り合いだったようだ。ということは本当に援軍なのだろうか。
「あの、すいません。途中でコナラさんを見ませんでしたか。」
ヤナギが割り込んでそう聞いて行く。あいつの中では今、コナラさんがどうなっているかが一番重要なのだろう。
「君たちのメンバーが途中で治療してたよ、もうじき来るんじゃないかな。」
切り裂き姫は一切こっちを見ないで状況を説明している、本当に俺らには興味関心が無いようだ。
「……クヌギさんなら先に行きましたよ。」
そうヤナギが切り出す、その言葉を聞いた彼女はすくっと立ち上がりそのままドアを出ていこうとする。
「じゃ私そっちに行くから、もう少し待ってればみんな来るよ。」
そういってそのまま有無を言わさずに姿を消していった。
それから程なくして他のメンバーが合流、俺らも行動に移れるようになったのだった。
でも不審に思うことが一つある、何故あの切り裂き魔は援軍としてここに現れたのだろうか。
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