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第8話 豹の夢

 入って来たのは追上選手その人だった。

 僕は、僕は口がきけなかった。


「君、カンパラ君?」


 英語で話しかけられたけど、しばらく返事が出来なかった。


「英語がわかるって聞いてたんだけど。スワヒリ語じゃないとダメかな?」


 日本語で独り言を言ってる。


「いえ、英語わかります。僕がカンパラです」

「君、日本語もわかるの?」


 追上選手がびっくりした顔をした。

 

「少し。あなたに憧れて、勉強しました。でも、英語でお願いします」


 軽くうなづいた追上選手は机の上に一枚の絵葉書を置いた。


「君の絵葉書、これだろう? 返事を出したんだけど、届かなかったそうだね」

「はい、でも、いいんです。こうして、あなたに会えたから」


 追上選手が柔らかく笑った。はにかんだような笑顔。


「えーっと、実はね、僕はこの国の大統領に新しいアイスアリーナ建設の件で相談を受けてね、招待されたんだ。それで、もしかしたら、アフリカだし、この山を見にいく機会があるかなって思ってこの絵葉書を持って来てたんだ。君の役に立てて良かったよ」


 追上選手の持って来てくれた絵葉書で僕の話は信用され、国に強制送還されるだろうと尋問官が教えてくれた。

 これで村に帰れる。

 奇妙な気持ちだった。誰も待っていない故郷。それでも、そこしか帰る所がない。

 あの時、解放軍は何もかもを焼いてしまった。義父さんや母さんはちゃんと埋葬されただろうか。僕はこれからどうやって生きて行ったらいいんだろう。


「君は僕が空港にいるのを知って、爆弾を解除してくれたそうだね」

「そうです」

「じゃあ、君は僕の命の恩人だ。もし、君がフィギュアスケートに興味があるなら力になるよ」

「本当ですか?」

「ああ、本当だ。これ、僕のネームカード。いつでも連絡して」


 そのネームカードが命綱だと直感した。

 それを掴もうと手を伸ばしかけた時、豹の瞳が目の前に浮かんだ。


(お前はジャングルで何をした?)


 暗視ゴーグルを付け撤退する中、小隊長は僕の前を歩いていた。他には誰もいない。

 突然、一匹の豹が小隊長に襲い掛かった。小隊長は銃で豹を撃とうとしたけど銃を落としてしまった。僕

が豹を撃ったら、小隊長を助けられたかもしれない。でも僕はそうしなかった。仲間を豹の餌にした小隊長。あいつを許せなかった。悲鳴を上げる小隊長が豹に食い殺されるのをただ見ていた。

 僕は人殺しだ。この命綱にすがっていいのだろうか?


「ぼ、僕……。その」


 突然、追上選手が僕の手を取って、手のひらにネームカードを押し付けた。


「君は辛い思いをした。これからは自分を大事に生きていけばいい」


 押し込まれたネームカード。涙が流れた。嗚咽を上げて泣いた。

 僕はずっと泣きたかった。

 やっと、やっと泣いてもいいんだって。


「僕、フィギュアスケートの選手になりたい」


 泣きながら、ずっと心の中に押し込んでいた夢を口にしていた。




 あれから数年が過ぎた。

 村が襲撃された時、配信したLIVE映像。あれは世界中に配信されていて、たくさんの人が見ててその人達がみんな反解放戦線になって、ついに将軍の暗殺に至ったのだと後できかされた。僕は襲撃をLIVE配信した功績を認められて二つの国から表彰され報償金を貰った。僕が追上選手の元でフィギュアスケーターになりたがっていると知ると二つの国の偉い人たちは、僕を留学させてくれた。

 本音は、洗脳されていつテロ行為に走るかわからない人間を国内においておきたくなかったのだと思う。だけどそんな国の思惑なんてどうでも良かった。

 憧れの人の元で夢に向かって努力できる。

 これほどの幸せがあるだろうか?

 今、僕は初のアフリカ大陸出身のフィギュアスケーターとして国際試合に臨んでいる。

 白いリンクは聖堂。

 フィギュアの神に僕は演技を捧げた。

 曲は映画「キャット・ピープル」のテーマ、サバンナの乾いた風を全力で演じた。

 キスアンドクライで結果を待つ隣には引退した追上選手がサブコーチとして付き添ってくれている。

 僕は幸せだ。

 これは豹が見ている夢だろうか?

 きっと現実だろう。

 もうすぐ結果が出る。


(了)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雪さえ知らなかったカンパラ少年がフィギュアスケートの美しさに憧れて、残酷だけどリアルな現実に翻弄される展開にハラハラしました [気になる点] 聞き逃していただいて大丈夫ですが、少し文章の間…
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