ある女の最後
日本では世紀の悪女として、小林まり子の名前が世間を賑わしていた。
結婚詐欺師であり、殺人、脱税、暴行、恐喝など数々の悪事を重ねたまり子は今回行われた公判で死刑執行と決定した。
しかし、それはえん罪であった。結婚詐欺グループに身を置いていた為、男を騙すことはあった。けれど、それだけだ。他は全て同じグループのリーダーである、美幸が行ったことだ。そもそも、まり子さえも騙されていた。
グループに誘ったのも元々は美幸だった。
お金には困っていたが、それが結婚詐欺だと気が付くのに時間がかかった。
まり子はというと、婚活サイトに登録し、何人かの男たちと数回デートしただけだ。
その後、美幸や年配のメンバーが私の親族の振りをしてお金をせびるというのが、いつものパターンだったらしい。
まり子はその事を知らなかった。
デートクラブとだけしか言われていなかったのだから。
数回デートしただけで男たちはまり子のパートナーになりたがった。
まり子の魅力がこのグループの詐欺行為を助長してしまっていたのだ。
まり子は、天性の才能なのか男を誑かすことが得意だった。見た目はそれほど可愛くなく、気が強いものの話し方や振る舞いは品があり、料理上手、話題の引き出しの多さなど、どんなに頑固な男もまり子の前では恋に落ちた。
傲慢で自信家な性格にも関わらず、中学時代から恋人を切らしたことがないのもそのためだった。むしろ、それが魅力的にみせていたのかもしれない。
男たちは、まり子の言うことを何でも聞いた。口の上手さだけではない、心まで掴まれていた為だ。
そんなまり子に、美幸は嫉妬していたのだ。
美幸という女は、見た目は小動物のようだが性格は猛禽類のようで苛立つと大声で喚き散らし、暴力を振るうような女だった。
まり子も決して良い性格とは言えなかったが、自分の内側にいる人間を裏切るような卑劣な行為はしなかった。
2人とも、同じ母子の家で育ったことから幼少期からいつも一緒に居た。母子の家とは、様々事情により逃げてきた母と子の為のシェルターである。
まり子は金持ちの愛人の娘であったことから、美幸は父親のDVに耐えられなくなったことから母親と共に逃げてきていた。
学生時代から自分が女から毛嫌いされやすい性格なのは知っていたが、まさか幼なじみの美幸から裏切られるとは思わなかった。
恐らく、騙されて詐欺に加担させられていたことに気づいたまり子と言い争いになったことが原因だろう。
今回の公判も、美幸が目を潤ませて「まり子に命令されたんです……」と発言したことにより死刑が決まってしまったのだ。
指紋のついた凶器。
詐欺にまつわる計画書の筆跡。
その他のメンバーの証言。
それらは、美幸が全て仕組んだことだった。
警察は当初、美幸を怪しんでマークしていたが、美幸が証拠を捏造したことにより、全ての罪がまり子に擦り付けられてしまった。
寒い冬の朝、買い物に出たところを身柄を拘束され、あれよあれよの間に死刑執行が決まってしまった。
あまりにも惨い仕打ち。
まり子は留置所の中で悲しみと怒りに苛まれていた。
ひどすぎる。美幸……!!
それにあの女たち…………
絶対に許さない………………!!!
美幸を筆頭に、優しくしてくれた年配の女や同い年くらいのサクラを行っていた女たちも我が身の可愛さからか、全てをまり子のせいとした。
完全に嵌められたのだ。
固い床と寒い鉄の部屋、常人ならば耐えられないようなひどい空間であるが、それさえ気にならないくらいの怒りと悲しみの感情の波。
許さない。
死んでも許さない。
絶対に……!
その怨念は、まり子に死刑が執行され、身体が存在しなくなった現在も今世に残っていた。
やがて、世間でまり子の存在が忘れられ、美幸のグループの人間が一斉に逮捕された。
歳をとり醜くなった美幸は昔の小動物のような面影はなく、性格の悪さが具現化したような見た目に変わってしまっていた。
グループの方も自己中心的な美幸の性格が災いして立ち行かなくなり、一人で金を奪って海外へ逃亡しようとした際に逮捕されていた。
それでも、まり子の怨念は消えることは無かった。
毎晩、美幸の枕元に立ち、呪いの言葉を吐き続けた。
そんな言葉が届いたのか、いつからか美幸は何かに怯えるようになった。
食事も喉を通らなくなり、やせ細った姿は50代半ばであるにも関わらず、さながら老婆のよう。
ブツブツと空虚な瞳で、何かに謝る姿がよく見られるようになった。
そして、まり子の死刑が執行されたクリスマス・イヴに美幸は死んだ。
自殺だった。
布団を手でちぎり、綿を気管に詰めて窒息した状態で発見された。
そして美幸の死んだ後、まことしやかにある噂が流れた。
それは、美幸がまり子に呪い殺されたのではないかという噂だ。
自殺も日本の留置所では珍しいが、話題になったのはその死に様だ。
髪は驚いた猫のように逆立ち、口からは白い綿。
瞳はどろりと濁り、何かに怯え凍りついたような表情。
そして、何より美幸の両手首には人の手形が赤黒くくっきりと残っていたのだ。
それは、たくさんの人間が居るこの留置所の誰の手形とも合わなかった。
小指の部分の手跡がやけに小さく、肉が見えるほどに抉れていた。
これがまり子の手の特徴だったことに、詐欺グループで最年少だった女が気づくと、さざなみのように噂が広がった。
人の口には戸が立てられないものだ。
詐欺グループだった女たちは自分も同じように殺されるのではないかとパニックになり、自殺しようとするものも現れた。
マスコミが幽霊刑務所として、特集を組んだことで、まり子がえん罪であったことが世間に知らされた。
日本の警察の失態として大きく叩かれた記事が大々的に報道され、死後30年、まり子のえん罪が晴らされた。
しかし、その事をまり子は知らずにいた。
その頃にはまり子の怨念は消えてしまっていたのだ。
いや、正確にはこことは違う異世界へと飛ばされてしまっていたのだった。