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悪役令嬢の舞台

作者: 腹黒兎

 

 ベルギア王立学園の卒業式翌日には修了式があり、その夜は卒業生も交えての記念パーティーが行われる。

 全員参加のダンスパーティーには、基本的にペアで参加しなければならない。婚約者や恋人がいればその人に、どうしても見つからない場合は教師が紹介をしてくれる事になっている。

 例年通りならば流れる音楽に合わせて踊り、楽しげな雰囲気なのだが、今年に限ってはある一角のみ殺気立った雰囲気にあり、出席者は興味深げにその様子を遠巻きに見ていた。




 まるで結界でもあるかの様に一定の円を描いて離れてこちらを伺う人々を、ローエンス公爵令嬢サブリナは睥睨し、正面へと視線を移した。

 その視線の先には婚約者である第三王子テオドールを筆頭に、法務長官の次男ヨハネス、近衛騎士団長の息子アルヴィス、商人から成り上がったゴルディオ子爵の嫡男ミシェル、学園の臨時講師であるマクベール先生がずらりと並んでいる。

 まるでビリヤードのトライアングル・ラックの様だ。誰かキューで一突きしてくれないものか。


「サブリナ。聞いているのか?」


 彼女の対面にいるテオドールが苛ついた声で問いかける。

 サブリナは殊更ゆっくりと優雅に手にした扇子を広げて口元を覆い隠す。


「ええ。そのくだらない妄言はちゃんと耳に届いておりましてよ。内容については理解に苦しみますけれども」

「貴様っ!あくまでもシラを切ると言うのか!ライラがどれ程辛い思いをしたと思っているっ!」

「テオ様っ。わ、わたし、もう気にしてませんから」


 テオドールの愛称を馴れ馴れしく呼ぶ男爵令嬢ライラ・ゴスビアは、彼の服の袖を一生懸命に引っ張ってもういいのだと懸命に訴える。

 目に涙を溜めて弱々しく首を振る様は、小動物の様に脆弱でサブリナは嫌悪に目を細める。その視線に怯えたようにテオドールの背後に隠れようとする態度が益々サブリナの機嫌を悪くさせた。


 ライラは学園に入る前に男爵家に認知された庶子である。その事実は狭い社交界の中ではすぐに知れ渡ったが、庶子を認知する事は稀にあるので特に騒ぐ程の事ではない。

 問題なのは、ライラの言動にあった。

 未だに庶民感覚が抜けないせいかマナーも貴族間のルールにも疎く、何かと自分の正義感を振り回す。

 淑女教育を受けた女生徒たちにはその姿は奔放すぎて受け入れられず、ライラは日増しに孤立していった。


 反対に、その容姿の可憐さと素直すぎる性格は男子生徒は庇護欲をそそられるらしく、本人も嫌われている女子よりも何かと気にかけてくれる男子たちと一緒にいるせいで、ますます女子からは嫌われていった。

 その中でも目の前の彼らは一際ライラを甘やかし、受け入れられない女子を責め立てる。


 王子という学園トップを筆頭に有名な男子生徒たちが軒並みライラの擁護に回る為、表立たない様に陰湿な虐めがあったが、その全てが女子のトップでもあり、王子の婚約者でもあるサブリナの仕業だと捉えられていた。


「サブリナ。君がライラを虐げていた事は分かっている。彼女に謝罪をして、自分の言動を改めるのだ」

「サブリナ様。私、今までの事を謝ってくれればそれだけでいいですから」


 テオドールの腕に縋り付くライラに話しかけられて、サブリナの機嫌は更に悪くなった。


「ライラ・ゴスビア。貴方に私の名前を呼ぶ許可は出しておりません」

「あ、も、もうしわけありません…」

「またそうやってライラを虐めるっ。そんなんだからテオドール殿下に嫌われるんだよ」

「ミシェル・ゴルディオ。その発言を侮辱罪としてもよろしいのよ?」


 しゃしゃり出てきたミシェルはサブリナの発言に悔しそうに口を閉ざして睨みつけてくる。


「良い。この場の発言は私が許可する」


 サブリナよりも高位の王子の発言に一同が安堵し、強気の表情に変わる様子を見てサブリナは内心呆れた。

 虎の威を借りる事だけは本当にお上手。


「私が彼女に何をしたと言うのでしょう」


 サブリナの冷静な言葉に、ライラを庇護する一同は怒りに顔を歪ませ、ライラは益々怯える様にテオドールに縋り付いた。


 ヨハネスがサブリナの視線から隠すようにライラを背に庇う。


「毎日の様にライラに嫌味を言っていたらしいじゃないか」


 何かある度に人前で媚びるように泣いて男子に慰めてもらう姿を娼婦の様だと、思ったままを口にした事だろうか。

 準備期間があったにも関わらず、マナーも教養もお粗末過ぎる事に男爵の教育方針を嘲笑った事だろうか。

 事実なのだから仕方がない。笑われたくなければ成果を出せば良いのに努力の片鱗も見せない。


 テオドールの横でアルヴィスは威殺すような目つきで睨んできた。


「教科書を破いたり捨てたり、制服を切られたとも聞いていたぞ」


 持ち帰るべき教科書を置いて帰るのが悪いのではなくて?

 大体において、ライラは物の管理が杜撰すぎるし、侍女を1人も連れて来ないのは淑女としてあるまじき行動だと分かっているのだろうか。

 女生徒は侍女を、男子生徒は侍従を伴って登校し、学園生活をサポートしてもらうのは常識である。それを「自分の事は自分でやらなきゃ」と言って侍女を断るライラが非常識なのだ。

 しかも、貴族階級であるにも関わらず徒歩で登校し、それを知ったテオドールたちが男爵家まで迎えに行くという本末転倒な事態になっている上に、ライラはそれを恐縮しながらも受け入れているのだ。ならば最初から男爵家の馬車で登校すれば良いものを。

 彼女の行動を鼻白む者は多い。

 その内の誰かが彼女の持ち物に悪戯したとしても、防げないライラが間抜けなのではないか。


 ミシェルは猫の様に全身を逆立てて、サブリナを釣り上がった目で睨みつけてくる。


「彼女が話しかけても無視したり、お茶会で離れた席を用意したり、虐め方が陰険なんだよっ」


 流石、成り上がりの歴史のない貴族ですわ。

 下位の者が上位の者に安易に声をかけてはいけないというルールをご存知無いのかしら?それで良く商会の嫡男が務まりますわね。それも今回の件で廃嫡かしら?


 月に一度、学園主催でほぼ全校生徒が参加するお茶会が開催される。

 その席でお話を向けても「分かりません」や「どうしてそんな意地悪な事ばかり言うんですか」と、さめざめと泣き出し会話にもならない。

 有名なオペラも知らず、詩の朗読も出来ず、音楽の造詣も無い。話す事と言えば、料理の事や学園の中庭にいた猫の事など実がない上にまるでメイドやコックたちの話を聞いている様で返事のしようがない。


 挙げ句の果てに「町のスラムにはこんなお菓子さえ食べれない子たちがいるのに」と涙を溢して男子生徒に慰められていた。

 その後、殿下たちの私財で炊き出しを行ったそうですが、それでスラムは無くなったのかしら?

 スラムがあるのは王都だけではないでしょうに。目の前のものしか見えないようでは、お茶会の意味も意義もお分かりになりませんわね。

 それ以降、彼女を私的なお茶会に誘う女生徒は現れず、学園側も配慮して席を離してくれているだけのこと。



 皆様のお話がつまらないので、手遊びのように扇子を触っていたら、テオドール殿下がギリっと口を噛み締めた後にホールに響く声で怒鳴る。


「先日には街で暴漢にまで襲われたのだぞっ。あれも其方の仕業であろうっ!」


 この様な場所でそのお話を出してくるなんて、デリカシーという物をお忘れになったのかしら。



 街に出かけるのに、馬車にも乗らず護衛も付けず侍女1人だけ伴っていくなど、淑女として有り得ませんわ。

 彼女と同じ男爵令嬢でも外出時は必ず護衛を伴う。ただのゴロツキに負けるような護衛ならば、質の悪い者しか雇えていないと逆に嘲笑されるだけだ。

 父親の心配も考えずに「大丈夫よ。私の事で煩わせたくないわ」などと勘違いした発言をして慣れているはずの街を1人で散策するなんて、本当に何の危機感も持たない迂闊な方ですわね。


 正義感だけのテオドールの言葉に、サブリナは眉を顰めて嫌悪する目でライラを見た。


「暴漢に襲われたのですって?よくもまぁその汚れた体で殿下の側に侍る事ができますわね」


 その発言に周囲がざわついた。襲われたという言葉は容易に処女を散らされた可能性が導き出される。


「そんなっ、私、汚されてませんっ!」

「そうだ。襲われかけた所を私が助けたのだからな」


 半泣きで反論するライラの背中を労わるようにテオドールが優しく撫でる。

 ギリっと睨みつけて擁護するアルヴィスの視線を、サブリナは平然と受け止める。


「純潔だと言い張るならば教会の証明をお勧めするわ」

「あんなものを受けさせるワケないだろうっ!」


 マクベール先生が即座に拒否するが、ライラやミシェルたちは分かっていない様子だ。



 教会の証明とは、女性の処女性を証明する為に神官3人以上の立ち会いの元、木製の張り型を挿入して出血を確認するというものだ。無事に出血すれば教会の証明書が発行される。

 その方法故に、教会の証明書は純潔を明らかにするものだが、淑女にとっては恥辱以外の何物でもない。だから、疑われない為に対策を立てるのが常識なのだ。

 疑われた者が証明を拒否するならば、疑惑は晴れないので嫁ぐ際の不利となり碌な嫁ぎ先は望めまい。

 証明されたとしても疑惑は付き纏うので本人にとってはどちらにせよ針の筵。証明書があれば、ほんの少しだけマシというぐらいだ。

 ライラがそうなろうと、それを憂う気持ちはさらさら無いのだが。



 周囲を囲む他の生徒たちがヒソヒソと疑惑を深め、この騒動を見守る中、テオドールがサブリナに怒りをぶつけた。


「弱い者をいたぶって楽しいのか?恥を知れ」

「品位の無い者、教養を知らぬ者に何を言っても無駄だと言う事を実感致しましたわ。そんな人間をペットの様に愛玩する貴方方も恥を知れば宜しいのでは?」

「ペットだと!?」

「なんて酷い事を言うんだっ」


 飼い主たちがギャンギャンと吠えたてる。ペットでは無いなら愛玩するだけの性奴隷か娼婦かと思ったが、益々煩くなりそうなので口には出さなかった。

 サブリナの中では、彼女の扱いがどちらであろうとも大差はないし、興味もない。


「やはり、君は血も涙も無い非情な女なのだな。そんな君とはもう一緒にいたくもないっ!サブリナっ、君との婚約を破棄させてもらおうっ」

「テオ様っ!」


 まるでオペラのクライマックスのように大袈裟な手振りでサブリナを指して高らかに宣言した。

 そして、ライラの腰をギュッと引き寄せる。


「そして、私はライラと婚約すると誓おう」


 驚いたライラが目を見開いて、テオドールを見上げる。その目には不安に揺れているが隠しきれない喜びがあり、期待に頬が上気し唇が弧を描く。

 そんなライラを優しく見下ろし、甘い蕩けるような笑顔で「幸せにするよ」と囁く。


「ライラ」

「テオさま」


 世界に入り込み、徐々に顔が近づく2人の間に華麗な扇子が割り込んだ。

 驚いて離れたのを見計らい、サブリナは2人が触れそうになった扇子を後ろへと投げ捨てた。


「発情するならば兎小屋をご案内してさしあげてよ?」


 抱き合うテオドールとライラを侮蔑するサブリナの前に、アルヴィスとマクベール先生がテオドールたちを庇うように立ち塞がった。


「ライラには触れさせない」

「ローエンス嬢。醜い嫉妬もいい加減にしたらどうだ?」


 2人の言葉を聞き、サブリナは口元に手を当てころころと笑ってしまった。


「何がおかしいっ!」


 短気なアルヴィスは激昂し、マクベール先生も不愉快そうに顔を歪めている。


「私が取るに足らない愛玩動物にどうして嫉妬などしなければなりませんの?」


 サブリナはコツコツとヒールを鳴らしながら、近すぎた彼等から離れる為に距離を取る。


 涼やかな立ち姿は凛とした百合の様でもある。

 ふわりと微笑むサブリナに気圧されていたが、ヨハネスは強がるように鼻で笑って言い返した。


「殿下の寵愛を得られなかったからでしょう」

「ライラの足元にも及ばないんだから、振られても当然だよね。サブリナ様って性格悪いもん」


 更にミシェルまでサブリナを睨みながら罵倒する。

 サブリナがすっと手を差し伸ばせば、彼女の専用侍女がそっと扇子を手渡した。

 新しい扇子をほんの少しだけ開き、口元を隠す。


「嫌ですわ。これ以上愉快な冗談はお止めになって」


 くすくすと可愛らしく笑い終えると、パチリと扇子を畳む。微笑む事をやめて真顔になったサブリナに対峙していた彼等は何事かと黙って動向を見守る。

 周囲の野次馬もサブリナに注目していた。

 皆の視線を当然のように受け止め、緊張が高まった頃合いを見計らって、閉じた扇子を手のひらでトンと叩く。

 その音は予想以上に周囲に響いた。


 誰もが息を呑んだその瞬間を逃さず、サブリナは冷めた目で告げた。


「殿下の寵愛?生憎と欲した事はございません」

「そ、そんな強がり言っても無駄だからねっ」

「この婚約が政略結婚を目的としたものだと理解しておりますもの。愛情など二の次。けれど、ある程度の信頼はあったと思っておりましたが……私もまだまだ、ですわね」


 寂しそうにぽつりと呟いた声に、周囲の女生徒は大いに同情した。彼女たちもまた政略結婚を強いられている者が大半だからだ。



 テオドールとサブリナの婚約は、テオドールが公爵家の後盾を得る事と、何かときな臭い西国からの干渉を拒否する為のものである。

 西国には年頃の王女がいたが、先に決まった婚約者が公爵家ならば下手に口も挟めないはずであった。それもこれも浅はかな者達のせいで台無しである。


「ならば、なぜだっ。何故、ライラを虐げたっ」

「虐げたとは、人聞きの悪い。彼女が庶民のままだからですわ。殿下の愛妾になるならば、一定の教養と社交が求められます。彼女はどれも落第点どころか、問題外ですもの」

「私はライラを愛妾にするつもりはないっ!」


 激昂するテオドールを、サブリナも、周囲を取り巻く生徒達も残念な目で見つめる。

 殿下は本当に状況が分かっているのだろうか。否、分かっていたらここまでの事はできはしまい。

 分かっていてやっているならば、大した傑物だろう。


「王族に嫁する者は伯爵家以上の者と決まっております。教会の証明が無い以上、養女にと望む者は皆無だとお思いください」


 テオドールがライラへと視線を移せば、彼女は何も分かっていないのだろう不思議そうに首を傾げるだけだった。

 そういう所が足りないのだと何度忠告し馬鹿にしても変えようともしない。庶民でいたければ貴族籍を抜ければいいものを、貴族籍のまま庶民の考えをさも当然だという風に振る舞う。

 儚げを装っていてもその性根は強情で強かだ。


 どちらにせよ、ここまで大事になってはテオドールとの婚約の続行は難しい。

 テオドールは王位継承権を返上し、運が良ければ公爵へと降格するだろう。あくまでもライラとの婚姻に拘るならば、更に降格は免れまい。

 他の者たちも現状を維持する事は難しいだろう。

 どんな扱いを受けようともサブリナには関係の無い話なのであまり興味もない。


 サブリナはもう一度手にした扇子をパシリと手のひらに打ち付けて、騒ぎを収める。


「殿下。お話が以上でしたら下がらせて頂きます。それと、先程のお話はきちんとした手続きの上で進めさせて頂きますわ」


 辞去の礼を取り、返事を待たずに踵を返せば慌てるように声をかけられた。


「待て!ライラに謝罪はないのかっ!」


 サブリナは殊更ゆっくりと振り返り、冷めきった目で息巻く彼等を一瞥した。


 本当に、彼等は何がしたいのだろう。

 まるで出来の悪い喜劇のようだ。

 ああ。お粗末な恋愛劇を演じてるのかもしれない。

 ならば、彼等から見れば私は悪役なのだろう。

 それが妙におかしくて、失笑してしまった。


「な、何がおかしい」


 ダンスパーティーという煌びやかな舞台に、ヒーローたちに守られるヒロイン。そして、彼等の恋の邪魔をする悪役の私。それを見守る観客たち。

 なんて馬鹿馬鹿しい程に整った舞台なのだろう。 


 なんて滑稽な喜劇。

 これが笑わずにいられようか。


「まるで恋愛喜劇のよう。殿下方にとって、恋の邪魔をする私は悪役なのでしょうね。ですがーー」


 今まで逸らされることの無かったサブリナの視線がスッと下へと落ちる。

 長い睫毛が伏せられ、憂いを帯びたその表情に誰もが魅入られたように言葉を失った。


「秩序で守られていた平穏な学園は己の主張を貫き信条を曲げない彼女のせいで混乱を極めました。貴方方のヒロインが、私たちにとっては悪役なのだと言う事をご理解くだされば幸いですわ」


 彼らにとっては恋愛劇でも、私達にとっては悲劇かしら?

 どちらにしてもお粗末な舞台に変わりはない。


 サブリナは淑女の礼ではなく、オペラ歌手がカーテンコールで見せる礼を優雅に取り、今度こそ踵を返して会場を後にした。






 明るいサンルームで紅茶を楽しみつつ、サブリナは報告書に目を通していた。

 あのダンスパーティーの後、あの場にいた子息令嬢から親へと情報は回り、私を含めた関係者は法務官と執務官から事情聴取を受ける事になった。私の場合は殿下との婚約の解消もあった為に侍従長が調整役となり様々な手続きの末、2ヶ月後に無事に婚約解消となった。

 国王や王妃からはかなり渋られたが、息子の愚かな選択の結果なので最終的には了承を得られた。

 恐らく他国間諜もあの場にいたのだろう。早くも西国から婚約の打診がきたらしい。



 さて、報告書による彼等の処遇をお伝えしましょう。


 まず、ライラ・ゴスビア。

 彼女は男爵家から勘当され、貴族籍も抜かれて男爵の領地で平民として過ごされているようです。

 貴族でいるよりは遥かに暮らしやすい事でしょうね。

 ただ、暴行未遂事件は風の噂で広まっている為に未だに嫁ぎ先が決まらなかったそうですが、最近になり領地内の牧場主の後妻にと望まれているご様子。牧場という場所は、奔放で自由を尊ぶ彼女には似合いですわね。

 牧場主は確か53歳だったかしら?随分お年が離れているけれど大丈夫ですわね。

 彼女曰く「人間はみんな平等」で「人を愛する事に身分なんて関係ない」そうですもの。お年なんて些細な問題ですわよね。



 学園を卒業したテオドール殿下は王位継承権を返上。一代のみの公爵家となり、東国ラチークの王妹を娶る事になりました。

 この王女というのが30を少し超えた行き遅れで神経質な上に小煩く、何かと甲高い声で叫んでいるらしい。東国でも扱いに困っていた様子。

 結婚前だが早々にやってきて様々なお話を社交界に提供されているそうです。

 テオドール殿下は見目だけは良いので、年下とはいえ王妹殿下はお喜びらしい。唯一の取り柄が活かされて重畳ですわね。

 婚約後は離宮でお二人でお篭りになっている様ですわ。仲睦まじくて結構ですこと。

 陛下は隣国に恩が売れ、行き遅れの王妹殿下も、ご自分の妹を嫁がせる事ができたラチーク国王も、皆が丸く収まったようで何よりです。

 結局、彼女の為に身分を捨てる事は出来ませんでしたのね。本当に残念な方。



 卒業生であったヨハネス・グリューゲルは、国の法律と貴族法を一から勉強し直し、地方法務官として国中を巡ってらっしゃるそうです。

 中央に返り咲く事は難しいでしょうが、上手くやれば名を上げられる事も可能ですわ。

 その機会に恵まれるとよろしいわね。地方では血気盛んな犯罪者が多いと聞きますもの。



 同じく、卒業生のアルヴィス・タルボーは騎士団への入団されたそうです。見習い期間が終われば辺境騎士団へ移動する事が決定しているとか。

 こちらも武勲を立てれば中央へ返り咲く可能性は無きにしもあらずといったとこでしょうか。

 ですが、辺境は色々と大変な土地柄。特に今は西国が何かと手を出してきているようで、情勢が落ち着かないようです。

 任期満了までご無事だとよろしいわね。



 ミシェル・ゴルディオは学園を退学し、地方の支店で従業員として働いていらっしゃるそうです。もちろん廃嫡はされたものの、勘当まではいかなかったそうですわ。一従業員になろうとも己の力量で成り上がれるのだから悪くない処罰ですわね。

 全く、ゴルディオ子爵の子煩悩には頭が下がりますわ。

 けれど、地方に行けば当主の目は完璧には行き届きませんのよ?商品の不良に、手違いの発注ミス、従業員の横領や不正。お客様のクレーム処理は大変と聞きますもの。

 あらあら、働くって大変ですわね。



 講師のゲランド・マクベールは退職後、故郷の国へお帰りになりました。なかなか職に恵まれず、今は家庭教師をされているそうです。

 教師でありながら女子生徒に懸想して、推測だけで証拠もない女子生徒を糾弾した事がまことしやかに噂されているそうです。まぁ、一体どこから漏れたのかしらね。噂って怖いわ。

 陰で幼女趣味だとも噂されているそうですわ。本人が否定すればするほど真実味を帯びてるみたいですわね。本当に、噂って恐ろしいわね。でも、火のない所には…と申しますものね。

 ご執心だった彼女は、学習面でも体型的にも幼女の様でしたもの。そんな噂が流れても仕方ないかもしれませんわ。

 お国では、未成年への虐待は重罪ですって。お気をつけて。




 目を通したそれぞれの報告書を執事へと渡せば、執事は躊躇いなく暖炉の中へと報告書を焼べていく。

 紅茶で喉を潤し、新しく差し出された報告書を手に取る。


 お伝えし忘れておりましたが、私は殿下との婚約解消後、新たな婚約者ができました。

 殿下が東国ラチークの王妹を娶る為、パワーバランスの調整として婚約したのは南国スーリアの第一王子です。来年の卒業後すぐに輿入れ致します。

 釣書書の絵には精悍な青年として描かれてますから、実際は3割もしくは4割減といったところでしょう。

 私の方はほんの少し修正したぐらいですわ。実物とかけ離れていたら後々面倒くさい事になりますでしょう?


 スーリアでは王の指名によって王太子が決まるのだとか。

 新しい婚約者のハルバート王子の他にも有力候補の王子が2人いるようです。

 ハルバート殿下とは良い信頼関係を築けると良いのですが、こればかりはお会いしなければ分かりませんわね。


 私も、婚約破棄の件ではお父様からはお叱りを受け、お母様からはお小言を言われてしまいましたわ。もう少しやりようがあったものをと、恥じ入るばかりですわね。

 挽回の為にも、ハルバート殿下には是非とも王太子を目指して頂かなくてはなりません。



 輿入れまで1年を切りましたもの。やる事はたくさんありますわね。

 紅茶の香りを楽しみながら、サブリナは楽しげにスーリア王国の内部調査書を読み進めた。




*おわり*

お読みくださりありがとうございます。


副題は「悪役令嬢はどっち?」です。見方が変わるだけで、みんな自分が正義だと思ってます。

サブリナは乙女ゲームなら確実に悪役令嬢です。

一言も冤罪だと言っていません。つまり、そういう事。


役割ではないちゃんとした悪役令嬢を書いてみたかったらこうなりました。ヒーローたちのスペックが高かったら断罪エンドだったでしょう。


※ 以前書いた「婚約者からの告白」と舞台は同じですが、登場人物は被りません。

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[良い点] 王子様や騎士様と言った上流階級との身分違いの恋、という古い少女漫画やロマンス小説の要素を詰め込んだのが乙女ゲーです。乙女の願望を詰め込んだあくまでもフィクションの夢物語ですので、リアリティ…
[一言] 教科書を破ったり、はサブリナが実際にやらせた、ってことですね。 襲わせたのもかな? まぁ、実際の貴族社会であれば、あっても不思議じゃないですよね
[一言] 所謂、乙女ゲーとか言われる頭が腐ったような展開は、頭の悪いアテクシ作品の中だけだしな~。 王家と上級貴族家との婚姻に真っ向からケンカ売ってる状態の展開で、嫌がらせ(警告)だけで済ませる令嬢の…
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