ブラック企業ではないが仕事が厳しい
朝焼けで空の星が消えていく中、弱くなっていくマーカーランプの光を灯した酒豪丸は荒野を真っ直ぐ走っていた。
窓の横をサボテンが飛び跳ね逃げていった。
太陽が地平線の向こうにある山脈の上に来た頃、星郎は開拓地に着いた。
マスター「お、来た来た。」
腰に巻いたエプロンで手を拭きながらマスターが店から出てきた。
マスター「さて、今回が初仕事という訳なんだがな?店の性質上お前さんに合わせた仕事ってのができねぇわけなんだよ。」
星郎「あ〜もう!まどろっこしいな!とどのつまりどこにまで行けばいいんだ!?」
酒豪丸の窓から星郎が痺れを切らし話を進める。
マスター「おお、そうそう、お前さんに行ってもらいたいのはネラキリスって国のノークルトン村だ。
今の時期はウォッカが良く作られて値段も安いんだ。」
地図を取り出しメモと照らし合わせ配達場所を確認する。
星郎「ネラキリス……ネラキリス……ノークルトン……ここか!」
この世界の地図は不思議な構造でダンテや開拓地がある巨大な平野を山脈が囲みその周りに幾つか山脈で隔てられた、気候が全く違う地区に分けられていた。ネラキリスはその中でも真北にあり、ノークルトンは東の山脈付近に位置すしていた。
マスター「上着を持っていけよ。ここはとんでもなく寒いからな。それと酒代だ。向こうで渡してくれ。」
星郎「なんだってこんなめちゃくちゃな気候なんだ?」
マスター「俺の知ったことか。とにかく今日の夜、18時半までに戻って来いよ?さもないと給料はなしだ。」
星郎「俺はただ働きだろうが。」
マスター「店の損害賠償はお前の給料から引かせてもらう。俺だって鬼じゃねぇんだ。生活くらいはさせてやるさ。」
星郎「そりゃどうも……」
窓を閉め、クラッチを踏みギアを入れる。
星郎は手を軽く上げ、マスターに行ってくると合図をした。
マスターも手を振り返すのをサイドミラーで確認し星郎はニヤッと笑った。なんだかんだでトラックでの仕事を頼まれるのは嬉しい。
東から光を放つ太陽がサングラスの右から反射し赤く豪華な装飾ある幕を下げた天井をチカチカと照らす。ギアを更に変えスピードを上げる。
ガードレールのない道が久しく、遊ぶようにハンドルを右へ左へと細かくきり、乾いた大地にタイヤの跡を残して進んだ。
進むうちにだんだんと茶色い草が生茂り、草は緑に、木が見え始め、木は次第に高く、草は更に深い緑に。
巨大な谷を抜ける。山脈の間。今にも崩れ落ちそうなくらい程まっすぐそびえ立つ崖に、日の光も届かず薄暗く広い
道が曲がりくねりながら続く。
次第に白いフワフワとしたものがフロントガラスに付きはじめた。雪だ。星郎は一度エンジンをきり、降りる。荷台からタイヤのチェーンと油圧ジャッキ2つを取り出した。
ジャッキを持ち上半身を後ろタイヤの前に入れ、ジャッキをセットする。反対側も同じようにセットをし、レバーを上下に動かして少しずつ車体を持ち上げていく。谷の中にはカチャカチャという小さな金属音が響いた。タイヤにチェーンを巻き付け一連の動作を終えると、ジャッキを取り外した。
その時、あるものを発見した。
星郎「なんじゃこりゃ……」
地面に大きく深くめり込んだと思われる足跡があった。前方に三本の爪痕と後ろに一本の退化したような小さな爪痕。そこまで土や雪にに埋もれていないことからまだ新しいことが分かる。
星郎「こんなのに引っ掻かれたらどんだけ修理代かかんだよ……」
特に気にせずジャッキをしまい運転席に戻る。
星郎「おお、寒……!!早えとこエンジンつけねぇとな……!」
身体を震わせ、毛布を足にかけながらエンジンをかける。再び谷にエンジン音が轟き、その音を後に酒豪丸が走り出す。
その時。
???「グゴオアアアア!!!」
決して人のものではない。金属音の混じったような雄叫びが聞こえてきた。その音を発したものが遠くにいるといのは分かる。しかし、それでさえ耳を塞ぐほどの轟音。
星郎「!!?」
アクセルを強く踏み込みとにかくその場を離れなければならないという思いでスピードを上げた。
しばらく進み、雄叫びが特に自分に影響しないと分かった。そして、それとほぼ同時に谷を抜けるとタイヤが雪の上に乗り出した。
雪かきをしたと思われる細い道があり、脇には急な角度で作られた藁の屋根、もみの木の丸太を積んだ重ねた壁、二重のドアなど星郎のいた世界でも見られる様な造りの家で村を形成していた。川沿いには所々イグルーも見られる。
人々は分厚い革製のコートを着てフードはモコモコとしている。
村の半分は普通の人間、もう半分は獣の様な耳を持つ獣人だった。もっともみんなフードを被っているため星郎がそれに気づくことはなかった。
ウエスタンジャケットの上から毛布で身体を包み外へ出た。道を歩いて行き酒場の中へ入っていく。
星郎「オメッ……マスター!!?」
なんとその酒場には開拓地のマスターがいた。
マスター「なんだよ!酒場にはマスターがいるのは当たり前だろうが!」
星郎「いや、オメェの仕事場は開拓地だろうが!」
マスター「開拓地?もしかしてお前さん、兄貴を知ってるのか?」
星郎「兄貴だぁ!?」
マスター「あぁ、この大陸のいろんな酒場には俺の兄弟がいるんだよ。おれは96男だ。」
星郎「きゅうじゅうろく!?お袋さんはどうなったんだよ!?」
マスター「さあな。お袋はどうやって100人も産んだのか教えてくれなかった。あ、俺のことはダロと呼んでくれ。ダロ・ウィッター。」
星郎「じゃあ、開拓地のマスターも姓はウィッターって訳かい。かぁ〜!めんどくせぇ!」
ダロ「で、なんの様だい?」
星郎「今、よくとれるって聞くウォッカを買って来いってアンタの兄さんに頼まれたもんでよぉ。」
ダロ「そうかそうか!遠くからご苦労だな!まだまだ残ってるぞ!」
星郎「やっぱ、時期が時期なだけに売れんのか?」
ダロ「常連はよく買ってくれるさ。でもな、噂だけでこんな辺境な場所にくる猛者なんざいねぇよ。」
星郎「ふ〜ん……」
ダロ「ほれ、そこの階段を上がると箱詰めされてっから好きなだけ持ってけ。」
星郎「ありがとよ。」
マスターから渡された酒代の入った封筒をダロに渡す。
薄暗い二階には「割れ物注意」「火気厳禁」と書かれた木箱が大量に積まれていた。1つずつ抱えて店と酒豪丸を何往復もし荷台に乗せられるだけ乗せた。
気が付けば太陽は西へ傾き始めていた。
星郎「よう、ダロ。」
もう一度店に戻りカウンターの席に座る。
ダロ「酒だな?」
星郎「あと、つまみも……」
鳴り止まない腹をさすりながら弱々しい声で頼む。
数分後、焼かれたウインナーにコーンを添えたものがウイスキーと共に出された。
つまみと酒を交互に口にしてあっと言う間に平らげてしまう。
星郎「悪いな、俺はまだ仕事が残ってんだ。今回はつけにしといてくれ。そんじゃさいなら。」
早口で言い終わるや否や店を飛び出して、勘定を求めるダロの声も無視し酒豪丸に乗り込んだ。
すぐにギアを入れ谷の中に入っていく。
満腹になった腹を撫でながらいい気分で運転ていると後方から気配を感じた。その何かはスピードを上げ、酒豪丸の右で並走した。
星郎が目を右に向けると言葉が出なくなった。
銀色の鱗、群青で半透明な爪、同じく群青色の背中をつたう立髪、真っ黒な太く長い一対の髭。
絵に書いたかの様な龍が酒豪丸の横を泳ぐ様に飛んでいた。そしてそれにまたがるのは、龍と同じ銀色の髪の少女だった。
星郎は窓を開け自分の目が狂ってないか確認した。
少女もこちらを見て信じられないという目で酒豪丸を見つめている。そして目が合った。
恐怖か見惚れていたのかしばらく出なかった声をしぼりた。
星郎「オメェ……」
次の瞬間、二本足で走るトカゲに乗った団体が崖の上から滑り降りてきた。
トカゲライダー「ヒャハーー!!!鴨みっけ!!」
少女と龍はその団体を見ると前を向き直しスピードを上げた。
少女「来い!」
星郎に呼びかけてきたのでアクセルを踏み込み、分かれ道を銀の龍について行った。
トカゲ達はついてくる。
近道だったのかすぐに谷を抜けた。
すると龍はトカゲ達の方を向き金属音を含んだ様な雄叫びを上げた。
星郎「この雄叫びは……」
ブレーキを踏み、耳を押さえながら龍を見る。
トカゲ達は180°向きを変え逃げて行った。
星郎は酒豪丸から降り、少女に向い歩いていった。少女も龍から降りて龍を撫でている。