食うところ
日が傾き空が紅に染まっていく中、残った燃料を振り絞り酒豪丸は走り続けた。
遂には空が東の空に星が見え始め、太陽は地平線に沈み、酒豪丸のマーカーランプが道を赤と緑に照らし始めた。燃料の残りを示す針は徐々に下がっていき星郎は緊張した気持ちを少しでも抑えるために煙草を吸っては吸殻に捨て車内には煙が漂っていた。
気がつけば空は藍色に覆われて見たことのない配置で星が並んでいる。いつも星郎が目印にしている北極星はなく真北には代わりに無造作な星が散らばっている。しかし、今はそんな事を気にしてはいられない。西に向かって走り続ける。それが何よりも先に思考回路に組み込まれる。
もう針が燃料切れを指すか指さないかほどの時、チロチロと揺れる光が見えた。更に進むと木造の家が。チロチロと揺れていた光はランプの光だった。
まるで切って貼ったかのように住宅地と開拓地が別れていた。
1番端の家の横に駐車しその夜は眠りにつく。
翌朝
目蓋の上からでも分かる日の光。馬の駆ける音、鉄を打つ音に人々が話す声によって星郎は目を覚ました。
あくびをかきタオルで顔を拭くとドアを開け外に出た。
夜は暗くて分からなかったがこの地域は平野とは違い周りにゴツゴツとした岩山があり、植物は少なく、荒れた茶色い大地にはサボテンやタンブルウィードの枝が玉になって転がっていたりする。
ここまでは星郎が元いた世界と何ら変わりはない。
ただしサボテンは一定の場所に留まらず飛び跳ねながら移動しているし、地面からヤマアラシのような棘の生えた蛇が頭を出していたり、1mほどの顎を出した巨大なアリジゴクや、岩のような羽を持ったハゲワシもカラカラと音をたてながら飛んでいる。
家は木造建築で特に飾り付けなど無くあくまでも発展途中の村だった。所々高い技術を持っていると思えるような建物もある。例えば市長役場と思わしき建物は赤煉瓦と少しの鉄筋を使って作られており壁には大きな時計がはめられている。
市長役場の隣には何人か人が集まっていたので恐らく酒場だろうと思い、星郎は朝食代りに酒でも飲もうと店に入っていった。
中にいる男達はカウボーイハットを被りスカーフを巻いて渋い色のジャケットと所々穴の開いたジーパンに革ブーツを履き腰には精巧に作られた投げ縄をかけていた。
メニュー表を見ても何が書いてあるのかさっぱり分からない。
星郎「オススメをくれ。」
マスター「オススメだと?笑わせんな。じゃあ、馬の小便でも飲んでろよ、ヘヘッ」
星郎「酒をよこせ。」
マスター「ちぇっ……連れねぇ奴。」
後ろの棚からいくつかの酒瓶を取り、手慣れた様子でグラスの中に混ぜ込んでいく。最後に氷を入れ机の上を滑らせグラスは星郎の手まで届いた。
マスター「ひひっ!特別にめちゃんこ強えのを用意してやったぜ!」
口髭の客「あ〜あ、またやってるぜマスターの奴。」
顎髭の客「朝っぱらから可哀想に……酔い潰れるぜ。」
周りの言葉など気にせず星郎はグラスを手に持ち迷う事なく口につけ、一気に飲み干した。
口髭の客「おい!いったぞあいつ!」
顎髭の客「倒れるぞ!」
星郎はフスーと鼻息を吹き、空のグラスを思い切りカウンターの上に置いた。
星郎「お替わりだ。」
マスター「え……なんともねぇのかい?」
星郎「たりめぇだろ!とっとと入れろや!たかが25度で何がめちゃんこ強えのだ!カクテルなら40度あんのが常識だろうが!」
マスター「飲んだだけで度数が分かるのか。いや、飲めるとしてもまだ朝だしよ……」
星郎「それがどうしたい!朝だろうが夜だろうがウメェ酒飲んで何が悪い!」
マスター「あ、美味しいのね。分かったよ、待ってな。」
星郎「去年の誕生日に飲んだ花酒が懐かしいな。」
独り言を呟いていると左隣からも注文の声が聞こえた。
???「右のと同じ物を……」
注文したのは他の客とは明らかに雰囲気が違う男だった。服装自体はそこまで変わりはないが体格は細長くどこにでもいそうな感じ。星郎の方が2.3回り大きいだろう。背中にはショットガンを背負っていて明らかに戦闘向きな相手だ。
顎髭の客「ビリーがあの風来坊と張り合うぞ!」
口髭の客「まじかよ!みんな下がれ!ビリーの機嫌を損ねたら蜂の巣だぞ!」
店内には恐怖と興奮が入り混じった熱風が渦巻いた。心なしかマスターは汗を流し、酒を入れる手が震えて手際が悪くなっている。
星郎「オメェ、俺と飲み比べで勝てると思ってんのか?」
ビリー「さぁ、何を言ってるんだろう?俺はただその酒が飲みたいと思ったから頼んだだけだ。」
2人の手元にグラスが置かれる。
星郎はビリーと呼ばれた者をチラッと横目で見てから腹巻の中から大きな盃を取り出しグラスに入ってる酒を盃に注ぎ直した。
2人は酒をグイッと飲み干し同時にグラスと盃をカウンターの上に置いた。
星郎「おら、何してる。早く次のを持ってこい!」
ビリー「俺もだ!」
マスター「はいはい!」
マスターは両腕に抱えるほどの大量の酒瓶をカウンターの端へ置き、ウェイターにも手伝って貰いながらどんどんと盃とグラスに酒を注いでいく。
ビリー「次!」
星郎「まだまだ足んねぇぞ!!」
ビリー「いつまで待たせんだ!」
星郎「全然物足りねぇ!度数上げろ!」
一杯飲み干すたびにどんどんとペースアップしていく2人。その内、マスターが両腕に抱えるほどの酒瓶も空になった。
星郎「おい、テメェ!いつまで痩せ我慢する気だ!?」
ビリー「痩せ我慢なんてしてねぇよ!!むしろアンタの方がヤベェんじゃねぇか?オッサン!!」
星郎「俺はこれでも24だ!無理せず帰んなクソガキ!!」
ビリー「俺は今年で21だよ!!喧嘩売ってんのか!?」
星郎「あ!?俺が気持ちよく酒を飲んでた所にオメェが割って入ってきたんだろうが!喧嘩売ってんのはオメェだよ!」
ビリー「俺が誰だか知ってんのか!?」
星郎「知らねぇよバーカ!!とっとと表に出ろや!こうなりゃゲンコツで勝負だ!」
ビリー「上等だコラァ!!負けた方が酒代払えよ!」
星郎「表に出る必要もねぇな!オラァ!!」
星郎が先制で右フック。
ビリーは背中を晒し避け背中には差かけているショットガンを抜き持ち手で殴ってきた。星郎は顔面で受け止め鼻血を垂らしながらも腹を蹴っ飛ばす。3歩程後ろへのけぞるビリーだったがすぐに体勢を立て直し距離を詰めながらショットガンで再び殴りかかってくる。今度は星郎は腕で受け止めてショットガンを奪い取りビリーに向かって投げた。近距離にも関わらずビリーはそれを避け、ショットガンは窓を突き破り外へ出た。
2人は間合いを取りながらステップを踏み出たり下がったりを繰り返している。
ヒートアップしていく店内。マスターは酒なんて出さなければ良かったと後悔した。