8.これから
逃げるようにして馬車に乗り込んだ。
医者を呼ばれるのは考えていなかったな。医者は前世の頃のトラウマにより本当に嫌いだ。
小学生の頃に、虫歯を抜くときに医者に「痛くないよ」って言われてそれを信じたのに……。抜いてから暫くトンカチで殴り続けられているような激痛が続いたのだ。
その時に学んだ、医者は嘘をつき、痛みを与えると……。まぁ、無事に治ったから文句は言えない、むしろ感謝しなければならない。
けど、それが原因で、それ以来医者が本当に苦手になってしまったのだ。
医者に会うことを考えただけでも身震いしてしまう。今なら携帯のマナーモード役を演じれそうだ。何の需要もなさそうだけど。
「何としても医者だけは避けねばならぬ」
……いや、でも、いざって時は羽で逃げればいいのか。
羽は物凄い便利な品物で、出したり消したり出来る。フリーマーケットで売ったらすぐに売れてしまうだろう。
一応、この乙女ゲーム上ではヒロインが一番大きな羽を持つことになるが、勿論私はそうはならない。
羽の大きさはその人の能力で決まるのだ。善い行いをしたとか、頭が良いとか、とにかく優秀な人間ほど天使悪魔問わず羽が大きいのだ。
私は元廃人。羽が大きくなるはずがない。……けど、羽が大きくなければ、いざという時に逃げ遅れる。そのまま母に捕まり、医者とご対面なんてことになる可能性もあり得る。
まじい、これは非常にまじい。お嬢様だからって気軽に廃人生活を送れると思った私が馬鹿過ぎた。
お嬢様の方が廃人生活って難しいんじゃね?
「あちゃぱ~、今頃気付くなんて私って脳みそ母様のお腹に置いてきたんじゃない?」
手のひらを額にペチッと当てた。
私っていい所一つもないよね? どれだけ考えても長所が見当たらない。強いて言うなら、環境対応能力が高いということぐらいだ。
どこの世界でも自分でいられるっていうのは私の良い所だ。それだけだ。それ以外に何もない。
「ん? 待てよ。という事は、今の性格のままで特に何もしなくても、自然と攻略対象者質は私から離れていくのでは?」
そうなれば! 私はわざわざ悪役令嬢に好意を抱かさせるように動かなくてもいいじゃん!
……いやいや、流石にそれは怠け者過ぎるか。廃人的考えを発揮してしまった。この世界では少しだまともな人間に近づけるように努力しよう。少しだけ……。
ああ、面倒くさい。やはり、人と関わると面倒くささが一気に増えるような気がする。
世の中の皆、本当に尊敬するよ。私はいつも迷路のようなややこしい人間関係に彷徨っている。
そんな私が乙女ゲームのヒロインなんてギャグ漫画かよ。どう転んでも笑いにしかならないような気がする。
お姫様抱っことかされた日には全細胞溶けて液体になって死んでしまうだろうし、キスされそうになったら、タコになってしまうだろうし、甘い言葉を掛けられたら慣れていない反動で相手の急所に蹴りを入れてしまいそうな気がする。
環境に適応できても、攻略対象達には一生適応できないだろう。
私は馬車に揺られながらこれからのことに途方に暮れた。