7.母
私が席に座るやいなや兄のオーカスが私の額に手を置いた。
「……熱はないな」
「失礼だな。元気モリモリ百パーセントだよ」
少し頬を膨らませながら眉間に皺を寄せた。
兄ちゃんよ、妹を心配してくれているのはとても有難いが、悲しいことに私は至ってまともなのだよ。
私の返答に兄は引いていた。弟のリュカはただ目を丸くして私を見つめている。彼の丸い目はとても可愛らしくてやっぱりいつまでも見ていられる。
「ユユ、ふざけていないでちゃんとしなさい」
朝食を口にしようとしたら、母の低く重い声が部屋に響き渡った。
なかなかの重圧な態度に私は食べかけていたパンを思わず飲み込んでしまった。
うわ、かなり怒っているじゃん。お肌に悪いよ、マミー。
「別にふざけてない……っすよ」
やっぱり母と話す時は敬語になってしまう。いや、これを敬語というのは間違いか。丁寧語、尊敬語、謙譲語のどれにも当てはまらないからな。
「なんですか、その話し方は」
「こっちが素なんです」
「私を馬鹿にしているのですか?」
「それはない! まじで! 母様を馬鹿にするのは怖すぎて無理ですって」
「なんですって?」
激おこぷんぷん丸キター!! いや、別に待っていたわけじゃないけど。ここは廃人としてコメントしてみたかったのだ。
うん、分かるよ。私の言い方が完全に母の癇に障ることは重々理解出来る。
「母様、今の私が気に食わないのなら!! 慣れるしかないです」
「貴女、さっきから何を言っているの?」
さっきまでの怒りが段々おさまり、母が私を怪物でも見るかのような目で見つめている。
父はずっと私の様子を目を大きく見開いて瞬きもせず見つめている。
愛娘がいきなりこんな女になっていたらそりゃショックだ。可哀想な父。
「一晩で人格が変わるなんてよくある話ですよ。それに、本当にこっちが素なんです。むしろ今までよく演技続けてこれたなって自分でも自画自賛したいくらいなんですよ。私の本性は心の清く優しい女なんかじゃなくて、面倒くさがりだし、人と関わるのなんて本当に嫌いだし、なんなら自分の部屋で一生を過ごしたい! けど、コミュ障でもなけりゃ陰キャでもないっていう扱いにくい女なんです!」
いきなり饒舌になった私を母は受け入れ難い表情を浮かべながらただ見つめている。まるで「どこの国の言葉を話しているの?」と言いたそうだ。
「何か母様から言いたいことは!?」
おお、反撃してこない……。ということは、この戦は私の勝ち? ウィナーイズミー?
「……一度お医者様に見てもらいましょう」
「そうだな」
戸惑いながらも母が父に耳打ちするのが聞こえた。
まじか、医者か。大の苦手だ。
「母様、私、もう学校に行かなければならないので、これで失礼するなり」
早口でそう言って、私は席を立ちそそくさと部屋を出た。
部屋を出る最後の最後まで皆の視線を背中で感じたが、私が決して振り向かなかった。