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廃人がヒロインなっちまった  作者: 大木戸 いずみ
30/34

30.医者

「わお」

 家に帰ると母が医者を呼んでいた。

 どうやら私の為に呼んだらしい。わざわざ家に来てもらうなんて申し訳ない。それに、私はどこも悪くない。健康だ。

「ユユ、もう安心して良いわよ」

 むしろ不安だよ。

「母様、なにゆえ医者を……」

「いいから、少しお話だけでもしなさい」

 ……トラウマを克服するためにも会話だけならしようか。レッツトライ! 

 医者の前に腰を下ろす。家のソファの方が学園長室のソファよりふかふかだ。秒で睡魔に襲われる。

 私の敵は医者だけでなく、睡魔も加わった。二対一はせこいぞ。

「こんにちは」

 医者は紅茶を少し口に注ぐと、ティーカップをカチャッと机の上に置き、私に笑顔を向ける。

 白い髪、ふさふさの髭、丸眼鏡、脂肪が人並みよりも多い体、……典型的な医者の見た目をしていてむしろ嘘っぽいな。

「ども、こんにちは。ユユ・ベーカーです」

 私はそう言って、軽く会釈する。その態度がまずかったのか、私の横に座った母からの圧力をとんでもなく感じる。

「最近の調子はどうだい?」

「絶好調っす」

 母が私の足を彼にばれないように踏む。思わず、『い』に濁点が付いた言葉を発してしまう。

「どうかしましたか?」

「只今母様からの制裁を受けまして」

 彼は不思議そうな表情を浮かべる。母はもう一度私の足を踏む。既に経験済みの痛みに私は声を出さず我慢した。

 偉いぞ、私。私の経験値はきっと五ぐらいアップしたはずだ。

 目指せチートヒロイン! 男に頼らず生きてくぞ!

「えっと、ユユ様にとってのストレスは何かありますか?」

 母様と医者ですな。

「ないようなあるような、ない寄りのあるって感じです」

「……つまり、あるんですね。具体的にどんな?」

「黙秘で」

「そのストレスが後に大きくなり、ユユ様を余計に苦しめることになるかもしれません」

 今、とても苦しめられています。医者よ、今すぐ私の前から立ち去れ。

 ……今の状況を脱出ゲームだと考えよう。この状況から逃げたい。

 まずは、母を説得……は、無理だ。ということは、医者を攻略しなければならぬ。

「医者よ、私に時間を割くなんて人生勿体無いと思わないかい?」

「ちょっと、ユユ一体何を言いただすの!?」

「こんな女に時間を使うのなら、家に帰って奥さんに甘い言葉の一つや二つ言った方が良い。そうすれば、私のストレスも解消され、貴方もハッピーになる。これぞ一石二鳥!」

「ですが、私の仕事は……」

「仕事は終わりっすよ! 今すぐ家にゴーゴーレッツゴー!」

「え、ですが」

「なぁ、誰か俺の本知らないか?」

 私達が会話をしている時に、突然兄が部屋に入っていた。

 おお! 救世主! メシア! 

 なんていいタイミングなんだ。素晴らしい兄を持って良かった。全世界がこの兄弟愛に涙を流すだろう。

「さっき、見たわよ。ちょっと待って」

 そう言って、母は立ち上がり、席を離れた。

 ユユ・ベーカー、十六歳、雌、このチャンス、逃しやしない!

「さぁ、早く家に帰るのです!」

「だが、まだ診断は」

「終わりました」

 戸惑う医者に私は目を見開いて圧をかけるようにそう言った。

「貴方は今すぐ奥さんにアイラブユーと伝えるべきなのです。それが使命です」

「え、あ、はい」

「うむ、よろしい。今日は来てくださり有難うございます。では、もう二度とお目にかかることはないでしょうが、お元気で!」

 満面の笑みで私は彼に手を振った。彼は口を開けて、奇妙なものでも見るように私を見る。

「ちんたらしてる暇はない。じゃないともうすぐ般若がやってきます」

 勿論、般若は母のことだ。

 医者は私の圧に負けて、鞄を持ってそそくさと部屋を出て行った。

 ちょうどその瞬間、母が私の元へ戻ってきた。

「ユユ? 何をしているの?」

 今までに聞いたことのない恐ろしい声に、母の顔を見れない。

 生還できねえ、と本能で悟る。

「兄上! 私を助けろ」

 私はバッと兄の方を振り向く。

 切羽詰まった私の顔を見て、兄上は少し後退る。

「ぶ、無事を祈る」

 そう言って、兄は私を置いて部屋から一目散に出て行った。

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