3.侍女のベラ
コンコンッと扉を叩く音が部屋に響いた。
「誰?」
「……ェ」
扉の向こう側の人間が私の言葉に言葉を詰まらせる。
こんな朝から一体何の用だろう。まさか……、実は前世は廃人だってもうバレて堕天使にされるとか?
うっそ、早すぎ。それは流石のヒロインもメンタルが豆腐のようにボロボロになっちゃうよ。
「お嬢様? あの、私です。ベラで御座います」
弱々しい声が聞こえてきた。
ベラ? 誰だっけ? そんな親戚いなかった。ベラベラ詐欺?
「お着替えのお手伝いに参りました」
……お着替え? あ、え? 侍女? そうだ、思い出した。私はかなり裕福な家の女だった。
ヒロインがお嬢様って割と珍しい気がする。本来なら平民がのし上がっていくイメージだ。最初から名家の子だから、このゲームは人気がなかったのかな。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「え、あ、……」
廃人のコミュニケーション能力が秒でバレてしまう。
着替えるのを手伝って貰うなんて廃人でなくもはや廃ゴミだ。そこまで何にも出来ない人間にはなりたくない。
「お嬢様?」
「あ、一人で大丈夫っす」
「っす? え、あの、ユユお嬢様ですよね?」
即疑われた。前までどんな話し方をしていたのか思い出せない。
とりあえず、ヒロインでお嬢様風……。
「そうでござんすわよ。私の名前はユユでございますわ」
……あれ? なんか変な気がする。けど、まぁ、お嬢様なんて皆こんな感じだろう。「偏見半端ないな」とかネット民に叩かれそうだけど。
今までお嬢様生活を一切してこなかったから喋り方なんぞ全く分からん。
「申し訳ございません。一度お部屋に入らせて頂きます」
そう言って、私の許可を得ず勝手に扉が開いた。
私が本物かどうかを確かめる為に侍女にここまでさせるとは、私はどうやら大根役者のようだ。
「えっと、こんちわ」
私は軽く頭を掻きながら会釈した。
「あ、ユユお嬢様」
ベラは少し驚いた様子で戸惑う。頬にあるまばらに散らばるそばかすが可愛らしい。ピチッと髪が括られていて優秀さが滲み出ている。
私とは正反対の性格なんだろうな……。
「勝手に入ってしまい申し訳ございません。普段と少し様子が違いましたので」
「全然大丈夫だから、そんな謝りなさなんな」
「いつもと口調が違うので……」
「あ~、まぁ、それはしゃあない。慣れてくれ」
苦笑しながら若干気だるげな調子で私はそう答えた。
ベラはまだ困惑しているようだ。昨日までお世話していたお嬢がいきなりキャラ崩壊しているんだもんな。そりゃ、気味が悪いか。
そういや、私、前までどんな子だったんだろう。
少し頭をひねって、昨日までの記憶を思い出す。……いつもニコニコしていて愛想がよくて、ザ・良い人って感じで、動物を愛し、動物にも愛され、あだ名は聖母マリアみたいな感じの女だ。
半端なく女子力が高い子だったな。あぐらとは無縁の女の子だ。徹夜でゲームや漫画読んだり、絶対しないだろう。夜の十時には規則正しく就寝しているような優等生……。
無理じゃ、無理じゃ。絶対に元に戻れない。前世の記憶ってこんなにも性格に影響するのか……。
けど、このままの性格を貫いたら自然と人は離れていきそうだ。それに私はお嬢様だ。廃人になってもずっとこの家に住み着くことが出来るだろう。
これは何としても攻略対象達には悪役令嬢に落ちてもらうしかない。




