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羅天絞喰  作者: D・D
第一章 怖くて偉大で大きな樹
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3.心根

村全体が静まる。

村人たちの視線は一人の少年に集まっており、されど、誰も言葉を発しない。フウは一人歩き、父の元へ向かう。偉大な父だと思っており、常に自分の理想は父であると考えていた。だが、その父とも今日この夜で別れることになる。


「…フウ、我が息子よ。」


ザサはフウと向き合う。息子が村のために犠牲になるという現状、考えると涙が浮かんだ。


「父さん。」


フウは一言父に告げる。フウの目には涙跡があり、赤みがあったが、もうそこから雫が落ちることはなかった。眼頭を引き寄せ決意に満ちた表情をしている。


「怖いか?」


ザサはあえて聞いた。今生の別れになるだろう、息子の最後の言葉を聞くために。


「寂しいか?」


ザサはあえて聞いた。息子の心情を父親として理解するために。


「私は…俺は…寂しい…ぞ。」


ザサは思わず呟いてしまう。フウと真正面に向き合いながら、目に涙を浮かべてしまいながら。


「もう、俺は失いたくない。」


ザサは自分の心根を告げる。それは、この世で最も愛していた妻であり、昔、天樹の生贄となったフウの母親のことであった。


「父さん…」


フウは小さく自らの父親を呼ぶ。


「先に母さんに会うよ」


ザサは目を見開く。すると、ザサから見るフウの後ろには亡き妻が映し出されているように見えた。息子が妻と重なり合う。


ザサは手を伸ばしフウの頭に乗せた。

そのまま、わしゃわしゃと父は息子の頭を撫でた。目に涙を浮かべながら力強く父は息子の頭を撫で続けた。


「…行ってくる」


フウは父に最後の言葉を投げかける。撫でられながら言い放ち、視線を強く森の奥へと向ける。待ち受けているものは自分を死へと追い込むものだ。


村人たちとの別れ、家族との別れ、友との別れ、それら全てを受け入れて恐怖心と寂しさを抱えながら、フウは歩き出す。


言葉は告げない。後ろを振り返ることもしない。ただただ、真っ直ぐに目的の場へとフウは向かった。村を救うため自分の命を犠牲にする。そんな彼を誰が責められようものか。


ーーーーーーーーーー


フウは歩き続けた。鬱蒼と伸びきった草木をかき分け、森内の滝壺を乗り越え、大川を渡り、天樹の元へと向かう。


逃げ出したくなる気持ちも心の底にはあった。フウとて人間であり、まだ少年だ。死に対する恐怖はもちろんあり、家族に、友に、もう一度会いたいという気持ちだってある。


しかし、その感情は奥にしまいおかなければならない。


村のため。自分が逃げれば村は壊滅する。13歳であるフウは10年前の悲劇をその身で体験したのだ。

まだ、小さかったが脳裏にこびりついたあの時の記憶はどうも消せることはできないだろう。あれは、ダメだ。絶対にあってはならないことなのだ。

村の人たちの、父の、友の、死を見たくなんかないのだ。


だからこそ、フウは屈しない。足を進めることをやめない。天樹に身を捧げるために。


「……」


見上げ、辿り着く。

とてもとても巨大な樹木だ。周りの木々を寄せ付けようとしないとも言わんばかりの巨大さである。根っこの部分は地面から浮き彫りにされており、一つの根だけで人間五人でやっと囲めるくらいの大きさである。


「……っ!」


フウは天樹を見、驚く。巨大すぎるその根が縦横無尽に動いている。うねるように動くその様子は道端を移動する蛇のようだ。事実、地面は根のせいで地盤が崩壊されており、大きな根の海がそこら中に出来上がっていた。


怯むな。ビビるな。村のためだ。そして、


フウは自分に言い聞かせる。

自分がここにきたもう一つの理由を頭に浮かべながら、


「俺は、ビビらないぞ。天樹。お前は俺の母さんを喰らった。俺はその日からずっとお前を恨んできた。」


フウは天樹に向かって指を突き刺しながら自分の憎悪を天樹に向ける。


天樹もそれを受け取ったのか根をうねらせ、ギシギシと地面を穿つ。


「お前に喰われる俺は絶対にこの憎悪を消さない。お前を恨みながら死んでやる。」


フウは天樹に告げる。天樹はいけしゃあしゃあといった風に根を枝をギシギシとうねらせた。

天樹はフウを食べる。根を伸ばし、フウを捕まえて、根の海へと放り投げる。


フウの身体はうねっている根の中へと巻き込まれた。根は渦を巻くようにフウの身体を縛り上げて絞め殺す。根の海では赤い血が飛び散るように空を舞った。


天樹は空腹を満たして、甲高い声でしゃあしゃあと軋み音を上げる。


この夜、立派に育つであろうと思われていた男の子が亡くなった瞬間であった。


…母さん


最後の少年の一言を誰も聞くことができずに。


ーーーーーーーーーー


「うひゃー、やっまおっくだなー」


「あまりむやみに進まない方が良いですよ。死にますよ。」


森に二つの声音が響く。一人は男性、一人は女性のものだ。どちらも若者である。


「死なねぇよ。俺がこんなとこで死ぬ玉かよ。」


「油断は禁物という言葉がありますよ。」


「ヘイヘーイ。」


なんということでもない会話をする二人。しかし、その二人の風格は明らかに常人とはかけ離れたものであった。


これは、村の少年が亡くなってから3年後。

天樹に悩まされる村人たちの元に若者二人がたどり着いたのであった。

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