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羅天絞喰  作者: D・D
第一章 怖くて偉大で大きな樹
18/27

17.大樹戦 敵の策

有効なのは広範囲攻撃。

それがこの怪物の弱点であると、明確になる。

で、あるのだが。


「俺ぁ、お前のさっきのやつみたいなのはできねぇぞ。多少は広くはできるが、この根っこ全体を覆うような炎は出せねえ。」


ラザクが言うように天樹の根は広範囲で根を蠢かしている。

本体を中心に円状に根を集め蠢いており、広さはゆうに半径50メートルは超えているのではないだろうか。根は大きさ、長さにそれぞれ個体差はあるが、一本一本が凄まじく長いことだけは誰の目から見ても明らかだろう。


ラザクの炎はどちらかというと一点特化型である。


敵単体への業炎は絶大な威力を発揮する。

だが、こと天樹のような全体攻撃が必須となる化け物と対峙するとなると戦法に難癖をつけられる。

ラザクの放つ炎塊は刀身に纏われた炎であるので、遠距離攻撃のリーチの長さとしては短いと言わざると得ない。それがネックとなるのだ。

纏う炎そのものは、焼くものすべてを塵に変える効力を持ってはいるのだが。


「………」


「なんだよ」


ラザクは横からの視線を感じ、向けられた目つきにぶすっとしたように答える。

カウラはジト目でラザクを見つめており、口元をにやけさせていた。


「いえ、あなた今回の任務もしかして…」


ラザクはカウラの続ける言葉に何も言わない。

ただ、眉間に皺だけ寄せてはいた。


「役立たず…ですか?」


「けっ、うるせぇよ。」


細めた目でフフッとした笑みを浮かべるカウラ。

ラザクに優越感を持つことができた気がして満足気な表情だ。


そんなカウラとは対照的にラザクは訝しげな顔を天樹に向ける。

今回の相手はラザクにとって脅威な敵というより相性がすこぶる悪い敵のようだ。


「くそめんどくせえなぁ。」


ラザクは現状にため息混じりにそう吐きこぼす。


「どうしますか?あなたは」


カウラは横の相方に向けて、視線を投げる。

一応、カウラは天樹に対して対抗手段を持てていることが先ほどの攻撃で証明はできた。

とりあえず向こうに見える怪物に対して抗うことはできるだろう。


しかし、問題はラザクの攻撃手段だ。刀身に宿した炎は凄まじい熱を帯びているとはいえ、天樹にはあまり効力を発揮しなかった。

炎を根の内側に持ってかれるという歪な対処を見せつけられている。


「そうだなぁ。どうするか。……ん?」


二人が言葉を交わしている間、天樹は根に与えられた傷を苦しむかのように蠢いていた。


だが、ラザクが天樹に目を向けると、異様な光景が視界に入ってきて。


「…何だあれ?」


そこには、天樹が自らの根を細くしている、という様子が見えた。

元々、太く巨大な根だったが、それを半ばあたりから切り裂いていき、分裂させている。

一本の巨大な根から細い根が続々と生み出されている。

生み出された数は大方一本の根から、10本から数十本くらいといったところか。


巨大な根の枝分かれ。次々にあらわになる細い根たち。


…では、それが何を意味するのか。


「おいおい、こりゃあ。」


「……多い。」


ラザクとカウラは現状に目を見張る。

二人が驚愕したものは分裂してできた根の本数だ。


元からあった巨大な根の本数はいくつかは見当はつかないがそこまで気にするほどではなかった。


せいぜい、数十本かの太い根が蠢いている、その程度の印象だ。


だが、その巨大な根達がそれぞれ分裂をはじめ何本もの細根が創出された。

分裂してできた根自体の太さは人の足くらいだろうか。

まあ、先ほどまでの巨大なものと比べても一本の根に脅威は感じはしない。


しかし、この状況はそれで終わる話ではない。


「何百本あるんだよ…」


「もしかしたら千以上はあるかも…ですね…」


一本の根は、先端が尖っていることは見てわかる。

おそらく突き刺されたら刀で貫かれた時と同程度の損傷は受けるだろう。

或いはそれだけの被害ではおさまらないかもしれない。


そんな凶器じみた性能を持つ根を天樹は大量に創造した。


天樹の真価を見せ付けたとでも言うのか。

化物としての恐ろしさが体現したかのような光景。


無数の凶器が空を覆っている。


二人は鬼気迫っているはずの現状に思わず瞠目してしまっていた。


この状況はまずいと二人の勘が告げていた。


ある程度、根を生み出した天樹は二人に意識を向ける。多くの根の鋭利な先をカウラとラザクに向けた。


「………っ!」


感情など持ち合わせていないような見た目の怪物ではある。

だが、二人は今、明確な敵愾心を向けられたことを理解して。


カウラは唾を飲み込んだ。

空にある無数の根の先端は二人がいる方向を向いている。


もし、あれらが一斉に襲ってきたとしたら、自分達はいかにして対処する?


いや、そもそも生き残れるのか。


「……まずい。」


カウラは自分が今脳に浮かべた言葉をただそのまま口から吐き出した。


口内は渇きで埋め尽くされていた。少なからず自分は今、萎縮してしまっている事を自覚する。


だが、それも仕方がないことである。


先刻まで天樹は我々を根ではたきつけ、嬲り殺すことを前提としていた。


だが、今、天樹は根を変化させた。


数を増やし、我々を追い詰め、尖った先端で刺し殺すことに決めたのだ。


所詮小さな二人だ。一突きで致命傷は免れないだろう。


無数にある中の一本でも胴部分に刺されるようなことがあるのなら、それだけで戦況は大いに変わってしまう。


なるほど、二人を殺すのにもってこいの戦法ではなかろうか。


数の暴力とは恐ろしいものであり、相手の手段を無くしていくことに最適な方法でもある。


天樹はゆらゆら蠢いている根を一瞬硬直させる。

そして、二人に根の先を向けるやいなやピクリと先端を、


…動かした。


「………‼︎」


「逃げろっ!カウラァ‼︎」


ラザクは叫ぶ。と、同時に全力で天樹とは反対方向に地を蹴った。


無数の細根での追跡開始。

根の何本かは二人を追い詰め特攻。

他の何本かは二人の行く先を読み先回り。 

他の何本かは周りをさまよっており、標的が近くに来たら反応し追跡する。


ラザクとカウラは迷わず逃避行為を選択。


不本意であるがこれは仕方がない。いや、仕方がないというよりどうしようも無い。

あれに立ち向かうなど無謀すぎる。死にに行くようなものだ。抗う手段が見当たらない。


千近くもある鋭刃の猛襲に、人間二人がどう闘う?


一人が炎を放ってもそれが効かないことは既に分かっていて。

一人が雷を放ったとしてもその攻撃が根に当たるのは数本だけだ。先ほどの広範囲攻撃は余裕があったから出来たこと。


今の状況に余裕さは微塵もない。


「…………っ!」


逃避方向は迷わず天樹から遠い場だ。

あの場にいたままだと詰むことはわかっている。

逃げ場をなくされそれで終わりだ。

とにかく今は天樹から離れなければ。


二人はとにかく全力疾走。

後ろに迫る熱情じみた殺意を背中にひしひしと感じながら、とにかく山林内を駆け抜ける。


「くそっ…がっ。」


ラザクは天樹に背を向けながら全速力で遠ざかっていた。二人の走力は単純に速い。根の迫りくる襲撃に持ち前の脚力で何とか逃げ続ける。

追いつかれはしないが、しかし、天樹も簡単には遅れを取らない。二人の逃げ足にに置いてかれない追跡速度だ。


二人の逃げるスピードと天樹の根が追うスピードにあまり大差はない。


故に、追う追われるの均衡状態が生まれる。


「…ちぃっ!」


ラザクは状況を確認するため、たまに後ろを振り向くが、不満をあらわにし唾を吐き出す。

無数の根は自分達を刺し殺すことに躍起になっているようであって、


「くそっがぁ!」


ののしり声をあげながら全力で駆け抜ける。

ラザクは一つの可能性を考えていた。


天樹という化け物とはいえ、所詮は木の根だ。


根が伸びる範囲は無限ではないはずだ。

必ず、根の射程距離に限界があるはずだと。


あるはず、なのだが、


天樹が化け物故であるからなのか、ラザクのそんななけなしの蓋然は、無残にも廃れてしまうようであり、


「長すぎんだよぉ!」


追跡する無数の根はとどまることを知らないといった様子だ。


細根の長さは無制限と考えた方が無難かもしれない。

化け物に通常の常識など通用しないという表れだといわんばかりに、天樹は無限に根を伸ばし続けた。


都合の良い現実というものは起こらない。

あるのは無慈悲な現状だ。


殺意の権化は容赦なく二人を追い続ける。


「ラザク!なるべく遮蔽物となる道を走り抜けましょう!少しでも根が減速することを見越して!」


「……あぁ!」


カウラはこの現状に対する少しでも有効な策を試す。

この状況、いずれ崩れるのはこちらだ。

なんでもいい。なんとか敵を遠ざける可能性があるのなら、それを駆使するしかない。


カウラの案にラザクも同意する。


しかし、


「…………っ‼︎」


中途半端な行為というものは結果が知れているものである。


化け物にそんな小さな抗いなど通じない。


「くそっ…!」


ラザクとカウラは出来るだけ森内の木々が生い茂った場所や断崖、岩石が多くある付近を主に逃走した。

無数の根が岩などにぶつかり減速することを見越した上で。


しかし、それが無駄な足掻きであると化け物は容赦なく見せつける。


「…ちいっ。そうですか。」


カウラは一瞬、後ろを見ると同時に不満を吐き出す。


天樹の細根はたとえ木々や岩石があろうと御構い無しに貫通し、砕き、一直線に突き進んでいた。

砕かれた岩々はもはや見る影もない。悲惨な姿になって残されているだけだった。


減速させようとした案は天樹の細根には無意味なようである。


「…細根を硬化させているのか?」


逃げながら、カウラは天樹の今の状態を分析。


どうやら、この怪物の使う硬化能力は今、細根に発動させているようだ。

それであの岩や木々を突き壊す破壊力を生み出していると考察できる。


しかし、天樹の硬化能力は根の全体には使えないはず。一部か、数箇所、それだけしか硬化できないのではないのか。


やはり、全体を硬化できるのか?

いや、しかしそれだと辻褄が合わないし、先ほどの広範囲攻撃は無意味となっていただろう。


しかし、なぜ今、こんな全ての細根が硬化している?


「…まさか!」


逃げながら頭を回転させカウラは一つの説を考えた。


硬化能力。見た目に反している細根の威力。

ということはそれが何を意味するのか。


察しの良いカウラはすぐに気がつき、


「…くそっ。今、本体は弱点そのものだ。」


「…どうしたぁ⁈」


カウラは考察した結論を走りながら言い捨てる。

近くで逃げているラザクはそれに対して問答。


「おそらく、現時点で天樹は根の先端を硬化させています」


「岩や、木々をぶっ壊せてんのはそれが理由か?

細い根にしては威力が強すぎると思ってたんだ。」


「ええ、そうです。それで、天樹本体は今、脆くなっている!細根の先端にのみ、硬化を発動させていてそれ以外の箇所は弱点そのものです!」


カウラは走りながら説明。


先端以外の他の部分は硬化能力を発揮できない状態だということ。

その考え方で辻褄は合うはずであり。


今、本体に攻撃をすれば莫大な損害を与えることができるだろう。

天樹を倒すなら今なのだ。

今なのだが、


「…もどかしい!」


カウラは倒す手段があるのにそれを実行できない現状にどうにもならない感情を込めた。


攻撃は最大の防御とはよく言えたものである。

本体の方に行きたいのは山々なのだが、追ってくる無数の細根をかいくぐるなど無理な話である。

焦燥感が掻き立てられる。


「カウラァ、このまんまじゃジリ貧だぞ!」


「わかってます!」


ただただ討伐対象から遠ざかるだけの二人。


逃げながらプライドが傷つくがそんなことを言っている場合ではない。

逃げなければ死ぬ。それだけだ。


この状況の打破。募る焦燥感。封じられる手段。


他に何が残されている?








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