10.子の宿命
場の興奮がおさまっていく。
「ヒヤヒヤしましたよ。」
カウラは一言ラザクに告げた。場を見ていたカウラは小さく笑みを浮かべていた。
「おめぇ、一言も喋らなかったな。」
「そうすべきだと判断しました。」
「そうかよ。」
ラザクはそんなカウラにブスッと顔を向けたが、カウラは小さく微笑んだ。
そして、ラザクに聞こえない声で「さすがです」と囁いたのであった。
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「あなたたちは、天樹に勝てるのか?」
咽び泣くのを落ち着かせ、嗚咽の抜けていない声音でザサは二人に聞いた。
興奮し、怒号が、憤慨が、双方の感情が撒き散らされた部屋に静寂が戻っていく。
「言ったろ?俺たちゃその手の専門分野だ。」
ラザクはニカッと軽い笑みを向け、煌めく瞳を向けた。
腰にさげた愛刀を抜き、掲げる。
「俺たちが、その天樹とかいうバケモンをぶった切ってやるからよ。」
ザサにはその男が雄大に見えた。また、轟々と吠える獣王のように見えた。燃え盛る豪炎のようにも見えた。
「もう、この村から死人は出ねえ。俺たちが原因の根幹をぶっ潰す。」
ラザクの声音には鉄のような固い意志がある。そう、感じざるを得ない。
「生贄ってのはもう終わりだ。」
ラザクはザサに言い切った。自分たちの村はもう怖がることはないと。怯えながら住まなくてもよくなると。
だが、ザサはまだ、心配ごとがあることを胸の内にしまっている。
ザサはポツリとラザクに向かって告げた。
「今晩、天樹様は空腹です。生贄を与えなければいけません。小さな女の子が対象となりました。」
「何?」
ザサの思わぬ言葉にラザクは顔をしかめた。ザサは話を続ける。
「小さな女の子が、…ミコリという女の子が選ばれました。今宵は生贄を与える夜なのです。おそらく彼女は今、恐怖に苛まれているでしょう。」
ザサは視線を下に向けながら言葉を落とす。その声音に力は無かった。
もう何度も身にしみた感覚。
死することが決まった者が村にいる現状。…残酷だ。
顔を落とすザサにラザクは大きく詰め寄った。肩袖を強く掴み、決死の形相を見せつける。
ザサはそんな男の顔を見て、目を見開いた。
その自分の目には涙がたまっていることが感じられた。
「その、ミコリってのはどこにいる?」
「ミコリを…助けて、くださりますか?」
「ああ?」
ラザクの質問にザサは質問を重ねてしまう。
無礼な行いだとは自覚している。
だが、その言葉だけは聞いておきたいと、力強い言葉を言って欲しいと思っている。
今まで、生贄と決まったものが帰ってきたことはなかった。必ず、選ばれたならば、死を迎えていたのだ。
そんな悲壮な固定観念がザサの脳内に刻み込まれていて。
それを…全て…払拭してくれるような言葉をザサは欲しかった。
そして、そんなザサの願いはいとも簡単に叶えられ、
「当たり前だろうがぁ!!」
ラザクは唾を吐いて決死の形相で大きく吠えたのであった。
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ラザクとカウラはザサの後をついて行き、ミコリというもののいる家へと向かった。
「こちらです」
ザサは手招きし、家の戸を開ける。ラザクとカウラはその間、村の者たちに意識を向ける。
村の者たちもザサとともにいる二人を虎視していた。だがその目は最初に見せた敵視ではない。
ザサと二人が話している間、村人たちはどうなるものかとザサの家を気に留めていた。
たまに聞こえる激発した声や奮発したであろう怒号。
それを聞き、村人たちは事の様子を心配していたのだ。部屋で何を話しているのか、ついぞ、村人たちは気になっており、ザサの咽び泣くような声音をした時は不安心もピークに達したものだ。
ラザクとカウラもそんな村人たちを気にはした。が、特に目を向けることはせず、今はミコリという少女の元へ向かうのが先決だ。死の運命を宣告された悲しき少女の元へ。
家に入ると…小さな声がした。
小さな声、だが、声というより泣き声の方が正しい。
家内を進むとそこには少女と大人の女性が泣きながらも抱擁している姿が目に飛び込んできた。
「ミト…」
ザサは泣きあっているものたちに向かって囁く。大人の女性はこちらに気づき、少女はまだ泣き続けている。
「ザサ…さん。私は…この子は、…。」
ミトと呼ばれた女性は涙を見せながらザサにつぶやく。
その姿には悲しみがあふれ出ていた。悲観し、憤慨し、自分の娘に降りかかった運命に悲憤慷慨していた。
ミトとは抱いている少女、ミコリの母親である。
たった今、実の娘との今生の別れを悲観しているところだったのだろう。
「私は、ぁぁ…ミコリ…とはなれたく、…ない」
涙篭った声音でミトはザサに訴えかけるようにつぶやく。
自分の本心をさらけ出すように実の娘を抱きながら発した言葉。
涙が止まらない。悲しみで埋められたこの心が内からさらけ出してしまいそうだった。
ザサは腰を下ろし、こちらを涙であふれださせた瞳で見つめているミトと同じ目線に立つ。優しい顔つきでザサはミトを見つめ返した。
「ミト…希望は、まだ、捨てることはない。」
「え?」
ミトは怪訝な表情を浮かべた。
娘と抱きしめ合い、互いに泣き続け、悲しみを涙していた。そして、娘を失う覚悟も決めた最中だったのだが。
希望が、……ある?
ミトのもとに来たザサは予想外の発言をし、こちらを見つめている。
そこに同情やら、諦念といった感情は含まれていない。こちらをただただ優しく見つめていた。
瞳には「諦めるな」とそう伝えているようにも感じられ、
「ザサさん、…それは、どういう……こと?」
ミトはうつろうつろに語りかける。
希望があるとはどういうことなのか。
死を迎えることになった娘はどうなるの?助かる…の?
悲嘆していたミトだったが、今は先ほどの言葉の意味を知りたいといった様子を見せる。
「後ろの二人だよ」
ザサは二人を手招きし、ミトに顔を見せる。
ミトは、当たり前だが見知った顔ではない。
そのため、村外の者たちだと判断するや否や少しの警戒心を駆り立たせた。
「この二人は?」
「心配するな、悪い人ではない」
涙しながら、それでも訝しむ精神を崩さず、ミトはザサに聞く。
「ですが、村外の者たちなど信用しても」
「わしが、信頼した。それで文句はあるまい?」
ミトはその言葉を聞くと、初めこそ驚いたが納得した表情を見せた。ミトの、村の長ザサに対する信頼は大きい。
「あなたたちは?」
ミトは部屋に入った二人に質問する。
この二人がいったい何なのか、それを知らなければ話は進まないだろう。
訝しげな表情をしていたミトに対し、大柄な男ラザクは話しかけた。
「あんた、もう心配すんな。娘はもう死なねえよ。」
唐突にかけられた言葉にミトは目を見開く。なぜならそれは今、涙を流す原因となっていることなのに。
娘が死なない?
「どういうこと?」
ミトは質問を重ねる。話の筋をもっと見せて欲しい。死を宣告されたというのに、根拠がないと納得なんてできっこない。
そんなミトの心情が顔に浮き彫りにされている様子を見たラザクは堂々と答えた。
「俺たちが天樹をぶっ倒すからな」
「………⁈」
驚嘆、というより唖然。思いもよらない言葉を投げかけられミトは口をあんぐりとするほかなかった。