プロローグ
数多の生きとし生けるものたち。
この世界には動物、植物、海洋生物、昆虫など様々に種類は存在する。
「きっついねー、こりゃあ」
そんな幾多の生物が生息しているこの世界。
しかし、中には現実とはかけ離れた歪なものも現存する。
天が地に与えたと通説には書かれている。
それはこの世の生物としてのあり方自体を覆す、信じられないほどの、
「化け物だねぇ。」
人々を脅かす化け物であると。
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地を蹴って、瞬時に四足歩行の相手の懐に潜り込む。そして、すかさず上に向かって剣撃を一閃。残像が残るほどの早い振りで両端に刃の付いている西洋の剣を振りかざした。放たれた鋒は容赦なく敵の腹部を切り裂く。
「硬すぎだよ…」
男は呆れじみて嘆息すると同時にその場から退く。
敵に向かって斬りつけた攻撃は流血こそしたがあまり手応えは感じなかった。おそらく浅い。
腹部を切られたはずであるが、敵はたいした怯みもしない。反撃とも言わんばかりに、自らの巨大な四足を使い男に向かって蹴りつける。
それを男は上に飛んで回避。敵の一撃から抜け出す。
しかし、敵はその隙を見逃さない。空中にいる男に向かって自らの尾を勢いよく叩きつける。
身動きのとれない空中だ。かわし切れるはずもない。
だが、
「…なんの!」
男は空中で身体を反転させ、こちらにくる尾に剣の腹を向けた。そして、柄の持ち方を変え、握る力を少し抜く。
そこから、大きな尾の追突を剣の腹で受けた。
通常ならば男は勢いのままに吹っ飛ばされるはずだ。
「…せえい!」
しかし、男は吹き飛ばされない。
男は剣の腹で受け止めた衝突を、剣と自らの体を反転させ、少しだけずらした。そのまま、反転した勢いを使い、空中で回転する。男を払い投げるかと思われた尾は男が生じさせた遠心力に抗えず明後日の方向へ飛んでいった。
迫りくる攻撃をずらし、透からせる。男の戦闘技術としての高さが窺える光景だ。
「しかし、とんでもないね。」
回転させた体を地に着地したと同時に戻し、敵を見据えながら男は呟く。その目には異形な存在が映し出されていた。
夜の月明かりに照らされる巨大な四肢。しかし、地に四肢を構えて歩いているそれは四足歩行とは言い難い。
後ろの二足はまさしく獣の足だ。見たところ馬の足に近い形状をしている。蹄じみたものも露見でき、真っ黒で巨大な二足だ。
しかし、前についているものはとても足とは言い切れない。というより、もはや人間の腕がそのまま巨大化してつけられたと言われたら納得してしまうような見た目だった。手首や肘も見受けられる。強いて違うところを取り上げるのならば、鋭利に発達した巨爪があるくらいか。こちらも黒で染められており、こんな夜も更けた時間帯であると見えづらいこと極まりない。
そもそも、全身が黒で染められた獣だ。否、獣と言うにはいささか語弊があるかもしれない。生物としての存在をあまりにも大きく隔たり過ぎている。
適した言葉を用いるのなら、『化け物』だ。
両手両足を地につけ、自身の体を支えている化け物。
民家の一軒家よりもすこぶる大きいその化け物は、あえて獣に例えるのならクマが一番近いだろうか。
しかし、それは見た目だけの感想であり、違う部位など多々にある。黒く長い尾は特に特徴的だ。ゆらりと揺れている尾はとてつもない強度を持ち合わせている。
「…グオゥゥゥゥゥ。」
全身を黒い体毛で覆われている化け物は酷く不快な鳴き声を響かせる。
暗闇に光る赤い目つきは目を合わせたものを震え上がらせるだろう。
涎を滴らせながら見える牙は人間の頭蓋などいとも簡単に噛み砕くのだろう。
この世のものとは思えない化け物は鋭く尖った牙をギラつかせる。
「もうちょっと、色とりどりでもよかったんじゃねーの…」
額に垂れた汗を拭いながら、男は微笑した。
剣を構えながら敵の様子を窺う。
夜の月明かりが男と化け物を照らした。
人間よりも何倍も大きなこの化け物と対峙する男。
普通ならば命を捨てている行為だとも言われかねない光景だ。
しかし、この男はそんな愚か者ではない。
「…さあ、幕引きといこうか。」
プラハルナ国戦闘団第4師団団長兼教官グラハ・カルヘルは剣に光を宿し。
目の前の化け物に向かって地を蹴った。