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厄災8

 戦闘において、人間を超越した力は三つ。

 魔力を源に世界に干渉し特異的な現象を起こす“魔術”。魔物と魔石を原料に特殊な能力を持つ“宝具”。

 そして、魂の根源を悟り魂魄の境地に至ることで身に着く“起源”。


「起源者……その若さで“起源(それ)”に至るとは中々過激的な人生を送っていますね」


「その若さって、俺より年下だろテメェ……まぁいい。俺の起源は“烈虎(れっこ)の理”」


「烈虎……確かに、跳躍に長けたバネのある脚力、敵を潰す程の剛腕、突き刺すような鋭い眼光……まさしく虎ですね」


 起源者はその魂の起源を肉体に宿す。

 つまり、アルバードの肉体は獰猛で屈強な猛虎のような身体能力を発揮する。


「これは、僕も本気を出さないといけませんね」


「ほぅ、さっきまでは本気じゃなかっただと?」


「ええ」


 不敵な笑みを刻むデウスに、アルバードの槍が弧を描いた。

 虎の突撃を、今度は更に早く、変則的な動きがデウスを襲う。

 しかし、その動きを完全に見切ったデウスは、レイピアを陽動にアルバードの腹を足で抉った。


「ぐぁはッ!?」


 その威力に内容物が喉元まで込み上げて、体内の空気が全て吐き捨てた。

 足が大地から離れ、身体が浮くような感覚を味わう。

 歯を食いしばり、身体を捻って受け身を取る。

 見た目に反した脚力に、アルバードは動揺を隠せない。


「まさかテメェも起源者か?」


「そんなまさか。今のはただの蹴りですよ。ところで、もう一分経つはずですけど、降参します?」


「はぁ? 冗談じゃねぇ。こんな楽しい喧嘩終わらせるなんて勿体ねぇぜ」


「そうですか。ですが、勇者様も時間が限られていますので、この勝負はもう終わらせます」


「そうかい――――ッ!」


 動き出しは同時。

 デウスの動きとアルバードの動きはとても目で捉え理解出来るものではなくて、残像のように映る両者の姿と、剣戟と移動で大地が抉れる様子だけがエレナに映る。

 

 両者には濃密な戦闘も、エレナには刹那の光景だけ刻まれて、最終的に目にしたのは、


「…………参った。降参だ」


「楽しかったです」


 槍を弾かれて地面に屈するアルバードと、その肩に剣を突き付けたデウスの姿だった。

 言葉を失うほどの光景を見せつけられたエレナ。


「凄いですね……」


 隣に立つフレイアの声に反応してエレナは振り向く。

 僅かに見せたフレイアの恍惚とした表情が、強烈に目に焼き付いて。




 ◆◆◆◆◆




「ぐぬぬぬっっ…………」


 ゴルゴンの悔しそうな顔を、デウスは満面の笑みで返した。

 プライドもあるゴルゴンは、約束通り銀装備を報酬にすることを了承。

 

 勿論、デウスたちが欲しい銀装備を全て提供することの言質をしっかり取った。

 ゴルゴンの性格なら、銀装備を一つだけ渡して約束を果たそうとする考えが浮かび、事実セリフからはそう思わせるようになっていたので、デウスが半ば脅しのような方法で確約させたのだ。


 その時のデウスは、神ではなく悪魔のように感じられてエレナは苦笑いを禁じえなかった。


 ついでに領主の屋敷に止めてもらう事も約束させたデウスたちは、夜のひと時を過ごしていた。


「んん~~あ~。領主の家のお風呂広すぎでしょ。気持ちぃ~」


 屋敷の浴室はとても広く、軽く泳げるくらいだ。

 湧きだした温泉のように、温もりが疲れた心身に染み渡る。

   

「エレナ様、ご一緒よろしいですか?」


 瞳を閉じ、このひと時を堪能していたエレナに、浴室の響いた声がかかる。

 目を開けると、タオル一枚に身を包むフレイアの姿を見上げていた。


「フレイアさん!? ど、どうぞ。と言っても私の家じゃないんですけど……」


 慌てて向き直るエレナに、フレイアは小さな笑みを零して湯につかる。

 お団子にしていた髪を下ろして、眼鏡を外した紅色の瞳が直にエレナを捉える。

 

 長い睫毛を持つ二重瞼や通った鼻筋が黄金比で顔のパーツとなっていて、肉体は女性らしい部分をはっきりさせたまま引き締まっている。

 その美しさにエレナは眼を奪われる。


 視線を浴びて、水面の音だけが響く時間。

 

「大変ですね。勇者の振りというのも……」


 沈黙の時間を切り裂いたのはフレイアだ。

 その言葉に、エレナの心臓は強く打つ。


「え、いや、振りってどういう……」


「隠さなくて大丈夫ですよ。誰にも言いませんから。貴女にも事情があるのでしょう?」


「……やっぱり、分かりますか?」


 この人に隠し事は無理だと、エレナは諦めて話を進める。

 エレナの相談染みた言葉に、フレイアは首を横に振った。


「そんなことないですよ。わたくしは仕事上観察力には自信がありますので。貴方の身体は勇者というには少々筋力が足りないように思います。それに、先ほどの勝負、どうやら目が追い付いていないように感じましたので」


「ははは……」


 先行きの不安を感じたエレナはため息交じりに苦笑する。

 事情を察してくれたフレイアには、心を開くことに抵抗は無くて、勇者になった経緯を離す舌は回る。


「まぁわたしも覚悟はしてたんですけどね。けど、さっきの戦いを見ると、これから大丈夫なのかなーって」


「人を見る目には自信があるわたくしが思うに、貴女は大丈夫な気がします。挫折した人はそこで終わるか、更に進むかしか選択肢はありません。貴方は進む選択を選んだ。その強さは決して短い間で出来たものではないと思います」


 フレイアの言葉は、エレナの不安をかき消していく。


「貴女が生まれ、過ごしていく長い年月を経て出来たその強さは、そう簡単には壊れません。そして、それはまだ更に強くなる、成長するものだとわたくしは感じます。強さというのは人それぞれですが、貴方の従者様は腕っぷしの強さがあり、貴女は心の強さがある。自信を持ってください。それがあなたの武器であると、わたくしは思います」


 瞳を閉じ、自分の何かと照らし合わせるように語るフレイア。

 その瞳を空けた時、エレナの表情は完全に心を許した、まるで妹のような崩れた表情で。


「ぅ、フレイアさ~ん!」


「ぁ、ちょっと……フフ、お背中お流ししましょうか?」


 エレナが最初に抱く“不安”。

 それは偶然出会ったメイドによって解かれる。

 フレイアには、彼女にはすべてを吐き出すことが出来て、エレナの心は最初の厄災に向けていい状態に戻っていった。


 

 次の日。

 エレナは心地よいベッドに身体を任せ、ぐっすりと熟睡していた。

 これはフレイアとの時間が無ければあり得ないものだろう。

 

 まだ朝日が昇ったばかりの早朝。

   

「ん~もう食べられないぃ……」


「起きろ。食後のデザートの時間だ」


「でざぁっぁあ!?」


 眠りこけているエレナの足首を掴んだデウスは、フルスイングで壁に投げつけた。

 強制的に意識を現実に戻されたエレナは、目覚めた瞬間に壁一面が視覚を奪い、衝撃が眠気を全て吹き飛ばす。


「イタタァ……何すんのよ!」


「ん? 貴様がもう食べられないと言っていたから、デザートを用意してやろうかと。どうだ壁の味は? 美味かったか?」


「美味いっていうか痛い。で、こんな朝早くに起こされた理由は?」


「箱詰めにされた首がまた届いた」


「なっ!? ホントに?」


「早く支度しろ。生首などそうそう拝めるものではないぞ」


「拝むものじゃないわよ!」


 エレナはすぐに着替え、ゴルゴンの書斎に向かう。

 そこにはゴルゴンの他に、フレイアとアルバードがいた。

 インクの臭いに混じる血の香り。

 机に置かれた木箱は、血が滲み出て、蓋には例の如く警告文が彫られていた。


「うっ…………」


 エレナは思わず口元を手で押さえた。

 中を見る前にこれでは、中を確認することは無理だろうと判断したデウスは、一切抵抗のない足取りで箱に近づき中を覗く。


 白すぎる顔色。

 開けられた瞳に光は無く、表情は完全なる無。

 藁などを下に敷き詰めて、まるで誰かの贈り物かのような詰め方をしている。


 箱を開けたデウスを迎えたのは、そんな状態の顔だった。


「これはこれは……見事に切断されてますね。胴体の方は?」


「胴体は街の路地に捨てられていただと。警備に当たっていた衛兵が見つけたから騒ぎにはならなかったらしい」


 腕を組み答えたアルバードの声は、溢れる怒気を抑えきれずにいた。

 デウスはその首を骨董品でも眺めるように、持って観察する。


「これをした人は中々の使い手ですね。見事に骨の間の軟骨部分で切り裂いてます。一切の抵抗なくやられたんでしょうか」


 淡々と述べるデウスにアルバードは不快感を滲ませる。

 疑問を抱くデウスに、フレイアも感情を表さずに口を開いた。


「今まで送られてきたのも同じような状態でした……抵抗より何が起こったのかも分かっていないかのような無の表情で箱詰めされています」


「で、今回も街には?」


「はい。いつも通り、犯人は拘束時に抵抗した為その場で斬殺というシナリオでご遺族には伝えております。そして、この件は流布しないようにとご遺族及び被害者の関係者には伝えております」


 この対応にエレナはゴルゴンを睨みつけた。

 だが、ここで彼を叱責したところで現状は変わらないことを昨日の言い合いで証明されている。

 エレナが出来ることは一つ、この厄災を解決することだ。


「警備はどうなんですか? 不審な人を見かけたりは……」


「エストリアの衛兵はそれほど人数も多くありません。交代で見回るとしても、どこか必ず死角は出来てしまうのが現状です」


 アルバードのような傭兵を雇うとしても、警備まで手を回そうとすれば相当な出費になる。

 口止め料を払い続ける方が、現状ではマシな程、腕のある傭兵は金がかかる。

 だが、王国や他の街に応援を要請すれば、少なからずゴルゴンの裏帳簿が公になる可能性も増えてくる。

 ゴルゴンが保身に走る限り、現状が変わることは無いだろう。


「そもそも、その人はなぜ外に? 犯人を捕まえたと言っても、夜に出歩かないよう注意喚起は出来るでしょ?」


 エレナの言う通り、夜に出歩かないよう注意を促すことは現状でも出来る。

 勿論、それはしているようで、今までの被害者が何故出歩いたのかは分からないそうだ。

 被害者の家族や関係者に尋ねても、何故外に居たのかは分からないようだ。


「最近では巡回の度に適当な家を選んでは安全確認と注意喚起を平行に行っております。その中に出かけている方がいれば、連絡を取って早く変えるように誘導し、日中に不審な方から声をかけられたなどの情報も集めております。結果は散々ですけど……」


 出来ることはしているらしい。だが、それでも相手はそれを掻い潜って犯行に及ぶ。

 デウスたちは、衛兵の巡回ルートや警備体制などを聞き、取り敢えず胴体の発見された場所に足を運ぶことにした。


 

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