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厄災7


 それは二か月ほど前の事だ。

 エストリアで首なし死体が発見された。


 時間はまだ朝日が昇りきっていない時間帯。

 空気が澄み、暗闇からの解放に人々は心を解き放つ。


 街を巡回していた衛兵が、欠伸交じりにそれを見た。

 まるでゴミのように捨てられた、首のない遺体を。

 

 殺されていたのは、花屋を営んでいた若い女性。

 鋭利な刃物で切断された首は、まるで最初から存在していなかったように綺麗で。


「で、首は見つかったんですか?」


 デウスが訊くと、ゴルゴンの表情は崩れた。

 まるで恐怖をその眼に焼き付けられたように。


「首は…………箱詰めにされて私の元に届いた」


 その日、領主の元に届けられた木箱。

 朱色が中から染み出て、中を開けたゴルゴンは絶句した。

 死の瞬間を切り取った女性の頭部が、ゴルゴンを光の無い眼で見つめていた。


 その日から一週間、それは毎日のように届けられた。

 だが、領主はそのすべてをもみ消した。


「フレイア、箱を持ってこい」


 ゴルゴンに言われて、フレイアはその箱を持ってきた。

 未だ血が付着していたその木箱を机の上に置くと、ゴルゴンは躊躇なく蓋を開ける。

 

 咄嗟に目を逸らしたエレナを覗いて、その場にいる全員が箱を注視する。

 箱の中は、生々しく神経をすり減らすような血痕が残っており、その木箱に小さな文字が掘られていた。


「『貴方の秘密を公開すること。それがこの殺戮の終焉となるだろう』…………秘密とは一体何のことです?」


 その箱は、エレナには刺激が強いもので、気を使ったフレイアが箱を片付ける。

 そして、裏帳簿について訊くと、ゴルゴンはバツが悪そうな表情を浮かべた。


「……秘密というのは…………」


「こちらでございます」


 中々口を割らないゴルゴンに変わって、フレイアが机の上に何かを置いた。 

 それを見たゴルゴンは一瞬慌てると、フレイアを睨みつけ、


「フレイア、貴様ッ!」


「ご主人様。ここまで来た以上、隠し事は自らの首を絞めることになります。損害を無くすことが出来ない以上、洗いざらい話して損害を少なくする方が良いかと」


 ゴルゴンの威圧的な睥睨を、フレイアは澄ました顔でやり過ごす。

 しかし、出された以上後には引けないゴルゴンは、フレイアが出したものをエレナに手渡す。

 分厚い紙束を手渡されたエレナは、それを一通り目を通した。


「……帳簿? でもこれって……」


「裏帳簿って奴ですね」

 

 デウスが言った帳簿の正体に、ゴルゴンは手で顔を覆った。


「ああ。国に報告した嘘の税収、役所から得た賄賂。その帳簿には、開示されれば私の人生が終わる情報の宝庫だ」


「自業自得です。犯人の要求通り、この帳簿を公開して、あなたの過ちを償って――――」

「それはならんッ!!」

 

 説得するエレナの言葉を、ゴルゴンの喚声がかき消す。

 立ち上がり、息を荒立てるゴルゴンの姿を、民を見る領主の眼をしていなくて。


「私がこの地位を手に入れるまでどれほどの金と時間を費やしたか! それをこんなどこの誰かも分からん狂人に従って水の泡にしてたまるかッ!」


「それはあなたの都合でしょ! そうしてる間にも一人、また一人と人が殺されてるんですよ!」


「私だって対処はしている。犯行が行われる夜は衛兵の警備を強化し、被害者の遺族には街が混乱しないよう金を握らせて口止めした。私が脅迫に従うことが犯人の思惑なのだ。領主として思うがままに従う訳にはいかない」


「随分と綺麗ごとを並べてるけど、結局は自分の身が可愛いんでしょ。別にアンタが殺されるわけじゃんだから、領主なら領主らしく腹くくりなさいよ!」


「小娘が! 人の気も知らずに言いたいことをッ!」


「そもそもアンタが蒔いた種でしょうがッ!」


 ヒートアップしていくエレナとゴルゴン。

 ゴルゴンも威厳ある大人の振舞は消え、エレナの方も礼儀正しい口調は完全に消え去っていた。



「うっせぇな。人が気持ちよく寝てたってぇのに」


 

 緊張感が漂う客室の空気を壊す大きな欠伸。

 全員がその欠伸の主に視線を送る。


 サイドを刈り上げた紅の髪。長身で引き締まった肉体に纏う漆黒の防具。

 その姿から漂う覇気は、血肉を求める獣のようで。


「お、客人か? そいつぁ失礼したな」


 親しみやすい笑みを浮かべたその男は、屋敷の中だというのに物騒なものを担いでいた。

 漆黒の長い柄の先端に鋭い穂先、柄と直角に鉤爪と斧刃を持つ武器。

 ポールアックスと呼ばれるそれは、ただ武器とは思えない異様な威圧感を醸し出していた。


「そうだ、私には君がいた! 貴様らに頼まずとも、こっちは多額の金で雇った傭兵がいるんだ!!」


 その男の登場に、ゴルゴンの態度は勝ち誇ったように変わった。

 

「おっさん、こいつらは?」


「ふん、勇者を名乗る小生意気な詐欺師だ」


 悪意のある紹介に、男はデウスたちを見る。

 そして、一通り観察した後、友好的な笑みを浮かべて、


「俺はアルバード。気軽にアルって呼んでくれ。よろしく」


「エレナよ。よろしく」


「お供のデウスです。よろしくお願いします」


 勝手に関係を作る三人に、ゴルゴンは不機嫌な顔をして、


「という訳で、お前らはもう帰れ。口止め料は払ってやるから」


「口止め料とかそういう問題じゃにゃぃっ!?」


 噛み付くエレナの声が、腑抜けた声に変わって止まる。

 首根っこを掴まれたエレナと、それをやったデウスの立ち位置が変わる。


「口止め料なんかいりませんよ。僕らが欲しいのは銀装備(シルバーズ)です」


「銀装備だと? ダハハハハハハ、冗談は身分詐称くらいにしておきなさい」


「冗談なんてとんでもない。本当は善意で貴方に協力したいのですが、僕らも装備を整えたいのです。そこでどうでしょう? チャンスを頂けませんか?」


「チャンスだと?」 


「ええ。丁度貴方が信頼を置く方がいらっしゃいますので、彼と勝負させてください。僕らが勝てば銀装備を報酬に事件に協力させてください」


「で、負けた場合はどうする?」


 ゴルゴンに訊かれて、デウスは数秒黙考し、エレナの両肩に手を置いてゴルゴンの前に突き出した。


「負けた場合は、貴方の奴隷にでもなりましょうか。ほら、勇者様は結構な上玉ですよ」 


「ぇ、ちょっと!?」 


「ほう、ヌフフフフフ…………」


 全身を舐めまわすようなゴルゴンのいやらしい視線を受けて、エレナは鳥肌が身体中を巡った。

 そんな取引を一部始終見ていたアルバードは、笑みを浮かべて、


「俺は構わねぇぜ。勇者を名乗る嬢ちゃんの実力も気になるしな」


 やる気満々のアルバードに、ゴルゴンは渋った表情を垣間見せるが、それでもアルバードの事を高く評価しているようで、


「いいだろう。約束は守ってもらうぞ。負ければ君たちは私の犬だ。精々奉仕してもらおうっとこれではご褒美ではないか、ダァ~ッハッハッハッハ」


 汚らしい高笑いに、エレナはただただ引くだけだ。

 

「そうと決まれば行こうぜ嬢ちゃん。こんなところで食っちゃべってても仕方がねぇからよ。表でやろうや」


「あ、そのことですが……」


 外へと足を運ぶアルバードを、デウスはエレナと再び場所を入れ替えて引き止めた。

 アルバードが首だけで振り返ると、デウスは挑戦的な笑みを浮かべた。


「このような遊戯に勇者様の手を煩わせる訳にはいきません。ここは僕がお相手致しましょう」


 デウスの申し出に、アルバードは眉を寄せた。

 外へと向いた足を戻してデウスに近づくと、身長差があるアルバードが高圧的にデウスを上から睨みつけた。

 

「随分とナメてくれんじゃねぇの。まずはテメェを倒せって訳かい?」


「僕は勇者様の供人、貴方の実力を測るには適任と判断しましたので。勿論、僕の後は勇者様になるかもしれませんが……」


 獣の眼光を受けても尚、デウスの挑発的な笑みは崩れない。


「上等。早くやろうぜ。一分で終わらせて、次は勇者だ」

 

 先に出たアルバード。

 それに続く様に、嘲る様な笑みを残してゴルゴンも出ていく。

 デウスも移動使用した時、駆け寄ったエレナが声をかけた。


「大丈夫なの?」


「俺様を誰だと思っている。人間に遅れは取らん」


「そりゃアンタの力は知ってる。けど相手は……」


 エレナはそこで口を閉ざし、憂慮の顔を浮かべた。

 エレナが何を心配しているのか、デウスにもおおよその検討はついている。


「アルバードとか言ったな。奴の持つ武器は相当なものだ」


「分かってたんだ。素人のあたしでも分かる。あれは宝具ね」


 宝具は魔物や魔石を素材として作られた特殊な力を持つ武器だ。

 武において名をはせる物は必ずと言っていいほど所持している。

 だが、デウスはそれすらも鼻で笑う。


「フン、所詮は神器を見た人間の作る憧憬の玩具に過ぎん。そんなもので俺様は倒せない。この戦い、神器()を使うまでもないな」


 言い切ってデウスはエレナの持つレイピアを奪う。l

 刀身を確認し、軽く振る。


「やはり少し軽いな。まぁ問題ないだろう」


 外へ出ると、アルバードが使用するであろう槍を片手に立っていた。

 

「おや? その槍でやるんですか?」


 アルバードが持っているのは、ポールアックスではなくいたって普通の槍だ。

 普通と言っても領主の家にあるものとだけあってかなり高値のつくものではあるが、それでもデウスと戦うには性能不足であることは確かだ。

 

 しかし、アルバードはデウスの正体を知らない。

 今目の前でレイピアを手に取っているのは、ただの青年という認識でしかない。

 故に、アルバードにただの槍を使うことに違和感を抱かない。

 

「テメェのその安っぽい武器に合わせただけだ」


「僕は貴方の扱う宝具に興味があったんですがね……」


「こいつは勝負で殺し合いじゃねぇ。俺がコイツを使うときは、相手を殺す時だ」


 手馴れた手つきでポールアックスを扱う姿は、歴戦の戦士を匂わせる雰囲気を漂わせる。

 

 その宝具をフレイアに預け、アルバードは槍を構えた。

 左足を前に踏み出し、後ろ手の右手はしっかりと握られ、左手は槍を支えるように添えられている。

 

 対するデウスも、レイピアも構え、無手の左は後ろに回す。

 それはまるで名のある騎士ような雰囲気を纏い、アルバードの戦士の勘を揺さぶった。


「ほう、テメェはテメェで楽しめそうだ」


「いつでもどうぞ」


 緊張が走る。

 二人の間の大気が震え、大地が緊張に耐えかねて叫びをあげる。

 

「行くぜぇ……――――ッ!!」


 その声は、溜め込んだ息を吐き出すとともに呟かれ、アルバードが力強く大地を蹴った。

 高い敏捷性を発揮したその動きは、猫科の獣を彷彿させる。

 だが、最初の構えからアルバードの攻撃は大体予想が出来る。


「おらぁよッ!!」


 大気に穴をあける刺突を、デウスのレイピアが横に流した。

 エレナが視覚で追えたのは、デウスとアルバードが睨み合う光景と、アルバードの攻撃をデウスが受けた光景だけだ。

 

 アルバードの変則的な動きは、一切目に映ることは無かった。

 視線を掻い潜るその動きを終えなかったものは、ただ唖然と口を開けていた。

 エレナも、ゴルゴンも。


「ほぅ、こいつを受けるたぁ中々なもんだ」


「お褒めに与り光栄です。それでどうします? 貴方の間合いから外れ、今は僕の間合いですが?」


 槍をついたアルバードは、その一撃を流されたことでデウスの接近を許す。

 一歩踏み込めば直接手を触れることが出来るほどの距離を、アルバードはそれでも笑みを浮かべる。


「確かに、槍は間合いに入られるとキツイ。だが、俺がその弱点を克服しないとでも?」


 デウスが先に仕掛けた。

 一歩踏み出し、槍に剣を沿わすようにアルバードの首を狙う。

 

 だが、アルバードは更に一歩前に踏み出した。

 槍を盾に剣を受け、流すようにデウスの背後に身体を捻る。

 

 まだデウスの間合い。

 だが、振り返って剣を振るよりも早く、アルバードは自分の間合いにデウスを入れた。

 横に薙がれた槍の切っ先が、紙一重で躱すデウスの前髪を掠る。


 高い反射神経、優れた身体能力、獣のような敏捷性。

 スペックは常人を遥かに超えている。だが、それだけではない。

 人間の能力を優に超えているそれをデウスは悟った。


「起源者ですか…………」


 

 デウスの読みは的中したようで、アルバードに深く笑みを刻みつけた。



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