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厄災16

「この度は本当にありがとうございました。あ、これは御礼の品です。是非持って行ってください」


 街の人からディープルの果実酒を受け取るエレナの顔は、あまり晴れたものではない。


「ありがとうございます。皆さん、これから大丈夫ですか?」


 エレナが言うと、街の全員から不安気な表情を窺わせる。

 この街の人は、リグルドという人間を領主という立場ではなく、人間性を触れて信頼していた。

 そんな人が街に被害をもたらす災害を引き起こしていたというのだ。

 信頼していた人間が、裏切り、消えた時の心境は、楽観的なものであるわけがない。


「心配いりませんよ。確かに領主様の件は残念ですが、我々は前に進めます。いや、進みます」


 その声にはまだ憂慮の色が残るが、街の人の眼には、覚悟のような強い意志が感じられて。


「皆さんなら大丈夫だと、私は思います。頑張ってください!」


「勇者様こそ、今後のご健勝とご多幸をお祈りしております」


 エレナの鼓舞に街の人は勇気付けられ、出発するエレナたちに元気よく見送った。

 旅立つエレナの足に心配という感情は一切ない。

 見送る街の声は、エレナのそれを杞憂でしかないことを証明していたからだ。


 隣を歩くデウスは、とてもご満悦だった。

 

「随分と機嫌がいいわね。何かあった?」


「何か? この変化に気付かぬとは、貴様の愚鈍な感性は像並みだな」


 高揚しているデウスの言動に、エレナは終始疑問符を浮かべていて、


「今回の厄災の解決は信仰力の回復に確かな貢献を果たした。それはまだ微々たるものだが、それでも最初の一歩にしては上々なものだろう」


「それでテンションが高いわけね。残念だけどあたしは魔力が感じられないから、アンタの変化なんか分からないわよ」


「何を言う。外見もしっかり変わっている。それすら分からないとは、最早眼はモグラ並みだな」


 呆れるように溜息を吐くデウスに若干の苛立ちを覚えながら、エレナは外見が変わったと主張するデウスの様子を見た。


 相変わらず端正な顔立ち、長い黒髪、長身瘦躯な身体つき、街の青年のような衣服。

 なんの変化も感じられないエレナは、目を凝らしても首を傾げることしか出来ない。


「ふん、モグラが」


「あぁもう降参! 何処が変わったの?」


「肌艶が良くなった」


「女子かい!!」


 頬を指でなぞり自慢げに言うデウスにエレナは叫ぶ。

 そんなやり取りを終えると、エレナは後ろを歩くアルバードに目をやった。

 斧槍を片手に歩くアルバードは、そんなエレナの視線に気付いて、


「どした?」


「……いや、別に……」


 エレナは咄嗟に目を背けた。

 なんだと首を傾げるアルバード。

 そんなアルバードの視線を背中で感じながら、エレナは昨日の事を思い出した。


 ――俺の野望は……復讐だ。


 結局、誰にどうして復讐するのかは分からなかったが、その時のアルバードは今まで不快感や嫌悪感を滲ませることのあったアルバードとは明らかに違う雰囲気を醸し出していた。

 殺意。それは他人に向けられたものだというのに、エレナの心臓を突き刺すようなプレッシャーを与えるほどの濃い殺意だ。


「ねぇ……デウスはどう思う? アルの、その復讐って……」


「ふん。あの若さで起源者なんだ。復讐心くらい芽生える出来事があっても不思議ではない」


「あの時のアル、ちょっと怖かった。こう……ぐっと刃物を突き刺されるような。あれが殺気だったとしたら、一体アルに何があったんだろ。アンタはあの後何も聞いてないの?」


「知らんな。だが、旅を続けるうち、彼奴の復讐相手にいずれ会えるだろう」


「どうして?」


「よく考えてみろ。彼奴の実力は俺様も認めるほどだ。だが、そんな男でも俺様に協力を願い出た。つまり、彼奴の宿敵は相当な強さなんだろう」


「あのアルが手に負えないって……どんだけ強いのよ」


「俺様からすれば、彼奴程度の強さなど珍しくもない。神話の時代で彼奴の実力なら、一週間生きられればいいとこだろう」


 嘲笑うデウス。

 デウスから見れば大したことないようだが、エレナからすればアルの実力でも相当なものだ。

 神託を授かったリグルドの驚異的な力にも渡り合えたくらいだ。

 

「まぁ協力してくれるなら俺様は猫、いや虎の手も借りたいのだ。彼奴の宿敵が誰であれ、今は些細な事。そんなに気になるなら直接聞けばいいだろう」


 出来るならそうしている。なんなら何度か試みようとした。

 だが言葉を吐き出そうとすると、昨晩のアルの殺気を思い出して、舌に乗せた言葉を飲み込ませる。


「ま、アンタの言う通り、今気にしても仕方がないか。で、次は何処に向かうの?」


 胸中の曇りを振り払い、エレナは次の目的地を聞いた。

 デウスの感じる邪気が、次の目的地を決める。


「ここから西に邪気を感じる。まだ薄弱なものだが、なかなか上質な――――ッ!?」


 西に目を向けたデウスが、今度は何かに気付いたように東を向いた。

 デウスには珍しい鬼気迫る表情に、エレナは動揺する。


「どうしたの!?」


「東に邪気を感じる。これほど濃密な邪気は……天然物だな」


 天然物。それはつまり、人が起こす人災ではなく、正真正銘の厄災という事だろうか。

 東を睨むデウスの引き締まった表情が、今回の厄災が只者でないことを感じさせていた。


「行き先変更だ。東に向かう」


 火急な雰囲気にアルバードの表情も険しくなって、


「何かあったのか?」


「昨夜説明した通り、東から邪気を感じる。この濃度は街一つ滅びかねないな」


「ちょっとそれは大変じゃない!? 急がないと!」




 ◆◆◆◆◆




 グルーフルを出たのは朝だというのに、東に進んで街に着いたのは夕暮れ時だった。

 

「大きな。この時間でもこの賑わいか」

 

「先進都市バイトルト。エルダート随一の商業ギルド、セイントル商会が管理している自治都市ね。食文化や芸能文化も浸透しるみたいね。お金が最も動く場所として有名みたいよ」


 検問を通過して、エレナはガイドマップを片手にこの街についてデウスに解説する。

  

「の、割には……」


 エレナの説明を受けて、アルバードは周囲を見渡した。

 小綺麗に着飾る人が行き交う大通り。白壁に青屋根の建造物も景観に清潔感を与えている。

 しかし、所々目に映る景観の汚点。

 ボロボロの布切れ一枚を身体に巻き、伸び切った髭や洗っていない髪と身体。

 蠅がたかり、その瞳に光はない。


「弱肉強食の資本主義都市。大方事業にでも失敗して文無しになったのだろう。気にするな。ここでは彼奴らのような敗北者よりも、商人たちと仲良くした方がいい」


「アンタねぇ……」


 血も涙もない合理主義者の言にエレナは呆れる。

 

「んで、厄災ってのはどうなってんだ? 今ん所なにも起きてねぇようだが?」


「この場所から濃い邪気が感じる。この街で何かが起こることは確かだ」


「この街が滅べばエルダートは景気後退期に入っちゃう。それだけは阻止しないと」


 バイトルトが生み出す利益は凄まじい。ましてや、エルダートで最も大規模な商業ギルドのセイントル商会の本店があるこの街が滅ぶということは、入った景気後退期を抜け出すことも難しくなっていく。


「でも天然の厄災ってどういうものなの?」


「まだ天然の厄災と決まった訳ではない。規模が大きいことは確かだが、人が引き起こす可能性もある。が、真の厄災というのは……そうだな。直近だと30年前の『シレテストの大噴火』だな」


 『シレテストの大噴火』は、30年前、シレテスト山という活火山が、過去最大の大噴火を引き起こした。

 天を貫く炎柱、降り注ぐ溶岩の雨、空気を焼く黒煙。

 周辺に町などはない為、死者を出すような被害はなかったものの、一番近くても数百キロ離れた街に衝撃が届き、街の中からでもその炎の支柱が見えたほどだ。


「アトランティスが崩壊するほどのエネルギーが暴発しそうだったのでな。周囲に街の無いシレテスト山からすべてを逃がしたまで。まぁ、その膨大なエネルギーを一点から放出した為、エネルギーは星の枠を超えてしまったがな。あれは見事なものだったぞ」


 当時の風景を想起して屈託ない笑みを浮かべるデウス。

 何が滑稽なのかエレナには理解出来ないが、要はデウスがいなければ今頃アトランティスは存在していないということだ。


「とにもかくにも、ここで起こる厄災がどういうものなのか。それが分からなければこちらは手の打ちようがない」


「話を聞くに、前みたいに厄災が起こってからじゃ遅えってことか」


 デウスの話を聞いてアルバードは自分の言葉で落とし込む。

 だがエレナが勇者になってから未然の厄災を対面したのは初めてだ。

 エストリアやグルーフルでは既に厄災が起こっていた。

 何が起こっているか分かっているからこそ、エレナは厄災を解決することが出来た。

 だが今回、厄災はその片鱗する見せていない。


 エレナは突然起こる厄災を経験している。

 アルトナの街で突如襲撃してきた盗賊。

 あの時以上の厄災が今回は起こる可能性がある。

 正直、エレナには想像がつかない。


「大体、これからくる厄災なんてどうやったら分かるのよ?」


「そこだ。天界では天使共の情報をもとに防いでいた。だが、今の下界に厄災を感知する術はない。天使共の力が借りられない今、どうやって厄災を防ぐか……」


 すべてを力で解決していたデウス。

 普段、頭を使う作業は筆頭補佐のカイルに任せていた。

 彼ならこんな場合も天使たちを使わない代替案を提示してくれそうだが、天界はデウスの消失で混乱に陥り、カイルの手腕でようやく落ち着きを取り戻した頃だろう。

 今戻ってしまっては再び天界に混乱を巻き起こし、下界に戻ることは難しくなるだろう。


「下界に降りる前にカイルに知恵を貸してもらうべきだったか。俺様としたことが、つい衝動に身を任せてしまったようだな」


「そのカイルって人、相当苦労してそうね」


 少しとはいえカイルの気持ちを察するエレナ。

 

「だがま、いない者に縋っても仕方がない。取り敢えずは宿を探し、情報を集める」


 デウスは方針を定めた。

 一番安そうな宿を探して、金銭的に厳しいエレナたち一行は二部屋だけ取る。

 一番金が動く場所という事だけあって、一番安い部屋を二つ借りただけでかなりの出費だ。


 お金の管理をしているエレナが軽くなった財布を持って溜息を吐く。

 

「厄災も大変だけど、旅の資金も稼がないとね。どのくらい滞在するか分からないわけだし」


 デウスはともかく、エレナたちは人間だ。

 食わなければ餓死してしまう。厄災の解決以上に金銭的問題の方がエレナたちにとっては重要だ。

 ましてやここはエルダート一の商業都市。働かなければ金など一瞬で尽きてしまう。


「フン。ならば労働に励むがいい」


「アンタも働きなさいよ」


「確かに下界での労働にも興味があるな。よし。ならば明日は情報収集と共に職探しだ」


 エレナたち一行の就活が今、始まった。

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