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厄災15

 肌を焦がす熱と全身に響く衝撃。

 鼓膜を揺らす轟音に視界を奪う炎光。


 初撃とは比べ物にならない程の高火力による爆発を引き起こし、リグルドは爆炎に包まれた。

 爆風に乗ってアルバードは宙を舞い地面へと着地。

 ポールアックスの切っ先が弧を描いて、アルバードは構えを解いた。


 炎光が収まり、黒煙がリグルド周辺の視界を覆う。

 僅かに焦げた空気が残り、息を吸うと肺が拒否反応を起こしてしまう。


「凄ぃ……やったの?」


「……嬢ちゃん、この状況でそれは禁句って奴だぜ」


 宝具の力に圧倒され、思わず零れたエレナのセリフに、アルバードはため息交じりに注意する。

 アルバードに余裕の笑みがあることにエレナは安心感を覚えて、


「……どうやら、地神様はわしを見捨ててはいなかった……」


 その声は鼻腔を擽る黒煙の中から響いた。

 あれだけの爆発をまともに受けてまだ倒せていないという事実にエレナは背筋を凍らせ、手ごたえはあれど獣の勘が敵の存在を確信していたアルバードは顔を引き締める。


 天井に空いた穴から流れる夜風が黒煙を払いそれは姿を現した。

 老人の肉体を覆う土石の鎧。

 その鎧はリグルドよりも大きく、リグルドの身体を何十倍にも巨大化させていた。

 

「これは聖域を荒らす大罪人を処せというお告げと受け取った。これが本来の地神様のお怒りだ」


 天に手を伸ばせば遺跡の天井を触れそうなほどに長く太い腕を持ち、あらゆる攻撃を防ぎそうな熱い岩盤の鎧。リグルドはその長椀巨躯な鎧に溶け込むように存在している。

 その姿はゴーレムを彷彿とし、エレナは存在の圧に押し潰されそうになった。


「でけぇな。さっきまでとは雰囲気が明らかに違ぇ。こいつぁ俺も本気を出さねぇとな」


 アルバードは再び構えた。

 烈虎の表情は余裕の笑顔を決めているが、その額から一筋の汗が流れるのを見て、エレナはアルバードの状態を危惧した。

 リグルドに圧倒されてるからか、先の爆発でアルバードの精神力が低下したからか。


「アル、大丈夫?」


「あぁあ? 心配ねぇよ。ようやく身体が温まって来たんだ。邪魔すんなよ」


 それはエレナにではなく静観を決め込むデウスに向けられたものだろう。

 返事は無いが、動く気配がないのを確認すると、アルバードはリグルドと対峙した。


「行くぜデカブツ野郎がァ!」


 アルバードは宙を滑る。

 巨躯のリグルドの周りを旋回し隙を伺う。

 

「遅いわッ!」


 土石の長椀が横へ薙がれた。

 大気の壁を破壊する轟音を響かせるほどに、その長椀は見た目からは想像できない程の速さを出して、


「なッ――くぁっ!?」


「アルッ!!」


 宙を爆走するアルバードが叩かれた蠅のように吹き飛んだ。

 遺跡の壁に身をぶつけ、肺の空気を無理に吐き出す。

 咄嗟に防御したものの、その威力は骨身に響いた。


 アルバードなら躱せない程の速さではない。

 だが、さっきまでの石柱の攻撃速度で慣らされ、加えて今のリグルドの見た目は力はあるだろうが速さはそれ程だという意識があった。

 低速の攻撃に目を慣らされた状態で予想以上の攻撃速度を繰り出され、意表を突かれたアルバードは躱せる程反応が追い付いていなかった。


 次は躱せる確信がある。

 だが、今の一撃は相当に重く、初撃が与える今後の影響は大きい。

 戦況は覆されたと自覚した。


「ゃろう……」


 痛みを我慢しながら睥睨するアルバードを見下ろし、リグルドは愉悦に浸る。

 

「地神様のお怒りはまだまだこんなものではない。身をもって自ら犯した罪を悔いるがよいわッ!!」


 リグルドの猛襲。

 岩の巨拳が雨のようにアルバードを打ち付けた。

 鎧から伸びる腕は徐々に増え、数十本もの岩拳が躱すアルバードを追撃する。


「調子に、乗んなァ!!」


 エスプロジオーネの爆発が岩拳の雨を払う。

 爆炎に視界が覆われ、リグルドはがむしゃらに岩拳を叩き込んだ。

 だが、手応えがない。


「――ッ上か!」


「おらよッ!」


 ――――――――ッッッ!!


 爆炎で視界を奪い、上空へと跳躍したアルバードは、唯一攻撃が有効そうなリグルドの顔面に爆撃を刻んだ。

 熱と衝撃が交わり、岩石の鎧を抉りこむ。

 気力を振り絞った高火力の爆撃。

 だが、爆炎の中にアルバードが見たのは土石の巨拳で――――、


「ガァッ――――」


 爆撃に気力を使った瞬間の隙。

 僅かな隙だが、そこに与えるのは致命的なダメージで。


 壁に叩きつけられた刹那、再び岩拳の雨が今度は殺意を持って集中する。

 躱す暇も与えない連撃。

 アルバードはただ耐えるのみで、心身から訴える警笛を気合いで凌いだ。


「地神様の裁きを受けよッ!」


 トドメの一撃。

 渾身の殺意を乗せた巨拳が大気を砕いてアルバードの肉体を襲う。

 避けることは出来ない。かと言って、この一撃を耐えきれるとは思えない。

 死を覚悟したその時だ――――


「裁きを受けるのは貴様だ」


「なぬっ!?」


 何が起こったのか理解出来なかった。

 トドメの一撃、岩石の巨拳がバラバラに砕かれた。

 死を免れたアルバードは壁に身体を擦り付けて地面に項垂れる。


「て、てめぇ…………」


 明滅する意識の中で、アルバードはその男の背中を見た。

 細身だが逞しい身体つきをしている長髪の男、デウスの背中を。


「静観を決めていたお主がどういう心境の変化だ?」


「フン、力を温存出来るならこの男に任せてみようと思ったわけだが、どうやら貴様の異様な力の前では俺様も見物だけとはいかないみたいだな」


 その存在に、リグルドは畏怖の睥睨を叩きつけた。

 底の見えない、深淵を体現したような雰囲気を、今のリグルドは感じ取ることが出来た。


「さて、地神とやらについて聞きたいことがあるが、その前に貴様、俺様を前に不敬な奴だ」


 デウスが指さして放つセリフに首を傾げるリグルド。

 巨躯の鎧に包まれ、見下すようにデウスを睨む。

 視界から時間が切り取られたように、その存在はふわっと消えた。


 気配すら悟られない動きに、リグルドの反応は遅延を超えて停止した。


「頭が高いぞ、人間――――」

「ッッぶがぁ!?」


 頭蓋に響く衝撃。

 岩の鎧を豆腐のように容易に破壊する神の踵が、リグルドに裁きの鉄槌を与えた。

 脳天から全身に巡る衝撃に、リグルドは岩の鎧をその身で砕いて地面へと落下した。

 リグルドという依り代を無くした鎧は、バラバラに崩れ去りリグルドに降り注いだ。


 地神の神託で自分の身だけは守ったリグルド。

 全身に刻み込まれた激痛に耐えながら、地面を張って瓦礫の中から身体を出した。

 赤く染めあがる視界に入る足。

 錆びたような首に力を込めて顔を上げると、そこには不敵に笑みを刻んだデウスの姿。


「お主は……一体……」


「俺様はデウス・ミュートス。この世界『アトランティス』の最高にして唯一の存在()だ。貴様の慕う地柱神ガイアとは違い、比類ない崇高な存在であることをその身で刻め」


 デウスは屈んでリグルドの頭を掴んだ。

 

「貴様に幾つか質問する。嘘偽りなく答えれば貴様の贖罪を清算してやってもいい」


「……ぁ……ぅ……」


「貴様のその力は何だ? 魔術のように見えたが貴様からは魔力を感じない。『神託』と言ったか。それはどういった力だ?」


「し、神託は……地神様のお力……わしは……その力を、お借りしているだけだ」


「そんなことはどうでもいい。俺様が知りたいのは神託の正体だ。魔術でも起源でもない。偽神の力、何を源に力を使っているのか、どうやって凡人に力を付与しているのか。俺様は非常に興味がある」


 魔術は魔力を源に特異な力を世界に干渉させ、起源は魂に刻まれた理を肉体に宿らせる。

 それぞれの力には動力源というものが存在するが、神託にはそれを感じない。

 ましてや、一般人に力を貸与することなど出来ない。


 そのデウスも知らない異質な力に興味を惹かれて尋問するも、リグルドもよく知らないのか、同じような答えしか返ってこず、掴んだ頭を放した。

 魂が抜け落ちたように、放された頭は地面を打ち付けた。


「気を失ってしまったか。真元教……少し調べる必要があるな」


 リグルドの力を既存の知識で詮索するが見当もつかない。

 デウスは顔を曇らせながら、エレナを台座につなぐ鎖を引きちぎる。

 解放されたエレナは手首を撫でて身体の異常を確認すると、すぐさまアルバードの元に駆け寄った。


「アル、大丈夫?」


「あぁ、問題ねぇ」


 エスプロジオーネで身体を支えながら立ち上がるアルバードは、敗北の苦汁を嘗めて表情を歪ませながら答えた。

 見た目は重症だが、戦闘の結果を悔いるほどの余裕があるのを確認すると、エレナはホッと気を落ち着かせて笑みを浮かべた。


「そんで、こいつはどうするよ? 衛兵に突き出すか?」


 傷だらけのアルバードは気を失っている老人を睨んだ。


「そうだな。此奴から真元教の情報を引き出せそうもないしな」


 リグルドを見るデウスの眼は、興味を無くした冷徹なものになっていて。


「さて、積もる話もある。まずは貴様の怪我を治すとしようか」


 デウスはアルバードに近づくと、その身に魔力を巡らせた。

 アルバードの疑心に満ちた目がデウスを射抜くが、その視線を一切気に留めず、巡らせた魔力を具現化した。


 神器――“医神(アスクレピオス)()蛇杖(ラブジ)


 掌を地面と平行にかざすと、そこに1メートル程の杖が現れた。

 木製の杖は年月を感じさせるも逞しい太さを持ち、その杖には一匹の蛇が巻き付いていた。

 懐疑心を隠しきれないアルバードに、杖に巻き付く蛇が睨んでアルバードの腕に噛み付いた。


「なッ、テメッ――――!?」


 蛇声を放って腕に噛み付く蛇をアルバードは振り払おうとする。

 チクッと軽く突き刺すような感覚を腕で感じ、蛇に噛まれるという状況にアルバードはついにその蛇を掴もうとしたその時、身体の変化に気が付いて身を止めた。


「身体が……治って……」


 淡い光がアルバードを包み込み、傷口が徐々に塞がっていき、流れっぱなしの血が止まる。

 身体中の痛みが消えていくという経験したことがない感覚に緊張しながらも、蛇を掴んでいた手を放した。


「この蛇の唾液は自己治癒力を高める効力があり、噛んだ相手の治癒力を促進させる。あくまで自己治癒力の強化で、解毒や欠損部の再生は難しいが、少ない魔力で回復できる優れものだ」


 完全回復したアルバードは身体を軽く動かして状態を確認すると、デウスを怪訝の視線で睥睨した。


「ホントにテメェなにもんだ? 嬢ちゃんが勇者じゃねぇことはそこの領主との会話で知ってるが、テメェの正体はよく分からねぇ。魔力云々言ってやがったが、魔術師って訳じゃなさそうだ」


 それは獣の勘だろうか。

 自分の正体を疑われたというのに、デウスは思惑の内かと思う様に笑みを刻む。


「貴様の言う通り、俺様は魔術師でも起源者でもない」


「話していいの?」


「問題ない。此奴には話すつもりだったからな」


 気がもめるエレナを他所にデウスはアルバードに自分の存在、行動理由、エレナとの出会いについて語った。

 話を聞いているうちは半信半疑のようなアルバードも、デウスの力を前に認めざるを得なくなって、疑う自分を無理やり納得させる。


「なるほどな。テメェらの事情は把握した。でもそれなら何故俺に話した? 正体を広めるような危険性はなるべく避けるべきだろ」


「貴様は話を聞いていなかったのか? それとも馬鹿なのか?」


「あぁあ!?」


「アル堪えて! こういう奴だからッ!」


 子馬鹿にするように溜息を吐くデウスに、アルバードは青筋を立てて詰め寄ろうとして、エレナはアルバードを羽交い絞めにしてアルバードを宥めた。

 病み上がりとはいえ強烈なアルバードの力を全力で押さえつけるエレナの気も知らずに、デウスは話を続けた。


「今の俺様の魔力はまだ膨大だが貴重だ。使用することはなるべく避けたい。見ての通りエレナは男勝りでお転婆だが凡人だ。戦闘では戦力にならん。攻撃系の神器は魔力消費も多く、エレナを守りながらだとなおさらだ。俺様が戦わなくてもいいよう戦力になる奴が仲間に必要だ」


「誰が男勝りでお転婆よ!!」


「嬢ちゃんはあながち間違いでも……いや何でもねぇ」


 デウスの言葉に噛み付くエレナを横目に見るアルバードは、余計なことを言いかけたその時、エレナの睥睨を持って口を閉ざした。


「つまり、俺ぁテメェが力を使わねぇよう代わりに戦えってことか?」


「ああそういうことだ。神と共に世界を救うなどそう体験できるものではないぞ。どうする?」


「タダって訳にもいかねぇな。俺に協力するメリットはあんのか?」


「俺様に見返りを要求するとはな。喜べエレナ、此奴中々の逸材だぞ!」


 下界に来てからというもの、デウスの存在を知らない者はデウスを見下すか、勇者の御供として尊敬されるかで、要求のやり取り、つまり交渉相手という対等な関係になった相手がいない。

 むしろ、デウスの立場上下界に降りてからではなく、天界にいた頃も対等に接してくれる人などいなかったのだろう。


 そして久しくか初めてか、対等に接せられるという感覚に興奮したようで。


「いいだろう。貴様が協力するなら、どんな願いでも貴様の望みを一つ叶えてやろう」


「話が早くて助かるぜ。俺がテメェに協力する代わりに、テメェも俺の野望に手を貸せ」


「ほう、野望か。神の協力者として、貴様は俺様に何を望む?」


「俺の野望は……復讐だ」


 アルバードの脳裏に誰が浮かんだのか。

 溢れ出る獣の殺気を肌で感じ、エレナは背筋を凍らせた。


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