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厄災14


 リグルドがこの街の領主になったのは40年程前の事だ。

 父親の後を継いだリグルドは、この街の実態を知った。

 グルーフルの果樹園はディープルのほかに多くの果実を育てている。

 それはグルーフルの土地には適していないものも、普通に育てる以上に美味な果実を宿していた。


 だが、その時既に地柱神から敬愛を賜っていたリグルドは、グルーフルに憤りを感じていた。

 適していない作物を育てるという事。魔力の豊富な土地によって良い果実を実らせているが、それでも大地への負担は計り知れない。

 

 その時だ。リグルドは地柱神ガイアからの啓示を受けたのだという。

 『審判の日』、それは最高神ヘスティ・アンフェールが罪深き人類の選別をする日。

 だが、最高神ヘスティを崇め、五柱神を敬愛する者には救いの導を授けるだろう。


 それがリグルドが受けた啓示だ。

 リグルドは地下に地柱神ガイアのご敬愛を授かる場所を作った。

 啓示を受けてから特殊な力を得たリグルドは、これは神が自分を選んでくれたのだと信じた。

 リグルドだけでは地下遺跡を形成することなど不可能だっただろう。

 地柱神の力が、多くの人が数十年かけて作り上げるような遺跡を一人の人間が作り上げることを可能にした。


 リグルドはその遺跡に魔力路を張り巡らせた。

 魔力源となるのは遺跡の中央、祭壇の中に仕込んだ魔石が大地から魔力を吸うことで巡った魔力路が障壁となり、遺跡の中の人をヘスティの選別から守ることが出来るのだという。


「海が生物の母なら、大地は生物の父! 大地がなければ我々は生きることが出来ず、作物も育てることが出来ない! 大地は我らに恵みを与える、本来その父を踏みつけることすら罪なのだ。だが、大地は生物に地上で生きることを許した。その慈愛をこの世の生物は理解していないのだ。そんな罪深き我らに偉大なる父はそれでも救いの手を差し伸べたのだ」


「この遺跡は審判の日から身を守るシェルターってわけね。でもアンタの話を聞いて一つ疑問に思ったんだけど、どうしてこの場所に遺跡を作ったのよ? この場所から魔力を吸い取れば真っ先に被害が出るのはディープルの果樹園のはず。他の果樹園が大地に負担を与えているなら、その場所から魔力を吸い取ればいいじゃない」


「ディープルの果樹園に被害が出れば、街の皆も自分達の罪に気付くであろう。そして審判の日がくれば、自分達の罪を受け入れ、地柱神様の敬愛を受けることになる。これは街の皆を守る為の行為なのだ!」


 力説するリグルドに、エレナは不快感で表情を歪めた。

 リグルドが何を信じようが勝手だが、それを他の人にまで押し付けようとする身勝手さ。

 そしてリグルドの行為の正当性を否定できる何かがあったからだ。


「違う。アンタの行動は街の人の為なんかじゃない。アンタが本当に街の人を思っているなら、その旨を伝えていたはず。アンタはそれをしなかった。アンタがやったことは身勝手な暴走よ!」


「身勝手な暴走だと……それは地神様のお言葉が虚ろだと言うか! 地神様を愚弄するとは、お主は地神様の慈悲を無下にしたのだ。恥を知れぃ!」


「アンタが何を吹き込まれて何を信じようと勝手だけどね、アンタが街の人を守りたいなら、アンタは街の皆を説得する義務がある。それをせずに自分の考えを押し通した。恥を知らないといけないのはアンタよ!」


「言わせておけば……フン、威勢が良いのもそこまでだ。その減らず口すぐに聞かぬようにしてくれる」


 リグルドがエレナに手をかざした。

 エレナを縛り付ける台座から紋様が浮かび上がり、その紋様は翡翠色の輝きを放って、


「――――ぁ、ぃきゃぁあああああ、ぐっああ!!」


 甲高い断末魔が遺跡に響く。

 魔術師でないエレナでも分かる。

 この台座は、鎖を通して魔力を奪い取っている。

 生物には僅かだが魔力を身に宿している。だが、魔力を扱えない生物から無理やり魔力を奪うのは、その生物に耐えがたい激痛を味わわせるようになる。

 血が逆流するような激痛が、全身に刃物を指されるような激痛が、エレナを襲うのだ。


 叫び声をあげ激痛に耐えられず暴れるさまを、リグルドは高笑いを響かせた。

 一度、台座から光が消えた。

 魔力の吸収が終わり、エレナはぐったりと身体の力を抜く。

 まだ全身に突き刺すような痛みが巡っている。

 意識も遠のきそうで、吐き出しそうに気分が悪い。


「どういうことだ……」


 リグルドが動揺に声を震わせていた。

 エレナのシルクのような柔肌に、黄緑色の斑点が浮かび上がっている。

 それは魔力が枯渇した時に見られる症状だ。


「何故だ? まだ雀の涙ほどしか魔力を取ってないぞ。これではまるで……」


 一般人ではないか。

 そうリグルドが言葉に詰まると、エレナは引きつりながらも勇姿ある笑みを刻んだ。


「残念だったわね……アンタの察している通り、あたしに魔力なんか殆どないわ……」


 喘鳴交じりに吐いた言葉。

 まだ信じられないようで、リグルドは二、三歩後退った。

 道端で偶然宝石を拾い狂喜乱舞したが、結局はただの石だったというオチなのだ。

 無限の魔力を舌なめずりするほど欲していたリグルドにとって、その事実は受け入れられないものだった。


「だがお主は確かに魔力を使っていたはず! 現に果樹園は…………ッッ!」


 興奮して声を荒げたリグルドが気が付いた。

 エレナの傍には従者の男が常にいた。

 果樹園を元通りにしてた時も、その従者は確かにいたのだ。


「まさか、あの魔力の主は……」


「そう、果樹園を復活させていたのはあたしじゃない。その隣にいたデウス……従者の魔力よ」


「ぐぬぬっ、ここまでわしを謀るとは……」


 怒りで全身の血が沸騰しそうなリグルド。

 だが予想外の出来事はまだ終わらない。


「ッ!? なんだっ!」


 突然の地響き。

 揺れは徐々に強くなっていき、砂や小石が上から落ちていく。

 何かを感じたリグルドは咄嗟に天を仰いだ。


 地下遺跡の天井から、何かが来るのを感じた。

 地響きはさらに強くなり、そして――――、


「――ッ! なにッ!?」


 天井から衝撃が溢れた。

 砂やら埃やらが霧散して下に流れる。

 リグルドは片腕を上げ、エレナは眼を閉じて顔を横に逸らした。

 肌に砂がかかり、砂埃が鼻腔を擽る中、天を砕いたそれを見た。


「キシシシシシィィィ―――――」


 パッと見は黒く巨大な蟻。

 だが水掻きを備えた手を持つ人間の剛腕をしており、左右四枚ずつ、計八枚の羽根はボロボロだが小刻みに揺れている。


「なんだアレは!?」


 その感想はエレナも同じだ。

 だが、エレナには一つ心当たりがあった。


「想像以上に深かったな。“奈落(アヴィソス)()働蟻(ミュルメークス)”でも三十分以上かかるとは。人間一人の力とは思えぬな」


 天に空いた巨大な穴。

 丁度真上に月があり、聖なる光が遺跡に差し込む。

 巨大な穴の壁を地面を歩くように歩いて姿を見せたのは、後ろで結んだ黒い長髪を下に靡かせ、不敵な笑みを刻む男。


「デウスッ!」


「お主は、勇者の……フッ」


 リグルドが、現れた真の宝に思わず笑みが零れた。




 ◆◆◆◆◆




 デウスが重力の違いを感じさせるように穴の壁に立っている。

 遺跡の中を確認したデウス。

 目を輝かせる老人と、台座に四肢を鎖で繋がれ、鎧がなく肌着一枚となった少女。


「……お取込みだったか? 何なら出直すが……」


「出直すなッ! 助けてよ!」


 愉悦の笑みを刻むデウスに、エレナは叫んだ。

 

「わしとしても出直されるのは困る。わしの目当てはお主に変わったのだ。そこのお転婆娘などもうどうでもよいわ」


「何よ! ここに連れてきたのはアンタでしょうがッ」


 予想を超えて元気そうで、デウスは思わず笑声を響かせた。


「さて、数十年の年月をかけたとはいえ、これほどの遺跡をこれほど深い場所に創り上げるとは。その力、非常に興味があるぞ」


「それはわしも同様じゃ。なぜこの場所が分かった?」


 リグルドの疑問を、デウスは鼻で笑う。


「フン、貴様が誘拐したそこの女には、俺様との契約の刻印が刻まれている。それがある限り、エレナがどこで行こうと俺様は居場所を把握できる。エレナが地中にいると分かれば、その場所には空間があるという事。そうなれば俺様も神器が使える。誘拐するんだったらエレナの右手を切り落とすんだったな」


 悍ましいことを満面の笑みで言い放つデウス。

 契約や神器など、細かい点は理解に及ばないが、エレナの居場所をデウスが把握できるという事さえ理解出来ればリグルドは満足のようだ。


「なるほど。しっかりと魔力の器を見極めるべきだったか」


「そういうことだ。魔力源を間違えるとなると、貴様魔術師ではないな」


「わしは地神様の神託を授かりし存在。お主も地神様に敬愛の念を抱けば、遺跡を破壊し、許可なく聖域に踏み入った罪も、地神様は慈愛を持ってくださる」


「フン、所詮大地は神以外の有象無象が過ごす場所にすぎん。そこに神を見出すなど、現実と幻想の境を忘れた哀れな人間のすることだ」


 リグルドの敬愛を、デウスは嘲笑う。

 それはエレナ同様到底許せないものだ。


「地神様の慈愛を否定するだけでなく、地神様を人間と同列に扱うか…………」


 老人から異様な覇気が空気を震わせた。

 すぐそばにいるエレナは、その圧倒される雰囲気に全身の毛を逆立たせて、


「お主らには少し地神様の怒りを教えてやらねばなるまいて……」


「ほぅ、そいつぁ興味があるな」


 その声はデウスでも、リグルドでも、ましてやエレナでもない。

 この場にいる三人とは違う声。それでも、エレナはその声に聞き覚えがあった。


「聞きたいことは沢山あるが、そいつぁこの場を凌いでからだ、嬢ちゃんよ」


「アルッ、なんでここに?」


「あぁ? 嬢ちゃんがそこの領主に運ばれてるのを見かけたんでな後をつけたわけだ。途中で道に迷ったときはマジで焦ったが、勘は鋭い方だからな」


 予想外の出来事がこうも連続で起こると、意外と冷静でいられるものだ。

 リグルドから零れた覇気は、やがて静かなものに変わった。

 だがエレナには、今のリグルドの方が恐怖を感じて、


「わしが40年かけて創り上げた地神様の聖域を踏み荒らしおって。お主ら全員、地神様の糧としてくれよう……」


 リグルドが甲に刻まれた教印をアルバードに見せつける。

 アルバードは宝具を構えて警戒した。

 ポールアックスの穂先が下に向く様に構えたアルバードは、リグルドから発せらる異様な圧迫感に、アルバードは感覚を研ぎ澄ませていた。


「お主の武器……宝具か。ふん、いくら宝具を用いようとも所詮は人間。地神様の前では無力よぅ」


「はッ、なぁにが地神様だ。テメェの妄信ぶっ壊してやるぜェッ!!」


 先に仕掛けたのはアルバード。

 飢えた虎の敏捷でリグルドとの間合いを詰める。

 その人間離れした動きに多少の動揺を見せながらも、リグルドは教印の刻まれた手を掲げた。


「地神様の怒りを知れぃ!」


「はッ、効かねぇよッ!」


 風を切るアルバードを挟み込むように地面がめくり上がった。

 獣の勘を働かせ、アルバードは跳躍して地盤の挟撃を交わした。

 タイミングは完璧故に、躱されたことにリグルドから驚嘆の声が響いた。


 宙に身を任せるアルバード。

 加速からの跳躍で、弧を描く様にリグルドと上空から距離を詰めるアルバード。


「宙なら身動きがとれまいて!!」


 リグルドの教印が光る。

 地盤から石柱がアルバードに突き刺さるように伸びていった。

 宙にいる以上身を捻るなどの細かい回避しかとれないアルバードに、この巨大な石柱の突きを交わす手段はない。


「あぁ、身動きなんざ取る必要ねぇよ。正面からぶっ壊すだけだぜッ!!」


 ポールアックスを持ち直す。

 穂先を天に掲げ、柄を握る手に力を込めた。

 斧刃が炎光の輝きを纏って――――、


「爆ぜろッ! “気炎万丈エスプロジオーネ”!!」


 斧刃と石柱の衝撃。

 それは衝撃と爆風を生み出して、紅蓮の華が石柱を粉々に破壊した。

 

「――ッきゃぁ! 爆発ッ!?」


 爆風は空気を焼いてエレナの肌にじりじりと熱を伝えた。

 松明の火が爆風で揺らぎ、強すぎた爆撃の衝はデウスの立つ地上への大穴に抜けていく。


 眩しさと熱から目を守るためにリグルドは腕で顔を覆う。

 零れる火花に袖を焦がし、爆風で吹き飛ばないよう足腰、杖に力を込めた。


「ぐっ、この威力……」


 怯むリグルドがアルバードの宝具を睨む。

 老人とは思えぬ睥睨を受けて、アルバードは得意げな笑みを浮かべた。


「“気炎万丈エスプロジオーネ”。俺の気合に比例して爆発の威力が上がる『対獣宝具』だ」


 宝具にはその威力、性能からランク付けのようなものがある。


 一軍団を相手に出来るという『対神宝具』。

 一旅団を相手に出来るという『対竜宝具』。

 一大隊を相手に出来るという『対獣宝具』。

 一小隊を相手に出来るという『対霊宝具』。


 宝具の能力も多種多様で、使い手の技量や能力の相性もあり、一概にランクが勝敗に関係あるとは言えない。

 対竜宝具使いと対獣宝具使いが戦っても、絶対に対竜宝具が有利とはいえないということだ。


 対神宝具は宝具の祖と言われ、12個しか存在しない。

 だが、その12個は他の宝具とは比べることが出来ない程に強い性能を秘めており、対神宝具は使用者を選ぶ為、適合者以外が身に着けると拒否反応を起こし、最悪死に至るという。


 アルバードの宝具“気炎万丈エスプロジオーネ”は『対獣宝具』。

 アルバードの闘志に応え、気力が強ければ強いほど強い爆発を引き起こす。

 宝具の能力を使えば使うほど気力が減るという弱点はあるが、アルバードの獣の気力は常人を凌駕しており、その弱点も克服していると言っても良い。


「対獣宝具か……確かに厄介だ。しかし、地神様の神託を授かりしわしには脅威ではあるまい」


「地神様地神様騒がしい奴だ。神託だとかお告げだとかくだらねぇ。テメェの未来はテメェで決めやがれ!!」


 アルバードが大地を蹴った。

 数メートルを烈虎の跳躍で駆け、両足で踏み込むと上空へ舞う。

 ポールアックスをボードのように宙で踏む。


「――ラァッ!」


 ポールアックスの穂先が緋色に弾ける。

 アルバードの笑みと共に放たれる咆哮を引き金に、閃光と豪音が熱を持って爆破する。

 爆風を推進力にアルバードが宙を旋回する。


「オラオラァ! 捉えるもんなら捉えてみやがれッ!」

 

 微調整された爆発を推進力に、アルバードが宙を滑走する。

 大気を雪原のように滑るアルバードを、リグルドの視界が必死仁追う。


「ちょこまかと……」


 視界に入れたと思えば、加速して視界から外れる。

 焦燥と苛立ちに身を震わせ、リグルドは石柱をデタラメに伸ばした。

 

 当たれば僥倖の適当な攻撃を、アルバードの鋭い五感は森林を駆けるように躱していく。

 法則性は無いが、石柱を伸ばすという一つだけ攻撃を躱せない程アルバードの感覚は惰弱ではない。

 乱撃を交わしながらも、リグルドの背後に回ることなど容易で、リグルドを中心に円を描く様に宙を駆けていき、リグルドの視界から外れた一瞬に方向を変えてリグルドの背後から急激に距離を詰めた。


 軌道を変える際に生じた爆音が、リグルドに居場所を伝えた。

 だが、リグルドが降る返る速度以上の速さでアルバードはリグルドの距離をゼロにして、


「楽しかったぜッ!」

「――――くッ」

 

 宝具が火花を散らしてリグルドに迫り、大気を削る斧刃がリグルドを音炎の衝撃で包んだ――――。

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