厄災13
「何してんだ嬢ちゃん……」
アルバードが宝具を片手に厄災の場所に来て第一声がそれだった。
枯れ地に生い茂る青々とした景色もそうだが、それをしている金髪少女が何食わぬ顔で振り返ったかとに驚きを隠せない。
「何って……環境復興?」
「あ、アルバードさんじゃないですか。こんな朝にどうしたんです?」
「いや……もうちょっと調べようかと思って足を運んだんだが……」
アルバートも少し混乱しているようで、言葉に覇気が感じられない。
それもそうだろう。枯れ果てた大地、腐りきった樹木と枝葉。
地獄のような世界が、今では自然に満ち溢れた青々とした世界になっているのだから。
エレナが手を添えた樹木が生き返ったのは昨日の話だ。
エレナの神聖な魔力(嘘)が起こしたものだと言っていたが、ここまでの規模となるとその少女に圧倒されるばかりだ。
「嬢ちゃんの魔力量ってどうなってんだ。問題の場所がほぼ元通り、いや、こりゃ元以上の果樹園に仕上がってんじゃねぇか」
「勇者様の純度の高い神聖な魔力をもってすれば、この一帯に命を吹き込むなど簡単なことです」
「なんでテメェが誇らし気なんだよ」
胸を張って鼻高々に語るデウスにアルバードは腑に落ちない表情を浮かべて突っ込んだ。
デウスの魔力に当てられた枯れ木からディープルの樹木が立派な実を実らせている。
その事実を知らないアルバードは、まだ20にもならない少女によるものだと認識している。
「さ、これで全部ですかね」
「そうね」
農作業を終えた農家のように、額の汗を拭うエレナとデウス。
エレナはただ演じていただけなのだが、罪悪感と冷や汗で拭うくらいに汗をかいている。
デウス自体は貴重な魔力を使ってはいるものの、今だ膨大な魔力量を誇るデウスにとっては焦りはあれど疲労感はない。
「おや、これはこれは朝からご苦労様です」
そこに現れたのはグルーフルの領主だ。
杖を片手にした老人。弱々しくも何処か覇気のある雰囲気を持っている。
「おぉ、これはなんと見事な。いやはや勇者様にはなんと御礼を申し上げれば……」
緑豊かになった果樹園を見て、領主は神を崇める様に感謝の念を言葉に込めた。
様子を見に来たのか、領主の後ろにいた街の住人も同じように頭を下げて、他の果樹園で出来たものお供え物のようにエレナに賄う。
エレナ自身何もしていないので困りながらそれを受け取ると、アルバードがエレナたちの行動に異議を唱えた。
「でもよォ、根本的に解決しなきゃ意味ねぇんじゃねぇか? 嬢ちゃんも毎回ここに来て魔力を与える訳にもいかねぇだろ?」
エレナもずっとこの街にいる訳ではない。
厄災の根本を叩かなければ、折角取り戻した緑はすぐに元通りだ。
今のままではただ魔力を無駄に消費しているだけになる。
「勿論それもこれから調べるわよ。これは取り敢えずの応急処置って感じかな。大丈夫、あたし魔力量には自信があるから。明日には魔力も戻ってるだろうし」
手をぐっと握って力強くエレナは言った。
その言葉に街の人から賞賛の声を正面から浴びる。
その勇ましさに領主はエレナの手を握る。
「我々の為にそこまで……勇者様、今晩わたくしの屋敷で宴会でもどうでしょう? いや、是非とも来てくだされ!」
領主の老体とは思えぬ勢いに蹴落とされて、
「……ぁ、じゃあ……」
取り繕った笑みを刻んで、宴会に招待されることになった。
時間は夜。月下のグルーフルは珍しく賑やかだった。
「さぁさぁ飲んで下さいませ!」
「あ、ありがとうございます」
領主の屋敷にある大広間。
そこには街の住人が集まり飲み食い騒いでいた。
エレナが座る円卓のテーブルには、デウスとアルバード、後は領主が座ってる。
領主に勧められた貴重なディープルの果実酒を喉に流した。
全身に染み込む果実の味。
あまりの美味しさにエレナは昂りを抑えれずに満面の笑みを浮かべた。
「お味はいかがでございますか?」
「すっっごく美味しいです! でもディープルの生産量が少ないのに良いんですか?」
「何をおっしゃいますか。再びディープルを収穫することが出来たのは勇者様のおかげ。ならば勇者様にはたらふく飲んでいただかなければ!」
老人とは思えなぬ勢いは、エレナはデウスの魔力が領主にも宿ってのではと疑うレベルになっている。
人々が笑いながら酒を交わし、舞や踊りで場が賑わう。
エレナは酒場で働いていた頃を思い出し、懐かしさと想起した哀しさで複雑な感情を抱いた。
「おや、どうされました?」
エレナが涙ぐんでいるのを見て、領主は慈愛の表情で問いかけた。
無意識に流れた涙を拭い、エレナは笑みを作り上げる。
「ぁ、いや、ごめんなさい。こうやってみんなで騒いだりするのがなんか懐かしくて」
あの日からまだそれほど日数は経っていない。
だが、もう取り戻せない日常が、エレナの記憶を懐かしく錯覚させる。
「では今宵は忘れられない夜といたしましょう」
エレナのグラスに果実酒を注ぐ領主。
出された料理と果実酒はとても相性が良く、口に運ぶ手は進む進む。
広間の喧騒は深い夜に長く続いた。
「はぁ~美味しかった。こんなに楽しいひと時を過ごしたのは久しぶりです」
「それは良かった。こちらとしても重かった街の空気が一気に変わりました。これも勇者様のおかげですぞ」
宴会も終え、エレナは酔いを醒まそうと夜風に当たる為に外に出ていた。
月を眺め、夜風を肌で感じていると、後ろから領主がコップに水を入れて持って来てくれたのだ。
「ここまでしてくれたんだから、あたしもこの問題を解決しなくちゃ……」
自分に喝を入れるエレナを、領主は孫を見守る様な目でエレナに微笑む。
「ですが勇者様。勇者様の魔力は大丈夫でしょうか? あれだけの規模、一晩で回復するとは思えませぬ」
領主が心配するのはエレナの魔力だ。
魔術師は魔力を消費すると大気中に溶け込む魔力を吸収して魔力を回復できる。
魔力の貯蔵量、回復速度には個人差があるが、大量の魔力を消費すればそれなりに回復に時間がかかるのは誰でも同じだ。
枯死した果樹園を回復させるのに膨大な魔力を消費したはず。
今は大丈夫でも、今後の事はやはり心配なのだろう。
そんな領主の心配を、エレナは心強い笑みで返した。
「ご心配には及びません。この感じだと明日にはバッチリ回復してますから!」
手をぐっと握り強い笑みを浮かべたエレナは、領主の持って来てくれた水で乾いた舌を湿らせた。
酔って火照った身体に水の冷たさが染み渡り、エレナの心を落ち着かせた。
「ふぁ~……少し疲れちゃったかな。なんか眠くなってきました」
「それは大変ですな。今お部屋を用意いたします故、しっかりと休養してくだされ」
領主が部屋に案内しようと立ち上がる。
エレナも眠たく重い身体を持ち上げて、歩いていく領主に続こうとしていた。
だが、脳の動きが鈍くなり、瞼が自然と落ちてくる。
身体の力も抜けていき、歩くどころか、立っていることすらもままならない。
「これは……どう……ぃぅ…………」
膝から崩れる様にエレナは倒れた。
途切れる意識の中、領主がこちらを振り返っている光景が最後に焼き付いて。
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――――――――。
水の滴る音がした。
まだぼやける意識の中で、湿気た空気を肌で感じた。
「……ぅ……」
全身の細胞が少しずつだが覚醒していき、朧げな意識も時間と共に現実に引きずり出されていく。
「……ぁ……ここは……」
目が覚め、まだ鈍い感覚を脳が訴えるのを感じながら、エレナは周りを見渡した。
薄暗いが松明で暖色灯は確認できる。
隅々まで見渡せるほどの灯ではないが、自分が石を積み上げて出来た祭壇の上にいることは理解出来た。
手首を締め付ける感触に目をやると、引き千切ることは想像できない程に重厚で太い鎖がエレナの両手足を台座に縛り付けていた。
斜めに傾いた台座に寝転がるようにエレナは縛り付けられて、身体に痛みは少ないが手足を締め付ける鉄の感触が不快感を募る。
「ちょッ、なにこれぇッ!?」
身体を動かしどうにか拘束を解こうとするが、ジャラジャラと軽く金属が擦れる音が響くだけで無駄だった。
「おやおやお目覚めですかね勇者様」
聞きなれた声が建物内に響いた。
エレナは顎を引いて声の主を探した。
声は反響している為どこから発せられているのか分からず、薄暗いのでどこにいるのかも分からない。
だが、声の主が松明が照らす空間に現れたことで、エレナはようやく驚嘆の声が漏れた。
「あ、あなたは!?」
杖を片手にした老体。
年相応に色が落ちた髪は長く、杖を持つ手は弱々しくか細い。
長い眉毛の下に隠れた慈愛に満ちた瞳が、薄暗い空間の松明の光を反射していた。
「これは一体どういうことですか…………領主様」
グルーフルの領主がそこにいた。
何故ここにいるのか。それはエレナにも理解出来た。
むしろ、こうなることは予想の範疇だった。だからこそエレナは冷静に領主と向き合うことが出来た。
「グルーフルに起きた厄災……“現象”を起こした犯人はあなたですね」
「ほっほっほ、流石は勇者様。そこまでお分かりですか。一体どこで?」
厄災の犯行を認めた領主は、それでも慌てずエレナと向き合った。
「犯人が分かったのは今さっきよ。けど、今回の件に犯人がいるなら、それをおびき出す手段がある。あたしの魔力ならね」
エレナは厄災によって枯れ果てた果樹園をデウスの魔力を当てることで復活させていた。
これが犯人をおびき出す方法。
犯人は果樹園の大地から魔力を奪っていた。目的は分からないが、犯人にとって魔力を集めている以上、エレナの存在は無視できないはず。
果樹園から奪い取った魔力量を知っているなら、それを上回る魔力をエレナが持っていると解釈する。
それも一日で全回復するとなれば、犯人にとってエレナは無限に魔力を蓄えた宝となる。
だからエレナは過剰に魔力量と回復力を演出した。
本来ならデウスの魔力も有限のため、今回のように毎回魔力で果樹園を元通りにしては魔力が持たない。
だが犯人が街にいるならその事実を隠していくことで、犯人がエレナを魔力の宝と認識させることが出来る。
そうなれば何かしらコンタクトがあるはずだ。
魔力を欲する犯人にとってエレナを手放すなど、道端に宝石が落ちているのを見過ごすようなものだ。
いきなり睡眠薬で眠らされて拘束されるとは思わなかったが、犯人が現れたのなら作戦通りだ。
「勇者様の魔力は素晴らしい。その純度の高い高品質の魔力、湯水のごとく湧き出る魔力量。たまりませんなぁ」
高揚した老人の指が、拘束されて自由を奪われたエレナの腹をなぞる。
鎧は外され、衣服一枚となったエレナの腹部に、老人のか細い指の感触が伝わって全身に鳥肌が立った。
「きゃぁあ!? ちょ、やめなさいよ変態!!」
暴れるも鎖のせいで身動きが取れないエレナは老人にされるがままだ。
「勘違いするな馬鹿もん。わしが興味あるのはお主ではなくお主の魔力だ。肉体に魅力など一切ないわ」
「ちょっと酷くない!? これでも故郷では一、二を争うぐらいの美少女って言われてたんだから!」
老人の卑下する視線に噛み付くエレナ。
この状況でもこんな態度を取れるのは、エレナの心に安心できる何かがあるからだ。
「ふん、これ以上は時間が惜しい。始めるとするか」
領主は天に片手を挙げる。
するといたるところの松明に火がついて、エレナはようやく自分がいる場所の全容を把握できた。
地下遺跡のような空間は、広く高く作り上げられ、ここが地中にあるとすれば一体どれほど深い場所なのか検討もつかない。
「地神様の慈悲、お主がこれからどうなるのかは教えてやろう」
老人とは思えない凄みに、エレナは思わず固唾を呑んだ。
「お主はこれから一生魔力を生み出す道具として利用されるのだ。ここの空気にも地上同様魔力が含まれておる。お主ならその命朽ち果てるまでもつだろう。手足の拘束を解くことは出来ぬが、食事や洗髪くらいはしてやるぞい」
領主はエレナの身など案じてはいない。
魔力は持ち主の体調によって純度が下がる可能性がある。
領主はそれを危惧しているのだろう。
「お主は地神様の糧となり、罪深き我らをも包む慈悲の恩恵の一部となるのだ。これ以上光栄なことはあるまいて」
「わし、ね……それがアンタの正体ってわけ。表の顔はグルーフルの領主、裏の顔は怪しげな組織の一員。今のアンタは一体誰?」
エレナに尋ねられ、領主は袖をめくり右手の甲に刻まれた刻印を見せた。
五芒星の頂点に円を刻み、円の中にはそれぞれ違った紋様が記されていた。
「わしの名はリグルド。真元教教徒にして地の柱、地神様の神託を授かった者なり」
「真元教……火、水、風、土、雷の柱神を従えた最高神ヘスティ・アンフェールを救い主とする宗教。中でもアンタは地の柱を崇めてるみたいね」
「ほう、多少の見聞はあるようだな。ヘスティ様は高次元の存在となり、我々をそのご慧眼で見守らている。だが、この世界にはヘスティ様の存在は必須。そこでヘスティ様は自らの力を五つに分け地上に送った。それが『五柱神』。わしは“地柱神”ガイア様の神託を授かった身。この身はガイア様のお導きに従うのだ」
「アンタがどういう立場かは理解したわ。けど、地の神を崇めている割に大地から魔力を奪ってる。やってることは矛盾してない?」
「わしが何故このようなことをしたか興味があるようだな。ならば教えてやろう。話を聞けばお主も喜んで地神様の糧となるであろう」
台座に縛り付けたエレナに、リグルドは地柱神ガイアの敬愛を熱く語るのだった。