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厄災11

「まさか……フレイアが」


 フレイアの千切れた腕を見て絶句するゴルゴン。

 それは信頼を置いていた使用人が犯人だったからか、快楽殺人者が身近にいたからか。


「信じられねぇとは思うが、そいつらの言ってることは本当だ。俺もこの目で確認したからな」


 不機嫌そうにアルバートは言った。

 彼が眼が覚めた時、地中に深く穴が開いている光景が真っ先に目に入った。

 どうやら、デウスに眠らされた記憶はないようで、デウスが満面の笑みで放った一言が強く脳裏に残った。


 ――――流石勇者様!


 半信半疑だった勇者の実力。

 気を失っていたのだろうか。一体何がどうなった。

 いろいろと思うことはあるが、それでも目に映った大穴が信じられずに思考を遮った。


(あの穴を嬢ちゃんが……底が知れねぇな)


 見た目は至って普通の少女。

 宝具を持っているようには思えず、彼女が起源者の可能性が強く残る。

 もし起源者なら、その起源はフレイアと同じ怪物級のものだろう。


「さぁて、約束通り銀装備を頂きますね」


 フレイアにやられていたはずの傷が何事もなかったかのように消滅していたデウスが、この場にいる誰よりも上機嫌でそう言った。

 ゴルゴンは使用人に約束の銀装備を持ってこさせる。

 その使用人がフレイアでないことに、エレナは何処か寂しさを感じさせて。


「おぉ、これが銀装備(するバーズ)。綺麗だ」


 木箱を開けると、銀装備の輝きが漏れる。

 宝石のような煌めきを見せる防具と細剣は、依頼通りの代物でデウスはご満悦だ。

 木箱と閉じて、デウスは満面の笑みのままその場を去ろうと出口に足を向ける。


「では勇者様。長居はご迷惑になりますのでそろそろ行きましょうか」


「…………うん」


 複雑な心境に表情を曇らせながら、エレナはエストリアの領主に軽く一礼して出ていくデウスに続いて行った。

 使用人たちが客人を見送る為整列する。

 その中に、空色の髪と紅の瞳をしたメイドの姿はない。


 たった一夜。

 短すぎる時間に強烈な印象を残した殺人鬼は、エレナの心に複雑に絡まった。

 不安だった心に勇気を持たせたその言葉は本音だと彼女は言った。

 

 次に会うときは敵になるのだろうか。

 彼女が見せたのは、歪んでいるとはいえ敵意ではなく愛情のようなものだった。


「いつまで俯いている。厄災は解決し、銀装備は手に入った。盛大に喜ぶべきだろ?」


「なんでフレイアさんは人を殺すんだろう? 関係のない人を殺して、罪のない人を悲しませて。今回も、フレイアさんが姿を消してこれ以上の被害が出ることは無くなった。けど、死んでしまった人は帰らない。残された人は一生消えない傷を残してしまう。こんな悲しみしか生まないことをどうしてあの人は楽しそうに出来るんだろう?」


 曇り顔のエレナが呟いた。

 彼女の疑問に、デウスはその足を止めて、エレナに向き直る。


「フレイアが、いや、生物が同族を殺す理由など自分の為以外に何がある? 自分の利益の為、自分の欲望の為、自分の人生の為。それは人間だろうが動物だろうが変わらない。フレイアは自分の快楽の為に人を殺す。それが許されないのは人間の世界だけだ。奴はその世界に縛られない。ただそれだけのことだろう。奴にとって人を殺すということは、エレナ……貴様が本を読んでいる時と同じような感覚だ」


 デウスは人の心に寄り添わない。

 フレイアの行いを咎める訳でもなく、エレナの言い分を尊重するわけでもない。

 あくまで世界を統制する神として、俯瞰した意見を言うだけだ。


「今回の厄災、アンタはフレイアさんが犯人だって分かってた?」


「いいや。昔から頭を使うのは別の奴に任せていてな」


 デウスはその圧倒的力から頭を働かせなくても物事を力で解決することが出来た。

 筆頭補佐官の側近であり親友でもある配下のカイルから、『脳筋』と皮肉られたことを思い出す。


「じゃあもし、今回アンタならどうやって解決してた?」


「俺様の神器の一つに、広範囲を監視できる力を持つものがある。そいつを使い街を監視して、犯人が犯行を行えば、後は其奴を叩くだけだ」


 デウスなりの解決案。

 やはりその中に犠牲者の事など考えられていなかった。


「それだと少なくとも一人は犠牲になる」


「言っただろう。俺様は世界を安定させるために下界に存在し、その世界で誰が誰を殺そうと、誰が死んでしまおうと関係ない。俺様がいなければ助からない命は元々失う命だ。俺様が間に合えば助かるという可能性があるだけでも感謝すべきだろう」


 デウスがこう答えることは分かっていた。

 それでも確かめたかったのだ。デウスの価値観と、自分の価値観の差を。


「だが、俺様は感心したぞ」


 思いの寄らない言葉に、エレナは思わず目を丸くした。


「今回の厄災、最後に犠牲となる人間が助かったのは貴様が頭を働かせたからだ。少なくとも貴様は一人の人間を救った。それは誇っていいことだ」


 この言葉が、エレナの考えをまとめ、決意を固める。

 デウスが世界を救うなら、エレナは犠牲となるものを救い出そう。

 デウスが世界を救う為の行動によって取り零れてしまうものを、エレナが全て掬い上げよう。

 それがエレナの出来る事。いや、エレナがしなければならない事だ。


 エレナの真意を読み取ったのか、満足げにデウスは薄く笑みを刻む。



「いい顔だ。ではいくぞ。次の厄災が迫っている」



 ◆◆◆◆◆



 エストリアを出ようとしたその時、見知った顔が城門で腕を組んでその身を壁に任せて立っていた。

 

「アル? どうしたのこんなところで」


「いやな、俺もこの街から出ていくからせめて一言挨拶していこうかと思ってな。似合ってんな銀装備」


 エレナはゴルゴンから報酬で貰ったという名目でデウスが奪った銀装備を身に着けた。

 胸当て、籠手、脛当て、腰当、剣など、必要部分はフルセットで提供された銀装備は、研磨され鏡のようにアルバードの顔を映していて。


「嬢ちゃんの綺麗な金髪と相まって中々いい感じじゃねぇか」


「もう~そんなに褒めないでよ。まぁ、似合うとは思ってるけど」


 照れるエレナは上機嫌で新装備を見せつけた。

 銀装備(シルバーズ)はその美しさもさながら、軽量の割に十分な防御力を持つ性能の高い装備だ。

 銀装備は性能より見た目を重視する人が欲することが多いが、十分実践に使える防具。

 勿論、性能を重視するなら人は、値段程の性能が無いので買う人はいないが。


「あ、でもなんでアルバードも出ていくの? そりゃ、今回の一件は解決したけど、あの領主ならアンタ程の実力者を手放さないでしょ?」


「嬢ちゃんたちが街の人を避難させたおかげで一夜にして今回の一件が明るみになってな。裏帳簿の事がどっかの記者に知られたらしい。嬢ちゃんと入れ違いで王都の役人が来てたぜ。多分、この街の領主も変わるだろうから、ついでに俺も出て行こうかってな」


 おそらく、その流れでフレイアもお尋ね者となるだろう。 

 今回の一件はいろいろと複雑な心境を覚える厄災だった。

 せめてエストリアの次の領主は良い人であることをエレナは祈る。

 

「縁があったらまた会おうや。そん時は俺も嬢ちゃん以上に強くなってるからよ」


「あはは……頑張ってね」


 アルバードの勘違いにエレナは気の抜けた返事しか出来なかった。

 先にエストリアを出ていくアルバードの背中を見据えて、エレナは少し寂しげな表情を見せて。

 

「また会えるといいね」


 エレナが呟くとデウスはそれを鼻で笑う様に、


「ふん。心配しなくてもすぐに会える」


「え、それはどういう……」


 

 何を思ってデウスが言うのか、その答えはすぐにでも見つかった。



「…………よう」


 気まずそうにその男は言った。

 横を刈り上げた紅色の髪が靡き、長身で逞しい肉体を包む漆黒の装備が周囲の風景を威圧する。

 

「ぁぁ……また、会ったね。あははは…………」


 どうやら次の目的地は同じだったようで、エレナたちが向かった街にアルバードの姿があった。


「なんつーか……あんな別れ方した後にこれはただただ恥ずいな」


「ま、あたしはまた会えて嬉しいよ」


「まぁな。そんじゃ、俺は取り敢えず宿で休むわ。嬢ちゃんらも早く宿探したほうがいいぜ。この街は宿舎が少ねぇからよ」


 アルバードは宿舎の方に足を向ける。

 エレナはアルバードが行ったことを確認すると、アルバードの反応を楽しんで笑うデウスを見た。


「なんでアルがここにいるって分かったの?」


「厄災の発生地が奴が向かう方向と同じだったからな。奴がエストリアを出た時間からしてこの街に寄ることは予想がつく」


 エレナたちがいる街。

 果実の酸味甘味の香りが漂う街『グルーフル』。

 アルトナやエストリアに比べれば都市感が薄く、農村のような街並み。


 日当たりがよくて降水量が少ない環境、水はけのいい大地が広がるグルーフル周辺には広大な果樹園が出来上がり、いろいろな果実が育てられている。

 中でもグルーフルの代表的な特産物、ブドウ科の果実“ディープル”は、その見た目、味から『深紅の宝玉』の異名を持つ超高級品種の園芸作物だ。

 

 ディープルで作られる果実酒は、濃厚な果実味、鼻腔から全身に広がる様な香りが特徴で、エルダート王国で上位に位置する程の品質。

 グルーフルの利益は主にディープルが担っていると言っても過言ではない程だ。

 果実酒を製造、保存する場所も設けられた、完全な酒の為の街。


「一度飲んでみたかったのよねー。最高級のワインなんて口に出来る金は持ってないけど……」


「なに、この街の厄災を解決すればたらふく飲めるだろう。それよりそろそろ日が落ちる。早く宿を探してこい」


 命令するデウスにイラつきを感じながらも、エレナは言われたとおりに宿を探して足を動かした。

 夕暮れ時。人の気配が徐々に家屋に消えていく。

 目に付く看板の文字を読みながら、エレナはようやく宿を見つけた。

 思いのほか客が少ないのか、空き部屋は多くあるようで、二部屋借りることが出来た。


 支払いを済ませ、夕食にしようとフロント横にあるカフェに座る。

 エレナたちのほかに客はおらず、街の栄気など感じられなくて。


「すいませんねぇ。少し前まで人手賑わってたんだけど、今は見ての通り閑古鳥も寄り付いてくれない始末さ」


 元気のない笑みが店員から漏れる。

 デウスは気にしないと言わんばかりに料理を口に運んでいるが、エレナはどうしても気になってしまう。

 ディープルの果実酒を始め、グルーフルは他の果実も有名だ。

 どういう訳か、グルーフル周辺の土地に広がる果樹園では、多くの果実が実り、どれも最高品質の味を持つことで有名だ。


 そんなグルーフルには多くの人が行き来していたはず。

 採れたてを味わいたい美食家、味の秘密を解き明かそうとする農家、ディープルの果実酒を売ろうとする商人。

 普通なら、今いる宿だってもう少し人がいいくらいだ。


「何かあったんですか?」


 当然、エレナの口からそんなセリフが出てくるのは不思議ではない。

 店員は何も隠す素振りを見せず口を開いた。



「半年ほど前の事です…………」



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