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厄災10

「アル!? どうしてここに?」


 突然の事に、エレナが動揺を隠せずにいた。

 今のデウスは、明らかに神様状態。

 予期せぬ介入で、エレナは若干の焦りを感じていた。


 だが、アルバードは今のデウスに目を向けず、目前の敵に対して睥睨して、


「あぁ? テメェが犯人を突き止めたってデウスから聞いたからよ。この時間にこの場所に来たら犯人と会えるらしいから来てみればこれよ」


 獣の睥睨に、フレイアはその笑みをさらに深く刻んで、


「フフフ、これは思わぬ邪魔者が来てしまったわね。まぁオードブルくらいにはなるのかしら」


「何言ってやがる。オードブルどころかデザートまで行ってやるよ。喰われるのはテメェだけどな」


 宝具を構えるアルバード。

 対して、フレイアはスクラマサクスを強く握るも、自然な立ち姿で戦闘態勢に入っている気配がない。

 

 互いに呼吸を整え、隙を探る。


「――ッ!」


 先手をしかけるアルバードのポールアックス。

 距離を詰め、フレイアの脳天をかち割らんと斧刃を振り下ろした。

 フレイアは不気味な笑みを刻んだまま、悠々とその攻撃を受け止める。


 ポールアックスの柄は、スクラマサクスの刃とぶつかり火花を生む。

 刃に触れても問題ないほどに、ポールアックスの柄は強度が高いようだが、アルバードとフレイアの力が強いのか、若干のしなりを見せている。


「フフ、貴方の宝具……強度からは想像し難い柔軟性ね。一体何の素材でできているのかしら?」


「そんなもん、こいつを作った奴に聞きな。テメェが気にしなきゃいけねぇのは殺した人の遺族の気持ちだろうが!!」


 アルバードはポールアックスの柄を更に上に握り、斧刃を押し込むように柄尻を振り上げる。

 斧刃はスクラマサクスを支点にフレイアの右肩を抉り、腕を削ぎ落とした。

 

「腕一本。降参するなら聞いてやるぜ?」


 宙を舞う右腕から、スクラマサクスだけを左手に取り、後ろに距離を取るフレイア。

 斧刃にはべっとりと鮮血が付き、生々しい腕が地面に落ちている様子は、エレナの眼には刺激が強く、思わず口を押えて込み上げる何かを抑えつけた。


 フレイアは腕を削ぎ落とされた肩に目をやる。

 普通なら卒倒してしまう光景が彼女には広がっているはずなのに、それでも不気味な笑みが消えることは無かった。


「腕落とされたってぇのに、不気味な女だな」


「ミステリアスな女と言ってくれないかしら。その方が魅力的でしょ? それに、腕を落としたくらいで勝ったつもりなら、その考えは捨てた方がいいわ。早死にしたくなければね」


「ハッ、その台詞はせめて止血してから言いな。このままだと失血で死ぬぜ」


 フレイアの右肩から流れ落ちる血液は止まることを知らず、地面を汚していく。

 しかし、フレイアは焦ることを知らず、笑みを残したままアルバードを赤眼で捉える。


「そういえば、貴方確か起源者だったと言っていたわね。“烈虎の理”……戦闘向きの恐ろしい起源ね」


「ああ。分かり易い起源でありがてぇ限りだ」


「魔術師は世界に影響を与え、宝具は武具に影響を与え、起源は肉体に影響を与える。つまりね、起源者はその起源によってこういったことも出来るのよ」


 フレイアの肩口から流れていた血が止まる。

 そして、断面から何かが出てきそうに盛り上がり、柔和で色白な腕が剥きだされるように生えてきて、

 

「テメェも起源者か……」


 新しく生えた右腕は、他の肌よりも白く、生まれたての新鮮さを際立たせていた。

 その右腕を軽く動かして動作を確認しながら、


「“水蛇(みづち)の理”。これが私の起源。古の時代に存在していたという多首の蛇。烈虎なんて可愛いものじゃない。貴方の起源が獣なら、私の起源は怪物よ」


 起源は肉体にその力を宿す。

 起源によっては欠損部の再生など簡単なことだ。その点では再生が出来ない魔術師よりも優れていると言える。

 魔術師は傷口を塞ぐならともかく、切り落とされた腕を元に戻すことは不可能だ。

 

 だが、起源者でも再生力のある起源は珍しいことに変わりはなく、フレイアの言動とその異様が合わさって、アルバードも得体のしれない何かに警戒心が露骨に現れる。


「どうやら出し惜しみしてる場合じゃねぇようだな」


「ようやく気付いてくれたのね。貴方が勝つ可能性があるのはその宝具だけよ。それでも、確実にゼロに近い勝機であることに変わりないのだけれど」


 アルバードはフレイアの血がべっとりとついたポールアックスを構えた。

 斧刃が天に上る月を見据えるように構えて、宝具を中心に風の流れが変化した。

 夜風がどこか温かく感じ、熱気のようなものが宝具に纏わる。

 エレナでも分かるその宝具の危険性。フレイアはその笑みを崩さず宝具を見やる。


「安心しろ。殺さねぇようにすることは変わらねぇ。ま、その身体が二度と再生されないようズタズタにはするがな」


「フフフ、それは楽しみね」


 威圧するアルバードを笑って返すフレイア。

 アルバードはしっかりと構え、神経を研ぎ澄ました。


「宝具“気炎万丈エスプロジオーネ”……我が闘志に応じ、その力を――――」

「ちょっとすいません」

「かいほっ……なんだよこんな時に!!」


 宝具を構えて、いかに攻撃に出ようとするアルバードを、デウスが肩を叩いて妨害する。

 邪魔をされたアルバードの怒号が夜闇に響いて、すっかりと張り詰めた空気が弛緩した。

 

「いや、ね? もう貴方の用は終わったので……」


「あぁ? そりゃどういう――――」


 神器――“眠神(ヒュプノス)()欠伸(ハスムリト)


 デウスがその手に持つのは、香水のような小瓶。

 蓋を開けると、キラキラと輝く桃色の煙が天に昇り、デウスはそれをアルバードに吹きかけた。

 咄嗟に顔を引くも、煙を吸い込んだアルバードは、急にその強張った表情を崩して、


「て、めぇ……なに、しや……が…………る……――――」


 その場に倒れ込んだ。


「ちょ、ちょっと!? 何してんのアンタ!?」


 デウスの行動にエレナは大声を上げてアルバードの元に駆け寄った。

 倒れたアルバードは地面にうつ伏せで倒れ、その身体を寝返らせると大きないびきをかいて、爆睡していた。


「安心しろ。眠ってもらっただけだ。此奴をここに呼んだのはあくまでフレイアが犯人であると証明させる為だ。現行を目撃させればもう用はない」


「だとしても急すぎるでしょ! ここはアルに任せてもよかったんじゃ」


「いや、此奴はここで死なせるには惜しい男だ。もし此奴がフレイアに近づければ死んでいた可能性がある。そうだろ?」


 デウスはフレイアを睥睨した。

 鋭い眼光が殺人狂を見据えて、当の狂人は何故か呼吸が乱れる。


「唆るわぁ……♡ やっぱり……貴方は最高ね……」


 さっきの不気味な様相すらも崩れ落ちた。

 全身を迸る快感を抑えるかのように身悶え、息を荒くし、頬を染め、妖艶な声を上げた。


「あの時、アルバード(そこの男)と戦ったときから感じていた……今まで会った人間と違う雰囲気、圧倒的な力と底が見えない可能性! 人を殺すことでしか快感を感じられない身体が、もう貴方にしか反応しなくなっている! 他の人間なんてどうでもいい。貴方を! 貴方だけを見ていたい! 感じていたい! 私のすべてを貴方に注ぎ込んで、一生分の快楽の海の中で貴方という存在を……壊したいぃ♡」 


「ようやく最後の仮面を外したようだな。貴様が人間を殺す理由は己が快楽の為か?」


 デウスが尋ねると、フレイアは身悶えながら食いつく様に反応した。


「ええ! 『死』は人が最後に見せる芸術ッ! それが露骨に現れるのが死に顔よ。怯える顔、動揺顔、絶望した顔……それも、自分の強さに自信を持つ人が見せる死に顔はたまらない♡ でも、もうそれはどうでもいい。今は貴方の死に顔にしか興味が無いの。ねぇ貴方は恐怖を感じたことがある? どうしたら貴方の表情を恐怖に染め上げられるの? 死ぬときはどういう顔をするの? はぁあ♡ 想像するだけでたまらないぃ!!」


 発情した動物のようなフレイアに、デウスは変わらずの表情。

 殺人狂の異様な光景に絶句するエレナと違い、デウスはあくまで生物が悶えているようにしか捉えてないようで。


「貴様が何の奥の手を隠しているか知らんが、アルバードに向けられた殺気は力勝負で出せるものではない。確実に殺す手段を持った核のある殺気。俺様は貴様よりも貴様の奥の手に興味がある」


「フフフ♡ いいわその蔑む様な冷たい目。その表情を崩したくてたまらないぃ……でも、私の手を教えることは出来ないの。でも大丈夫、貴方に使わない訳ではないわ♡ 貴方を殺すときは目一杯感じさせてあげるから♡」


 恍惚とした表情で、フレイアはスクラマサクスの刃を舐めとった。

 不気味な笑みを刻んだフレイアは、その身体を脱力したように滑らかな揺らぎを見せて、


「――――ッッ」


 強烈な加速でデウスとの距離を詰める。

 その速度はまさにアルバードに匹敵していて。

 月光を弾く白刃がデウスの前髪を掠った。

 

 紙一重で避けたデウスには、一片の焦りも見せず、すまし顔で白刃の嵐を掻い潜る。

 対するフレイアは、人形で遊ぶ子供のように楽しそうな笑みで、恋する乙女のように恍惚としていて。


「フフフ、とても楽しいわね! もっと、もっっと楽しみましょう♡」


 躱すデウスだが、僅かに肉体への傷が増えていく。

 デウスの動きが劣っているわけではい。

 デウスの圧倒的な動きに、フレイアの肉体が超人的に進化している。

 より早く、より鋭く。

 一本のスクラマサクスが、幾つもの増えたように見える。


「デウスッ、この前の力で倒せないの?」


 状況が悪いと判断したエレナは、デウスが盗賊を一網打尽にした神器“咎人(エグリマティアス)()悔悟(ケラヴノス)”を使えと叫ぶ。

 だが、デウスはその提案を、攻撃を躱しながら拒絶する。


「残念だが、咎人(エグリマティアス)()悔悟(ケラヴノス)は一対多数用の神器だ。奴一人の罪過では威力が足りん。それにあれは標的に当てるのが難しい。雷が周囲の家屋を破壊しても良いのなら使うが……まぁ、それでも奴の速さなら当たらないだろうがな」


 咎人(エグリマティアス)()悔悟(ケラヴノス)は複数の罪過を電撃に変え、収束させることで攻撃する。

 威力、つまりは罪過の大きさはデウスが決めるが、それには限度があり、そして発動後の攻撃は扱いが難しい。

 動かない人に当てるのは難しくはない。例え指先に当てただけでも電撃は全身に巡り相手を無力化するからだ。 

 それでもフレイアの速さなら、当てるほどのコントロールが定まらないのでは躱すことは容易だ。

 躱された電撃は、周辺の家屋を破壊しつくす。

 威力こそ申し分ないが、使いどころが限られる神器だ。


 無数の刃が入り込んだ嵐のように、デウスに白刃の傷をつけていく。

 傷から流れる鮮血が、夜風に冷えた空気を濡らす。


「フフッ、これが貴方の血……」


 熟成されたワインを眺めるように、紅の瞳が刃に付いた血を映す。

 滑らかに刃を辿って地に落ちたその鮮血を、彼女は手の甲で受け止めた。

 きめの細かい柔肌に鮮血の朱色が染める。


 うっとりした顔を見せて、手の甲に広がる血を見つめる。

 顔を近づけ香りを楽しみ、長い舌がその流動体を舐め上げて、


「っんん♡ 堪らない……これが貴方の味。今まで飲んできたもののどれよりも美味!! 芳醇な香りに濃厚な味わい。堪らない、もっと欲しい、もっともっともっともっとっ!!」


 狂気的に昂るフレイアが、再びデウスに猛襲を仕掛けた。

 スクラマサクスを強く握り、デウスの右肩から左わき腹を削ぐ様に逆袈裟で振り下ろす。

 デウスが反応し、左手で右肩に迫る刃を受けようと手を伸ばすが、時間が凝縮したような動きで、フレイアは身体を捻って軌道を変え、幅広な刃でデウスの腹を貫いた。


「デウスッ!!」


 エレナの声が静寂と化した夜闇に響く。

 デウスは身動き一つせず、背中から突き出た刃がエレナの心臓を強く打ち付ける。


 フレイアは勝利を確信した笑みを浮かべた。

 腹部を貫いた刃が伝える確かな感触。殺せたとまでは自信を持てないが、致命傷に近いダメージは与えたはず。

 貫いた刃が邪魔をして血はまだそれほど出ていない。

 だが、この刃を抜けば栓が外れたように出血する。


「さぁ、その美味な血を私に浴びさせて♡」

  

 フレイアは力強く刃を抜く。


「っ……」


 それはまるで大樹にでも深く刺したかのように、刃は微動だにしなかった。

 そして、スクラマサクスを握る手を、逞しい手が包み込んで握りつけた。

 ぎちぎちと手の骨が悲鳴を上げる。

 

 フレイアは混乱に不気味な笑みを崩し、致命傷を負わせたはずの男を見上げた。

 月光を遮るようにデウスの顔がフレイアを見据えていて。


「血を浴びせることは出来ないが、代わりに良いものを浴びさせてやろう」


 月下の陰。眼光だけがフレイアには見えて。

 デウスの背中から植物のようなものが生えていき、やがてそれは花を咲かせた。

 太く逞しい茎の頭に咲く、純白の睡蓮のように花弁を広がせていた。

 開花した花弁は、その顔をデウスのようにフレイアを見据えて、


「ククク、どうした? 先ほどまでの笑みが消えているぞ」


 その花が危険なことは、本能が今までにないほどの警笛を鳴らしていることが証明している。

 ここでようやく、フレイアに焦りの感情が露骨に現れた。

 刃を引くも押すもビクともしない。

 手を放したくても、デウスに押さえつけられて柄を放すことが出来ない。


「神聖なる魔力の光弾。飽くまでその身に浴びるがいい」


 その花はデウスから魔力を吸い取る。

 花弁の開きはより大きく、柱頭に光が収束されていく。

 白銀の光がデウスから茎を伝っていって、


「貴重な魔力だ。一滴も零さないようにな」

「――――ッ」


 神器――“ 不機嫌種(アスィミ)()銀花ルルディ ”


 収束された白銀の光が、フレイアの視界を埋め尽くす。

 空気が焼き焦げるような肌触りを受けて、魔力の柱が突き刺さる。


 ―――――――――ㇲゥゥゥッッ!!!!


 衝撃が大気を揺らしてエレナを圧倒する。

 銀光が夜闇を照らし、世界を白に染め上げる。

 整備された大地は抉れ、光弾が広がらないよう集めることで、一点に深く魔力波を突き刺していく。

  

 劈くような音が鼓膜に響く。

 豪風に押されながらも踏みとどまるエレナが、再び白の世界から夜闇に戻った光景を目にした。

 デウスの腹に刺さったスクラマサクスを握る手は、肘辺りで無くなって力なく地面に落ちた。

 

 デウスの一歩前。

 斜めに突き刺すように、地面に奥深く終わりの見えない穴が開いていた。


「凄い……殺しちゃったの?」


「いいや、手加減はした。それに奴は上手く逃げたようだ」


「あれを躱したの?」


「よく見ろ。取れた腕の断面が引きちぎられたようになってる。動けないから腕を千切って躱したようだな」


 デウスが丁寧に説明するも、エレナは腕を確認する気などあるわけがなく。

 デウスがとある方向を見た。

 エレナがつられて目をやると、屋根に立ち、月を背後にするフレイアがそこにいた。

 腕は起源の再生力で、元に戻っている。


「ウフフ、堪らない♡ どうやら私はまだ貴方に見合わないみたい。でもきっと近づくから。もう少しだけ待ってもらえる? もっと強くなって、貴方を殺して、あ・げ・る♡」


「ふん。ならば待つとしよう。結局貴様の奥の手は拝めていないからな。もしかして、敢えて使わなかったのか? 俺様が貴様に興味を持たせたままにする為に」


「正解♡ 最も恐いのは貴方に忘れられる事だから。ではまた会いましょう」


 フレイアは逃げようとしたその時、その足を止めてエレナを見据えた。


「偽りの勇者さん、あの時、お風呂場で私が言ったことは全部本音よ。デウス様がメインディッシュなら貴女はデザート。ちゃんと堪能してあげるから♡」


 デウスに向けられていた狂気的な笑みが、今度はエレナに向けられて。

 背筋を凍らせる眼光に、エレナの身は竦んでしまう。まるで蛇に睨まれた蛙のように。


 エストリアで連続殺人を行った犯人は、月下の闇に姿を消した。

 静寂の中、彼女の狂った笑声だけが脳裏に反芻して――――。


 

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