厄災9
昨夜に人が殺されたと思えない程、街には日常が描かれていた。
エレナ達は取り敢えず胴体が発見された場所を目指す。
「で、どうしてあなたまで?」
デウスは隣を歩く長身の男を見上げて言った。
その男はデウスの肩に手を回して、
「まぁ固ぇ事言うなって。俺も今回の件は今までの仕事で一番胸糞悪ぃんだ。協力して犯人にはきっちり罪を償ってもらおうぜ」
「そういえばアルっていつからここに来てるの?」
デウスと肩を組むために少し背中を丸めているアルバードは、エレナに訊かれて天を見上げた。
「二週間くれぇ前か? 俺の方にはあくまで傭兵として雇われたんだが、いざ来てみればこういう状況って訳だ。まったく、金は良いからあの領主についているが、正直あのクソ野郎は頭にくる。命よりも地位ってか」
そこはやはりエレナと同じ意見だそうで、アルバードが人格者である事に理解を示して。
「ここが胴体の捨てられていた路地ですね」
到着したのは細い道の路地。
数メートル先には壁があり、奥にまだ血痕が薄く残っている。
エストリアの街並びはとても綺麗だ。
家屋が横並びに続き、地図に置き換えれば直線的な道が直角に交差する。
夜の警備はこの直線的な街並みを利用して衛兵が巡回する、
そうすれば、人数が少なくとも衛兵同士の距離を離して、街全体に人の眼を広げることが出来る。
待機場所で5分監視、そして次の地点に移動する際に、決められた家に入り注意喚起を促しながら移動し、次の待機場所で道を監視する。
誰がどの場所を監視するか、どの家に注意を促すかは毎日ランダムで組まれ、なるべく同じ人が同じ家に行かないようにしている。
巡回ルートはゴルゴンの方にも知らされ、許可が下りればその夜は組まれたルートで警備する。
そうすることで、何かあったのではないかという住民の不安を軽減させる。
だが、それでも死体が発見された時は一切の情報を掴むことが出来ない。
今までの共通点と言えば、第一発見者は決まって警備中の衛兵、夜が明けかけた黎明、殺されているのは子供のいない家の住人だということくらい。
そして、相手は相当の腕を持っていること。
「ま、例え犯人が見つかったとしても、ここの衛兵じゃどうしようもないがな」
そこまで整理し、アルバードは呟いた。
彼がここに来てから、何度か衛兵の訓練も見学したことがある。
衛兵の仕事はあくまで治安維持と警備、護衛だ。訓練の内容も攻撃よりは守備を特にしている。
アルバードのような戦闘のプロではなく、実力はあくまで訓練した一般人に過ぎない。
犯人を見つけたとしても、見つけた衛兵が無残に殺されることはアルバードには容易に想像できる。
「俺が相手ならどうにかするが、犯人が分からない以上どうも出来ねぇ。俺は一応あの領主の護衛ってことになるしな」
アルバードがゴルゴンを守っているからこそ、街の警備に人を回せるのだが、個人の戦力が足りない事には、直接捕らえることは出来ないだろう。
「犯人を見つけない事には打つ手がないわけね……」
エレナは周囲を見渡し、もう一度その眼で街並みを確認した。
今までの巡回ルートや遺体発見現場などを書き込んだ地図を開く。
そんな彼女の姿を横目で見たデウスは、薄っすら笑みを浮かべていて。
そして、何を言う訳でもなくエレナは歩き出した。
「おいどこ行くんだ?」
エレナの背中に声をかけるアルバード。
エレナは振り返ることをせず、歩みを止めないまま、
「領主の屋敷に戻る。ちょっとあの領主に話があって」
それだけ言って二人を残すようにその場を去った。
そんな後ろ姿を見据えて、アルバードはデウスに尋ねた。
「なぁ。あの嬢ちゃんはテメェより強いのか?」
「……ええ。僕なんか勇者様の足元にも及びませんよ」
笑い交じりに語るデウス。
デウスの実力を知るアルバードにとって、その事実は末恐ろしいものでしかない。
「あの嬢ちゃんがねぇ……」
◆◆◆◆◆
夜のエストリア。
衛兵が巡回するこの時間は、誰も外を出歩かない静寂が包み込んでいた。
とある家の扉から軽いノック音が響いた。
「はいは~い」
ノックに反応して、その家の主が中から声を出した。
その声に反応して、扉越しに返答が返る。
「エストリア防衛部隊第三班、リーリスであります! 警備の為安全確認に参りました!」
ハキハキとした声をかけられて、家主は迷いなく扉を開ける。
扉を開けると、衛兵の制服に身を包む女性がそこにいた。
ヘルムによって頭部が守られ、紅色の瞳が家主を映す。
「これはこれはお疲れ様です」
「労いの言葉ありがとうございます! ご家族の方はご帰宅していますか!」
「は、はい。見ての通り、妻は食事中です」
家の中を見せると、黒髪ロングの女性がスープを口に運ぶ途中だった。
「確認しました。最近は物騒ですので夜の外出はお控えください! では!!」
最後まで覇気のある衛兵が出ていくと、たった数秒の出来事だったというのに、やたら寂しさを感じる静けさを取り戻した。
「にしても元気な人だったな……ん?」
食事に戻ろうとする家主の足元に何か落ちている。
それを拾上げて、確認するとそれは手帳だ。
中を見ると訓練の内容などが記載されていた。
「さっきの人が落としたのか?」
家主は家を出て周囲を見渡す。
すると先ほどの女性衛兵――リーリスが次の待機場所に向けて歩いていた。
「あ、お~い。これあなたのですか?」
呼びかけられて、リーリスは振り返る。
家主に手帳を渡されて、彼女は笑顔でそれを受け取った。
「これはありがとうございます! 危うく機密情報も漏らしてしまうところでした!」
ここまで感謝されると悪くないと家主は頬を掻いた。
手帳をポケットにしまうと、
「知っていますか? 人は突然のことになると、日常では現れることのない表情をするんですよ?」
リーリスの背後、月明かりを何かが反射し、時が収束するのを感じた。
横に振るう腕は、川のように静かに流れ、家主の首へと持っていく。
「――――……え?」
その声を発したのはリーリスだった。
「なるほど。これが貴様の言う日常で現れることのない表情か。確かに、これは面白いな」
リーリスの脳裏には、家主の首が宙を舞う光景が再生されていた。
だが、現実はそのイメージとかけ離れたもので。
「どういうこと?」
リーリスが右手に持つ全長70センチの包丁のような片刃直剣。
スクラマサクスと呼ばれるそれは、本来なら首を切り落としているはずだが、何故か家主の腕で止められていた。
肉は切っているが、骨が合金と錯覚してしまうように硬い。
ただの一般人が、腕一本で簡単に防いだことに、リーリスは驚きを隠せずにいた。
一度家主から距離を取り、動揺に唇を震わせるリーリス。そんな彼女は、先ほど訪問した民家から出てくる金髪の少女に目を奪われた。
「貴女は……なるほど、そういうことですか」
リーリスは少女が持つ黒髪のかつらを見て納得する。
金髪の少女は、哀し気な表情でリーリスを見た。
「エストリアでの連続首切り。やっぱりあなただったんですね…………フレイアさん」
少女に言われ、リーリスはヘルムを外した。
空色の髪がヘルムから流れ出て、紅の瞳が金髪の少女を見つめた。
エストリア領主ゴルゴンのメイドが、直剣片手にそこにいた。
「いつから私が犯人だと?」
リーリスという偽りの名を捨てたフレイアは、金髪の少女――エレナに尋ねた。
エレナは哀し気な顔を崩さないまま、推測の言葉を舌に乗せて、
「犯行の方法と、被害者の特徴を合わせれば、消去法であなたが怪しくなる。まず、衛兵の巡回方法には欠点がある。それは直線的な道を利用して、人の眼を最大限に広げようとした結果、細かい部分には眼を向けられない事」
衛兵は道と道が交差している所に待機し、指定された道を監視する。
その際、自分以外の衛兵の存在は薄っすらと確認できるが、はっきりと見えるほど周囲は明るくない。
そして、次の待機場所に移動する際、特定の家に安全確認をする。
安全確認と、次の待機場所に移動するまでの間は、他の衛兵の存在を確認できない時間が発生してしまうことにエレナは気付いてしまった。
犯行はこの時間の間に行われる。
外におびき出す方法は、わざと落とし物をすることでそれを届けに来させる事。
これなら相手が気付かなかった場合は自分からもう一度接触し、落としたものを回収すればイイだけの話だし、全くの他人でも自然な形で外に連れ出すことが出来る。
連れ出してしまえばその首を切り落とし、死体を路地裏に隠してしまうほどの時間が巡回ルートには存在した。
他の衛兵は存在自体は確認できるが、血糊までは暗さで確認できない程の距離があることで、返り血をそのままにしてもバレることは無い。
そしてこれは、現状エストリアの兵士だけで巡回しているからこそ出来る隙だ。
「だからあなたは頭部を箱詰めにして領主に送った。裏帳簿を持ち出せばゴルゴンは口を噤むことを理解していたから。フレイアさんにとって一番厄介なのは他の街から応援を呼ばれることだから」
メッセージだけでなく、頭部を一緒に送ることでゴルゴンに恐怖を刻み込み、冷静な判断をさせないようにした。そして、恐怖の感情は相手を保身に走らせる。
「これまでの被害者は子供がいない家の人。それは親が殺された場合その子供の反応から周囲に自分の存在を知らせてしまう可能性があるから」
犯人を捕まえたと嘘情報を流し、口止め料を払ったとしても、子供には感情を制御しきれる能力が少ない。
純粋な子供の反応から周囲に噂でも広まれば、結果的に行動し辛くなるから。
「第一発見者は決まって衛兵。それを見据えて胴体を捨てる。これが出来るのは巡回ルートを知っている人だけ」
巡回ルートはゴルゴンによって最終判断が下される。
本来注意喚起する家ではない、子供のいない家の住人を標的にすれば、巡回している衛兵の眼を掻い潜ってフレイアは行動できる。
何せ、住人はいつ衛兵が尋ねてくるかは知らないし、衛兵も訪問する家以外は入らない為、予定外の家なら完全に死角となる。
これもゴルゴンが保身に走ってこういった方法を取ったから出来た事。
それも踏まえて犯人の思う通りに事が運んでいたのだ。
「アルがここに来たのは二週間ほど前。その時既に犯行に至っていたことからアルは犯人じゃない。だとしたら、ゴルゴンという人を理解し、裏帳簿の存在を知っていて、巡回ルートと訪問する家の場所を知ることの出来る人はフレイアさんだけなんですよ」
エレナの推理を聞いて、フレイアは思わず笑った。
かけていた眼鏡は付けておらず、エレナの知る大人びた雰囲気のメイドではなくて、純粋無垢な子供のようなものだった。
「フフフ、アハハハっ。素晴らしいわ。でも思ったより行動が早かったわね。決定的な証拠を見つけてから動くと思っていたのだけれど?」
「そこまで分かっていたら、証拠を見つけるために犠牲者を増やすよりも現行犯で問い詰めた方が早いから。今日の巡回ルートで、路地裏が近くにある、訪問予定じゃない、子供のいない家となったらかなり絞り込めるし、犯人がフレイアさんと仮定すればあなたがここに現れることもほぼ確実と言っていいほどの予想ができる。あとは周辺の住人を避難させ、あたしたちが目標となる家に囮になればいい」
「なるほど。それで貴女たちは今回の目標に変装していたわけ。妻はエレナさん、夫は付き人さんかしら?」
「ご名答」
神器“憧憬ノ化粧水”――解除。
家主の皮膚と髪が液状化していく。
水が流れ落ちるように、家主の肉体は流れおちて、違う肉体が姿を現していく。
フレイアが笑みを刻んだ瞳で捉えた家主の男は、その見た目を変化させていき、勇者の付き人を名乗る青年に変わった。
骨にまで刃が入り、肉を切られていた腕は、いつの間にか何もなかったかのように完治していて。
「これは凄いわね。起源とは少し違う……貴方、魔術師だったのかしら?」
「魔術とは違うな。ま、貴様の理解を超える力だと思っていればいい」
「話し方も少し違うわね。私以上に厚い仮面を被っていたようね」
「貴様こそ、一人称が『わたくし』から『私』に変わっているぞ」
互いに笑い合う、神と狂人。
途端に、フレイアの笑みが消えて上空を見上げた。
何かを感じ取ったフレイアは、咄嗟にスクラマサクスで防御う姿勢に入った。
「――――ッッ!」
衝撃と火花、金属音が響き渡る。
フレイアが地面に足裏を滑らせて後退する。
「ほぅ、ホントに犯人がいやがるとはな。それもメイドの姉ちゃんが犯人だとは思わなかったぜ」
闇夜に紛れる漆黒の鎧。
異質な圧を感じさせるポールアックス。
月明かりに照らされる紅の髪。
「さぁやろうぜ。テメェにはしっかりとその罪償ってもらわねぇといけねぇからよ……」
獣の眼光を狂人にぶつける烈虎。
アルバードが宝具を構えてフレイアを睥睨した。
ミステリー小説じゃないので、推理云々については温かい目で見てほしい