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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
二冊目【テンノと私と彼女の裏設定】
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□昼食前、ガルトライオ様と|独白|





 こちらが死亡中のテンノとのやり取りをまとめた報告書になります。





 そろそろ正午の鐘が鳴りそうな時間帯。

 ガルトライオ様の執務室を訪れていた私は、小脇に抱えていた分厚い紙の束を差し出した。


 いやあ書きまとめるのにだいぶ時間が掛かっちゃいましたよ。見て下さい、この紙束の枚数を。

 というか、日記を読んでいただければそれで済む話だと申したはずですのに。


「そんなもの誰が読むか。……にしても、これは確かにすごい分量だな」


 えっへん。どんなもんだいです。

 もっと褒め称えていただいてもよろしいのですよ?


「これは呆れているのだ。文章とはスマートであればあるほど尊ばれるのであって、ただ量があればそれで良いというものではない。書く内容をしっかり添削するのも技量のうちだぞ」


 ……肝に命じておきます。


 黄色い蛇眼に睨まれて、すっかり肩透かしを受けた私はガッカリと肩を落とした。

 顔を上げれば、ガルトライオ様は数十枚に及ぶ資料をパラパラと速読で目を通していく。


 魔王様や他の四天王のような尖った才能はないが、この智将は智将で各種能力に隙がないというか、常人にはとても及びつかないマルチタレントであるのだ。

 むしろ、あらゆる状況に対応しつつ周りに的確な指示を出せるからこその“智将”なのだろうが。


「そう言えば聖剣はどうした? あれを身に着けていないとは珍しいこともあるのだな」


 報告書を捲る手は緩めずに、ガルトライオ様はチラリとモノクル越しにこちらを見つめた。


 私が聖剣大好きみたいなニュアンス含ませるのは止めていただけませんか?

 私はいつだって、あの聖剣と縁を切りたくて仕方がないのですから。


 ……聖剣ならフォウリー様に預けています。なんか色々と聞きたいことがあるんですって。


 頬を膨らませるだけでは納得いかない気持ちを発散できず、私は自分の三つ編みを掴んでクルクルと振り回した。

 ガルトライオ様は一切気にせず、書類に視線を戻しながらふむと息を吐く。


「タイミングが悪かったか。まあ、こちらも別に急ぐ話ではないのだが」


 おや、ガルトライオ様も聖剣に何か用事ですか? 珍しい偶然もあるものですね。

 昼餐会には返してくれると、フォウリー様は仰っていましたが。


 なんなら、後でこちらまでお持ち致しましょうか?


「午後からはディアボロとの鍛錬があるだろうが。いや本当に急ぐ用事ではないのだ、気にするな」


 む、そう言われると何か余計に話の内容が気になってくるぞ。

 ガルトライオ様が大したことないを連呼するのって、むしろこれから大それたことが起きる伏線でしかない気が致します。


「その天邪鬼な性格、今のうちに直しておかねば歳を取ってから痛い目を見るぞ。だいたい、貴様も認識が甘いのではないか?」


 すでに十分痛い目を見てるのでそれこそ今更ですよ。――認識が甘いとは?


 投げかけられた言葉が理解できず、私は三つ編みから手を離して半眼を瞬きした。

 報告書の最後のページを指で弾いたガルトライオ様は、くたびれたように息を吐きながら私を見据える。


「アレは賤しくも何百年と人を守護し続けた伝説の聖剣なのだぞ? それと喋りコミュニケーションが取れるのであれば、どれほどの未知を解き明かすことが出来ると思っているのだ」


 言うてオレっち野郎ですよ?

 あんな情けない聖剣と言葉を交わしたところで、そこまで有用な情報が得られるようには思えませんが。


「情報にとって大事なのは役に立つかではない、正確であるかどうかだ。“魔族(われら)が人類に先んじて()()を知っている”ということが重要なのだよ。そして、どうやらあの聖剣は嘘を吐くということが出来ない性分らしい。これを利用しない手はあるまい」


 ……


 もしかして、ガルトライオ様はもう一度人間と戦争を起こすおつもりなのですか?


「必要であれば、な。備えておくに越したことはないだろう? ……だいたい、魔王様が人間に殺されるなどと最初に予言したのは貴様だぞ」


 それは、そうなのですが……

 最近少し浮かれ気味だった私は、現実に引き戻されてガルトライオ様から目を逸らした。


 そうだ。転生騒動は一応の終息を見たが、魔王様が亡くなってしまう予知夢の方は何も解決していないのだ。

 そちらも何とかしなければ、魔王様だけでなく四天王の方々も、この世界も悲惨な末路を迎えてしまう。


 この世界が終焉を迎えてしまう。


 世界の終焉。


 ……?


 あれ、世界の終焉って何だったっけ?

 えっと、たしかなんか地獄みたいな光景が繰り広げられていたような気がするのだけれど。私と聖剣と誰かがそこにいて、そして何か大事なやり取りをしていたような気が――


「どうした、急に考え込んで? 魔王様の件で何か思い至ることでもあったのか?」


 あ、いえ、突然すみませんでした。

 ちょっと己の度忘れの酷さに一人勝手に戸惑ってしまっていただけです。


 ハッと我に返った私は、首の代わりに三つ編みを振りながら思考を戻した。

 ガルトライオ様は呆れ顔で嘆息すると、書類を机に置いて一番上のページをトントン指で叩く。


「ところでこの最後の場面。テンノにトドメを刺すときの記述が随分と曖昧なのだが。なんだかんだあって馬乗りになったと書いているが、具体的にはいったい何をなんだかんだしたのだ?」


 そこが一番重要なところだろうがと、ガルトライオ様は瞳孔を細長くすぼめた。


 あら、ちゃんと中身に目を通して下さっていたのですね。書いた側としては、なんか嬉しいです。


 しかしながら、その部分に関しては私も記憶が曖昧なのです。

 ぼんやりとしたイメージはあるのですが、いざ文字に起こそうとすると何も形にならないと言うか。まるで直前に見た夢の内容を理路整然と説明することができないような感じで。

 あのときの記憶も日々おぼろげになっている気がしますし。


 もしかすると。あまりにもこの世界の理から外れた体験であったがために、ダウンロードしたデータを上手く脳に保存することができず、どんどん揮発してしまっているのかもしれませんね。


「ふん、貴様の言葉が真実かどうかすら私には判別がつかんのだがな。……まあいい、その辺りも聖剣に問い質せば齟齬があるか知れよう」


 まるで警察の尋問方法みたいですね。

 まあ私は何一つ嘘を吐いていないので、どうぞどうぞご自由にといった感じですが。


 私が不敵な半眼でガルトライオ様と向き合うと、ちょうどゴーンゴーンと昼食時間を告げる鐘が鳴り響いた。


 もうお昼ですか。なんだか今日は時間の進みが早いような気がしますね。

 どうしましょうか、せっかくなのでご一緒に食堂まで向かいますか?


「仮に暇だとしても、この私がそんな話に同意すると思うか? ……どのみち、私はもう二・三仕事が残っているのだ。貴様は先に向かっていろ」


 はい、では失礼ながら大喜びでそうさせていただきますね。

 私は諦観の半眼を維持したまま、三つ編みだけは子犬のようにブンブン振り回しながら、ガルトライオ様に礼をして執務室を後にした。


 ようやく待ちに待った昼食の時間だ。

 フォウリー様の健康診断を受けるために朝食抜きだった私は(当然朝食会を欠席することは許されず魔王様が大笑いしながらご飯を食べる姿を眺めさせられた)、もうお腹と背中がペコペコとくっ付いてしまいそうになっていたのだ。

 今なら、味付けのない筋だらけの豚肉も美味しくいただける自信があるね。おっと、なんだかツバが出てきたぞ。


 絶対大盛りで食べるぞー!と右腕を振り上げ気合を入れながら、私は隣にある魔王様の執務室へ向かって歩みを進めた。





 ―――――


「……」


 果たしてあのヒュームはどれほど自覚しているのだろうか?


 ガルトライオ様は、一気に静寂が戻った執務の中で溜息と共に独白した。


 自分が食べる食事の量が徐々に増えていることに。

 それこそまるで魔族のように、多量の食事を胃の中に収めて消化しているという事実に。


 あのヒュームは本当に気がついてはいないのだろうか。

 人間でありながら魔力器官をその身に宿しているという、その意味に。


「……」


 ガルトライオ様は机の引き出しに手を入れると、中から一通の封筒を取り出した。

 中には小綺麗な書類が数枚。書かれているのは、以前ミルーエの依頼で調査させた“私”の半生に関する報告書で。


「……」


 ガルトライオ様はゆっくりとページを捲る。

 とは言っても、そこには目新しい情報はない。ほぼほぼ私がこれまで述べていた通りの内容だ。


 しかしただ一か所。

 私の歴史を全て巻き戻した先に、私が生まれた村の記述まで辿り着いた先に。


 その場所に辿り着いたガルトライオ様は、手を止めて大袈裟に眉をしかめた。


[ その村の村長は行きずりの冒険者夫婦から一人の赤子を預かった ]

[ 夫は半眼が特徴的なヒュームで、妻は長く美しい金髪のエルフェンで ]

[ 夫婦は語らなかったが、村長は二人の授かった鬼子なのだろうと推察した ]





[ 村長は赤子に“エルザ”という名前を授けた ]





「……」


 さて、これはいったいどういうことなのだろうか。

 さて、これはいったいどう処理するべき問題なのだろうか。


 ガルトライオ様は報告書と睨めっこしながら、先の暗雲を予感して頭を抱えていた。


 ―――――


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