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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
一冊目【脳筋魔王様とツッコミどころの多い仲間たち】
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□まおうさまといっしょ





 天国在住の親愛なる父さん母さんへ。……私は今日、生まれて初めて気を失うという体験をしました。





 物の本で聞いたことはあったが。人間苦痛がすぎると本当に気絶してしまうのだなあと、私は起き抜けのベッドの上で感心していた。


 目が覚めた時には夜も更け、窓からは月明りが差し込んでいて。夢すら見ずに眠りこけていた私は、まだあまり見慣れない天井をぼんやりと虚ろに眺める。

 幸いミルーエが整えてくれたのか、自慢の髪はツインテールにまとめられており、寝癖で大変なことになる心配はなさそうだった。


 私の最後の記憶は、魔王様にしっかり抱き締められた状態で、どうにかお湯から這い出そうと足掻いていたところで。

 そのときの魔王様の楽しそうな笑い声まで思い出して、真実子供みたいな王様だなあと半眼を閉じて嘆息する。


「……誰が子供だよ」


 ……?


 投げかけられた声に横へ顔を向けると、床にあぐらを掻いた状態でベッドに頬杖をつき、こちらを見据えている魔王様が約一名御座して。

 ――天国在住の親愛なる父さん母さんへ。私は今日、生まれて初めて気を失うという体験をしました。


「おいコラ、勝手に最初から仕切り直そうとすんなし」


 魔王様は律儀にツッコミを入れながら、天井に視線を逃がしていた私の鼻をムンズと摘まんだ。

 あわよくばこのまま二度寝してしまおうとまで画策していた私は、その息苦しさに仕方なく半眼を魔王様へと戻す。


 申し訳ございません。こういう展開は予想していなかったもので、つい。

 ええと、魔王様はいったい何をされているのですか?


「んー? おまえの寝顔を観察していただけだが?」


 私が魔王様のことを観察していると思ったら、私の方が魔王様に観察されていたとは。善悪の彼岸もずいぶんと身近なところにあったものですね。

 というか、私の寝顔なんて見つめて何が楽しいんですか?


「べつに楽しくなんてないんだが。まあ、それこそ猫でも眺めてる気分でいい暇つぶしにはなったさ」


 魔王様は私の鼻から手を離すと、顔を逸らしながら紅い瞳を物憂げに細めた。

 まるで風呂場での振る舞いの方が虚構だと感じてしまうほどの穏やかさに、私はあらゆる毒舌を飲み込んで魔王様を見上げる。


 ……本当に、退屈されているのですね。


「ああ退屈だよ。戦争の一つもおっぱじめればもっと愉快に戦えると思ったのに、やって来るのはどいつもこいつも雑魚ばかり。肝心の勇者だって……あの野郎、あっさりくたばりやがって」


 勇者という単語を出した瞬間、魔王様の目元が悔しそうに歪んだ気がしたが。それは触れてはいけない話題なのだろうと、無神経な私でも察することができた。

 だから私は、引っ込んでしまった毒舌を喉奥から無理やり引き摺り出す。


 開戦の理由がそんな理不尽なワガママだったとか、王様や教会の法王様が聞いたらホント憤死ものですよ?

 それに今回はたまたま勝てたからまだ良かったものの、下手したら臣民から下剋上されても文句は言えないんですからね?


「なんかそう言う企みはあったらしいぜ? でも、大抵ディゼルの奴が事前に手を打っちまうんだよなぁ。こっちはケンカできる理由が増えるから、むしろどんどん反乱して欲しいくらいなんだが」


 あー、やっぱりガルトライオ様がいないと三日で滅亡しちゃうんですねえ……


 むしろあの知将はどうしてこんな暴君様に忠誠を誓ってるのだろうかと、私は深い溜息を吐いて枕に頬を沈めた。

 魔王様は魔王様で、己の粗暴さを否定するつもりなどないらしく、私の反応に嘆息を返しながら頬杖に体重をかける。


「俺だってべつに作りたくてこんな国作ったわけじゃねぇよ。気がついたら“こういう風”になっちまったってだけの話だ」


 ……でも、いまだ逃げずに“魔王様”を続けてるんですよね。

 その辺の事情も、掘り返したら色々ぐんにゃりするエピソードが聞けそうです。


「……なんだ、聴いてみるか?」


 私が挑発するような視線を向けると、魔王様も面白そうに口元を歪めた。

 しかしお互いに本気の発言でないこともすぐに伝わったので、私はやれやれと肩を竦めて首を振る。


 いいえ、とりあえず今日のところはもうお腹いっぱいです。

 ここまでのエピソードを日記に書き連ねるだけでどれほど時間がかかるのか、考えただけでも憂鬱になるレベルですよ。


「お腹といえば、なんだか腹が減ってきたな。おいエルザ、起きたんだったら一緒になんか夜食でも食いに行こうぜ」


 あのー、脈絡という単語は御存じですか?

 お願いですから、本能と脊髄反射だけで行動するのはやめてください。そこに付き合わされる他の魔族の身にもなってあげた方が良いかと思いますよ?


「じゃあおまえは人間だから何もかまわんな。ほれ、とっととベッドから出ろ」


 もうやだこの脳筋様……


 ボヤいてみたところで、どこかに逃げ道があるわけでもなく。

 私は大人しく諦めて体を起こすと、毛布を退かしてベッドから足を下ろした。


 まったくもう、それが魔王様のご命令ならば仕方ありません――って、おや?


「ああそうだった。前着てたドレスは追い掛けっこでボロボロになったから捨てたとかなんとか、ミルーエの奴が言ってたぞ?」


 なるほど、私の体には確かに見知らぬネグリジェが着せられていて。

 寝るときは裸族だと宣言したからであろうか。布地は“見えそうで見えない少しだけ見える服”と同様の作りで、その下には何も履いていなかった。


 ってかこんな姿で出歩いたら娼婦か痴女にしか見えないじゃないですか。

 魔王様、ウェイトアミニッツ。私に一旦着替える時間をください。


「べつにそのままでいいだろ。おまえの裸なんぞに誰も興味なんか持たねぇよ」


 いや、それはそうなのでしょうけれど……

 人間性を失えば亡者と同じだって、篝火を焚いてる人たちの話もありますし……


 ネグリジェの裾を下に引っ張りながら、私はなけなしの羞恥心に身悶えた。

 しかし魔王様はガチで私の身体に興味がないご様子で、鼻息を鳴らしつつ面倒臭そうに腰を上げる。


「ったく小動物のクセして文句だけは一丁前だな、おまえは」


 違いますよ。弱っちいからこそ、声だけは精一杯張り上げて生きているのです。


 そう言ってキッと睨み上げると、魔王様は「あーあーはいはい」なんて適当な相槌を打ちながら、私のうなじに手を伸ばした。

 そのまま大きな手で私の頸椎を鷲掴みにし、かと思うと、一切の力加減を考えずに両手の塞がった私を引っ張り上げようとする。


 ヘイ魔王様、だからなんで今日は執拗にチョークを狙って来るんですか。

 猫じゃないんですから やめてください しんでしまいます


「うるせえなぁ。キョウビ猫だってもうちょっとお行儀良くしてるもんだぜ?」


 お行儀の良い猫なんて、私は猫と認めねえ(猫大好き)。


 半眼にギラリと怒気を込めると、魔王様は呆れ顔で視線を逸らした。

 そして私の腰に左腕を回し、麻袋でも持ち運ぶようにひょいっと小脇に抱える。


「ほれ、これならいいだろ?」


 ……あー、はい、もうこれでいいです。

 後ろから見られたら色々と丸見えじゃね?とか思いますけど、もうツッコミにも疲れました。どうせ闇夜に紛れて分かりゃあしないですよね。


 なんだか隠すのもバカバカしくなって、私はだらりと四肢を重力に委ねた。

 すると、抵抗されないのもそれはそれでつまらなかったのか、魔王様が拍子抜けしたように私の顔を覗き込む。


「んだよ、いまさらケツ見られて恥ずかしがる玉じゃねぇだろ?」


 ケツじゃなくて、です。


「……?」


 じゃあ何を見られて恥ずかしがるんだ?とでも言いたげに、魔王様は小首を傾げて疑問符を浮かべていた。

 おいおいと閉口しつつ視線をズラすと、ちょうど魔王様の股座が目に留まる。


 毛皮に隠れているだけかと思っていたけれど。もしかして、魔王様のアレって収容可能なのかな。

 だとしたら、普段からシレッと全裸ですごしているのも納得なんだが。


 ――いや日記帳最初の大取がシモの話とか、なんか前途多難だなあ。


「いったいなんなんだよ、さっきからおまえは何の話をしてるんだ?」


 ちょっとした異文化コミュニケーションってやつですのでお気になさらず。

 そんなことより、早く厨房に行かないとメイドさんたち休んじゃいますよ?


「おう、そうだったな。肉食うぞ肉」


 魔王様は私の誤魔化しに頷くと、スキップでもしそうな足取りで歩き始めた。

 一方の私はぶらぶらと慣性に揺られるツインテールを見下ろしながら、この後の展開を想像して何度目かの溜息を吐く。


 寝る前に豚一頭とかは勘弁してくださいね。

 私は残り物のパンとあり合わせのスープで十分ですから。


「んなこと言ってるからこんなにちっちぇえんだよ。もっと肉を食えってんだ」


 それでも一頭丸々は物理的に胃に収まりませんって。

 あと、せめて塩コショウくらいは振ってくださいお願いします。


「ナニ言ってんだ、今朝絞めたばかりのヤツだぞ。腐ってもいないのに、食べる前にわざわざ塩辛くしてどうすんだよ」


 魔族の皆さんは調味料という概念をとっとと学ぶべきです。というボヤキを無視して、魔王様は私を抱えたままズシンズシンと部屋の扉を開けた。


 ……きっと明日の朝、私はまた胃もたれしていることだろう。


 こうして一日三食以上も食べさせてもらっているのだから、本来であれば贅沢を述べるべきではない御身分なのだが。

 でも、それでも、如何なペットと言えども主人に食事の文句を垂れる権利くらいは持ち合わせているのではないだろうか?


 上機嫌に尻尾を振りつつ薄暗い廊下を歩いていく魔王様。

 その楽しそうな横顔を、私はげんなりと見上げることしかできないのだった。





 実際はこの後厨房でも、ガルトライオ様を交えてひと悶着あったのだけど。

 さすがにこれ以上はもう面倒臭いので、今日のところはここでおしまいです。


 それではおやすみなさい。

 未来の私と、親愛なる魔王様。





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