□唐揚げレモンと私の物語
「とうとうここまで辿り着かれてしまわれたか」
そこは何もない、暗雲漂うただの地平線だった。
今にも吹雪が吹き荒れそうな、そして曇天以外は何も記憶に残らない見渡す限りに荒れ果てた地。
私が声の方へ目を向けると、リザドンやドラグーンの外皮をそのまま鎧に仕立て上げたような、爬虫類感漲る甲冑を身にまとった男が一人。大地に根ざすようにどっしりとセイザをして構えていた。
ああ、そうだ。
他の面子が個性的すぎて忘れていたけれど、そういえばこんなテンノもいたんだった。
ただ転生劇に巻き込まれただけの大多数のテンノとは違う、テンノをテンノと知りながらも加担していたニンジャが。
ってか地味にヤバイな。他の連中と違って、こいつの手の内はまったく知らないぞ。
私は注意深くニンジャを見据えながら、背中から取り出した聖剣を正眼に構えた。
「一戦交える前に、某と少し問答をしてもらいたい」
しかし、私の応対に反して。
ニンジャは身動ぎ一つせずに、赤いミラーシェイドの奥から私を見つめてきた。
問答?
「我らと協調してはもらえないだろうか?」
……
「知っての通りテンノに悪意はない。彼女が――“アレ”が世界を救いたいと願う想いには何も嘘偽りがないのだ。確かに失敗したことも、事態を悪化させてしまったこともある。しかし、残り半分を救って来たことも、また紛れもない事実なのだ」
だからこそ、某もテンノの一部になることを許容したのだ。
ニンジャは重々しくもそう答えると、かすかに顎を上げてただでさえ緊張した姿勢をさらに正した。
私は半眼をしかめながら聖剣を握る手に力を込め、それを制止するようにニンジャが言葉を続ける。
「世界の結末は、物語の終局は生まれた時からすでに決定されている。些末な住人にすぎない我々には、一介の登場人物にすぎない某達には、これを変えることは出来ない。世界は美しくも残酷に、我らに予定調和のえんでぃんぐを突き付けてくるのだ」
『ならばこそ』
ギョロリと。鎧の右首筋に盛り上がっていた出っ張りが開いて瞳を覗かせた。
瞳は聖剣よりも生態的に動きながら、切れ目の長い瞳孔を私の方へ向ける。
『我々はこれに抗わなければならない。我々一人一人が“意思と自我を持つ者”であることを世界に示さなければならない。ヒーローにも、ヴィランにも、モブにも、エキストラにも。己が役割を超えた存在理由があることを世界に誇示しなければならない。……そうでなければ、筋書きがに囚われ散って逝った者達が報われないではないか』
救ったのなら、救われなければならない。
物語を救っても、登場人物が救われなければ意味がない。
それは彼女が辿り着いた真理であり、葛藤であり、魂の慟哭でもあった。
「テンノは決して悪ではない。強制的に定められた己の人生に疑問を持った、力なき革命家なのだ」
……
…………
………………で、それが?
ニンジャのセリフが途切れたことに遅れて気付いた私は、やれやれと諦観の吐息を吐きながら問いかけた。
その反応が予想外だったのか、ニンジャと鎧は尋ね返すように瞬きしながら私を見直す。
いやだから、それがどうしたって話でね。
ご高説賜りまして、平凡な日々を怠惰に流されるように生きることが信条な私としてはとても耳が痛かったのだけれど。
――だからどうした。
「……」
『……』
私が聖剣を下ろして前髪を掻き上げると、ニンジャと鎧は言葉を失い唖然とする。
いや、唖然としたいのはこっちなんだよなあ。
いぶし銀なニンジャさんのことは、格好とか立ち振る舞いとかメッチャ格好良くって好みだったんだけど。でも言ってることがあまりにも下らなすぎて閉口したよ。
せっかく気合入れてキャラ変えて世界観まで捻じ曲げてラストバトルに辿り着いたって言うのに、戦闘前にこんな余分で蛇足な会話シーンを見せつけられてもうテンションがダダ下がりですよ。
せめて魔王様みたいに「とりあえずケンカで白黒決めようぜ!」ってなノリだったらまだ許せたのに。
私は肩を落として心底ガッカリしながら、聖剣をザクザク地面に突き刺して八つ当たりする。
『あー、まーうちのマスターならそういう反応になるよなー』
私の心境を理解してくれたのか、聖剣は雑な扱いに文句を言うこともなく嘆息していた。
それはそれで、なんか『オレっちはマスターのことを理解してるんだぜ』オーラを出されてるみたいでムカつくけど。
とにかく。なんだかもうどうでも良くなって来たのでとっとと始めちゃいましょうよ。
ほらほら、さっさと立ち上がって武器を構えて下さいな。
「い、いや待ってくれ! もう少しだけ某達の話を聞いてはくれないか?!」
もう十二分に聞きました。
見事に聞く価値なしでしたね。
だいたいなんですか、世界の結末が決められているって。
本当に決められているかどうかなんて、この際その辺にぶん投げておくとして。
決められてたからなんだって言うんですか。仮に私の人生があらかじめ決められていたところで、それが何だって言うんですか。
これは私の物語だ。
それが幸せだったか不幸せだったかなんて、全てが終わった後で私が判断します。
判断した上で、大団円だろうと打ち切りだろうと全部キレイに受け留めてあげます。
そこまでしてこその“素晴らしき我が人生”でしょう?
そこまでするからこその“自分で描いた物語”でしょう?
それを外野の、どころか世界観まで違う貴方達程度に、いちいちチマチマあーだこーだ指図される謂れはありません。
――ハッキリ言って、小さな親切大きなお世話なんだよ。
おまえらがやってることなんて、描きかけの他人の原稿を盗み見て、上から目線で脚本や設定の不備を指摘してるだけじゃねぇか。
おまけに勝手に余計な改変しやがって、いったい何様だ。
もう一度言ってやる。
こちとら自称評論家様なんてお呼びじゃないんだよ。とっとと自分の世界に引き籠って白枠描いて寝てろ。
『マスターって本気でキレるとメッチャ口悪くなるよなぁ』
「……」
『……』
『まあそんなわけだから、マスターを懐柔するのは諦めた方がいいぜ、お二人さん。なんたって、オレっちのマスターは唐揚げにレモンをかけられるのが風呂の次に嫌いな女だからな』
ふむ。なかなか的確な表現を使うじゃないか、聖剣。
褒美にジュースをおごってやろう。
『それ誤用じゃね?』
さて、こちらの意見は理解できたかな?
だったら立ち上がれ。
こんな茶番は早々に終わらせて、私は魔王様のところに戻らなくちゃいけないのだから。
私は手の中で柄を一回転させると、足を踏み出し片手で聖剣を突き出した。
セイザしたままのニンジャと鎧は、俯き目を閉じ口惜しそうに言葉を漏らす。
「……こちらも、どうやら時間切れのようだ」
ズガンと爆音を鳴らして、それまで静かだった空が唐突に雪を散らし始めた。
私と聖剣が思わず天を見上げると、入れ違いに稲光が舞い降りてニンジャの真後ろを穿つ。
音と衝撃に後退りしながら目を庇い。
数秒後に顔を戻した直後、何が起きているのか分からずに硬直する。
ニンジャの真後ろ。雷が落ちた場所。
そこにはいつの間にか日本造りの社がそそり立っていた。
その社の御扉が内側から押し開けられ、人の体ほどもある巨大な黒い腕が伸びる。
腕は霧が集まってできたかのように輪郭が曖昧で、不定形に歪みながらゆっくりとニンジャの頭上に手の平を伸ばしていた。
「無念なり。貴殿のような強い魂であれば、きっと良き戦友となれたであろうに……」
『ああ、至極無念だ。我らでは、もう彼女を抑えていられぬ』
手の平に頭を鷲掴みにされても、ニンジャと鎧は全く動じない。
しかしそれは、覚悟と諦めが入り混じった結果のように私には見えて。
「某はせめて願おう。貴殿が、苦痛なき死を迎えられるよう――」
振り絞るように呟いた瞬間、ニンジャの頭部は鎧ごと握り潰された。
そしてそれに驚愕する暇もなく、腕に引っ張られてニンジャの胴体が社の中へと引き摺り込まれる。
ゴリゴリと。
ベシャベシャと。
クチャクチャと。
何かを引き千切りながら溶かして咀嚼するような異音を響かせた後で。
社が紙縒りのように捻じれて収縮を始める。
何をすることも出来ずに私と聖剣が固まっていると、最終的に私たちと同じサイズにまで凝縮された社は、漆黒の霧で構成された人型の“何か”に形を変えた。
〈〈 終わらない、まだ終われない、この程度では終われない、こんなところでは終われない……! 〉〉
……これが。
かつて異世界を救った勇者の成れの果てで、自分の世界を捨てた天野鶫の成れの果て。
世界を救うことに自動化された英霊たちの集合体。
私たちの根源にして、前世。
〈〈 これで終わってしまうくらいなら。大人しく諦めてしまうくらいなら。――私は初めからこんな役回りなど演じていない!! 〉〉
漆黒の霧は目元に赤い炎を灯しながら、牙を剥き爪を立て天を仰いで雷鳴のような咆哮を上げる。
暗雲を割り大地を揺るがす絶叫の中で、私は冷や汗を垂らして頬を引き攣らせた。
これがテンノ。
全ての元凶で、私の敵。
『――マスター、来るぞ!』
聖剣の発破で私はハッと我に返った。
それとほぼ同時に。
咆哮を伸ばしながらこちらに目線を定めた霧状の怪物は、まるで魔王様のような素早さで私に襲い掛かって来た。




