□つ[ボスラッシュモード]
――捕捉した。
まるでいつかの私のような、男性的な荒っぽい短髪の少女。
その夢を垣間見た私は、自分が目覚めていることに気がついてハッと目を見開いた。
気が付けば、私は鬱蒼とした森か林の中に立ち尽くしていた。
夜明けが近い時間なのか、天を仰げば木々の隙間から薄い朝雲が覗いて見えた。
……
え、ここ何処?
私はたしかミルーエたんの魔法で即死させられたはずで。思い描いてた天国と何だか勝手が違うぞ。
とりあえず現状を確認しなければ。
両手、オッケー。
両足、生えてる。
顔、たぶんいつもの半眼。
三つ編み、ちゃんと長く伸びてる。
おっぱい、おまえはもうちょっとガンバレ。
一通り己の体をペタペタと触りながら、最終的に薄い胸を揉みしだいたところで私は落ち着きを取り戻した。
着ている服も、最後に着ていた村人の服みたいな地味な麻服で。少なくとも、ミルーエに魔法をかけられたときとそれほど状態に変化がないことは実感できた。
てっきり、真理の扉でも開けた時みたいな魂の濁流に身を置かれるものとばかり思っていたから、正直言って拍子抜けではあるのだけれど。
『むしろそんな状況を想定しておいて、それでもテンノに一撃喰らわせるとか考えてたマスターすげぇよ』
……
えっと、なんでおまえも此処にいるんだ?
声を掛けられて、とうとう無視し切れなくなった私は忌々しげに背中を振り向く。
私の背中には、三つ編みの下には、剣帯に納まった聖剣がいつもの顔してくっ付いていた。
いや本当に。なんでおまえが私の背中にいるんだよ。
『分からん。魔法を喰らったマスターが倒れた瞬間、気が付いたらオレっちも此処にいたんだ。……まあ簡単な仮説なら立てられるけどな』
それってもしかして、私が死んだから?
『たぶん。用済みになったオレっちも、マスターと一緒でテンノに取り込まれたって流れなんじゃないか?』
テンノとランドルギアは別枠扱いだと思ってたんだが、まさかツーマンセルを組まされるとは。
しばらくおまえの声を聞かずに済むと喜んでたのになあ。
『そう言うなって。どうやらスパムテレパシーで終わりとか簡単な話じゃ済まなそうだし、きっとオレっちの力も役に立つって』
どうだか。
とか冷たく返しつつも、実際ちょっとホッとしていたことは、絶対こいつには教えてやらないけどな。
それじゃあ早速役立ってもらうぞ、伝説の聖剣。
ここはいったい何処だ?
『森か林の中じゃね?』
んなの眼球が付いてれば誰だって分かるんだよ!?
思った以上に役立たずだな、おまえはっ!!
たった今デレ掛けた私の感情を返せと、私は背中の聖剣を怒鳴りつけた。
聖剣は若干ムッとしつつも、実際役立つ情報が出せないことに遺憾を感じて目を伏せる。
『確証はないけど、おそらくこれは心象風景ってヤツなんじゃないか』
しんしょーふーけー?
それってアレかい、マーブルでリアリティな感じの固有結界みたいな?
『うーん。一概には否定しきれないんだけど、著作権な部分でグレーゾーンな気がするから一応否定しておくぞー』
つまり魂に付随するその世界のイメージが、テンノの奔流に紛れ込んでるって感じか。
いやむしろ。こういう生態系とか環境の変化までデータにしておかないと、ただ個人の魂だけ取り込んだところで意味はない、か。
『だな。少なくとも、マスターの世界じゃ“魔力器官と魔力”が重要なファクターを担ってるわけだし』
うむうむ。そう考えればとても腑に落ちる。
ミノフスキー粒子のない世界でもモビルスーツは動かせるのか。みたいな疑問点を解決するためにも、そういう配慮は必要ってことだね。
『マスターももうちょっと著作権に気を遣ってくれませんか?』
だとすると、これはテンノに取り込まれた誰かの思い描く世界ってことになるわけで。
あの少女の風景とはだいぶ勝手が違うから、おそらくは別のテンノの物なのかな。
『……あの少女?』
まあ私より年上っぽかったから少女扱いもどうかと思うのだけれど。
ここに到着する直前に垣間見えたんだよ。おそらくはテンノの根源となった人間の記憶が。
そいつも聖剣を持っていて、それをランドルギアと呼んでいたんだ。
『ランドルギアなら他のテンノだって持ってるじゃん。なんでそいつがテンノの根源ってことになるんだ』
発言の内容とか空気感とか、色々と思い至った要素はあるけど。
最終的な決め手は、ズバリ乙女の直感。
『この期に及んで乙女を自称できちゃうの、ある意味メッチャ尊敬するわ。……で、真面目な話どうやってそいつを探すんだよ』
んー。まさか自分の足を使う羽目になるとか想定外だったからなー。
じゃあプランBで行こう。プランBはなんだ?
『あ? ねぇよんなもん』
は? んなもん見敵必殺に決まってるだろうが。
『決まってねぇよ、ちょっとはサイレントを試みてくださいよ。っつーかそんな突撃思考でよく魔王のことを脳筋とかバカにできたな』
失礼な、思考してる分だけ私の方が何倍もマシでしょ。
『思考してから突撃してる分だけマスターの方が何倍も性質が悪いわ』
やれやれと溜息を吐いた聖剣は、柄頭の瞳をグルッと180度回転させて周囲を観察した。
私もしばし沈黙すると、チチチッと鳴き合いながら飛んでいく小鳥の群れに目を向ける。
その小鳥が飛んで行った先。木々の隙間から僅かに見える丘の上。
なにやら仮設の野戦陣地のような簡易的な砦から黒煙が昇っているのを見つけて、私はギョッと目を見開いた。
おいおい、あれってもしかして……
『なんだあれは、火事か? 見た感じ中世レベルの石組み砦って感じだが』
こちらの視線に気づいた聖剣がのんびりとした感想を漏らしていたが、それどころではない。
私は腰を落として周囲の気配に神経を張り巡らせながら、自分を取り囲んでいる木々や空の色を見回した。
いやいやいやいや。
嘘だろ待てよ、冗談じゃないぞ……!
『どうした、マスター? そんな急に、あのヴァンプにでも狙われてるみたいに緊張して』
そういうのはいいから。
プランBはとりあえず却下だ。おまえも早いとこ、この心象風景から逃げ出す手段を考えるんだよ。
『いやそう急に言われても、プランB言い始めたのはマスターじゃん』
だから事情が変わったんだってば!
お願いだから、今だけは無駄口を閉じて大人しく言うこと聞いて。
描き出された心象風景が、そのテンノが近くに存在するということと同義であるというのなら。
一刻も早く此処から逃げ出さないと、初戦からもっとも最悪のテンノを相手するハメに――
ガサガサと。
私も聖剣もこれ以上ないほど神経を張り巡らせていたと言うのに。
草木を掻き分けるその音は、本当にすぐ背後で鳴り響いた。
ビクッと恐怖に体を硬直させた私は、三つ編みを震わせながら恐る恐る後ろを振り返る。
「……なるほど、貴様が次の俺の“敵”か」
自身の二回りはあろうかという漆黒で肉厚のフルプレートに、白髪老齢の端正な顔立ちを晒して。
両肩からは赤いマントをかけ流し、全身にはそれ以上に真っ赤な返り血を浴びて。
右手にぶら下げたロングソードからは、生きのいい鮮血が伝って滴る。
「小娘よ。貴様が“悪逆”に相応しい贄であるか、直々に試してやる。……抜け」
冷徹にして冷血にして無慈悲にして凶悪。
かつて“悪逆の覇王”を自称していた男は、眼光に有無を言わせぬ凄みを潜ませながら、その切っ先を私に向かって差し出した。




