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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
〇冊目【生贄エルザの魔王様観察日記】
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Next EP >> 天野の日々





 ――いやあ、本日も世界は快晴かいせい☆☆☆





 私だって、日記の編纂者である以前に一人の人間だ。


 誰かに相談できない類の悩みもあれば、誰にも相談してはいけない類のドス黒い衝動を抱えることもある。

 ……それらが積もり積もってどうにも昇華しきれなくなったとき、私は周囲の誰にも内緒のまま、時折こうしてコッソリ物語(おしろ)を抜け出すことがあるのだ。


 荒涼とした小丘にポツンとそびえる一本の大樹。その根元に広がるわずかな緑の上で、日記のしがらみから解放された私は思う存分背伸びをする。

 足下では何も知らずに連れて来られたピィちゃんが、竜鼻をピスピスさせながら脇に置かれたバスケットの匂いを嗅いでいて。そんな彼にドレミの歌を口ずさみつつ、私も芝生へと腰を下ろした。


 前髪を揺らす南風の湿気に頬を緩めながら、バスケットからまず取り出されたのは、主都ディシオルでも入手困難な超高級ワイン。

 その堅牢なコルクをきゅぽんと引き抜いた私は、青空に輝く太陽へ向けて陽気な乾杯を捧げると、瓶のままグビグビと紅い甘露を流し込む。


 くううぅぅぅっ、キタ――――――――(゜∀゜)――――――――!!!


「……ピィ?」


 鼻孔を抜け食道に染みわたるアルコールの刺激に、妊活を始めてから半年ぶりの潤いを感じた私は、目薬をさしたが如く大袈裟に三つ編みを震わせた。

 そして振り返るピィちゃんに『ミンナニナイショダヨ』とニシシ笑いで口止めしつつ、秘蔵の美酒に合うアテを求めてバスケットの中へ手を突っ込む。


 お出しされたのは、両手では収まらないサイズの風呂敷で。中身を崩さぬよう慎重に結び目を解けば、現れたのは巨大で平たいハンバーガーだった。


 その重量感に歓声を挙げるピィちゃんには申し訳ないけど、まずはバンズからはみ出ている具材をガブリと一口。魔王城の厨房で早朝絞められたばかりの新鮮なラムの粗挽きミンチが、数多のスパイスと絡み合い芳ばしく焼き上がっていた。

 魔族には肉の熟成という概念がないため、見た目より固く淡泊な仕上がりになってしまったけれど。しかし、アドリブでレバーを練り込んで大正解である。


「ピィピィピィ!」


 あはは、ごめんごめん☆ ……ほら、よーく噛んで食べるんだぞー?


 モキュモキュと顎を動かして自らの料理の腕前を自画自賛していると、待ち切れなくなったピィちゃんが太腿をキツツキして。

 苦笑混じりの謝罪を返した私は、彼の前にランチョンマット代わりのハンカチを敷き、その上に適度に千切ったハンバーガーを乗せた。


 ピィちゃんはお行儀良くいただきますの鳴き声をあげてから、バンズと野菜を器用に押し退けて特製ハンバーグへと真っ先にかぶりつく。

 母の言いつけを守り、牙とくちばしを何度も擦り合わせて。そしてゴックンと大きく喉を動かすと、歓声と共にこちらを見上げて膜翼をパタパタ羽ばたかせた。


 そんな彼の高評価に気を良くした私は、グイッともう一口ワインを呷る。そうして再びハンバーガーと対峙すると、先ほどとは異なる部位を頬張った。

 今回味蕾に広がったのは、一転して甘酸っぱいハチミツ金柑のハーモニー。さらに挟まれたチーズの油分が、乾いたパンに沁み込んで私の小腹を満たしていく。


 ラムハンバーグ、金柑の蜂蜜漬け、ゴボウの素揚げとフライドポテト。

 ケチャップを利かせたスクランブルエッグには、厚切り極長ベーコンも添えて。


 その通り。なにを隠そうこのハンバーガーは、あの望月さんも大満足の、あまねく私が考えるすきな食い物を思いつくまま並べた料理なのだ。


 栄養バランスに一切配慮しない、妊婦にあるまじき地獄のような暴飲暴食。

 生きるために食うんじゃない。うまいから食うんだと、私は多国籍ハンバーガーを回転させながら貪り、合間合間にワインも嗜む。


 ピィちゃん用に食んだベーコンをバンズに挟み直していると、風に乗って飛んできたクロツグミが大樹の枝で翼を休めて。

 クリクリとした瞳に意味もなく笑みを漏らした私は、ピィちゃんにおかわりをあげながら、丘の彼方に広がる景色と視線を戻した。


 ………………。


 蜃気楼のように今日もそびえる魔王城。

 変わることのないその佇まいに、私は感慨深げに半眼を細めると、気づけば半分以下にまで目減りしてしまったワインを引っ掛ける。


「あー、こんなところで隠れてお酒飲んでる。いーけないんだー」


 ミルーエたんごめん!? これには次元の狭間よりも深い理由が……!!


「……どうもご無沙汰してました」


 ヒィィと半天狗と化して怯え竦みながら背後を覗き見れば、悲鳴に驚き逃げ出すクロツグミの影にうら若き少女が。


 異世界で“セーラー服”と呼ばれる冬物の黒い学生服に、本人の性格よろしく折り目正しいプリーツスカートを着流して。

 一方で、左腰には使い古された年代物のロングソードを佩き、四肢や胸部には白銀の装甲板が謎の浮力によって装着されて。


 私の前前前世にして、エルザと日記帳の悪夢を終わらせた諸善の根源。

 寄生型転生体“テンノ”こと天野(あまの)(つぐみ)が、微笑みを湛えてそこに立っていた。


 なんだツグミかよ。……ったく、ビックリさせないでよね。


 正体を見定めた私はやれやれと安堵の溜息を吐き出すと、余韻に奮える動悸を落ち着けるようにポテトをかじる。

 そのふてぶてしい私の反応にツグミも微妙な表情で眉をしかめ、キョトンと呆けるピィちゃんに手を振りつつ隣に座り込んだ。


「つい最近ミルーエさんの子供を妊娠したばかりと聞いてましたよ。それなのに、こんなところでお酒なんて飲んでてもいいんですか?」


 いったい誰からその話を……オタク女の仕業だな?


 奴こそはランちゃんの力を悪用し、今でも外世界のネット文化に傾倒しやがってるサブカルクソ女なわけだが。

 そこに使われているWi-Fiの出処が、他でもないこのツグミなのである。


「そんな私が電波塔みたいに言われても……」


 テンノの性質上これはどうしようもないことなのだと、ツグミは言い訳するようにガッカリと肩を落とした。

 事実、彼女の存在は私にとっての延空木に等しいけれど。そうなると自分が真島の役ってことだよなあと、私は舌のバランスを整えるためにワインを口にする。


 まあ、なんにしても赤ん坊の心配はしなくていいよ。

 子宮の諸々は〈〈 地文 〉〉でしっかり保護(ディフェンス)してるからね☆


「それって権能の私物化じゃないんですか?」


 世界のため日夜シンボリルドルフになって頑張ってるんだから、これくらいの気晴らしはお目こぼししてよお……


 ガルトライオ様とミルーエに白い目で見据えられる妄想を視た私は、吐血でケチャップを上書きしながらスクランブルエッグを味わった。

 その頃には食事に飽きてきたピィちゃんがデザートを所望して。取り出した金柑をハンカチに転がすと、私は指を舐めつつツグミに半眼を向ける。


 それで今回は何の用だよ。まさか世間話しに来たわけじゃないんだろ?


「んー。まあ、ぶっちゃけるとその通りではあるんだけど……」


 相変わらず話が早すぎるなあと、ツグミが困ったように空を見上げた。

 そして、一秒でも長くとこの平和な時間を噛み締めてから、やがて覚悟を決めてこちらに真面目な眼差しを返す。


「――ミルーエさんのオリジナルが、この世界を訪れては来ませんでしたか?」


 さあ知らないね、ヨソを当たりな。


 さすがにあまりにも露骨な即答だったか。私が食い気味に彼女の質問をあしらうと、ツグミはまぶたを開いて硬直した。

 そのまま「あーっ」と何かを察しつつ顔を逸らした彼女は、どうしたものかと相談するように腰の長剣へと視線を落とす。


『なるほど、そうか。キミですら把握していないのならば仕方がないな』


 どこぞの柄頭とは異なり、声質が若いだけの老獪な賢者の語りは、そのロングソードの剣身自体から紡がれた。


『キミは“エルザ”という一個人であると同時に、世界に根を張るアカシックレコード()()()()だ。そのキミが知らないのであれば、これ以上の詮索は無駄だろう』

「……それは……その通りだけど」


 せめてウチの聖剣もこれくらいの落ち着きを持ってくれれば。と私が嘆息を溢す眼前で、長剣が諭すような口調でツグミに宣告する。

 彼女はそれでもまだ踏ん切りがつかない様子だったけれど。見逃してくれるなら便乗しない手はないかと、私は小悪党の嘲笑を浮かべて問い返した。


 そもそもミルーエのオリジナルってまだ生きてたんだーとか、いろいろ聞きたいことはあるけどさ。……あの娘がいったい何をしたって言うんだよ。


『安心しなさい。我々はべつに彼女を取って喰おうというわけではない。これは勧誘活動、言うなればスカウトというものだな』

「【想像力という名の怪物】となる危険が高いということで、一時期は捕縛命令も出ていたのですが。小康状態の現在、下手に刺激して敵対するより、協力関係を取り付けた方が建設的だろうという話になりまして……」


 ……それも件の“珍妙な世界移動者だいだんえんしゅぎしゃ”とやらの指示なのか?


 ワイの知らへんところでナニしてくれてんねんという怒りと非難を籠めて、私は口に銜えたゴボウスティックで二人を指差した。

 その憤激に気づいたツグミは言葉をドモらせ、彼女に代わって長剣が取り成すようにカチャカチャと鯉口を震わせる。


『大前提として、我々にキミと対立する意思はない。自らの転生先と仲違いするほど不毛な物語はないからな。彼女の処遇に関しても、決してキミの気分を害する内容でないことは、ツグミの名誉に懸けて保障しよう』


 ……どうだかねえ。


「キュピ? ピピィ?」


 我々ではキミを止められるわけもないしな。とおだてる長剣に舌打ちを放っていると、ゲップを漏らしたピィちゃんが「ケンカしてるの?」と首を傾げてきた。

 そんなことないよ☆と作り笑いしつつ彼を抱っこして。嬉しそうに尻尾を揺らすその背ビレを撫でながら、私はできるだけ感情を殺してツグミを見つめる。


 たとえ前世でも恩人でも善人でも。それが三千世界を救うためであろうと、魔王様と日記帳の邪魔になるなら、私は老若男女容赦しないからな。

 それだけは忘れんじゃねーぞ?


「……せいぜい心得ておくよ」


 『そうやって全方位にケンカを売るからいっそう警戒されちゃうんだぞ』と聖剣のぼやく声が聞こえた気がして。

 私はやけっぱちにワインを呷って幸せスパイラルに逃避すると、八つ当たりも込めて三つ編みを箒のように振るう。


 で、用件はそれだけか? ならとっとと私の世界から出て行ってくれよ。

 ったく、ストレス発散に来たんだから余計な気苦労背負い込ませるなってんだ。


『残念ながら、本日はもう一つキミに用件があってな』


 はい?


「この世界に残した私のテンノたちが、なにか粗相をしてないかなあってねっ?」


 ざわりと警戒して硬くなる私に、ツグミが浮かべたのは屈託ない微笑みだった。

 あまりの拍子抜け感にぐったりとピィちゃんに持たれかかった私は、だからドッキリは止めてくれよと愚痴りながら上体を戻す。


 親権取られたダメオヤジじゃあるまいし、自分で会いに行けばよかろうに……


 ハイハイ、そんな程度で満足してくれるなら好きなだけ教えてやるよ。

 それじゃあそうだな、まずは誰の話から聞かせてやるとするか――





――――――――――――――――――――

world:デイリーダイアリー

stage:ENDLESS DAYS UNCLEAR

personage:テンノ/エルザズシャドウ

image-bgm:beyond the bounds(木村真紀)

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ハンバーガー最近作ったから分かる。パン部分は意外と簡単だが、弁当には向かない。 それは何故か? そう...テンションが上がってなんでも挟み始め、ダブルチーズだぞー!とかアホなことを初め、異常な大きさに…
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