□真・超自我問答(後編)
――お願いします。どうか私を殺してください。
私の発言に、それほど広くない室内の空気がザワッと毛羽立った。
三天王様が動揺する脇で、背中の聖剣が深々と溜息を吐き、右斜め後方のミルーエが満面の笑顔で額に怒りマークを浮かべる。
「……エルザ様? それは本当にどうしようもなくなったときの最終手段だって、私あれほど散々言い聞かせましたよねぇ?」
まだ“調教”が足りませんでしたか?と、彼女はわりとガチ切れしながら私の肩を掴んだ。
むう。文字数もいい感じだったから、後編への引きにしようと思ってちょっと大胆な発言をしてみただけだというのに。
冗談の通じないマイワイフだなあ。
「“怒りが死への道程を(ブレイズ・ワンズ・オウン・トレイル――」
あ、ごめんなさい。
こんな閉所でそんな秘奥義使われたらホントにシャレにならないので勘弁して下さい。
翼を広げて魔力を練り上げようとするミルーエに、私は素直に頭を下げた。
ミルーエはやれやれと嘆息しながら魔法を中断すると、私を押し退け三天王様らと向かい合う。
「エルザ様が死ぬ必要などありません。そもそも魔王様の死の原因が不鮮明なのですから、現状立てられる対策などたかが知れています」
でも根本の原因は取り除いておくべきだと思うけどなあ。
ほら、中途半端な未来予知のせいでルートが固定されちゃって、主人公が余計に苦労する話とかよくあるじゃん? 未来を変えようとして逆に大惨事とか、それで主人公が諦めちゃって結局大切な人が助けられずに終わる結末も多いし。
なにより、この世界におけるテンノのミッション・オブジェクトだってまだ明確じゃない。
世界を救うなんて言っても、結局その物差しなんてテンノ自身が定めてるわけだもんね。
これだけ引っ張っておいて、「やっぱり魔王様を殺すことが目的でしたー」とか言い始める可能性も十二分に考えられる。
それにいざそれを実行する際の手段も、結局のところ謎のままだ。
聖剣に導かせるつもりなのか、私の意識を乗っ取るつもりなのか。
夢の中の登場人物たちもいろんなパターンが存在してて、これと言って決め手が見つからない。
だったらまずは一番の不確定要素であるこの私を排して、後は四天王の皆様で魔王様の保護に努めていただく方が何かと建設的……
「エ~ル~ザ~さ~ま~?!」
ミルーエは俊敏に振り返ると、両方の手の平で私の耳の辺りを挟んだ。
そのままジューサーに力を入れるが如く、じっくりゆっくりと手首を捻りながら私の顔に圧を掛けていく。
「そんなに頭アッパラパーにされたいんですか貴女って人はそうですかそれがお望みですかいいですよいっそのこと『あーうー』しか言えないお人形さんに変えてこの工房に一生監禁するというのも選択肢としては悪くないですかねぇ!!?」
あががががががっ!? やめてとめてやめてとめてやめてぇ!!
弾けちゃう! とめったしちゃう! アッパラパーになる前に、パーンってなりますから、頭が!!
「じゃあ二度と殺して欲しいとか言わないでくださいね。……殺しますよ?」
うん、カワイイ!!!(イエス、マム!!!)
なんかとっても矛盾した最適解を提示された気がするが、この場でそれを選ぶ勇気は私にはなかった。
ミルーエに解放された私は、その場に崩れ落ちながら自分の頭蓋がどこか割れていないか触診で確認する。
というか、最近ミルーエのヤンデレ化が加速している気がするのだけれど、これはいったいどういうことなのだろうか。
『九割方マスターが原因な気がするんだよなぁ』
なぜだ、こんなにも彼女を愛しているというのに。
『……だからじゃね?』
脱力気味に助言してくれる聖剣をよそに、ミルーエは再び三天王様に体を向けた。
えほんと可愛らしく咳払いをして人格を整えてから、シリアスモードで翼を広げてみせる。
「失礼致しました、話を戻しますね。皆様にお願いしたいことは、この事象に対する調査と証明です。テンノなる存在が実在するのか、それを検証していただきたい」
「言いたいことは分かるが、そんなもの悪魔の証明ではないか。生まれ変わりだの世界の壁を超えるだの、そんな超常現象をどのようにして証明しろと言うのだ」
ミルーエの発言に、ガルトライオ様が真っ先に異を唱えた。
「とっととこのヒュームを殺してしまえ」とすら言いたげであったが、さすがにそれはミルーエの逆鱗に触れてしまうことを今のやり取りで悟ったのだろう。私を睨むだけで実際口にはしなかった。
「悪魔の証明も何も、私たちはこれから実際悪魔を証明しようと言うのですよ……毎度察しが悪いな、このクソ蛇が」
……いつも思うんですけど。
ミルーエって、なんでガルトライオ様のことをここまで目の敵にしてるのだろうか? ホント、彼に対する敵愾心が半端ないですよね。
ディアボロスフェア様にヒソヒソ尋ねると、ディアボロスフェア様もヒソヒソと耳打ちしてくる。
「私にはよく分からない感覚なのだが、ハピオンは爬虫類系の魔族が生理的に嫌いらしい。あと、幼少期に――彼女の両親が健在だった頃に、彼とグラスが何かをやらかしてしまったのだとか」
あー、そう言えばあのドラグーンともなんか過去にひと悶着あったっぽい雰囲気醸し出してたもんなあ。あの騒動のときも、ミルーエは実質お咎めなしみたいなものだったし。
生真面目一辺倒なガルトライオ様があんなグータラ魔王様に仕えてる理由も、その辺に何かがあるのかな?
私が疑問に思っている間に、ミルーエは黒板まで戻って己の書いたイラストをコンコンとノックする。
「まずはエルザ様の身体を入念に調べましょう。エルザ様の見る夢、それがどこから流れてくるのか。遡って遡って私たちの手で“悪魔の証明”を行うのです」
「……具体的には?」
意外にも、学者モードのフォウリー様がわりと乗り気な声を上げた。
いやマジ意外なんですけど。
「ボウフラ娘になんてこれっぽっちも興味が沸かないわ」くらいのことは言われると覚悟していましたのに。
「魔王様が関係してくるとなれば話は違うわ。安心しなさい。あなたたちの説をきちんと否定した上で、騒がせたお詫び代わりに入念に吸い殺してあげるから」
アッハイ、ごあんしんです。
「ではエリー姐さんにはエルザ様の生体的な解析をお願いします。なぜエルザ様に魔力器官が存在するのか。前世の記憶とやらが本当にエルザ様の脳に刻み込まれているのか。そうでなければその出処はどこになるのか。それを可能な限り調べてください」
「まあ、まずはそこから手を付けるのが妥当でしょうね。魔力器官のある生きた人間自体がレアなサンプルではあるし、一応喜んで引き受けてあげるわ」
……エリー姐さん?
意外な呼称に私は疑問符を浮かべたが、ミルーエは気にせず会話を続ける。
「私の方は聖剣周りの解析を進めます。この聖剣もエルザ様と共に“転生”しているのであれば、機械的に過去の痕跡を手繰れるかもしれません」
「それで、私はいったい何をすればいい?」
「クソ蛇――ガルトライオ司令はエルザ様の身辺調査をお願いします。この人の経歴から出自から血筋から、この国に送られることになった経緯まで。調べられる情報を集められるだけ掻き集めて欲しいのです。……いくら無能でもそれくらいの雑用はできんだろぉ?」
「……わかった、善処するとしよう」
ガルトライオ様は若干ムッとしていたが、それでも食い下がることなく静かに頷いた。
私が微妙な心境でそれを眺めていると、小脇のディアボロスフェア様がツルツルの頭を撫でて苦笑する。
「しかし、こうなってくると私なんぞにできることは何もなさそうだな」
「そうでもないですよ? ディアボロ様にはこれまで通りエルザ様に剣の修行をつけていただきます。むしろこれまで以上に濃密にお願いします」
「……ふむ?」
ディアボロスフェア様が説明を求めるようにこちらに目を向けるが、私を見つめられても困っちゃいます。
というかミルーエさん? そんな話、私も聞いてないのですけど?
「エルザ様と聖剣との出会いがテンノの仕組んだことであるのなら、これからこの国で“なにがしか”が起こるのはまず間違いないのです。これからは聖剣を手放さなければならない機会も増えるでしょうし」
『つまり、鍛錬という名のマスターの護衛ってわけか』
「なるほど。先日の不手際もあることだし、その役目謹んで引き受けよう」
いやだから、私が死んだら死んだで結果オーライでは――
「てい」
とめった!!
満面の笑顔を浮かべたミルーエに思いっきりビンタを受けて、私はキリモミしながら地面に倒れ伏した。
なんかもう痛いどころの騒ぎではない。ってかここまで見事なビンタをもらったのは人生で二回目だぞ(一回目はクソ領主の正妻)。
「ディアボロ様にはもう一つお願いがあります。エルザ様の意識がもしテンノに支配されたときは、全力でこの人を拘束してください。頼めますか?」
「……任された」
あーもー、なんか頭アッパラパーにされてこの部屋に監禁されてた方が精神的に楽な気がしてきたぞー。
テンノだか何だかよく分からんが、見つけたら右ストレートでぶん殴ってやるからな。
『自分の頬でも殴ってればいいんじゃないかなぁ』
「私からの報告は以上です。もし何か事態に進展があれば、またここに集まるとしましょう」
あ、ちょっとタンマ。
最後に皆さんに、言うまでもないことだとは思いますが、一応言わせてください。
――この件は、魔王様にはくれぐれも内密にお願いします。
聖剣の件だけなら、テンノの件だけならべつにいい。
でも魔王様が人間の手で殺されるなんて話、絶対にあの人に聞かせちゃダメだ。
「「「「 …… 」」」」
私たちは全員で目を合わせ、頷き合う。
言葉はいらない。全員が全員、同じ考えに至っているに違いないのだから。
『……まあ、そんな人間がいるかもしれないなんて知られたら、あの魔王ってば絶対徹底的にそいつを探して回って戦いを挑むに決まってるもんなぁ』
だから言葉はいらないっつってるだろうがよぉ?!
私は空気の読めない聖剣を引き抜くと、力の限り地面に叩き付けた。追い打ちでフォウリー様のパンプスが突き刺さり、それから餅つきのようにミルーエたんの炎魔法が直撃する。
聖剣のキャンプファイアーを囲みながら、私はあらためて四天王の皆さんを見渡す。
……本当にお願いしますよ。
あの脳筋様の愚行を未然に防ぐためにも、今回の件は本当に口外無用ですからね。
念を押すように私が人差し指を突き立てると、四天王はシーン中もっとも神妙な顔で頷いた。
そうして私たちは浴室ルートの隠し通路を前進する。
なぜか一番前を先行していた私は、前方の灯かりを頼りにそれほど早くもなく歩を進めていた。
しかし、いくら一本道とは言え、暗闇の中を100メートル以上も中腰で歩くのは骨が折れるなあ。
ってか、皆さんは転移魔法で行き来すればいいのでは?
「それでもいいんですけどぉ~転移魔法ってその場に魔力の痕跡が残っちゃうんですよぉ~」
後ろを振り返ると、女の子モードに戻ったミルーエが眉をしかめて苦笑していた。
もしもそれを誰かに嗅ぎつけられたら、移動先が逆探知されちゃうかもしれないってことか。
恥の文化じゃないけれど、ホント魔族って魔法関係の話になるとセンシティブになるよね。
『そういうマスターは、完全に罪の文化にどっぷり浸かってるタイプだよな』
私の心に神なんていないがな。
背中の聖剣を睨み付けてはみたが、暗くてあまり効果はなさそうだった。
そうこうしているうちに出口が近づいて来た。
魔王様専用の浴室。その洗い場の巨大な鏡に偽装された、この秘密の通路の出入り口が。
おっと、もしかしたら清掃員が作業中かもしれない。念のため、マジックミラー越しに外の状況を確認しなければ。
そう思った私は、少しだけ歩を速めて出入り口に寄りかかると、鏡越しの風景を視認する。
「……」
……
あれ、なんでこんな目の前に魔王様のお姿が――
気づいたときには鏡が大きく開け放たれて、バランスを崩した私は転がるように洗い場から落っこちた。
そして頭をぶつけることを危惧する暇もなく、その体が見慣れた黒い毛皮に受け止められる。
「よぉ、おまえら。こんな真昼間っから勢揃いしていったいどうした?」
唖然としているミルーエやその他の面々を見据えてから。
魔王様は胸の中の私を見下ろし、意地が悪そうな邪悪な微笑みを浮かべてみせた。




