□こどもとのじかん
「ヤダヤダヤダ、母父さんも一緒じゃなきゃ絶対ヤダアアァァァーーー!!!」
唐突につんざかれた大音量に、廊下を通りすがったギルド職員はギョッと身を竦ませ、いったい何事かと部屋のネームプレートを凝視する。
お昼休みを迎えたグランドマスターの執務室。
その床に敷かれた絨毯の上で、“天使ちゃん”ことミレニアムル・フォル・デルレイトが、手足に翼までバタつかせながら漫画のような駄々っ子を披露していた。
彼女のすぐ横では、異父姉弟のガブリエムルも、ワケの分からないままにお姉ちゃんのモノマネをしていて。そんな状況下でも腕の中で寝息を立て続けるピィちゃんの図太さに嘆息しつつ、私はどうしたもんかと三つ編みをくねらせる。
事の発端はとても平和的だった。
仕事を半勤で片付けた父が、天使ちゃんズをディシオルの商業区まで遊びに連れて行ってくれると言い出したのだ。
大好きな祖父母との生活も、十数日を超えるとさすがに飽きが来ていたようで、最初こそ子供たちもその申し出に大喜びしていたのだが。
しかし、私がついて行けないと分かると態度は一変。イヤイヤ期に赤ちゃん返りした天使ちゃんによる、泣くわ喚くわの大合唱が始まったという流れである。
……だけど、ピィちゃんはまだお散歩できないんだから仕方ないでしょ?
ヒトじぃちゃんも好きなモノを買ってくれるって言ってるんだし、三人でゆっくり楽しんで来ればいいじゃないか。
「ヒトじぃちゃんはヒトじぃちゃんでしょ!? 母父さんじゃないもん!!」
「……俺ってもしかして、そこまでハピ坊に好かれてないのかなぁ?」
「ハイハイ、面倒臭いんだからこんな子供の言葉をイチイチ真に受けないの☆」
天使ちゃんの怒号が跳弾した父がショボンと落ち込み、そして追い打ちで母の三つ編みに叩かれている姿には、正直に言って大変愉悦を感じたけれど。
さりとてミレニアムルの矛先は依然として私に向けられているわけで。ピィちゃんをポンポンとあやした私は、仕方なく“次元反転分離像”を小脇に生み出す。
ほら、それならこの分身を通してライブ中継しててあげるから――
「そんな偽物じゃなくて、わたしは母父さんについて来て欲しいの!!」
とても食い気味に、私の妥協案は天使ちゃんに即行で却下されてしまった。
まあそうなるよなあと共感しつつ半眼を動かせば、口には出さないまでも、ウーくんもお姉ちゃんと同じ哀願の眼差しでこちらを見上げていて。
二対のつぶらな瞳に見つめられた私は、母として父としてどのような結論を下すのが正解なのかと、心の中のピッコロさんに子育ての極意を問う。
「――ついて行ってあげればいいんじゃないかしら?」
思い屈して途方に暮れていると、父を弄って遊んでいた母が声を掛けてきた。
すくすくと笑いを堪えながら隣に回り込んだ彼女は、ピィちゃんの寝顔を軽く覗き込みつつ、私に向かって長い耳を振るわせる。
「貴女が持ってきたミルクなら私にも飲ませられるし、子守唄だって歌ってあげられるわ。幸い午後の用事は書類整理だけだし、べつに支障なんてないわよ」
……だったら、私が分身を残していくよ。
……なにも母さんが手を煩わせなくたって。
「ハピちゃんがそれで納得してくれるのなら、エルザも初めから悩んだりしてないでしょう? こういうときくらい、私にも母親らしいことをさせなさいな☆」
それは祖母としてか、それとも私を育てられなかった自身への訓戒だったのか。母は私の後ろ腰をトンと叩くと、そんなズルい言い回しと共にはにかんでみせた。
ぐぬぬと喉を唸らせて罪悪感と申し訳なさを脳内で巡らせた私は、最終的にガクッと肩を落としながらピィちゃんを彼女に委ねる。
……ごめんね?
「……なに言ってんのよ☆」
子供たちには見せないように、背中で互いの三つ編みを絡め合わせて。自らの実年齢も忘れて母に甘えた私は、気を取り直して貧乳を張り両手を腰に添えた。
そして、いつの間にか立ち上がっていた子供たちの期待を真正面から受け止めると、ニヤリと魔王様みたいな嘲笑を浮かべて仰々しく大見得を切る。
いいかい、天使ちゃんども! この私がついて行くからには、普通の物見遊山なんかじゃあ到底許されないぞ!!
世紀末も無事に乗り越えたあの偉大なるおにいさんたちのように、このディシオルで思う存分チカラの限りバカンスを満喫してやるんだぜ!!!
「やるんだぜ!!!」「……だぜ!」
「コイツの子供っぽさって、もしかして俺に似たのかなぁ……?」
「だとしたら、あの切り替えの早さは私に似ちゃったのかもね☆」
えいえいおー!と陽気にコブシを突き上げる私たち親子を遠目に眺めながら。
相も変わらぬ冴えない溜息を吐いて落胆する父に向かって、母はピィちゃんを可愛がりつつニコニコ笑顔で三つ編みを振りかざしていた。
「武器屋のオジサン、こんにちわ~♪」「こんにちは……」
「グランドマスターんトコのおチビじゃないか。なんだ、また来てたのかい?」
「道具屋のオバサンも、やっほ~♪」「や、やっほ……」
「はい、どうもね。元気なのは良いけど、ちゃんと前を向いて走るんだよー?」
ミルーエのコスプレ魂の集大成とでも評すればいいのか。
某ファミリーと同じピンク色のボブカットを揺らした天使ちゃんは、身の丈よりも巨大な翼を羽ばたかせながら、元気に手を挙げて大通りを駆け抜けていく。
そんな彼女が着用している帽子とスモック風ワンピースを白基調で仕立ててくれたのは、ミルーエの良心が垣間見せたせめてもの著作権配慮と言えるだろう。
一方で彼女に付き従うウーくんは、ボンド氏とは何もかもが正反対の、真っ黒い子犬のコーギーのような見た目をしていて。
洋服の代わりにモフモフ毛皮をなびかせた彼は、トテチテと微笑ましい擬音を鳴らしつつ、短い尻尾をピンと立てた二足歩行で姉の背中を必死に追いかけていた。
私がついて来た意味はあるんか?とか、いろいろとあるけど……
でもなんと言うか、やっぱり『かわいいは、正義!』だよなあ……
背丈も種族も違うというのに、露店の大人たちにこれっぽっちも物怖じすることなく、無垢な笑顔を振り撒き続ける天使ちゃんズ。
その暴走したチョロQみたいな動きに三つ編みを巻きながら、二人に置いて行かれた私は「ホント誰に似たのやら……」と自らを棚に上げた溜息を漏らした。
――親の欲目を抜きにしても、二人はカワイイ。
少々わんぱくすぎるキライはあるものの、ミルーエの美貌を受け継いだ天使ちゃんは、将来美少女に進化することを約束されたようなものだ。
名実共に小動物なウーくんに至っては、現在進行形でカワイイの権化であり、母性本能をくすぐるあのショタっぷりが嫌いな生物なんかいないことだろう。
人間と魔族とは本来いがみ合うもの。そんな定説をしばし忘れさせてしまう程度には、二人の無邪気な愛らしさはこの商業区に染み渡っていた。
「まあそれを無しにしても、ここは冒険者御用達の通りだからな。他の区画と比べても、魔族や異種族云々の偏見が少ない場所にはなってるんだよ」
だからこそ天使ちゃんズをよく連れて来るんだと、隣を歩く父が補足を入れる。
非公式ではあるものの、異種族間の交際が教会に黙認されるようになって十年。しかし、世間の偏見が変わるにはまだ多くのコンセンサスを必要としていた。
結果として“異種族婚の隠れ蓑としての冒険者業”という側面はいまだに継続していて。そこに近年現れ始めた“人間と魔族のカップル”が流入することで、冒険者ギルドは種族のサラダボウル化が加速してるのだと言う。
……で、そんな冒険者に商機を見出したトルネコたちが集まってるからこそ、魔族が相手でもここまで寛容に接してくれてるってわけね。
「と言うかだなぁ。ハピ坊はともかくとしても、おまえと魔王からいったい何をどうすれば、ウー坊みたいに引っ込み思案なウルファンが生まれてくるんだ?」
ヘイ親父殿? いま、シレッと私と魔王様のことをディスりやがらなかったか?
……一応、魔王様や他の魔族たちから言わせると、私とウーくんは間違いなく親子だってなくらいクリソツな容姿をしてるらしいよ?
などと反論してはみたものの、父の疑問は魔王城七不思議のひとつにも数えられているミッシングリンクであった。
フォウリー様曰く「魔王様の気性とボウフラの気性が相殺しあった結果、ウルファン族らしからぬ穏やかな心を生得したのではないか」との考察なのだが。
「……なんかイマイチよく分からんけど、オオカミとイヌワシが縄張り争いした結果タヌキだけが生き残りました、みたいな感じってことか?」
『……我が子の遺伝子の中でまで殺し合いをしないで頂けませんか?』
私が人差し指を立てながら解説すると、父はわりと的確なたとえ話を持ち出し、続けてギルドに置いてきたはずの聖剣のツッコミが脳裏に響いた。
そうこうしている間にも、先行する天使ちゃんたちは立ち並ぶフードコートから一軒の屋台を選び、目一杯に背伸びをしながらカウンターに寄りかかって笑う。
「く~ださ~いな~♪」「くださーい……」
「おや、おチビちゃん。もうすっかりウチの常連さんだねぇ」
「えっへん、わたしたちジョーレンなの!」「えへへ、ジョウレンさん……」
パンやフルーツを扱うその出店のおばちゃんが身を乗り出して微笑むと、対する天使ちゃんズは、それぞれドヤ顔を晒したりモジモジ照れたりしていた。
そんなリアクションに笑いを噛み殺しつつ、おばちゃんは陳列していた商品をひょいひょいと摘まんで天使ちゃんズにウインクする。
「二人とも、いつも食べてるので良いのかい?」
「うん!ハチミツいっぱいでください!!」「ボ、ボクもハチミツを……」
意気揚々と返答する二人を尻目に、おばちゃんはまん丸いライ麦パンに十字の切れ目をざっくりと入れ込んでいた。
羊のヨーグルトをバターよろしくサッとひと塗りし、それから金柑のハチミツ漬けが入れられた瓶を開封し、二等分された果肉をこれでもかとサンドする。
そこから追いハチミツでさらにパンを湿らせたかと思うと、カウンターの下からクーラーボックス代わりの木箱を取り出し、保存されていたホイップクリームをたっぷりと上にデコレーションした。
「はいよ、おまちどうさん」
「うわ~い、どうもありがとう」「いただきます……」
おばちゃんからパンを受け取った天使ちゃんズが、キャイキャイと歓声を挙げながら代わるがわるに頭を下げて。
その姿を微笑ましげに眺めたおばちゃんは、くし切りにして塩気を利かせた分厚いフライドポテトを二人のパンにトッピングしてくれる。
「お行儀のイイ子にはサービスしなきゃね。落とさないように食べるんだよ」
「やった~♪ ウーくん、あっちで食べよっか」「うん……!」
天使ちゃんズはそう言って健気に翼と尻尾を振りあうと、お礼もそこそこに大通りの適当な空き地に向かって再び駆け出した。
そんな二人を呆れ顔で見送った私は、小銭入れからパンの代金分以上の銅貨を掴んで苦笑交じりにカウンターへと広げる。
なんか、いつもすみません。あの二人、無銭飲食とかしてませんよね?
「もしかして、おたくが噂の“母父さん”かい? なんのなんの、ウチの悪ガキに比べたら天使みたいな子供たちじゃないか」
何気に私の質問を否定することなく、おばちゃんは腕を組んで大笑いを返した。
それを聞いた私は本当に申し訳なさそうに三つ編みを落とし、おばちゃんは銅貨を回収しつつ天使ちゃんズに視線を向ける。
「あの二人、いつにも増して元気いっぱいだよ。……きっとお母さんと一緒に街を歩くことができて、本当に嬉しいんだろうねぇ」
……。……これからも、どうか二人をよろしくお願いします。
おそらくは私の素性も承知しているのだろうに。人生の先達としてエールを送ってくれたおばちゃんに、私はあらためて深々とお辞儀を返した。
後からやって来た父が私の肩を優しく叩いて。そのさらに後方からは、護衛を続ける吟遊詩人さん夫妻の温かい視線があって。
魔王城では決して起こり得ないであろう経験を前に、私は自らの立場も忘れて、今回里帰りが出来て本当に良かったと心から噛み締めていた。
「――不浄なる魔族共め、神聖なる主都を土足で跨ごうとはなんと業腹な!!」
……まあ、そんな感慨も次のページには無に帰してるんですけどね、初見さん。




