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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
一冊目【脳筋魔王様とツッコミどころの多い仲間たち】
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□肩まで浸かったら100数えるという悪習





 待ってくれ。清潔を保つなら濡らしたタオルで体を拭くだけでいいだろ。頼む、私は自分の体温より熱いお湯に浸かりたくないだけなんだ。冷水ならどこにでもかけてくれ。何度でもかけてくれ。服をひん剥いてそこらに晒してくれてもいい。お風呂だけは……





「はぁ~い、それじゃあお洋服をぬぎぬぎしましょうねぇ~♪」


 せめて話を聞くフリくらいはしやがれえぇぇーっ!!


 長尺の命乞いを一切無視して、ミルーエは私の体からドレスを引っこ抜いた。

 そのまま流れるようにブラとパンツも奪い去られ、私は一瞬にして一糸まとわぬ裸体へと変貌してしまう。


 場所は魔王城の中庭に備え付けられた公衆浴場。もっと正確に言えば、大浴場自体は魔王城の地下部分に存在しており、中庭の建物は脱衣所兼保養施設の役割を果たしているのだが。

 この保養施設がまた見事なもので、敷地面積だけでも私が仕えていた領主の館と同程度の広さがあり、城の従業員や城下民など様々な魔族の慰安に利用されているらしい。


「ほらほらエルザ様ぁ~あまり暴れるとみんなに裸を見られちゃいますよぉ~」


 うるせえ、んなもん見たけりゃいくらでも見せてやらあ!!

 チクショウ、いっそ誰かこのまま私を殺せええぇぇぇーっ!!!


 私は猫のように半狂乱となって手足をバタつかせたが。ミルーエは持ち前の腕力でそれを押し留め、ついでにレース状の透け透け湯浴み着を被せてくる。

 それでもせめてもの抵抗にと首を逸らすと、同じようなネグリジェもどきを羽織った魔族たちが、タオルを片手に奇異の視線でこちらを眺めていた。


 ――どうやらこの施設、男女関係なく全員全裸で過ごすのがマナーとのことで。


 よくよく考えれば、ゴブリンなどは普段から腰巻き一丁でいる者が多く、女性であっても肌を晒すことに忌避感を持っている魔族は少ない。

 ガルトライオ様なんて本性は大蛇だし、魔王様に至っては日常的に全裸で過ごしている筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。


 そもそも、魔族のほとんどは私たち人間と違って明確な繁殖期を持っていると、物の本で読んだことがあった。

 性と羞恥心の基準が習性として区別されているのであれば、“裸”という概念に対する捉え方もまったくの別物になって然るべきである。


 となれば、これは道徳心の問題でなく人間と魔族の“文化の違い”なのだろう。

 ひょっとすると、ミルーエたちのメイド服が肌色面積多めなのも、魔族としての性分なのかもしれない(逆に露出控えめのメイド長さんは人間に感性が近い?)


「はいはぁ~い、それでは準備はよろしいですねぇ~?」


 ミルーエの声掛けでハッと我に返ったときには、ミルーエもメイド服を脱ぎ去って半透明の湯浴み着姿に変わっていた。

 女同士だという理屈など蕩かすような彼女の艶めかしい姿に、私はゴクリと唾を飲み込むと、こっそりと視線を下ろして二つのたわわな果実へと焦点を合わせる。


 異変にはすぐに気がついた。


 首を右に傾けても左に傾けても、下から眺めても上から覗き込んでも。

 彼女の胸に存在するべきピンク色の部位が、湯浴み着の反射する柔らかな光に阻まれて視界に入ってこなかったのである。


 慌てて周囲を見回せば、他の魔族も謎の光によって局部がガードされていて。

 それどころか、むしろ私自身も胸や股間がピカピカ光り輝いていて。


「えへへぇ~、ヒトの胸をそんなマジマジと凝視してはダメですよぉ~!」


 頭上に大量の疑問符を浮かべていると、ミルーエがたしなめるように私の鼻先に指を押し当てた。

 私はこの場から逃げるという目的も忘れて、本来彼女のポッチが浮かんでいるべき場所を見つめる。


 ちょっとミルーエたん、この強迫観念めいた映像マジックは何?!

 いったいどんな限定的な効果の魔法を私に掛けたっていうのかな!?


「魔法とは少し違うのですがぁ~。これこそが魔王城名物ぅ~“見えそうで見えない少し見える服”なのですよぉ~♪」


 ……


 彼女のセリフを理解するのにだいぶ時間がかかってしまったため、ここでは地の文でミルーエたんの解説をまとめよう。


 “見えそうで見えない少し見える服”とは、魔王軍が誇る四天王マックロック・ロスケの開発した、最先端の湯浴み着である。

 白く透明度の高い魔法繊維は絹のように肌触りがよく美しい上に、その布で編まれた湯浴み着は袖を通していることを忘れてしまうほどに軽い。また湯に濡れた後で身体にペタ付くこともなく、外への速乾性と内への保湿性を両立させている。


 そして何より特徴的なのは、商品名にある通り“布地が絶妙に光を反射して大事な部分を隠そうとする”という特性だ。


 白くて透け透けの生地は当然体のラインまでもを際立たせ、凹凸や色合いに至るまでそこそこ視認されてしまうのだが。

 その細部を布自体が自然に自動的に覆い隠すことによって、公衆浴場でもまるで全裸のような感覚でのびのび入浴することが可能となるのである。


 ……ってことでいいのかな、ミルーエたん。


 私はこみ上がる頭痛を物理的に押さえながら、ミルーエに最終確認を行った。

 ミルーエは満面の笑みを浮かべると、パチパチとお遊戯会のような拍手を返す。


「さすがエルザ様ぁ~かんぺきですぅ~。なんでもぉ~マックロック・ロスケ様はこれ一つで四天王に成り上がったらしいですよぉ~?」


 プライベート優先の匿名大魔導師様ってば、いったいナニ作ってんの。

 そんなエロスケベ様を四天王にしちゃう魔王様は、いったいナニ考えてんの。


 私は心の中でツッコミを入れてから、魔王様は単に何も考えてないだけだと気がついて深く溜息を吐いた。

 顔を上げれば、ミルーエが愉快げに私の反応を眺めながら翼を揺らしていて。


 ……ロスケ様の謎の魔族という設定、あっという間にかなぐり捨てられたなあ。

 てっきり物語終盤まで登場しない伏線匂わせる系のキャラだとばかり予想していたのだけれど、こんなに早く名前を耳にするとは思ってもみなかったよ。


 ってか、ミルーエたんはよくそんな情報を知ってたね?

 ここに来るまでロスケのロの字も聞こえてこなかったって言うのに。


「えへへぇ~♪」


 うん、カワイイ(見えないことなんて些細な問題だよね☆)


 笑って誤魔化そうとするミルーエがなんとも可愛らしくて、私は親指をサムズアップしながら全てを許容した。


 さて、ミルーエのおっぱい(いいもの)も堪能できたことですし。

 目の保養が済んだところで、それじゃあ私はそろそろこの辺りで――


「お風呂に向かいますよぉ~♪」


 ですよねー☆_(:3」∠)_。。。ズザー


 雑談で気が抜けた一瞬の隙を突いて彼女のディフェンスを突破しようと試みたが、ミルーエは私の三つ編みの先をグイッと無慈悲に引っ張った。

 最大の急所を握られてしまった私は、ロクな抵抗も出来ないままズルズルと脱衣所から引き摺り出される。


 諦め気味に半眼を向ければ、私を追いかけ回していたメイドさんズや浴場の受付嬢らが、入口ゲートから「いってらっしゃいませー」と手を振っていた。

 どの道ここに連れ込まれた時点で私に退路など残っておらず、所詮は悪足掻きに過ぎなかったのだけれど。だからと言って素直に座して入浴を待つことなどできるはずもなく、私は床を引き回されながらも、何か手はないかと周囲を見回す。


 ――そうして見れば見るほど、ここは見事なレジャースポットと言えた。


 酒や飲食類が提供されているのはもちろんのこと。軽く運動できる設備や歌劇を楽しめるステージ、読書や博打に興じられる空間も用意されていて。

 リクライニングチェアが立ち並ぶ休憩所には、大の字になって寝ころべる絨毯まで敷かれており、夜勤上がりの兵士と休日の魔族が出会い頭に笑って軽口を叩き合っていた。


 そこで働く従業員のメイドさんもまたバリエーションに富んでいて。

 忙しく走り回って水回りを管理している者や、軽食や酒を運んでいる者。湯浴み着で垢すりを行なっているマッサージ師や、えっちぃ衣装で愛想を振りまいている踊り子。風紀の乱れを警邏している憲兵に、風呂上がりのサービス牛乳を配っているメイド。エトセトラエトセトラ。


 とにかく華やかで、とにかく賑やかで。

 全員が思い思いにくつろぎ羽を伸ばしていて。


 その光景は、まるで大陸の東端に存在するという幻のリゾートビーチのようで。私もここが魔王城の一施設である事実を忘れてしまいそうになっていた。


 そういえば、あのリア爺二人も国へ戻る前にここでひとっ風呂浴びて、「十年若返ったわい」とリフレッシュしてからお帰りになられていたっけか。

 ……おじいちゃんたち、そろそろ国境線の緩衝地帯を抜けた頃合いかなあ。


「はぁ~い、それじゃあ階段を下りますので頭に気をつけてくださいねぇ~♪」


 ゴスンゴスンと、ミルーエが私にかまわず赤絨毯の階段を下り始めた。

 ちょっとした感慨と郷愁に浸っていた私は、悲鳴を上げることもままならないまま、ひたすら頭部と脊髄を打ち据えられる。


「……むしろぉ~、どうしてエルザ様はぁ~ここまでされてもお風呂に入りたがらないのですかぁ~?」


 おそらく、さすがの私も諦めて自分の足で歩くと思っていたのだろう。三つ編みを引っ張る手は一切緩めなかったが、それでもミルーエは困ったように苦笑しながら私を見下ろしていた。

 私はフムと一寸考えると、顔に影を持たせてフッと儚げに頬を歪める。


 実は、奉公先のクソ領主に色々とヒドイ虐待を受けていてね。

 そりゃあもう、夜な夜な熱湯を浴びせられるわ水責めされるわ色々な――


「ウソはダメですよぉ~♪」


 私のセリフを遮って、ミルーエがグイッと三つ編みを引っ張った。

 私はうぐっと頬を引き攣らせると、でもでもと往生際悪く指を立てる。


 嘘と断ずるにはちょいと時期尚早じゃないかな?

 私だって薄幸を自称する年頃のヒューム。もしかすると暗い過去の一つや二つ、叩けばこぼれ落ちてくるかもしれないよ?


「でもぉ~()()()お風呂に入りたくない理由ではないのですよねぇ~?」


 ……うん。


 色々と核心を突いたミルーエの言葉に、私はついつい素直に頷いてしまった。

 ミルーエはニッコリ笑って翼を羽ばたかせると、意地でも立ち上がろうとしない私をお姫様抱っこする。


 ひゅい?!


 彼女の怪力加減に驚くとか、女の子扱いされている自分に驚くとか。そんなどうでもいい些事よりも、ミルーエの顔と肌が間近に迫ったことに私は半眼を見開き、乙女のように身体を縮こめた。

 ミルーエはひょいひょいと軽い足取りで階段を下りながら、私の内心を見抜くようにこちらへ流し目を送る。


 ……


 はいはい、わかりました。

 今後無用の誤解を招かないためにも、ここできちんと公言しておきますよ。


 ――私ことエルザは特に深い理由も深刻な事情もなく、ただ単純に生理的に先天的に、風呂に入るという行為が大っっっ嫌いなのである。


 それはたとえるなら、お風呂に入れられそうになった猫が全身全霊で暴れ回るのと同レベルの本能的拒絶。

 太陽を見ればくしゃみが出る、あくびをすれば涙が出る、芋を食べればオナラが出る。私にとって入浴とは、それらと同じ次元で制御不能な事象なのだ。


 バス・オア・デス。入浴か死かと問われたら、私は迷わず死を選ぶ女なのさ!!


 ミルーエの胸に抱かれた私は、精一杯キリッと表情を引き締めながら、心の底から情けない宣言を口にした。

 それを聞いたミルーエは満足気に目を細めて頷いてから、私を茶化すようにぽややんと音符を浮かべる。


「それじゃあ今度からはぁ~眠りのお薬でエルザ様を昏睡させてからお風呂にお入れしますねぇ~♪」


 うん、カワイイ(吐血)


 いや、そんな満面の笑みで言われると冗談に聞こえないので止めてください。

 いくら魔王様のペットとはいえ、私にも一応自我というものが存在する以上、人としての尊厳とかそういうものを大事にしておきたいです。


「ではときどきでいいのでぇ~頑張ってお風呂に入ってくださいねぇ~?」


 ま、まあ月に一回くらいならなんとか……


「せめて三日に一回にしましょうねぇ~」


 せっかく人が最大限に譲歩したというのにヒドイ!!


 私はびえーんと一生懸命の嘘泣きを駆使してみたが。

 ミルーエは鼻歌を歌うような笑顔でそれを無視すると、大浴場へと繋がる地下の扉を大きく開け放つのだった。





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