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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
二冊目【テンノと私と彼女の裏設定】
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□はたらけ魔王さま! 未来編





 結局、魔王様のことなんて全然書く余裕がなかったなあ……





 シーンは日も暮れ始めた私の部屋。すったもんだがあった末に、ミルーエをこの部屋のベッドにまで運んできた後のことで。

 ベッドの脇には私が腰掛け、枕元には聖剣が立て掛けてあり、反対側では魔王様が床に直接あぐらを掻く。そして当のミルーエはいまだに意識を失ったまま、ときどき妙に色っぽい声をあげてうなされていた。


 彼女が身動ぐ度に後ろを振り返りながら、私は窓の夕陽に向かって溜息を吐く。


 それにしても怒られた。ガルトライオ様にとんでもなくお説教された。

 気がつけば、市場を破壊した犯人は魔王様と私だと言うことにされていて。その報告を受けて押っ取り刀で駆けつけたガルトライオ様から、公衆の面前で反論の余地もなくメタクソに叱られてしまった。


 まあ、ミルーエを守るためにマグランティスと口裏合わせしたのだろうけれど。

 それにしてもあのドラグーン、結局自分は一切の罪を被ることなく逃げ切りやがったぞ。……やっぱり生理的に嫌いだ、あいつ。


「………………」


 私の溜息に合わせるように、魔王様も深々と肩を落としていた。


 とは言っても、この脳筋様はミルーエとのガチバトルが中途半端なところでお開きになったことの方を嘆いているのだけど。

 治療してもらえずチリチリのままの毛皮で尻尾を揺らしているその御姿は、なるほど散歩中に主人からほったらかしにされた飼い犬のようだった。


「ほっとけ。おまえだって、さっきから三つ編みを揺らしてるじゃねぇか」


 それこそ放っておいてください。こちとら、ミルーエたんが起きた後にどうフォローすればいいのか考え続けて頭痛が痛いのです。


 魔王様のボヤきにさらにボヤきを重ねつつ、私は眉間に皺を寄せて首を振った。


 なにせ、死闘の決まり手にべろちゅーだとか、よくよく考えれば黒歴史ノートに赤文字で刻まれかねない行為をやらかしたのである。

 我ながらどうしてあんなことをしてしまったのか、そしていったいどんな顔をしてミルーエに謝ればいいのやらと、私は八つ当たり気味に魔王様へ視線を戻す。


 ……しかし逃げるように城へ帰ってきましたが、本当によろしかったのですか?

 私の評判が落ちるのはこの際どうでもいいですけど、魔王様が城下の住民から恨まれちゃうのはあまり得策でないように思うのですが。


「んなもん俺様が知るか、謝罪だ賠償だなんてディゼルとグラスに任せとけばいいんだよ。だいたい、あそこの市場がブッ飛ぶのなんてよくある話だからな。周りの魔族ももう慣れっこだろ」


 よくあることなんだ……

 住民も慣れっこになっちゃってるんだ……


 考えてみれば、魔族たちの緊急避難っぷりも妙にこなれていたかもしれない。

 建国五年目でそれはどうなのよと思わないでもないが。それ以前に、市場に木造が多い理由って単に真面目な店を建てるのが面倒になっただけなのかもと、私はまたひとつこの国のどうでもいい内情を把握する。


 ちなみに、市場をよくブッ飛ばしてるのって魔王様なのですか?


「なんだか言い回しに悪意を感じるんだが? ……違うよ、俺様が壊したのなんてせいぜい2・3回だけだって」


 いや、そもそも一度として壊すんじゃねーですよ。


 花瓶を割った男の子みたいな狼狽えようで言葉を濁す魔王様に、私は完全に保母さんの心境で腕を組み嘆息した。

 すると、魔王様が焼け焦げた麻服から覗く前腕に目を留め、それからジッとこちらの半眼を見つめてくる。


「……おまえは治療してもらわなくて良かったのか? ……なんなら俺の方からディゼルに言ってやっても良かったんだぜ?」


 言われて初めて気づいたように、私は両腕に刻まれた軽い火傷を見下ろした。


 あれだけバーニングしていたミルーエに抱きついたのだから、そりゃあ火傷のひとつも出来るだろう。

 でもまあ即座に命にかかわる重傷ではないし、なにより魔王様が治療を受けていないというのに、私だけ回復させてもらうわけにはいかないわけで。


『それに、これくらいのダメージなら寝てる間に自然治癒できるぞー?』


 ホワッジューミーン? なにそれ初耳。


『パッシブスキルみたいなもので、睡眠をトリガーに体力や魔力を急速回復できるんだよ。その名も“宿屋の加護(オーバーナイト・グレイス)”ってな』


 なんか、あんまり声に出して読みたくない必殺技だなあ……


「とにかく、寝れば怪我も治るってことでいいのか? なら面倒がなくていいぜ」


 半眼を一層ジトらせながら聖剣を睨んでいると、言葉尻に反して心からホッとしたような魔王様の安堵の吐息が聞こえてきた。

 私は思わず目を丸くしてガバッと振り返り、それに気づいた魔王様が「舌が滑った」とばかりに忌々しげにこちらを見据える。


「なんだよ、その間抜けな顔は?」


 ……えっと、その、何と申しますか。

 ……意外と私のことを大事にして下さっているのですね?


「飼ってるペットに死なれて喜ぶ奴がいるかよ。っつーか、ただでさえおまえは弱っちいんだからもっと自分を大切にしろってんだ」


 言い訳のようにまくし立てた魔王様は、そのままプイッとそっぽを向く。


 そうした魔王様の一挙手一投足が、何故だかどれもこれもとっても嬉しくて。

 気づけば私はニヤリといやらしい笑みを浮かべつつ、そんな魔王様を挑発するように三つ編みを振り回していた。


 そう言えば、私がミルーエたんにキスする直前、魔王様ってばとても慌てた様子でこちらに飛び出してきましたよね☆


「……べつに慌ててねーよ」


 いいえ慌ててました、それはもう大慌てでした。爆弾の導火線に点いた火を頑張って吹き消そうと試みているが如くのハガーっぷりでしたとも。


 もしや私があの娘に殺されちゃうと思って、急いでハイパーレスキューしようとしてくれちゃいましたかー?

 えへへ、エルザうれしいですー☆


「おまえなあっ!!」


 度重なる煽りにキレた魔王様が手を伸ばすと、三つ編みを掴まれた私は捕物帳の罪人ように軽々と引き摺られた。

 そのまま魔王様のお膝元まで引き込まれた私は、「キャーころされるー☆」などと頭悪く騒ぎながら、なおも茶化すように両足をバタバタとクロールさせる。


 ああ、果たしてこの胸に湧き上がる感情を何と呼べば良いのだろうか。

 もしかしたら、こういう風に子供らしく誰かと触れ合いじゃれるのって……





〈――生まれて初めてだなぁ〉





「う……ううん……?」


 少し大袈裟にハシャギ過ぎただろうか。呻き声が聞こえて半眼を向けると、ミルーエが目を擦りながら体を持ち上げようとしていた。

 魔王様と一緒に振り返った私は、待ちかねたとばかりに小首を傾げてみせる。


 おはよう、ミルーエ。気分はどう?


「エルザ様……それにクソオヤジ……?」


 翼を広げながら上半身を起こしたミルーエはぼんやり顔で室内を見回し、そして私と魔王様を認識したところでピタリと動きを止めた。


 現在の私の状態は、魔王様に左腕一本でギュッと腰を抱き締められ、ついでにアイアンクローがまるで頭を撫でてもらっているようで。

 それが見ようによっては『同棲中の彼氏と自宅でイチャコラしているバカップル』だと思い至って、私の顔面から瞬く間に血の気が引いていく。


 ジャスタモーメント、ミルーエたん。その想像は丸っきりの誤解だよ?


 ってか、そもそもマグランティスとの一件も完全に誤解だし。あんなドラゴン野郎に傾ける心なんてこれっぽっちも持ってないし。

 私が嫁にしたいと思っているのはミルーエたんだけで、キミのためであれば私はどんなことだってしてあげるから。


 だからビリーブミー、私を信じて。


「……そんなに慌てなくてもわかってますよぉ~だ」


 どうかバーニングレンジャーだけはご勘弁を!と叫ぶ私を遮って、ミルーエはやれやれと仕方がなさそうに溜息を吐いた。

 そしてその場にちょこんとセイザすると、こちらに向けて深々と頭を下げる。


「この度の醜行と失態、誠に申し訳ございませんでした。ミルーエ・フォル・デルレイト、如何なる処罰も覚悟しております」


 絵に描いたみたいにキレイなドゲザ姿に、私と魔王様は顔を見合わせて。

 私は困ったような苦笑を浮かべると、魔王様の拘束から逃れてミルーエに這い寄り、彼女の両手を優しく引き起こす。


 顔をあげてよ、ミルーエ。


 ギャグパートとして流すには周辺への被害が甚大すぎるから、そりゃあちょっとは反省して欲しい所存ではあるけれど。

 少なくとも私と魔王様は、今回の件に関して何一つ怒っていないんだからさ。


「いや、俺様の意見まで勝手に決めるんじゃねーよ……」


 シャラップ魔王様。貴方様は何も考えず、「気にするな!」「一見大成功!」とか爽やか笑顔で頷いていればそれでいいのです。


『それって違う魔王じゃね?』


 呆れ顔の魔王様へ向かってすかさず三つ編みを振る私に、聖剣がたたみ掛けるようなツッコミを入れてきた。

 そんなショートコントを挟んでも、彼女の表情は意気消沈したままで。私はクスリと鼻を鳴らして肩を竦めると、ミルーエの両手を胸元で握り締める。


 それにここだけの話、私は嬉しくもあるんだよ?

 思わず我を忘れちゃうほど、ミルーエたんは私を大好きってことだもんね☆


「――あ、それだけは決してないです」


 スンッとオノマトペが見えるくらい、ミルーエの表情が素早く真顔に染まった。

 あまりの変わり身の早さに、今度は私がガクッと意気消沈して。しかしミルーエが私の手から離れようとする様子はなく、ただ不可解そうに翼を振るわせる。


「あのときは、なんでだか頭が突然カーッと熱くなってしまったんです。今でも、胸がモヤモヤするような、心がイライラするような不思議な感じがして……」


 愛だろ、愛。つまりはそれこそがラブなのですよ。


「私、風邪でも引いてしまったのでしょうか?」


 私の囁きに一切耳を傾けることなく、ミルーエは魔王様に視線を逃がした。

 その頑なさにむうっとホゾを噛んでいると、そんな私たちの姿を見比べた魔王様が、キョトンとした顔であたり前のように私を指差す。


「って言うかだな、ミルーエ。そこまでつらいのなら、それこそエルザに頼んで一発ヤラせてもらえばいいんじゃねーか?」


 ……

 …………

 ………………


 いや、唐突になんて下ネタをブチ込んで来るのだ、この食肉目様は。


 あのですねえ。あともう少しお時間を頂ければ、なんかこうイイ感じのオチをつけてみせますから。

 それまでファッキンセクハラ魔王様はちょっと黙ってて頂いてもよろしいですか? でなければ、次は法廷で会うことになりますよ?


「えっ、だって発情期なんだろ? だったらそれが一番手っ取り早いだろうが」


 ………………

「………………」


 犬耳を奮わせながら真顔で頭を掻いている魔王様と見つめ合って。

 白い翼を震わせながら唖然と口を開いているミルーエと見つめ合って。


 最後にもう一度魔王様の方へ視線を戻した私は、三つ編みをクネらせつつ特大の疑問符を浮かべる。


 ……えっと、今ハツジョウキとか申されましたか?


「そんな何度も繰り返すなよ、恥知らずな小動物め。繁殖期には早いけど、まあ年齢的にそろそろだったもんな。なんにしてもおめっとさん、ミルーエ」


 ――今朝の魔王様の発言って伏線だったのかよおおぉぉぉーーーっ!!?


 娘の性に無神経な父親くらい軽いノリで、魔王様がカラカラと笑い声を上げて。その笑顔を遮る勢いで、私の放った絶叫が室内に木霊した。

 枠外の聖剣は諦観の溜息を漏らすと、合点が入ったように柄頭を細める。


『なるほどねぇ。つまり市場での騒動も、このハピオンにとっちゃあ“縄張りのメスを取り合う”みたいなノリだったってわけだ』


 おいコラ聖剣、思考を諦めるんじゃない!

 おまえがツッコミを放棄したら、誰がこの事態に収拾をつけるんだよ!!


「エルザ様、申し訳ございません……」


 ガシリと。


 すっかり取り乱している私の肩が、わりと痛いくらいの握力で捕まえられた。

 おそるおそる振り返ると、赤ら顔で呼吸を乱したミルーエが私を見据えていて。


「なんだか自覚しちゃったら……急に抑えが利かなくなってしまいまして……」


 た、たんまたんまたんまーーー!?


 反射的に逃走を試みはしたものの、一介のペット風情が大魔導師ロスケの怪力に抗うことなどできようはずもなかった。

 両手をギッチリ拘束された私は、秒でベッドに押し倒されて。正気を失ったミルーエの薄ら笑みを見上げ、柄にもなく女の子みたいな悲鳴を挙げる。


「良いですよね? シちゃっても良いんですよね? エルザ様、私のためならどんなことでもしてくれるって言いましたもんね!?」


 たしかにそんなことも言っちゃったような気がするけどさあ!?

 この展開はさすがに想定外すぎるというか、そもそも両性な女の子との床入りなんて何もかもが未知数なんですけどお?!


『後は若い二人に任せて、オレっちたちは退散しとくからなー』

「そんじゃまあ、夕食の鐘が鳴るまでには終わらせておけよー」


 気の抜けた男性陣の声に仰け反るようにして半眼を向けると、聖剣を担いだ魔王様は欠伸混じりに部屋を出ようとしていた。

 必死になってミルーエの腕を押し返そうとしながら(ビックリするほどビクともしねーんですけど!?)、私は二人に恨みがましく牙を剥く。


 なんか面倒臭そうだからって全部私に押しつけてるんじゃないですよ!?

 冷静に考えると、お相手がミルーエたんだったらわりとウェルカムで良いような気もするけど。……でもこの娘、ちょっと眼つきがガチすぎて怖いです!!


「……べつに俺様、おまえのことが大事ってわけじゃないしなぁ」


 このタイミングで拗ねるのかよっ?!


 魔王様は耳の穴をカッポジリながら私の雄叫びを聞き流し、そのまま聖剣を連れて無慈悲に部屋の扉を閉めた。

 三つ編みを震わせて視線を戻せば、ミルーエがハァハァを通り越してゼェゼェと呼吸を乱しつつ、徐々にこちらへ顔を近づけ始めていて。


 ……オーケー、ミルーエたん。

 ……せめて力の入れ過ぎで背骨をポキポキしちゃうのだけは勘弁ね?


「えへへぇ~、約束できませぇ~ん♪」


 うん、カワイイ(暗転)





〈どっとはらいッス〉





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