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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
二冊目【テンノと私と彼女の裏設定】
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□はたらけ魔王さま! 望郷編





「これで勝ったなんて思わないことねっ!!」





 フォウリー様が歯軋り混じりにそんな捨て台詞を残してから30分後。私と魔王様は、査察という(体の良いサボり)目的で城下町まで足を運んでいた。


 まあ、破瓜の痛みよりかはマシだけどさあ……


 通りすがりの魔族たちに挨拶され、それに対して呑気に尻尾を振り返している魔王様の隣で。心身共にボロ雑巾となった私は、緩んだ三つ編みを結わえ直しながらくたびれた溜息を吐く。


 ミルーエが作ってくれた衣装も端々が引き千切れ、顔や手足には猫に引っ掛かれたような爪痕が残り、首や胴体に数か所噛みつかれた跡まで残ったりしていて。

 おまけに今日はディアボロスフェア様のサンドイッチが食べれないのだと今更ながらに気がついて、私はテンションまでだだ下がりな状態なのだった。


『そんな有様でもまだ食い気が顔を出せるんだから、マスターってメンタルだけなら魔王級だとオレっち思うぞー?』


 今日の聖剣(許せない) 今日の聖剣(許せない) 今日の聖剣(許せない) 今日の聖剣(許せない)


 ……とはいえフォウリー様も最大限の手加減はしてくれていたようで。

 うっかり私が即死してしまうような急所攻撃は極力行なって来なかったし、乱射してきた電撃魔法もアレが本気の威力だとは到底思えなかった。


 そのことに気づけたのはフォウリー様が立ち去った後の話だし、かわいがりと呼ぶには度を越した殺気を放っていたのも、偽りのない事実だったのだけど。

 彼女も根っからのヤンデレと言うわけではないのかもしれないと、私はスキルでリジェネされていく生傷を眺めながら嘆息を漏らす。


『しかし、さすが四天王と呼ばれるだけのことはあったな。仮にも“賢者”があれだけ肉体言語を発揮できるんだから、まったく末恐ろしい話だよ』


 あーそれめっちゃわーかーるー。


 魔族の身体能力は、人間のソレよりも基本的に高水準と言われているけれど。

 それにしても、賢者(フォウリー様)とか大魔導師(ミルーエたん)とかまでもがパワー系なのは、魔王軍のレベルデザインとして疑問を感じるぞ。


『いやキャラ性能差に配慮しながら創世してる神様なんていないだろ……』


 私と聖剣は異なる理由で溜息を吐くと、それぞれに顔を起こして魔王様が歩む大通りの風景へ視線を移した。


 ――魔王城の南東に広がる城下町。


 北西に広がる山岳を切り拓いて建てられた魔王城と対を為すように、なだらかな盆地に築かれたその繁華街は、今日も下町ならではの活気に満ち溢れていて。

 魔王様と人間が一緒に出歩いているという物珍しさに釣られてか、市民らしき魔族たちはこちらに好奇の視線を差し向けてくる。


 城壁の南にある正門から伸びた大動脈のような大通りと、街の心臓として鎮座する中央市場。そこから蜘蛛の巣状に区画整理された、主に石造りの街並み。

 入浴施設にも使われている山からの豊富な水源は、堀を通って街へも流れ込んでいて。街の至る所で、キチンと区分された上下水道を見かけることができた。


 街での乗馬は制限され、道には代理のロバやウシが荷を担いで列を為し、そんな中で軍馬に乗った自警団のゴブリンが街を巡回する。

 行商人のスラリンが果実を片手に声を挙げ、学士らしきリザドンが喫茶店のテーブルで本を読み、魔族の子供たちは犬を追ってどこかへ走り去っていった。


 ……なんか普通だね。

『……とても普通だな』


 その通り、至って普通なのだ。

 見える全てが人間の暮らす街とほとんど変わらぬ情景で、どうしたところで“普通”以外の単語が思い浮かばないのである。


「たかが城下町に何を期待してるんだ、おまえらは」


 どこか落胆するような私たちの呟きに気づいて、魔王様は足を止めると呆れたように目元を吊り上げた。

 私は一度聖剣と見つめ合うと、えほんと咳払いしつつ魔王様に歩み寄る。


 失礼を承知でお答え致しますと、それはもう戦わなければ生き残れないような修羅の国を想像していましたとも。

 もしくは、会話するだけでIQが低下してしまいそうなWelcome to ようこそなパークくらいは価値観が違うものかなあと。


『失礼千万とは思うけど、正直オレっちもそれを期待してたところがあるよね』

「何を言ってるのか全然分からんっつーか、結局それはどんな街なんだよ……」


 仲良くボケ合う私たちに、魔王様は付き合い切れんとばかりに肩を落とした。

 それから気を取り直して犬顔を持ち上げると、先ほどの私たちと同じように、日常生活を送っている国民らの姿をぐるりと見渡す。


「俺にしてみりゃ、こんなゴチャゴチャと家を寄せ集めて暮らしてる時点で十分異常な気がするが。……そういえば、この前ディゼルたちと行った人間の国は、ここの何倍もデカかったっけな?」


 ディシオルは人間種最後の砦と称されるほどの大都市ですからね。

 まず人口密度がこの国とは段違いですし、言わずもがな文化レベルも人類最高峰の名を欲しいままにしてるくらいです。


 ついでに言えば、国王・教会・冒険者ギルドと、人間にとって主要機関たる三本柱の本拠地もディシオルに集約されておりますので。

 魔王様流に例えるなら、風呂場で肉を食いながら昼寝するという、贅沢グータラ爆盛都市こそが“主都ディシオル”なのですよ。


「へぇー、そりゃスゲェな」

『……マスターも魔王もそれでいいのか?』


 魔王様と笑顔で頷き合っていると、今度は聖剣がジト目でツッコミを入れた。

 そんな視線に思いっきり舌打ちを返した私は、移動を再開した魔王様の後を追ってその隣に横並びする。


 ……一応、語弊のないように補足しておきますけど。

 この街はこの街で見事なものだと思いますよ? 特に“城下町”として考えれば、かなり洗練されている部類ではないでしょうか。


「そうか? 人間の国を見た後だと、小っちゃくてボロッちい街に思えちまうが」


 それは魔王様がキングコングサイズだからですよ。


 道も建物も規格がバラバラで、幅や高さどころか材質まで不均等。街の外周部は石やコンクリートをメインにすることで、火矢や攻城兵器の損害を防ぎ、逆に中央市場など中心部は木材で固めることでバリケードの設営を容易にする。

 細かく水路を刻んでいるおかげで騎兵隊による蹂躙作戦も難しく、油や毒物を流すことで歩兵にも損害を与えやすい。主要な幹道はあえて石畳をガタガタさせていて、馬や車輪が通りづらいのもベネですね。


 衣料品もとい医療品の商店が市場に集中しているのに対して、武器や食糧品店が点在しているのも、最悪の事態に際して民兵を蜂起させやすくするためでしょう。

 人間より個体数に劣り、冒険者という職業も存在しない魔族にとって、市民も貴重な即戦力という位置付けなのだと思います。実にガルトライオ様らしい、非戦闘員にすらガッツを強要する無慈悲な都市計画――


 ……なんですか、なんでそんな別な生き物見るような目で私を見てるんですか。やめろーっ!!て泣きながら絶叫しますよ?


 魔王様と聖剣が曖昧な表情でこちらを凝視しているのに気がついて、私は三つ編みを振りつつちょっとキレ気味に食って掛かった。

 当の魔王様はポリポリ頭を掻くと、どこかバツが悪そうに視線を彷徨わせる。


「いや、おまえは良くそんなことまで分かるもんだなぁと思ってな?」


 逆に尋ねますけど、魔王様はどうしてそんなことも分からないのですか?

 これくらいは為政者に限らず社会人的一般常識の範疇なのですから、魔族の頂点に立つ者として、魔王様はもう少し『来た見た勝った』以外の語彙力を磨いておいた方がよろしいかと存じますよ?


「おい聖剣、これって本当に一般常識の範疇なのか……?」

『このマスターの事だから、マジでそう思い込んでる節はあるよな……』


 私が半眼をひそめて罵倒を強めてみせると、魔王様は怒るよりむしろ困ったような表情で聖剣と囁き合った。

 聖剣と魔王がツーカーの仲とか、教会のお偉いさんが知ったら卒倒ものだなあと、二人の間に挟まれた私は溜息混じりに肩を竦める。


 謙虚なフリして己の有能ぶりを無自覚アピールだとか、私だってそんなことがしたいわけではありません。

 しかし魔王様はいやしくも魔王様で在らせられるのですから、自分を慕う魔族のためにも組織的暴力の在り方くらい学んで欲しいというだけなのですよ。


『って言うか、なんでマスターは組織的暴力の在り方なんて学んでるんだよ……』


 奉公先の領主がそれはもう無能でね。メイドをしている私の前で秘密も機密も考えずにお喋りしまくるもんだから、自然と『4697635』しちまったんだよ。

 どころか、最後の方は私のが為政に携わっていたと自慢しても過言ではないね。


『その数字はネタとしてだいぶ難解すぎるし、結果的に無自覚ムーブみたいになっちゃってるからなー?』

「……」


 聖剣が神経質な表情で注釈を入れてくれる一方で、魔王様はなおもマジマジと私の半眼を覗き込んでいた。

 そして、さすがに歯に衣着せずイキリすぎたかと警戒していると、魔王様はポロリとこぼれ落ちたように質問を投げかけてくる。


「メイド時代のおまえとやらは、いったいどんな生活をしてたんだ?」


 ……

 …………

 ………………。


 べつに語ることもないくらい、至って普通でしたよ?


 朝起きて、掃除をして洗濯をして、朝食を作り庭の手入れをして。

 たまに買い出しに向かい、領主の子供に蹴飛ばされ、飼い犬には手を噛まれて。


 銅製品を拭いて銀食器を磨いて、執事の代わりに届いた手紙を読みつつ、領主の代わりに出すべき書類を偽造して。

 何故か荷物持ちとして会議に連れ回され、乗馬の口取りや馬車の御者をやらされ、夜になれば愛人情婦の真似事までしてやって。


 一般的ではなかったかもしれないけれど、でも異常に低い偏差値ではない。

 あまりないかもしれないけど、絶対にありえないわけでは決してない。


 日常のどこかから耳に聴こえて、人生のどこかで目端に映る。

 特別珍しくもなく、世界のどこかでは見かけることができるような。


 そんなごくごく普通で平凡な、ただの単なるメイドでしたとも。


「……。……おまえはきっと、嘘偽りなく心の底から本当に、それが“普通”の範疇だと信じているんだろうな」


 私が“普通”と賞した街並みに目を移しながら、魔王様は感情の読めない瞳を瞬かせていた。

 そんな御顔を見上げた私も、自分と世の中を嘲笑うようにフッと口元を歪める。


 あたり前じゃないですか。私より不幸な人間なんて世界中で山より目に付いて、私より幸福な人間にもなれば川より見かけてしまうのですから。

 そんな中で自分は特別だと主張できるほど、私は私の人生に自惚れていません。


 だから()()()申し上げた通り、私は平々凡々普通のヒュームなのです。

 ……どうでもいい設定の矛盾や台本の誤字脱字にまで目くじらを立てていたら、それこそ物語(じんせい)を読み終える前に疲れちゃいますよ?


「………………」

『………………』


 魔王様も、そして聖剣も、私を間に挟んだまま沈黙してしまっていて。拗ねるように口をつぐんだ私は、魔王様を追い越すことで己の表情を隠した。


 これだから嫌なのだ。

 こういう反応が返ってくるのが分かっているから、己の認識が常識と大分ズレていることが分かっているから、自分のことはあまり話したくないというのに。


「……おいコラ、勝手に俺様の前を歩くんじゃねーよ」


 後悔と自戒を込めて空を仰ぎ見上げると、追いついてきた魔王様が私の頭に手を乗せてきた。


 撫でるでも叩くでもなく、ただポフンと乗せるだけの愛撫。

 そんな手の平から言いようのない温もりを感じて、私はバカバカしげに眉をしかめながら無言で三つ編みを振り回すのだった。





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