□小話1:ミルーエたんとの蜜月
――おっはよー、ラブリーマイエンジェルみるーえたん☆
まだ朝日すら寝惚け眼を擦っているような早朝の魔王城。
いつも通りモーニングコールにやって来たミルーエに対して、扉の前で待ち構えていたネグリジェツインテール姿の私は、ガバッと最大級のハグで出迎えた。
ミルーエは、突然の奇行を回避すべきかでちょっと悩んでいる様子だったが。
しかしモーニングセットの湯壺を溢した方が面倒だという結論に至ったようで、とりあえずライフで受ける感覚で抱擁を受け入れる。
「ええとぉ~。……ひとまず、おはようございますでよろしいですかぁ~?」
うんうん、おはようミルーエたん☆
新しい朝が来たよ、これぞ希望の朝って感じだね☆
キミは今日もカワイイねえと。彼女の両手が塞がっているのをイイ事に、私は好き勝手に谷間へと顔を埋めてはにかんだ。
一方のミルーエも、この過剰なスキンシップにもいいかげん慣れてきたようで、近所の悪ガキを躱すような適当さで私をイナして室内に入る。
「それで今日はどうされたのですかぁ~? 例の“コウケツアツ”というご病気なのでしたらぁ~今からでもエルフィラ様を呼んできましょうかぁ~?」
ホント、キミも私の扱い方にだいぶ慣れてきたよね……
首筋にザワザワと蚊に刺されるようなむず痒さを感じて、私は一段階テンションを落としつつ部屋の扉を閉めた。
その間にモーニングセットをテーブルに置いたミルーエは、カチャカチャとお茶の準備を始めながらくたびれた顔で溜息を吐く。
「毎日どころか顔を合わせる度に胸を弄られていればぁ~わたしだって慣れますし愛想も尽かしてしまいますよぉ~だ」
うん、まあ、その点に関してはわりと真面目にごめん。
これは子供の頃からの習性と申しますか、なんか間近に巨乳があると無意識に手が伸びちゃうんだよねえ。
「それはまた難儀な人生を送ってらっしゃいますことでぇ~」
私が嘘を吐いていないと髪の動きから察せてしまったのか、ミルーエは諦め顔でこちらを見据えながら紅茶をジャンピングさせていた。
そうして押しつけられたカップは、彼女の魔法でゴポゴポと煮沸していて。
「はいどうぞぉ~、まずはこれでも飲んで目を覚ましてくださいねぇ~♪」
……イエッサー。
悪意の欠片も見せず、にこやかな微笑みを浮かべるミルーエに負けて、私はその地獄の釜湯のような赤い液体を一気に飲み干した。
胸に顔を埋めた件はそれで手討ちと言うことなのか、ミルーエは気を取り直してホットタオルを取り出すと、焼け爛れた私の喉に回復魔法を掛ける。
「……で、今日はなんでそこまで元気がよろしいのですかぁ~?」
でへへへへー、それを聞いちゃうー?
どうしようかなー、もしかしたら知らぬがホットケーキかもしれないよー?
などと、ニヤニヤ頬を緩めて嗤う私に向かって、ミルーエは火傷を治したことを後悔するように舌を鳴らした。
そして苛立ちのままに顔へタオルを押しつけたかと思うと、雑巾がけの要領でゴシゴシと、それはもう力を込めて擦り始める。
「べ、つ、に、話したくないのであれば、わたしはそれでも結構ですがぁ~?」
ヘイミルーエたん、ストップライティング。
たしかに今の受け答えは自分でも粘着質でウザいと感じたけれど、果たしてそれは顔面からあらゆる凹凸を奪われなければならないほどの悪行でしたかな?
顔の皮膚ごと天国の扉が開いてしまいそうな感覚に陥って、私はパタパタとツインテールを揺らして降伏を宣言した。
手を止めた後も、ミルーエはしばらく信用ならなそうにこちらを見据えていたけど。やれやれと仕方なさそうに肩を落とすと、ようやく私の顔を解放する。
「それでぇ~いったい何だと言うのですかぁ~?」
あ、でも一応話は聞いておきたいんだ……
えーっと、それじゃあ何から話したらいいのかな……
――ミルーエってもしかして、私のことが好きだったりするの?
「ぴぇえっ!!?」
まさしくどんがらがっしゃんと。タオルを片付けようとしていたミルーエが、驚きのあまり洗面桶ごと残り湯を引っくり返した。
彼女はあわあわと翼を逆立てながら濡れた床を大急ぎで拭いて回り、
そしてすっかり汚れてしまったタオルを絞りつつ、赤らんだ顔でこちらの様子をチラチラと窺ってくる。
「い、いきなりナニ珍妙なことを言い出すのですかぁ~? いくらエルザ様でもぉ~それはちょっと自惚れがすぎると思いますよぉ~?」
……
正直、とても判断が難しかった。
ミルーエの振る舞いは、図星を突かれて狼狽えているようにも、単に素っ頓狂なことを言われて吃驚しているだけのようにも見えて。
なまじ桶を引っくり返すというアクシデントがあった所為で、彼女に合理的な逃げ道を与える形になってしまっていた。
カマをかけるタイミングを誤ったなあと後悔しつつ、私はえほんとわざとらしい咳払いを鳴らして本題を切り出す。
……実は今朝、夢に見ちゃったんだよね。
……キミが私に一目惚れしてて、だからお世話係も引き受けてくれたんだって。
「………………はい?」
それまで少女漫画のヒロインみたいにモジモジと身を揺すっていたミルーエが、途端にスッと身体を起こして感情を失った瞳で振り返った。
そんな彼女の変化にも気づかないまま、私は夢の内容を思い出して照れ悶える。
えっとその、今まで気づいてあげられなくて本当にごめんね?
女の子同士のそういう感情って、正直よく分かんないけど。でもそれがミルーエの想いだって言うのなら、私も精一杯歩み寄って見せるから――
「あのあのぉ~、ちょ~っとお待ち頂いてもよろしいでしょうかぁ~♪」
バサリと。いつの間にかに私と真正面から向かい合っていたミルーエは、天使のような微笑みを浮かべて翼を羽ばたかせた。
とても可愛らしいゆるふわ笑顔。だと言うのに、何故かその目元には影が落ち、どこからともなくゴゴゴッと地鳴りまで響き始める。
「……それでぇ~『夢に見た』とはどのような意味なのでしょうかぁ~?」
え? どのようなも何も、そっくりそのまま言葉通りの意味だよ?
夢の詳しい状況説明は割愛しちゃうけど。これから二人(+聖剣)で死地に赴こうって展開の中で、唐突にキミの方から告白してきたんだよ。
結婚しましょう!実は私、エルザ様に一目惚れしてたんです!って感じでさ。
「なるほどぉ~夢でわたしがコクハクしてきたのですかぁ~♪」
いやー、マジでビックリしちゃったよね?
四天王の大魔導師ロスケともあろう御方が、どうしてこんな村娘のお世話係なんて買って出てくれたのか、いまだに疑問ではあったのだけど。
まさかその胸の奥底に、猛々しくも純真な私へのラッヴ(下唇を噛んで)を抑え込んでいただなんて。
おーけーミルーエたん、私も女だ!
自慢じゃないけど、おっぱいを揉んだ回数だけなら男にだって負けないからね。キミのその巨乳もきっと満足させてみせる――
「――テメェの脳ミソは本気で腐れてやがるのか、このすっとこどっこい!!」
体裁を取り繕わないミルーエのガチパンチが、私の鳩尾を無慈悲に抉った。
話してる途中からこんなオチになりそうだと身構えていた私だったが、回避どころか指一本動かすことも出来ずに口から心のマウスピースを吐き出す。
ふ、ふぐうぅぅ、さすがはミルーエたん……
内臓を傷付けることなく、横隔膜と神経節へ的確に衝撃を与えるとは……
「……そんな状態でも現況の分析を忘れない、その執念だけは買いますけどね」
傷口を押さえてぷるぷるとツインテールを痙攣させている私を見下して、ミルーエは殴った手首を揺らしつつこれ見よがしな溜息を吐いた。
それからジトッとした半眼を作ると、顔を覗き込むように私を睨み上げる。
「お生憎と、オレは人間なんぞに心揺さぶられるほど落ちぶれてないもんでね。そんなに寝言が言いたいのなら、この場で夢に送り返してやってもいいんだぜ?」
いいえ大丈夫です結構です間に合ってますごめんなさい。
ミルーエは男みたいにドスの利いた低音ボイスで右手を掲げると、見るからに頭がアッパラパーになってしまいそうな電撃を見せつけてきた。
素早くそれを辞退した私は、未練がましく半眼を逸らして頬を膨らませる。
あー、勢い任せのサドンデス作戦は失敗かー。
寝起きの蒙昧さで押し切れば、キミもワンチャン口を滑らせちゃうかも☆なーんて期待してたのになあ。
「その思考回路は蒙昧がすぎると言うか、もはや本当に病気の類なのではぁ~?」
お茶目にはにかんでみせる私に呆れた溜息を返しながら、ミルーエは声色をゆるふわボイスへとシームレスに切り替えた。
相変わらずどんな声帯をしてるのだろうかと、私は彼女の中に見え隠れしている大魔王としての本性に戦々恐々とする。
……たしかに実際、先ほどのミルーエの剣幕は、魔王様の“支配者の威厳”に勝るとも劣らない邪悪なオーラを発していたことだし。
言わばこれは先代魔王から受け継ぎしその血の運命、ミルーエ版“恐妻の強権(フェアー・オブ・マイワイフ)”とでも名付けるとしようか!
「……。……どうぞどうぞぉ~もうお好きになさってくださぁ~い」
ツインテールを振りつつ同意を求めるように振り返ると、訂正するのも煩わしくなったミルーエが投げやりに翼を揺らしていた。
そしてモーニングセットからヘアブラシと髪留めのバレッタを取り出し、いいからとっととメイド業務をさせろと言わんばかりに雑な手招きをする。
「エルザ様って意外と頭の回転が速いクセにぃ~ときどきものすっごくおバカになっちゃいますよねぇ~?」
おおっと、言葉のナイフに毒を塗る行為は戦時国際法で禁止されてるぞ☆
いやまあ、私もさすがに頭悪い作戦だなあとは思ったんだけどね。
でもキミの反応がいつも通りでむしろ安心したよ。……アレが正夢だったりしたら、逆にどうしようってなっちゃうところだったし。
「……? いったいどのような夢を見ていたのですかぁ~?」
立ったままツインテールを解いて梳かしつつ、ミルーエは怪訝な表情で私の横顔を覗き込んできた。
私は一寸虚空を見上げて考え込んでから、ニヘラっと軽薄に口元を緩めて彼女の方へと振り返る。
夕陽が綺麗な砂浜にある岬で、キミと二人じっくり愛を語らうような夢さ。
キミほどじゃないけれど、夢の中のミルーエたんもスゴイ美人さんだったよ?
「ハイハイそうですかぁ~じゃあ髪が結えないので前を向いてて下さいねぇ~♪」
再び瞳から感情を失くしたミルーエは、両手で頭を挟むとゴキッと音が鳴るほど強引に私の首を捻じり回した。
以降は私も大人しく彼女に三つ編みを結ってもらって。
そんな後頭部を眺めながら、ミルーエはどこか拗ねたように唇を尖らせる。
「よろしいですかぁ~? あまり訳の分からないことばかり仰られるようだとぉ~わたしもエルザ様のお世話係を降ろさせて頂きますからねぇ~?」
ええっ!? ちょっと待って、今さらそんなの嫌だよ!
こちとら、もうキミ無しでは生きられない身体になっちゃったんだからさあ!?(もちろん上げ膳据え膳的な意味で)
節制します!身の程を弁えます!一生どこへでもついていきます!!
だからミルーエたんお願い、これからもずっと私をお世話し続けてよお!!
『……すげぇ。そんな情けないセリフを恥ずかしげもなく叫べるなんて、一周回ってむしろ尊敬しちまうぞ、マスター』
冒頭からここまで、ベッドサイドに立て掛けられたまま無言を貫いていた聖剣が、ギギギッと音を立てて柄頭を開いた。
そんな聖剣を顧みつつ嘆息を溢したミルーエは、私の頭に視線を戻すと困ったような苦笑を浮かべる。
「まったくぅ~本当に仕方のないご主人様ですねぇ~♪」
前を向き続ける私が、彼女の変化に気づくことはなかったのだが。
耳や翼を震わせながら髪を三つ編みに編んでいくミルーエの表情は、恋する乙女のように幸せそうに綻んでいたのだと言う。




