□クライマックスだよ、全員集合(後編)
「エーーールザァーーー!!!」
地獄の底から這い上がってきた邪悪な魔獣のように、魔王様の咆哮は上空へ突きあがり城下町にまで響き渡った。
それに呼応して宝物殿の最上階が内部から破裂すると、瞳を紅く輝かせた魔王様が、瓦礫を蹴飛ばし勢い任せに飛び出してくる。
「なっ、魔王だと?!」
「エルザ、そこにいるのかあ!!」
スローモーションの掛かった世界。目敏く私の現在地を直視した魔王様は、ウォルカーの存在など気にする様子もなく、クハアと牙を剥いて涎を垂れ流した。
そしてゴマ粒のような遠間からでもハッキリと分かってしまうほど凶悪に頬を歪めると、それはもう嬉しそうに目元を吊り上げ尻尾を痙攣させる。
最初の踏み切りだけで、魔王様の巨体は百メートル以上を跨いでいたけれど。魔王様はそのまま正面の邪魔なブロックを手で払うと、一緒に宙に浮かんでいた聖剣の剣身を握り締め、拉げた宝物庫の扉を足蹴に飛ばした。
はたして、作用反作用とは物理に中指を立てるための法則だっただろうか。
そんなギャグみたいな方法で城までの横ベクトルを生み出した魔王様は、スクリュー式ドロップキックよろしく両足を突き出し、私の頭上を掠めてバルコニーの床にガリガリと爪痕を刻み込んだ。
「クソッタレ、マジかよこの魔王!?」
私の首を斬り落とそうと、咄嗟に大剣を掲げていたウォルカーだったが。さすがに私と心中する趣味はなかったらしく、大袈裟なバックステップと共に蹴りの範囲外まで逃げ出していた。
一方の私は若干擦れた頭皮の痛みを気にしながら、ギギギッと錆びた音を立てて前方に振り返り、手摺りを足蹴に停止した魔王様へと批難の目を向ける。
……これはどうもお帰りなさいませ、魔王様。
……ところで、わざわざ宝物殿を派手に壊す必要性はございましたか?
「おいおい、どういうことだよエルザ! 俺様がいない間に聖剣を抜くとか水臭いじゃねえか、フザケんのもいいかげんにしやがれよ!!」
その前に、まずは怒るのか喜ぶのかをハッキリさせてください。ってか建前だけでもそこは怒っておけよ立場的に。
あーもーまったく、トンボを捕まえて帰ってきた少年みたいに無邪気な笑顔をしてからに。“支配者の威厳”もお祭り気分で浮かれてますよ?
せめてもの苦言などどこ吹く風でブンブンと尻尾を振りまくる魔王様に、私はやれやれと精一杯の溜息を返した。
すると魔王様に握られたままだった聖剣が、挙動不審に視線をキョドらせながら、私に向かって柄頭を動かして救いの手を求める。
『ここはどこ!? ってかこの魔王はいったい何処から湧き出てきやがったんだ?! ちょっとマスター、頼むからオレっちにも状況を説明してくれよぉ!!』
「んあ? なんだこの聖剣、なんか独りでに喋ってないか?」
デデデン!と音楽が聞こえてきそうな絶望フェイスで聖剣が絶叫し、そこで剣が人語を介することに気づいた魔王様はキョトンと手元を見下ろした。
私は面倒臭そうに半眼を細めると、ピンと三つ編みを揺らしてほくそ笑む。
そうだー、まおーさまー?
えるざ、せいけんが破断するところをみてみたいですうー☆
「いや流れるように知能低下すんなし」
『いや流れるように知能低下すんなし』
魔王様たちは妙に息ピッタリにツッコミを入れて、その後で聖剣が『ってか発想が恐ろしいわ!』と柄頭を震わせた。
――そんな私たちの寸劇が行われている最中。
ウォルカーはこの場を押し通すべきか、それともすぐにでも尻尾を巻いて逃げ出すべきかで考えを巡らせていた。
如何なる手段にしてかはともかく、魔王様が城に帰ってきてしまった以上、今回のクーデターはもはや失敗したようなものだ。
こうなれば責任を“人間許さない派”に押しつけ、自分は素知らぬフリをして持ち場に戻るのが最良の選択であると分かっているのだけれど。
しかし、この小娘は自分が『ウォルカー』であると知っていた。
たとえ人間の発言が信用されずとも、そこに倒れているメイドが一命を取り留めでもしたら、少々ヤバい流れになってしまうかもしれない。
あの深手と出血量から持ち直せるとは到底思えないが。全てを運否天賦に任せてここから立ち去るには、ウォルカーという男は歳を喰い過ぎていた。
結果として。忌々しげに溜飲を飲み込んだウォルカーは、大剣を後ろ手に隠しながら、魔王様に愛想笑いで媚びへつらうことを選択した。
「ま、魔王様、お聞きください! その人間は魔王様が御不在なのを良い事に、聖剣を持ち逃げしようとしたのです!! そこのメイドも人間に洗脳されていたようだったので、たった今私が斬り捨て――」
「誰だおまえ? いきなり馴れ馴れしく話しかけてくんなよ、気持ちわりぃな」
「……は?」
唾を飛ばしてまくし立てようとするウォルカーに対して。一転して真顔で彼に目を向けた魔王様は、心底興味がなさそうに吐き捨てていた。
そして硬直したウォルカーから未練の欠片もなく視線を外すと、私たちの前にしゃがみ込んでミルーエの顔を怪訝に覗き込む。
「って言うか、ミルーエもこんなところで何してるんだ?」
「あ、あははぁ~。これは何と説明したら良いのでしょうかぁ~」
魔王様、詳しいことは後で私の方からキチンと報告させていただきます。なんならその聖剣で魔王様と戦ったってかまいません。
ご覧の通りミルーエが瀕死なんです。とりあえずここは強権を発動させて、彼女を救ってあげてください。
「?????」
どうかお願いします。と止血しながら頭を下げる私を放置して、魔王様は本当に不思議そうに小首を傾げていた。
そして何回もまばたきを繰り返してから、もう一度ミルーエの顔を覗き込む。
「おまえよぉ、冗談でやってんのならちっとも面白くねーぞ? どうせやるんだったら、エルザくらいアホらしい死に芸の一つも見せてみやがれってんだ」
……あのー魔王様、そろそろ筋繊維で物を考えるのは止めて頂けませんか?
そういうおバカアピールは後で私がいくらでも付き合ってあげますから、とっとと救護兵でも何でも呼んでミルーエを治療してあげて下さい。
って、いやマジでふざけてんじゃねえぞコンチクショウ!!
ミルーエが本気で苦しんでるのになんだよその態度は!? いくら魔王様でも冗談がすぎるってもんじゃないですかねえ?!
悪ノリに付き合い切れなくなった私は、とうとうウガーッと半眼を見開き、たぶん城に来てから初めて真っ向から魔王様に反逆した。
その剣幕に魔王様は少しだけ狼狽え、そしてどうしたものかと頭を掻き始める。
「……あー、悪いディゼル。……何が何だかワケが分かんねーんだが、おまえの方からこの状況を説明してくれないか?」
「まったく、おまえらと来たら……」
立ち上がった魔王様の視線を追いかけると、バルコニーの端でガルトライオ様が嘆息混じりにモノクルを弄っていた。
おまけにそこに居るのは彼だけでなく、頭に黒猫を乗せたディアボロスフェア様と歯軋りを鳴らしたフォウリー様も揃い踏みしていて。
どうやって此処まで瞬間移動してきたはとりあえず置いておくとして、私はそんな三天王の姿にホッと胸を撫で下ろす。
ああ良かった、皆さんも戻って来られたんですね。
魔王様では話になりません。早くミルーエに回復魔法をかけてあげて下さい。
「「「 ……………… 」」」
いったいどういうことだろうか。必死に懇願する私に向かって、三天王が返してきたのは気まずげな沈黙だった。
そのことに戸惑う私から発言権を奪うように、ウォルカーが腕を振り回す。
「貴様らも騙されるなよ。その人間は城のメイド長まで手にかけて……」
「あーもー、さっきからうるせえ奴だな! いいからテメェは少し黙ってろ!!」
何とか会話に参加しようと頑張って勇気を振り絞ったであろうに。ウォルカー迫真の進言は、魔王様の食い気味な一喝によってキャンセルされた。
ガルトライオ様は、そんなやり取りすら完全に無視して私を――否、私の下で這い蹲ったままのミルーエを見下ろし見据える。
「……魔王様の仰られる通りだ。冗談はそこまでにして、そろそろこの現状について釈明しろ。そもそも今回の居残りも、魔王様の留守を預かるという貴様の申し出を信じての話だったはずだぞ?」
「このクソ蛇野郎が……!」
その凄まじくドスの利いた舌打ちは、ミルーエの方から聞こえてきた。
おそるおそる顔を戻すと、彼女は私を乗せたまま事もなく起き上がり、さらにはそれを押し退けて普通に立ち上がってみせる。
当然、止血を解かれた傷口からはドクドク血が溢れていたけれど。ミルーエは気にせず私とウォルカーの間を通りすぎ、床に落ちていた己の右翼を拾い上げた。
そして付いていた砂埃を軽く払ったかと思うと、粘土でもくっ付けるような感覚で、それを切断面へと無造作に押し当てる。
「――“再生(リジェネレイト)”」
瞬間、彼女の全身から赤い光が放たれ、その眩しさに私は思わず半眼を瞑った。
「……グレス・ド・ウォルカーよ、残念ながら貴様の言い分は全て否定させてもらおうか。この小娘が聖剣を持ち逃げすることも、そこのメイドが洗脳されることも、貴様程度が彼女を斬り捨てることも決して起こり得ない」
脳内が疑問符で一杯になる中、ガルトライオ様はより一層こちらを困惑させるようなセリフを紡ぎ出した。
混乱が最高潮に達した私はグシグシと目を擦り、眩む視界を強引に抉じ開ける。
「何故ならそこのメイドこそが、我ら四天王最後の一人にして、先代魔王の魔力を受け継ぎし最後の血族。――大魔導師マックロック・ロスケこと、ミルーエ・フォル・デルレイト嬢なのだからな」
ガルトライオ様の紹介を受けて悠々と振り返ったミルーエは、唖然と座り込む私に向かって天使のような微笑みを浮かべていた。




