□正しい聖剣の遣い方(後編)
『よお、あんたが今作のオレっちのマスターかい?』
……聞こえて、しまった。
一瞬の意識の空白を経てから。柄頭を天井高く掲げた私の耳に、世直しの旅に毎度ついて来る、道化師役のうっかり者な食いしん坊みたいな声が届いた。
おそるおそる振り返るとミルーエが、そのさらに後方では肩を揺らして喘鳴している追手たちが、それぞれポカンと口を開けた状態で聖剣を見上げていて。
諦め気味に視線を戻した私は、腕を下ろして聖剣の柄頭をイヤイヤ見据える。
『なんだよ、今度のマスターはまだ子供じゃないか。まったく、つくづく物語の神様って奴は意地が悪いと見えるぜ』
いったいどこから発声しているのやら、金属質な柄頭はまぶたのように柔らかく開閉し、魚眼レンズが如き円らな単眼も表情豊かに拡大収縮していた。
その振る舞いはまさに悪夢で見たそのままの動きで。私は柄を握る両手に力を籠めると、クソデカ溜息と共に眉間にシワを寄せる。
あーもー、いったい何なんだってんだよもー!
どーせこうなるのなら、こんなうだつの上がらないオッサン声じゃなくて、もっとガルトライオ様みたいなイケボにしてくれよなー!!
『えっ? ……もしかしてオレっち、今ダメ出しされたの?』
三つ編みから絞り出すように放った慟哭に、聖剣は困惑した様子で柄頭をまばたきさせていたけれど。
私はそんなの知ったことかと舌打ちを返しつつ、身体を起こして聖剣を見下す。
やかましい、いいからちょっと黙っててくれ。こちとら激しい運動の直後でいまだに心臓がバクバクいってるんだぞ。
『古びたロングソード』以外に外見を描写しようがないクセして、マイスウィートエンジェルミルーエたん以上の尺を取ろうとするんじゃないよ。
「えっとぉ~そのぉ~、エルザ様ぁ~?」
グチグチと牙を剥きながら、腕や剣身に残る鎖の欠片を投げ捨てていると、冷や汗を垂らしたミルーエが手招きしてきた。
柄頭を罵倒することにエンジンがかかり始めていた私は、おっといけないと聖剣を肩に担いで身体の向きを変える。
視線を奥にズラせば、追手の魔族たちも徐々に我に返ってきているようで。聖剣がオッサン声で喋っているという疑問はひとまず棚に上げたまま、ジリジリと宝物庫の中に足を踏み入れてくる。
最終的にここまで追いかけてきた人数は六人ほど。おそらく残りの連中は階段の途中で一息吐いているか、わざわざ全員で塔に登ることはあるまいと外で待ち構えているのだろう。
そんな現状を把握した私は、できるだけ朗らかな笑顔をミルーエに向ける。
おーけーミルーエたん。何はともあれ、とりあえず目的はこれで達成だ。
後はここから無事に脱出しなくちゃなんだけど、キミも覚悟の準備はいいかな?
『いやちょっとタンマ、もう少しオレっちに質問とかないの? せっかく格好つけた感じで覚醒したってのに、存在自体を軽くスルーされちゃうのは、順応性があまりにも高すぎてさすがに想定外なんですけど……』
シャラップ、このソーディアンもどきめ。こちとら、てめぇの設定になんて毛ほども興味が湧き上がらないんだよ。
私と会話したいのなら、せめて熱血二枚目ボイスを習得して来やがれってんだ。
『“せめて”のボーダーがちょっくら高すぎやしませんか?』
勝手に目覚めた分際でずいぶんとワガママなことを言う聖剣に、私はフンと冷めた視線で鼻を鳴らして。
そんな茶番の合間にきっちり私たちを扇形に取り囲んだ追手たちは、担いだ聖剣に意識を集中させつつ各々の武器を慎重に構える。
「おい人間、まさかこの状況で抵抗しようってんじゃないだろうな?」
「そこのメイドも、妙な真似をしようものなら容赦なく斬り捨てるぞ!」
「……どうしますかぁ~? ……転移の魔法を使う暇もなさそうですよぉ~?」
私の盾になるように翼を広げながら、ミルーエが小声で視線を向けてきた。
そのミルーエの肩をポンと叩いた私は、逆に彼女の盾となるため踏み出して、片手で聖剣をかざして大見得を切る。
アテンションプリーズ!
皆さん薄々お気づきのようですが、こちらは先日魔王様と激闘を繰り広げた、あの勇者エクスが携えていた伝説の聖剣です。
その剣を同じ人間である私が手に入れた。……それがどんな意味を持つのか、わざわざ説明する必要はございませんよね?
「ケッ、そんなハッタリで俺たちがビビると思ってんのか!?」
「どんな力があろうと、おまえみたいな小娘に何ができるってんだよ!!」
とか威勢が良いわりに、追手たちはむしろ少し後退りしていた。
その絵に描いたような狼狽えように、私はニヤリと魔王様みたいにほくそ笑むと、しょんぼり黙り込んでいた柄頭に視線を落とす。
なあ聖剣、現在私たちが置かれている状況はご覧の通りなんだけど。
……おまえが本物の伝説だと言うのなら、その力を貸してはもらえないか?
『お? お、おう! そのためにオレっちはいるんだ、遠慮なく使ってくれ!!』
一転して手の平を返された聖剣は、戸惑いながらも元気良くまぶたを見開いた。
私も力強くそれに頷き返すと、ミルーエに目配せを送りつつ、空いた左手で彼女の手を固く握り締める。
いいかい、ミルーエたん?
これから何が起ころうとも、絶対に私の手を放しちゃダメだよ?
「わかりましたぁ~エルザ様を信じますぅ~!」
ミルーエは私の手を握り返すと、またしても嬉しいセリフで応えてくれた。
それを受けた私は、追手たちに見せつけるように聖剣を天井に突き上げ、あらん限りの声を振り絞って雄叫び声をあげる。
うおぉぉおお!!!
「「 ………………!!? 」」
おおぉぉ!!
「「 …………!! 」」
おー!
「「 ……! 」」
よいしょっと。
「「 ?????? 」」
硬直している追手たちの間をのんびり歩いて通り抜けた私は、そのまま宝物庫の扉をバタンと閉じ、それから聖剣を閂の代わりに金具の間へ突き刺した。
そして扉が動かないことをちゃんとチェックした後、ミルーエを壁に空いた通風孔兼日窓の穴へと誘導する。
……ねえねえミルーエたん、ちょいと質問なんだけど。
……ここから飛び出したとして、キミの魔法で城の方まで飛行することは可能?
「え、ええとぉ~? まあそれくらいであれば問題ないと思いますがぁ~?」
『おいおいおいおい、ちょっと待ったあーーー?!!』
閂が呼び止めるのと同時に、背後で扉を蹴破ろうとする怒声が響き渡った。
しかし気にせずミルーエを先行させた私は、閂に向かってベーッと舌を伸ばす(『いやカンヌキじゃねえよ、伝説の聖剣さんだよ!』)。
ワタシ、ケンナンテ、ニギッタコトナイ。
ベツニ、セイケンモ、ホシクナイ。
オマエ、ジャマ。
明鏡止水の心境を三行にまとめきった私は、聖剣を見捨てて日窓を潜り抜けた。
外の眩しさに目を細めれば、ミルーエが翼を羽ばたかせつつ宙に浮かんでいて。
『ちょっとぉ!? マジでオレっちを置いてくつもりなのか、マスター?!』
グッバイ聖剣くん、次のマスターはきっとうまくやってくれるでしょう。
『パラノイアネタなんてキョウビ流行んねぇんだよーっ!!!』
聖剣が放った意味の分からないツッコミに失笑を返しながら。
抱きつくようにミルーエの首にしがみついた私は、彼女の胸の感触を堪能しつつ、実際のフリーフォールに肝を冷やすのだった。
「あの聖剣さん(?)を置いてきてもよろしかったのですかぁ~?」
ハングライダーよろしく旋回しながら到着したのは、魔王城最上階のバルコニー。その上にふわりと天使のように軽やかな着陸を決めたミルーエは、私の体を離して後方の宝物殿へと振り返った。
塔の下では、私たちの脱出に気づいた追手らの罵詈雑言が行き交っていて。慌ててこちらに引き返してくる兵隊の群れが半眼に映る。
……あの聖剣に関しては、私もわけが分かんないんだよねえ。
まあいいさ。全ての始末が着いた暁には、聖剣はガルトライオ様にお願いして百倍念入りな封印を施してもらうとするよ。
宝物殿で保管だなんて生温いこと言わずに、溶鉱鍋へ突っ込んで無駄にグツグツ長時間煮込んだ挙句に魔王様のお風呂の底に沈めてコンクリートで埋め立ててやれば、いかに伝説の聖剣と言えども成仏してくれるはずさ。
「エルザ様は聖剣さんに何か恨みでもあるのですかぁ~?」
……なんかあの瞳が生理的にキモくてさあ。
……たぶん、魂にそう刻み込まれてるんじゃないかな。
風に乗って聖剣の嘆きが聞こえてくるような気がして、私は宝物殿の方角から遠ざかるように、そそくさとバルコニーを歩き始めた。
ミルーエは小首を傾げて翼を折りたたむと、小走りで私の後に付いてくる。
「ところでぇ~結局何のために聖剣を取りに向かったのですかぁ~? これでは何のために宝物殿に入ったのかよく分からないのですがぁ~?」
そうだね。ようやく動悸も収まってきたことだし、ミルーエにはここからの作戦についてちゃんと説明しておかないとね。
とりあえずは、塔の追手が戻ってくる前にどこか安全なところへ避難して――
「エルザ様!!」
苦笑混じりにミルーエの方へ目を向けようとしたところで、そのミルーエの両手に思いっきり腰を突き飛ばされた。
私の身体は馬に轢かれたような勢いで回転し、遥か彼方にあったはずのバルコニーの手摺りへと背中から激突する。
正直、この一ヵ月間魔王様に蹴られ慣れていなければ、受け身を取り損ねて半身不随になっていたかもしれない。それぐらいの激しい衝撃だった。
もんどりを打って大理石の床に崩れ落ちた私は、ゲホゲホとムセ返り痙攣しながらも、なんとかミルーエに非難の眼差しを向ける。
ちょ、ちょっとミルーエたん。突然ナニを……
「たかが人間とメイド風情が、随分と調子に乗りやがったなぁ?」
そこに立っていたのは、私の二倍はあろうかという屈強なトカゲ人間だった。
それも、リザりんくんのような艶々した可愛いらしい見た目ではない。
緑色の鱗は筋肉で張り詰め、伸びた顎からは細かく鋭いノコギリのような牙が覗いていて。魔王様のような逆関節の足も強靭かつしなやかで、巨大な尻尾は私の腰回りよりも太く長かった。
防具はディアボロスフェア様のように軽装である一方で、右手に携えているのは分厚く幅広いブロードソード。一応左手首に小型の丸盾を装着しているが、その装飾の美しさが、これまでそれを使う必要もなかったことを証明していた。
自己紹介されなくとも分かる。この魔族こそが今回のクーデターの首謀者、グレス・ド・ウォルカー大隊長だと。
しかし、そんなことなどどうでもよくて。
私の視線は、彼とは別なところに釘付けとなっていた。
「エルザ様……。逃げて、ください……」
ウォルカーの一撃から私を庇ったミルーエは、右の翼ごと背中を斬り裂かれてもなお、よろめきながら必死にこちらへ腕を伸ばしていた。




