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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
一冊目【脳筋魔王様とツッコミどころの多い仲間たち】
30/823

□ロスケのアトリエ





「“室内照明(ライツ・インサイドルーム)”」





 隠し通路を潜って数十秒ほど歩いた先。行く手を遮る鉄製の扉を開けると、中は想像以上の大部屋となっていた。


 ちょっとした地主の養蚕場くらいの面積はあるだろうか。ランタン程度ではとてもカバーしきれないその広大さに呆然としていると、ミルーエが天井に魔法の明かりを生み出してくれた。

 リング状に広がった輝きが部屋全体を柔らかく包み込んで。私はランタンの火を一旦落としながら、照らし出された光景に思わずため息を吐く。


 いやあ、これはもう間違いなくビンゴだね。


「…………」


 そこはまさに工房とでも呼ぶべき空間だった。


 室内には作業台らしき机がいくつも整列していて、壁という壁に書類棚や工具棚、両開きのキャビネットなどが多量に備え付けられている。

 机は研究内容ごとに使い分けられているのか、複雑怪奇な数式が書き殴られたメモ帳と仮組み途中の謎装置が置かれた鉄机があるかと思えば、すぐ隣には様々な織物道具やファンシーな色合いの反物が投げ出された刺繍机も並んでいて。


 その刺繍机に置かれた“少し見える服”の素材を手に取りつつ、私は彼の節操の無さに嘆息を漏らす。


 ……ガルトライオ様との会話で、もしかしてと思いはしたけれど。どうやらロスケ様というのは相当な研究者でもあらせられるみたいだね。

 ……それも生物学系が主体のフォウリー様とは違って、カラクリや鉄鋼類の加工といった、エンジニアリング全般を得意としているのかな?


「さてさてぇ~わたしはそういう難しいことはちょっとぉ~」


 誰にともなく独り言ちていると、拗ねるように翼を向けたミルーエが壁際のキャビネットの方へと歩いていった。

 そんな彼女に苦笑を浮かべながら、私は布地を手放して別な机に視線を落とす。


 そこに広げられていたのは、新型の大砲や破城槌らしき設計図で。脇には城壁に備えつけて使うような、バリスタの精巧なミニチュア模型まで置かれていた。


 前々から魔王城の建築技術の高さには舌を巻いていたけれど。

 なるほど、それもこれも全部ロスケ様の発明力の賜物ってわけだ。


「ここにある品々の使い方を、エルザ様は全て理解できるのですかぁ~?」


 そりゃあ人間も戦争に負けるわけだと感心していると、キャビネットの戸締りを念入りに確認していたミルーエがこちらに振り返った。

 模型をツンツンして遊んでいた私は、三つ編みを揺らして彼女に向きを変える。


 全部が全部ってわけにはいかないけれど。でも、此処にあるどれもこれもに、最新鋭の技術が使われていることぐらいは分かるさ。

 これまで本の中でしか見聞き出来なかった情報が、こうして現実の物として形になっているんだ。……まるで知識の宝石箱だね。


「エルザ様……」


 よほどキラキラと半眼を輝かせていたのか、語りを聞いたミルーエは眉をハの字にしかめて苦笑していた。

 それに気づいた私はえほんと咳払いを放ち、あらためて人差し指を立てる。


 まあ、ロスケ様が下心とは無縁の知的好奇心の塊だってことは理解できたよ。

 まさかお風呂に“少し見える服(あんなもの)”を浮かべて喜ぶタイプの、面妖な変態技術者だったとはね。エロスケベと揶揄したことも取り下げてあげるとしようか。


「それは良かったですぅ~♪」


 心の中でごめんなさいしている姿を眺めたミルーエは、何故だかちょっと満足気に耳と翼を振るわせていた。

 その反応に疑問符を浮かべてから、私は気を取り直して彼女の傍に歩み寄る。


 しかし本当にスゴいよ、このアトリエは。表の隠し扉も見事な完成度だったけど、この部屋を見ればその技術力の高さに納得さ。

 科学技術にも精通した大魔導師とか、光と闇が両方そなわり最強に見えちゃうよね。たぶんきっと、それはもう謙虚なナイトなんだろうなあ。


「……あまり過剰な期待はされない方がいいのではぁ~?」


 銀髪褐色の俺様系イケメンを想像して頬を赤らめていると、ミルーエが一転して狼狽え気味に手をピコピコさせた。

 冗談冗談と手を振り返した私は、もう一度踵を返してロスケ様の工房を眺めて。無造作に展示されている逸品たちを博物館のように見渡して、それから若干同情するように片眉を吊り上げる。


 ――でもそれだけに、正直ちょっと勿体無いよね。


「もったいない、ですかぁ~?」


 その呟きを聞いたミルーエが、不思議そうにまばたきしながら小首を傾げた。

 私はチラリと彼女に目配せを送ると、本から飛び出した夢の世界に腕を広げる。


 さっきもチラッと触れたみたいに、人間ってのはどうしても地位とか肩書に左右されちゃう生き物だからさ。

 良いとか悪いとか以前の問題として、文化や社会基盤がそれを前提として構築されているから、人として生きるためにはどうしても従う必要がある。


 運命も天命も。それを定めているのは神様ではなく、大体が人間の仕業なのさ。


「……」


 才能はあっても資格がなく、資格はあっても才能がない。そして才能も資格も持ち合わせている奴に限って()()()がない。

 私が生きてきた世の中は、そんなもどかしい物語で一杯さ。


 そのことを思うと、地下に引き篭もって研究ばかりこなしているロスケ様が、すごい勿体無いって考えちゃうんだよ。


「……そう、なのかもしれませんねぇ~」


 ミルーエたん?


 感慨深げに天井の明かりを見上げながら、ミルーエは部屋の中央へ向かってトボトボと歩み出していた。

 その背中にどこか哀愁を感じて。私は彼女を追いかけようか逡巡し、そうして視線を彷徨わせる中でふと真後ろのキャビネットに目を留める。


 タンスの扉はきちんと閉められていたが。その隙間からチョロリと桃色の紐が飛び出しているのに気づいて、私はキョトンとした顔でそれを摘まむ。


 なにこれ、服の飾りにしては随分とツルツルしてるような……


「エルザ様!? ちょ、何をされているので――」


 私の所業に気づいたミルーエは、ギョッと目を見開きながら翼を引き攣らせた。

 しかし彼女が慌てて駆け出すより先に、「ほえ?」とお間抜けに首を傾げた私が、その紐を無造作に引っ張ってしまう。


 ガチャリと。


 突っ張った紐が留め金を外して、キャビネットの扉が静かに開かれた。

 当然私の視線はそちらに引き込まれ、そしてその棚に整然と並んでいた極彩色の物体に半眼を点にする。


 粘度の高そうな潤滑液が詰められた小瓶と、もはや用途不明な緑色のスライム。細かい繊毛がいっぱいに生えた歯ブラシに、何かとても意味深なバナナの模型。

 ハンガーには“少し見える服”から派生した艶やかな薄着や肌着が掛けられて。私の摘まんだ紐の先では、卵サイズの丸い物体が振動しながらぶら下がっていた。


 ……っ/

 …………っっ//

 ………………っっっ///


「エルザ様、他人のタンスまで物色するのは流石に如何なものかとお!!?」


 顔を真っ赤にして狼狽えていると、それ以上に赤面したミルーエが手の中のモノを奪い、そのままバシン!と全力で扉を閉めた。

 そんな彼女に気の利いたジョークを返してあげることもできずに。私は目元を押さえて羞恥心に身悶えながら、ブンブンと三つ編みを振り回す。


 やっぱりただのエロスケベ様じゃないか……

 チクショウ、一瞬でも尊敬の念を抱いた私がバカだったよ……


「と、ところでぇ~! あまり遅いと上のゴブリンさんも心配するでしょうしぃ~そろそろここら辺でお開きにしませんかぁ~!?」


 深々と落胆する私を慰めるように、ミルーエがポンポンと肩を叩いてくれた。

 ヨロヨロと憔悴した顔を起こした私は、彼女の優しさにホロリ涙をこぼす。


 そうだね。念のためと思って隠し扉を閉めてきたけど、私たちが消えたなんて騒ぎになっちゃったら大事だもんね。

 でもどうせなら、ロスケ様の個人情報に繋がる物を見つけておきたかった――


 ミルーエと話しながらも未練がましく室内を見回していた私の半眼に、雑然と備え付けられた簡素なベッドが映った。


 おそらくはロスケ様の仮眠用として設置されているのだろう。マットレスとシーツだけの簡素な造りだが、フレームには薄くて固い金属の筒が使われていて。

 しかし私が注目したのはその新素材の鉄ではなく、サイドテーブルに水差しと共に置かれた小さな額縁だった。


 年季が入って熟成された色合いを醸し出している油絵。

 そこに描かれている人物画も、また年季の入った風格ある男性のハピオンで。


「……こちらがロスケ様なのでしょうかぁ~?」


 ううん、きっとロスケ様は枕元に自画像を飾るほどナルシストじゃないよ。

 だからこれはたぶん、彼の家族かご先祖様の肖像画だと思うんだけど……


 ミルーエにそう返しながらも、額縁を手に取った私は、鷹揚と斜に構えている絵画の男性にどこかデジャヴュを感じていた。


 さて、それはいつのことだっただろうか。

 どこか霊験あらたかな空間で、私はこのハピオンが描かれた宗教画を眺める機会があったような気がするのだが。


(――エルザ様、ミルーエ! 聞こえますか、早急なる返答を求めます!!)


 もう少しで何か思い出せそうな感じがしたところで、私の脳内に凛とした女性の取り乱した叫び声が響き渡った。

 仰天しながら振り返ると、同じメッセージを受け取ったのかミルーエも目を丸くしていて。額縁を戻した私はおそるおそる返事を返す。


 ……えっと、これはもしかしてメイド長さんのSNSですか?


(はい、アルファルファです。二人がおられるのは地下浴場ですか? ……考えようによっては不幸中の幸いでしたでしょうか)


 なんで私たちの居場所が?ってそうか、SNSの通信機能を流用すれば、対象の現在地を捉えるレーダーにもできるわけだ。

 つくづく便利というか、やはりチート級の能力ですね。


 ……不幸中の幸いですって?


「ファル様、いったいどうされたのですかぁ~? 広域伝心の使用はガルトライオ司令から禁じられていたはずではぁ~?」


 私がワンテンポ遅れて三つ編みを動かすと、同じ疑問を感じたのかミルーエが会話に割り入ってきた。

 メイド長さんはSNSの向こう側で軽く息を詰めると、必死に動揺を抑えながら慎重に言葉を切り出す。


(エルザ様、そしてミルーエも。ここからの話は決して慌てず落ち着いて、冷静に事態を受け止めて頂くように存じます)


「……?」

 ……?


(つい先ほど、兵士たちによる反乱が発生致しました)





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