□にゃーにゃーにゃー(黙秘権)
「勇者が持っていた聖剣はどうしたか、だって?」
太陽も高々と昇り、魔王様が午前の執務を終えたタイミングで。執務室の前で待ちぼうけしていた私は、ダラけた顔で出てきた魔王様をフン掴まえて問い質した。
さすがに尋ね方が唐突すぎたのか、魔王様はしばらくパチパチと瞬きを繰り返し、さらに「あー」だの「うー」だのと唸りながら視線を行った来たさせる。
「……なんでそんなことを、今さら俺に尋ねてくるんだ?」
べつに大した理由ではございません。
人の歴史に語り継がれし伝説の聖剣といえば、教会に選ばれた勇者と対を為す、まさに人間界最高レアのレジェンドアイテム。勇者が剣を掲げただけで天は晴れ渡り、ひとたび振り下ろせば大地に亀裂が走ったとも伝え聞いております。
そんな由緒正しき聖剣が、勇者亡き現在どのように扱われているのか。一介のヒュームとして至極興味が湧いたのです。
まあ、ぶっちゃけ日記のネタにもなりそうですしね☆
「ふーん、日記のネタねぇ?」
ニッコリと微笑む私の半眼を、魔王様がそれはもう訝しげに覗き込んできて。
もちろん本心ではないが、だからと言って嘘を吐いたつもりもなかった。
昨晩、再び夢に出てきた荒み果てた自分。それと一緒にリアルな感触を手の平に残した、馴れ馴れしく喋る古ぼけた長剣。
あの悪夢がどんな深層心理を表わしているのか知らないけれど。私が振り回していたロングソードは、たしかに間違いなく“あの聖剣”であった。
だから興味が湧いたのだ。
ただ純粋に、気になってしまったのだ。
あの勇者が携えていた長剣は、本当に人語を介することなど出来るのか?
そんな馬鹿げた論題を、己のこの目で否定することで、昨夜見た悪夢そのものも無かったことにしてしまいたかったのだ。
「――いいぜ、教えてやるよ」
しばらく黙ってこちらを見据えるだけだった魔王様が、何を思ったのか嘆息と共にあっさりと顔を離した。
もっとしつこく詰問されるものと覚悟していた私は、ちょっぴり拍子抜けした表情で三つ編みを揺らす。
……本当によろしいのですか?
後でガルトライオ様にお小言喰らっても、私は責任を取りませんよ?
「どうせ俺が首を縦に振るまで付きまとうつもりなんだろ? それに理由を尋ねたところで、今のおまえは絶対に答えやしないんだろうしな」
私の性格を完璧にご理解頂けているようで何よりですよーだっ。
面倒臭そうに首を振っている魔王様に、私が渾身のしかめっ面を突き出して。
魔王様はそんな私を度し難そうに睨みつけてから、ボリボリと頭を掻きつつ通路の先に視線を巡らせる。
「あいつの持ってた聖剣なら、たしか宝物庫に放り込んであるはずだぜ」
宝物庫? ……そんな設備、このお城に存在してましたっけか?
わりとガチで心当たりがなくて、私は顎に手を当てながら、目前で揺れている魔王様の尻尾へと半眼を落とした。
魔王様も言いにくそうに目を瞑ると、眉間にシワを寄せて唸り声を漏らす。
「いやな? この城を建てるときについ面白がって作らせたんだが、宝石類なんてもらってもその辺に適当に飾るか、ディゼルがすぐ換金しちまうからよぉ。実質、今は聖剣を置いておく用の物置みたいなものなのさ」
おいコラ、人間界最高レアのレジェンドアイテムだっつってんだろーが。
ってかその物言い、まさか本当にただ閑却してるだけとか言いませんよね? 教会も神様もクソ喰らえな私ではありますが、その雑な扱いにはさすがに苦言を呈さざるを得ませんよ?
「知るか、文句だったらディゼルに言いやがれ。そもそも俺はあんな邪魔な物を持ち帰るつもりもなかったんだよ」
いや持ち帰れよ。持ち帰った上で、向こう百年くらいは人類の手に渡らないよう厳重に封印してしまいなさいよ。
そしていつの日か伝説に導かれし勇者がこの城を訪れたとき、封印された聖剣とご対面して超絶パワーアップを遂げるってイベントくらい、魔王様を名乗るのであれば演出しやがれってんですよ!
「……おまえのそれっていったい何様目線なの?」
ビシッと指を差しつつ一息にまくし立てると、魔王様は怒る気力すら失くしたように犬耳を閉じた。
そんな反応に、どうして分かってくれないのかとそっぽを向いて。そこでこちらにやって来るゴブリン様の姿に気がついて、私は慌てて居住まいを正した。
「魔王様、突然申し訳ありません。エルザ殿も、お話し中に失礼させてもらうよ」
「にゃー」
これはディアボロスフェア様、どうもこんにちはです。
えーっと、それで何と言いますか。……その凛々しくも臨戦態勢な御姿は?
私たちに丁重に頭を下げるディアボロスフェア様の身体には、いつもと違って胸当てと擦り切れたショートマントが装着されていた。
さらに背中には大振りの柳葉刀が収まった剣帯が巻き付けられていて。その風体が夢で見た彼の戦闘装束と重なって、私は恐縮と共に語尾を引き攣らせる。
「うむ。実は国境線の部隊から、人間の冒険者らしき集団に襲撃を受けたとの情報が入ってな。時勢が時勢であるし、ディゼル殿と相談の上、私が部隊を引き連れ確認に向かうこととなったのだ」
「にゃー」
「……へえ?」
ディアボロスフェア様の話を耳にした途端、魔王様の気配が変わった。
ガルトライオ様が放つ鋭い殺気ともまた違う、生き物を内側からグツグツと熔解させてしまうほどの禍々しい覇気。
こちらの呼吸までおぼつかなくなってしまう濁流のようなオーラを発しながら、魔王様は楽しそうに、本当に心の底から楽しそうに牙を覗かせほくそ笑む。
「待てよ、ダル。そんな楽しそうなことを俺様抜きで始めるつもりか?」
「残念ながら、冒険者と言っても魔王様が期待するような剛の者ではありませんよ? 被害らしい被害も出ていないようですし、むしろ単なる誤報か反体制派による撹乱工作という可能性の方が……」
「にゃー」
やる気満々で拳を鳴らし始める魔王様に苦笑しながら、ディアボロスフェア様は慣れた調子で魔王様をなだめた。
するとオーラの放出がピタリと止まり、魔王様は一転して欠伸を伸ばしながら小指の爪で鼻孔を弄る。
「なんだつまんねーなー。分かったよ、そんじゃまあテキトーに行ってこい。道中でなんか珍しい食いもんでも見つけたら、ついでに拾っといてくれ」
「はいはい、了解いたしました」
「にゃー」
相変わらずスイッチのオンオフが激しすぎるんだよ、この傍若無人様は。
もしかしてこの魔族様って情緒不安定なのでは?という懸念と共に、私は額に噴き出していた大量の冷や汗を拭った。
そんな私の本音を読み取ったのか、ディアボロスフェア様は苦笑混じりに私たちへ一礼すると、そのまま踵を鳴らして颯爽とこの場を立ち去っていく。
「……。……。……おまえ、ダルと何かあったのか?」
ディアボロスフェア様の姿が廊下の彼方に消え去ってから。その背中をジッと見つめ続けていた私に向かって、魔王様が腕を組みつつ問い掛けてきた。
ホントになんでこの脳筋様は察しだけは無駄に良いのかと、私は諦め気味に肩を竦めながら魔王様へ流し目を返す。
それでは相談に乗っていただけますか、魔王様?
実は私、先ほどからずっと押し隠していた胸の内があるのです。
「……おう」
あらためて予防線を張る私に、魔王様も思わず尻尾の動きを止めて。
私は大きく息を吸い込むと、ディアボロスフェア様の幻影に微笑みを向ける。
――あのゴブリン様、なんで頭に猫を乗っけたままなんですかっ!!?
あらん限りの肺活量を振り絞って。私は廊下の先を指差しながら、ここまで必死に描写を我慢していた部分のツッコミを解き放った。
その反響で周囲の壺やガラスがビリビリと共鳴し、魔王様はキョトンとした顔でとりあえずもう一度犬耳を閉じる。
「ったく、うるせえなあ。ダルが猫を乗せてるのなんていつもの話だろうが」
たしかにそれはいつもの話でしょうが、今回は状況が全然違いますよね!
普段頭に猫を乗っけて筋トレしてるくらいならまだギャグ回で説明できますけど、これから部隊を連れて出兵するって言ってませんでしたか!? まさかみんなで進軍してる最中も頭に猫を乗せてるとか仰りませんよね?!
「んなこと俺に言われても、たぶん乗せてるんじゃないか? むしろ件の勇者と戦ってるときだって、あいつの頭には猫がいたんだぞ?」
やめて、そんな面白い現実知りたくない!
「そういやダルって、人間共には“緑青の猫侍”とか呼ばれてたような?」
魔王様もそんなどうでもいいところに脳細胞を使うのはやめてください!!
違うの、私はディアボロスフェア様にそんな立ち位置は期待してないの!!
これ以上残念な情報が入ってこないよう、私は両耳を押さえてブンブン頭を振ってみるが、すでに刻まれてしまった日記帳は変えられなかった。
そんな私の姿を見て何を勘違いしたのか、魔王様は笑いながら指を立てる。
「だよなー? だからせめて犬にしとけって、俺も延々言い続けてるんだが――」
だから、この話題はこれ以上広げなくていいんですよっ!!!
もしかしたらここまで叫んだのは人生で初めてかもしれない。それくらいの声を張り上げた私は、ぜぇぜぇと肩を揺らしながら当初の目的を思い出す。
そしてこんなツッコミ地獄に居られるものかと、宝物庫の正確な位置も分からないまま、私は魔王様を置き去りにして歩き始めた。
「――それで、ダルとはいったい何があったんだ?」
まさかそこに話を戻されるとは考えていなくて、私は完全に歩みを止めた。
振り返ると、魔王様がしてやったりな嘲笑を浮かべながら追いかけてきて。そのまま私の頭に手を乗せたかと思うと、髪の毛をグシャグシャに掻き回した。
私はそれでも何とか言い訳を口にしようとするが、直前にポンポンと優しく頭を叩かれて、言葉に出すタイミングを逸してしまう。
「聞くのはまた今度にしてやるから、そんときは誤魔化さずにちゃんと答えるんだぞ? ……こいつは命令だからな?」
そ、それが……
それが魔王様のご命令ならば、仕方ありません……
魔王様は上機嫌に鼻歌を歌いながら私を追い越していき、
その尻尾に向かって精一杯絞り出したセリフは、我ながら単なる負け惜しみのように聞こえたのだった。




