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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
四冊目【ラブ・イズ・ウォー】
174/824

□プレゼント・デイ





 いやー、満腹満腹。久しぶりに美味しい物をお腹いっぱい食べたよー。





 私たちが店長さんのお店を後にした頃には、深夜に足を踏み入れ始めていた。

 灯かりが残っているのは一部の酒場か交番くらいのもので、普通のご家庭は皆ランタンを落として眠りについている。オタク女の世界観で言えばまだ夜の八時くらいなのだが、世間一般にこの時間はもう“深夜”に区分される領域なのだ。

 そんな世界に街燈など存在するはずもなく。しかし幸いにして今日は空に雲がなく、月明かりを頼りに私たちは魔王城への帰り道を歩いていた。


 私が膨れたお腹を擦りながら笑い掛けると、ミルーエはハンドバッグを揺らしてやれやれと溜息を吐く。


「さすがに少し食べすぎだったのではぁ~? こんな夜更けにそんな大食いしてぇ~明日胃もたれしても知りませんよぉ~」


 いやー、わかっちゃいるのだけどね。でもあの魔性のハニートーストが私を惑わせたのだよ。

 ってかキミだって一緒になってパクパク食べてたじゃん。


 むしろ、こちらより食べた量は多かったはずなのに。私は彼女の腹部をジローッと観察するが、ミルーエはしれっとした顔で歩く速度を上げた。

 むう、これも人間と魔族における胃袋の性能の違いだとでも言うのか。


 でも……


「なんですかぁ~。人の顔を見てニヤニヤしてぇ~」


 私の表情に気がついたミルーエは、その意味を邪推してムッと眉を怒らせた。

 違う違うと苦笑交じりに手を振りつつ、彼女の隣に並ぶと両腕を振り上げてぐーっと背伸びをする。


 キミも他の魔族と一緒で、いっぱい食べてもケロリとしてるんだなあってね。


「はいぃ~? わたしも魔族なのですからそんなのあたり前じゃないですかぁ~」


 だからさ。


 私は伸ばしていた腕をパッと広げると、その手を腰の後ろに回しながらミルーエの顔を覗き込んだ。

 ミルーエは怪訝に眉を顰め、私はそんな彼女に笑い掛ける。


 キミのあたり前の一面を知ることができて、なんだかとっても嬉しいなあって。


「……。……何をわけの分からないことを言っているのですか、まったく」


 ミルーエはこちらを小馬鹿にするように肩を竦めて顔を背けた。

 しかし、口調が変わってしまっている時点で、彼女が今どんな表情をしているか確かめるまでもなく。


 私はえへへっと頬を緩めながら、ミルーエを弄るのをやめて正面に顔を戻す。

 ちょっと歩くのが早すぎただろうか。気付いたときには、魔王城の城門がだいぶ近くまで迫って来ていた。


「……」


 なんだかもったいないなあと私が嘆息していると、そんな私の右手をミルーエが握ってきた。


 否。握るというよりは、人差し指と薬指を摘まむようなおっかなびっくりした触り方で。

 私が視線を向けると、ミルーエはムスッとした表情を変えることなく、「不承不承仕方なく付き合ってやっているんだ」と言わんばかりの目で私を睨んできた。


 うん、カワイイ


 ミルーエの意を汲み取った私は、強引に肩を擦り寄せながら彼女の左手により強くよりしっかりと指を絡めた。

 その構図は誰がどう見ても“嫌がるハピオンとそれに無理やりじゃれ付いているヒューム”でしかなくて。


「……ちょっとエルザ様ぁ~? 誰が見てるのかもわからないのですからぁ~こう言うのはやめていただけませんかぁ~?」


 ミルーエは呆れ顔でツッコミを入れてくるが、かと言って手を振りほどこうとする気配は微塵も見られず。

 調子に乗った私はその訴えを聞き流しながら、にゃごにゃごと猫のように彼女の肩口へと頬を擦りつけた。


 そうこうしているうちに、城門が目と鼻の先にまで近づいて来ていて。


 予測可能回避不可能とはまさにこのことか。門番や巡視の兵士が私たちの存在に気付くか気付かないかの間合いに入ったところで、ミルーエはパッと手を放して私から素早く距離を離した。

 彼女が離れるタイミングまで完璧にこちらの予想通りだったと言うのに、私は何一つ抵抗することができなかったのである。


 ぬう、この意地っ張りのお頑固さんめ。


 右手の余韻を持て余しながら、私はぐぬぬとミルーエを見据えた。

 ミルーエは素知らぬ顔でパンパンと左肩を払い(何気にひどくね?)、それからハンドバッグを開いてゴソゴソ中身を漁り始める。


「はぁ~い、こちらをどうぞぉ~」


 はい?


 私の胸元へ捻じり込むように、ミルーエはバッグから取り出した巾着袋を押し付けてきた。

 強制的にそれを受け取らされた私は、それが私への誕生日プレゼントなのだと気がついて目を戻す。


「本当は先ほどの店でお渡しするつもりだったのですがぁ~。エルザ様が大風呂敷を広げたせいでタイミングが狂ってしまいましたぁ~」


 ミルーエは前髪をくるくると弄りながら、あくまでこちらが悪いと責任を押し付けてきた。


 ……ここで開けてもいい?

 私が巾着を掲げて微笑むと、ミルーエは視線を逸らして「ご勝手にぃ~」と呟いた。


 遠慮なく中身を取り出すと、それは手の平サイズの四角いバレッタだった。

 短いが幅広のクリップを土台に、本と羽根ペンの意匠を凝らした茶色い木製の飾りが取り付けられていて。中心部には重心のズレを補填するように黄緑色の宝石が埋め込まれている。

 その宝石は、夜闇を気にすることなく煌々とした輝きを称えていた。


 まず間違いなく、日記帳をモチーフにした髪留めなのだろう。

 私は喜びで崩れそうになる頬を必死に押し留めながら、ミルーエに顔を向ける。


 これ、もしかしてミルーエが作ってくれたの?


「……。……。……はい」


 きっと色々な言い訳のセリフが彼女の脳内を駆け巡っていたのだろう。

 ミルーエはモゴモゴと口を動かし視線を彷徨わせた後に、諦めたように渋々と頷いた。


 ありがとう、最高の誕生日プレゼントだよ。

 ずっとずっとずーっと大切にするから。


 私もそれ以上深いことにはツッコまずに、バレッタを握り締めてギュッと胸に抱きしめた。そして三つ編みを引っ掴んで手繰り寄せると、髪ヒモの上から早速そのバレッタを装着してミルーエに見せつける。

 それに対しての感想は特になく、ミルーエは顔を背けながら耳と翼をピクピク震わせるだけだった。


 よし、それじゃあこちらもお返しだ。


 三つ編みを定位置に戻した私は、背中のポシェットからプレゼントの箱を取り出してミルーエに渡した。

 ミルーエは牽制するようにこちらをひと睨みしてから、リボンを解いて箱を開く。


「これは……」


 箱を開けたミルーエは、キョトンとした顔で中身を取り出した。


 それはようするにブラシで。持ち手が大分長く、先端がパドル状に長方形になっているが、それ以外はこれと言って特徴のないヘアブラシだった。

 柄は白く滑らかな木製でブラシ部分はキレイな豚毛と、良い素材を使ってはいるがそれ以上に特別な仕掛けは何もなく。あえて言うならストラップのように下げられた青い宝石が目に留まるくらいだろうか。


 ん? 青い宝石?


 そんなものが付いてるとか私も知らなかったのだけれど。ヴァルナザップのアドリブかな?

 まあいいや。ともかくそんなヘアブラシを手にしたミルーエは、私の方へ向き直ると、途端に真っ赤に頬を染めて涙目で震え出した。


「エルザ様、これって……」


 うん、キミたちハピオンが翼のお手入れに使ってるウイングブラシ。

 ヴァルナザップから聞いたよ。ハピオンがこれを同族に送ることは、その人物と一生添い遂げる番になることを申し出る――所謂“求婚の表明”にあたるんだって。


 だから、私からキミへの誕生日プレゼントにはちょうどいいんじゃないかなと思ったんだ。


「う、受け取れません、こんなの!!」


 ミルーエステイ、話はちゃんと最後まで聞いて?

 反射的にプレゼントを灰にしようとするミルーエを引き留めながら、私はえほんと咳払いをして己の気持ちを整えた。


 まず最初に言っておくけど、これは間違っても愛の告白ではないよ。


 これは私からキミへ送る親愛の証。

 一生を添い遂げる番のように、私もずっとキミの傍にいるという証明。ただそれだけのことなの。


 初めてキミと出会ってから半年。色々なことがあったし、キミを深く傷つけてしまうこともあったけれど。

 でも、私がキミを想う気持ちに変わりはない。


 ――私はこれからも、すぐ隣でキミを支え続けることを誓うから。


 だからその証として。このプレゼント、受け取ってくれると嬉しいな。


「……」


 私が微笑みかけると、ミルーエはブラシに目を落として沈黙してしまった。


 あんまり深く考えないで、ミルーエ。これはあくまでお誕生日プレゼントなんだからさ。

 いつも私の髪をキレイに編んでくれるお返しに、これからは私がキミの翼をキレイに毛繕いしてあげようって、ようするにただそれだけの話だよ。


 いやー、それにしてもまさかミルーエが髪留めをプレゼントしてくれるだなんて予想外だったよ。

 着眼点は一緒というか、やっぱり二人は運命的な赤い糸で結ばれてるんだね☆


 私が田舎チョキを顎に当ててキラリンと半眼を輝かせると、ミルーエが再起動してノロノロと動き出した。


 ゆっくり右を見て、慎重に左を見て、躊躇するようにまぶたを閉じて。

 だいぶ焦らしに焦らしに焦らしてから、ようやく私に目を向けたミルーエは声を震わせ口を開く。


「……この宝石の意味、エルザ様は本当に分かっているのですか?」


 宝石の意味?


 ……


 ヘイ。オタク女、カモン。

 喜べ、出番だぞ。


〈えっ、ちょまっ、今すぐググるからちょっち時間が欲しいッス?! ってかエルザっちにはプライドってもんがないんスか、まあそんなとこも大好きだけど〉

〈それ、たぶんアイオライトじゃないかな〉


 慌ててランちゃんを起動しようとするオタク女を遮って、クローンお姉さんが口を挟んだ。


 あいおらいと?


〈光の当て方で色が変わる宝石だよ。石言葉は確か、“この愛を貫く”〉


 へ? この愛をって――


〈あ、検索ヒットした。へー、結婚指輪とかにも使われてるんスねー〉

〈おやおや、愛の告白をすっ飛ばしてきっちり求婚しちゃいましたねぇ〉


 さては謀ったな、ヴァルナザップ!?


 オタク女とお姉さんの煽り文句に、私は顔を真っ赤にしながらズザザッと後方へ飛び退き狼狽えた。

 ミルーエはだらりと腕を下げながら全力で嘆息し、脳内で某さんがフムと感嘆の声を上げる。


〈なるほど、エルザ殿が日和って友達宣言することを見越した采配であったか。敵将ながらあっぱれな慧眼でござる〉

〈ふん。まるで貴様のようなやり口だな、ルギア〉

『褒め言葉として受け取っておきましょう、我が王よ』


 チクショウ、ここぞとばかりに男性陣まで会話に参加して来やがってえ!!


 ミ、ミルーエさん?

 これはその、何と説明したらいいのやら……


 おそるおそるミルーエに意識を戻すと、彼女は「やっぱり知らなかったのか」と言いたげな感じに片眉を吊り上げていて。


「はいはい、エルザ様の()()()()は確かに受け取りましたよーだ。プレゼントはありがたく頂戴致しますので、それでこの話は終わりにしましょう」


 あぁん、ミルーエたーん。


 幼児退行しながら泣きつくが、すっかり拗ねてしまったミルーエは適当に私をあしらいながら城門へ向かって歩き始めた。

 完全なるヘタレと化した私は、そんな彼女の背中をヨタヨタと追いかける。


「――っ」


 そんな幕引きの中で。ミルーエが幸せそうにはにかみながらブラシを胸に抱いていた事実に、私は最後まで気づけなかった。





〈ちなみに彼女が送った髪留めの宝石はペリドット。石言葉は“夫婦愛”だね〉

〈リア充末永く爆発してろッス #^ω^〉凸





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