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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
一冊目【脳筋魔王様とツッコミどころの多い仲間たち】
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□スカートめくりには死を





 人間の文化の中には『スカートめくり』という風習が存在する。





 これはそのまま、女性のスカートを捲って穿いている下着を目視する悪戯だ。

 主にまだ二次性徴も迎えていないような少年が好んで行う行為で、大体の場合は性的興奮よりも、相手を困らせて反応を楽しむことに重きが置かれている。


 いやまあ、四十を過ぎて女にあまり見向きされなくなったオッサンも、往々にしてスカートめくりや尻撫でに興じ始めたりするものではあるのだが。


 そういう若干特殊なケースはここでは捨て置くことにして。上記のような性質上、スカートめくりのターゲットとなるのは、加害者より同年代以上の女性であることが圧倒的に多い。

 おそらくは、自分よりも落ち着いていてちょっとやそっとでは取り合ってくれない人物が、自身の行為によって慌てふためく様を見て楽しんでいるのだろう。


 男って子供の頃からロクでもない生き物だなあと思わなくもないが。かく言う私も、まあそんな男児の心境を全く理解できないでもないのだ。

 さっき寝てる魔王様の首の辺りの毛皮で三つ編みを作っていたら、なんか超楽しかったし(昨日の風呂に対する地味な復讐)。


 ……と、ここまでいったい何を言いたいのかと問われれば。

 目の前に無防備な女性が立っていたときに、ふと魔が差してしまう瞬間が存在するということは、私にも理解できるという話なのである。


 ――しかし、それと貴様を許してやるかどうかはまた別の問題だがなあ!!!


「ギブギブギブギブギブーッ!!?」


 私の仕掛けたコブラクラッチ・クロスフェイスがもろに極まったゴブリンの少年は、頭に貧乳を押しつけられながら断末魔にも近しい悲鳴をあげた。


 前話でも説明した通り、ゴブリンの腕は体格のわりに結構長い。

 彼らの骨格が若干猫背なのもあって、油断すると地面に手をついて脱出されてしまいそうなほどだ。


 ――だから、もうちょっとくらい強く締め付けても別に大丈夫だよなあ!!!


「ムリです、折れます、死んじゃいますぅ!!?」

「お、おねえちゃん。もうそれくらいでゆるしてあげても……」


 体を仰け反らせてトドメの一捻りを加えんとしたところで、脇でオロオロと狼狽えるだけだったハピオンの女の子が待ったを掛けた。


 女の子以外にも私たちの周りには魔族の子供があと二人。

 魔王様と同じウルファン族の男の子と、(こちらは何と言う種族なのだろうか?)トカゲ人間のような外観の男の子が立ち竦んでいた。


 場所は中庭を出て外壁沿いへと移動して。

 兵舎や馬小屋などの施設が立ち並んでいる、外庭のような区画。


 物見遊山気分でそこを訪れた私は、突然背後から現れたこのゴブリン小僧にスカートを捲られ、反射的に裾を抑えた直後に今度は胸を揉まれた。

 その結果、一瞬にして殺意の波動に目覚めた私が少年を投げ倒し、腕を極めながら首を締め上げたというシーンである。


 我が裂帛の気迫に押されてだろうか。元々そんなに気が強くなさそうなハピオンの女の子は、白鳩のような翼を震わせながら涙目で私の顔を見つめる。


 ぬう。そんな円らな瞳で見つめられると、なんだか私の方が悪者みたいに感じてしまうではないか。

 ……おう少年、これに懲りたら二度とハレンチな真似はするんじゃないぞ。


「し、死ぬかと思った……」

「ゴブろー、だいじょうぶー?」

「だからやめとけって言ったんだよ」


 嘆息と共にゴブリン小僧を解放すると、男子二人が駆け寄って声をかけていた。

 一方で、ハピオンの子は申し訳なさそうな顔でこちらに近づき、ゴブリン小僧の代わりのように頭を下げて謝罪してくれる。


 うん、良い子良い子☆


 怒りを忘れて顔を綻ばせた私は、女の子のふわふわヘアーを撫でまわした。

 すると、ゲホゲホとムセ返っていたゴブリン小僧が意識を取り戻し、滲んでいた涙を拭いつつ果敢にも私に指を突き出してくる。


「お、おまえ、ニンゲンのクセにこんなことしてゆるされると思ってんのか! まおーさまに言いつけてやるからな!!」


 む、その態度とイントネーションはもしかして……

 おまえ、昨日中庭で私の野イチゴを盗み食いしたあのゴブリン小僧か……?


 よし、ギルティ☆ 仮にコロコロしても、神様は笑顔で許してくれるよね☆


 ――たとえ許してくれなかろうと私は一切容赦しないがなあ!!!


「すみませんでした。命だけは助けてください」


 満面の笑顔から「今日を生きる資格はねぇ!!」とばかりに半眼を見開くと、ゴブリン小僧はそれだけで恐れ戦きドゲザした。


 まぶたを開いただけでそんな反応をされると、なんか微妙にショックなのだが。

 えほんと咳払いして表情を戻した私は、とりあえず年長者らしい淑女な振る舞いで全てを水に流すことにする。


「「「 おねえちゃん、ごめんなさい 」」」


 さて、魔族チルドレンに謝られながら状況を整理しよう。


 この子たちの年齢は、たぶんまだ五歳六歳といったあたりだろうか。

 話を聞くと、普段から一緒に遊んでいる幼馴染みの仲良し四人組だそうで。


 ゴブろー  ←今しがた天誅を食らわせたゴブリン小僧

 ウーくん  ←黒い毛皮モコモコのウルファンの男の子

 リザりん  ←リザドンという種族のトカゲっぽい少年

 ハピちゃん ←ミルーエたんのように翼を持った女の子


 という、非常にわかりやすい愛称で互いを呼びあっていた。

 どうやら本当の名前は別にあるらしいのだが、まあまだ子供だし、種族名を利用した方が覚えやすいのだろう。


 しかし何と言うかこの子たち、何をするにも表情をコロコロ変えながら体全体で感情を表現してくるわけで。

 果たして、私が子供の頃もこんな風に可愛げのある時期が存在したのだろうか?(たぶんなかったのだろうけど)


 ゴブリンはそもそも小さいから実感が湧きづらいが、他の子たちはチマチマしててとても可愛く感じる。

 その中でも特に、ウルファンの子供であるウーくんが魔王様をそのままちんまくしたみたいで、ホントに本当にカワイイのだ。


 おやつをモフモフしてる様を一日中観察したいくらいカワイイ。

 顎や腋をくすぐって延々と悶えさせたいくらいカワイイ。

 ぬいぐるみ感覚で抱っこして寝たいくらいカワイイ。


 カワイイよウーくんマジカワイイ。

 ……こっそりお持ち帰りしてもバレへんかな?


「なんかこのニンゲン、目つきがコワくないか?」


 じゅるりと涎を拭う私を見上げたゴブリン小僧が、緑色の顔を青褪めながら無意識にウーくんをガードした。

 彼の言葉でハッと我に返った私は、いけないいけないと三つ編みを振り回しつつ、体裁を取り繕うために顔を突き出す。


 ちょっとゴブろーくん? 花も恥じらう年頃の乙女に向かって「目付きが悪い」なんて言うものじゃないぞー?

 ってか、みんな頭を下げてくれてるのに何で元凶のキミが謝ってこないのさ。


「ニンゲンなんかにあやまる必要なんてないやい! 今のはちょっとゆだんしただけだからな、かんちがいするんじゃないぞ!」


 ジトーッと半眼を細めてねめつけた私に対して、ゴブろーくんは無鉄砲にもフンスと鼻を鳴らして胸を張り返してきた。

 その完璧な三下発言に少し親近感を覚えつつも、それでもここで痛い目を見せるのが躾だろうと、私は握り拳を掲げて彼を威嚇してみせる。


「ふーんだ! よゆうぶっていられるのも今のうちだぞ。このことをまおーさまにチクったら、おまえなんか――」


 ゴブろーくんがお尻ぺんぺんされるくらいで許してもらえたらいいね?


 先手を取ってセリフを奪うと、ゴブろーくんはまばたきを繰り返して静止した。

 私はフフンと鼻を鳴らして上体を戻し、彼はしどろもどろに自分を指差す。


「な、なんでオレが……?」


 ワタシ、魔王様のペット。

 アナタ、そのペットに悪戯して仕返しに手を噛まれた悪ガキ。


 さて罰せられるのはどちらでしょうか?


「そんなヘリクツ!」


 大丈夫? 魔王様の考えることだよ?


「うっ」


 私が放り投げたドストレートの正論に、ゴブろーくんはぐぅの音も出ないと言った表情で押し黙った。

 魔王様ってこんな子供にすら信用されてないのだなあと実感しながら、私は舌戦の勝利を確信して悠々を朝空を見上げる。


 しかし真面目な話。実際あの魔王様なら、喧嘩に負けた方が悪いとか言って全てを笑って済ませてしまいそうな予感はする。

 それどころか、最悪私が誰かを殺したとしても、気にせず無罪放免にしてしまう可能性だって十分に考えられるだろう。


 皇帝特権の乱用も甚だしいというか、その我がままを制御しているガルトライオ様の苦労がしのばれると言うものである。


「誰の何が偲ばれるというのだ?」


 ―――――。


 美声と共にナイフのような殺気を感じて、私は慎重に後ろを振り向いた。


 そこに立っていたのは件のディゼル・ガルトライオ司令様。

 こんなに朝も早くから、白いスーツにモノクルを掛けたいつもの外交官スタイルで私たちを睨みつけていた。


 うーん、このオカンは今日も蛇のような鋭い眼光で睨んでくださる。

 ……私はべつに、貴方のことが嫌いってわけじゃないんですけどねえ。


「貴様の好みなど知ったことか。それで、こんな時間からこんな場所で、今日はいったい何の騒ぎだと言うのだ?」

「このニンゲンにイジメられてたんだよ! ディゼル様、とっちめてくれ!!」


 黙れ小僧!

 いや、この魔族相手だとマジ致命傷になるので勘弁してくださいお願いします。


 ゴブろーくんに吼えたり卑屈になったりと百面相してから、私はおそるおそるガルトライオ様の方へ視線を動かした。

 その表情は、もはやいちいち描写するまでもないほどのしかめっ面で。


 ……あは、あはは。

 ……やっぱり怒っちゃってますか、ガルトライオ様?


「腸が煮えくり返るほどにな。まったく、馬鹿なことをしている自覚があるのなら最初から騒ぎなど起こさんでくれ。とりあえずケジメは付けさせてもらうぞ」


 ガルトライオ様はそう言って革靴をコツコツ鳴らしながら近づくと、私の脳天に思いっきり拳骨を叩きつけてきた。

 それはすっごくすっごく痛くて涙が滲むほどだったが。けどまあ、魔王様の一撃と比べれば致命傷と呼ぶ程でもなくて。


「これで喧嘩片成敗だ。おまえたちも、それでいいな?」

「う、うん、はい、ありがとうございました……」


 有無は言わせん!といった口調でガルトライオ様が言い放ったため、ゴブろーくんも大人しく頷かざるを得なかった。

 ガルトライオ様は手をプラプラ振りながら、これ見よがしに嘆息してみせる。


「やれやれ、なんで私が朝から子供の面倒を見なければならないのだ……」


 あのー、なんかその子供の中に私も含まれてませんかー?

 頭のコブを押さえつつ、私は涙の溜まった半眼でガルトライオ様に愚痴った。


 たしかに私はまだ成人の儀を迎えたわけじゃないけれど。それでも立派な乙女たる者として、幼児らと一緒くたに子供扱いで括られるのはちょびっとだけ納得いかなかったのだ。

 しかしガルトライオ様は両手を腰に回すと、わざとらしい溜息を吐いて蛇眼をこちらに向けてくる。


「やかましい。こいつらと一緒にはしゃいでる時点で貴様も同罪だ、愚か者が」


 ぐぬぅ、そこを指摘されると私も苦しいところなのだが。

 でもだって、これはそもそもゴブろーくんが私のスカートを捲ったり胸を揉んできたのがいけないのであって――


「……こんなに薄い胸を揉んで何が楽しいのだ?」


 ガルトライオ様は心底不思議そうにゴブろーくんへと振り返って、そのセリフを聞いた私の頭は一瞬でプッツーンした。


 おいこら白蛇紳士、なんで今ゴブろーくんに確認を取った?!

 自分でネタにするのと他人に茶化されるのは同じじゃないんだぞ!?

 貴様も我が故郷に伝わる禁断の秘奥義でマットに沈めてやろうかゴラァ!!


 三つ編みが逆立つほどの怒気を発した私は、ガルトライオ様に向かって一瞬千撃のファイティングポーズを決めた。

 ガルトライオ様は付き合いきれないという表情で肩を竦めると、背を向けて城の方へ歩き始める。


「私も暇ではないんだ。体力があり余っているのなら、朝食の時間までそいつらの相手でもしていてくれ」


 思いもかけないガルトライオ様の申し出に、私は呆け顔で拳の力を抜いた。


 そいつらって、この子達のことですか?

 そりゃあ私がこの城一番の暇人であることは間違いないわけで、仕事を与えて下さるのなら喜んで引き受けますけど。……かまわないのですか?


「ああ、こういうことは貴様の方が向いているのだろうしな」


 真顔で小首を傾げている私に対して。

 ガルトライオ様は疲れた美声でそう答えると、雑に手を振りながらこの場面から立ち去っていった。





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