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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
一冊目【脳筋魔王様とツッコミどころの多い仲間たち】
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それは記されなかった物語





 率直に言って尻が痛かった。もはや限界だと言い換えてもいい。





 現在進行形で続いている荷馬車の旅で、いったい何が苦痛かと問われれば、間違いなくそれがナンバー1だと即答出来てしまうだろう。

 車輪が小石を蹴飛ばしたときの衝撃に耐えながら、私は己が尻に敷かれたクッションの薄さを呪った。


 いやまあ、見送りに来た人たちも確認してくれていたのだ。

 『そんな安物の座布団で、これからの長旅大丈夫かい?』と。


 それに対して思わず『大丈夫だ、問題ない』と答えてしまったのは、これはもう私のサガとしか説明しようがない。

 何かこう、悪魔的拘束力によって私はそのセリフを吐かされてしまったのだ。


 べつに今回の件に限らず、どうやら私という人間は、なにかというとそんな安請け合いをしてしまう少女らしかった。


 今にして思い返せば、正直心当たりはいくつもあった。


 故郷の村を離れて領主の館へ奉公に入った経緯も、その奉公先で受けた様々な経験も、そしてそれに対する評価も。

 人生のフィナーレとして、こうして数多の引き出物と共に薄暗い荷馬車で揺られることになった理由も。


 誰を恨むこともできない。

 全てが全て、身から出た錆であることに間違いはないのだから。


 そんなよしなしごとを考えていると、前方からサッと明かりが差し込んだ。


「エルザ。ずいぶんと苦々しい顔をしとるようだが、本当に大丈夫か?」


 一番いいクッションを頼む。


 と即答しかけて、尻がそろそろ限界だと言い直した。

 こんな状態でも微妙にどうでもいい意地を張ってしまう自分の性格が、ちょっとだけ恨めしい。


 荷馬車の仕切りを開いて尋ねてきたのは、初老の騎士だ。

 本来であれば孫でも抱きながら日向ぼっこしているはずの彼は、仰々しい鎧兜に身を包み手綱を操作している。隣にいるもう一人の騎士も、相方ほどではないがほどほどに御歳を召されていた。


 ただ荷台で揺られているだけの私なんかより、こんな物を着ながら馬車を操作している二人の方がよっぽど大変なのは、火を見るよりも明らかである。


「はっはっは。嬢ちゃんに心配されるほどヤワな鍛え方はしとりゃせんわい」


 これでも若い頃は虎殺しのヨーゼフで有名だった、と隣の騎士はうそぶいた。それに併せて初老の騎士も、ワシは熊殺しじゃと大笑いする。


 なんというか、こういうおちゃらけたノリは嫌いではない。

 私という人間は元来、宴会とかお祭りとか、そういう空気感が大好きなのだ。


 私は自分の心が弛緩してくのを感じて目を細めた。

 しかしそんな私を見て勘違いしたのか、初老の騎士が慌てて笑いを引っ込める。


「すまんな。こんな状況でこんな馬鹿話されても、嫌なだけじゃろうに」


 いやそんなことはない。そんなことは一切ないのだが。

 どうやら私の顔はいつも、誰が見ても何を考えているのか分からないくらい、それはもうぶっきらぼうな半眼をしているらしかった。


 それを指摘されて鏡を凝視したことがあったのだが。


 エルフェンほど白くもなくドワッチほど煤けてもいない肌に、黒い瞳に薄茶色の髪と、まあ外見上は一般的なヒュームそのもの。

 なんとなく伸ばしっぱなしの髪は腰まで届く長さにしては枝毛が少なく、人に自慢してもいい髪質だと内心自惚れていて。でも今はただ邪魔なだけなので、少しでも御淑やかさを演出するために三つ編みに結わえていた。


 なにこれ超面倒臭い。と鏡の向こうで溜息を吐いているのが、私ことエルザ。

 胸も尻もいまだ未成熟ではあるけれど、性別は一応女性。年齢は14歳。


 なるほど。そんな私の表情は、たしかにぶっきらぼうな半眼だった。


 なんで私はここまで世の中を諦観したような脱力系フェイスをしているのか。

 ためしにこの半眼をつぶらな感じに見開いてみようか、などと考えたりもしたのだが。そうしたらそうしたで、今度は鏡が割れそうな気がしたのでやめておいた。


 しかし、こんなシリアスな場面でまで誤解を広めてしまうとなると。

 私が物心つく前に流行り病で亡くなったという、愛しの愛しの我が両親どもに文句のひとつも言いたい気分になってしまうものである。


 私は顔も知らない両親の幻影を荷馬車の天井に思い浮かべると、そいつら目掛けて半眼を卑屈に吊り上げた。

 そこで二人の騎士が怪訝な表情を浮かべているのに気づいて、ふるふると三つ編みごと首を振りながら作り笑いを浮かべる。


 ちょいと話が逸れてしまったようだけど。

 要約すると、おじいちゃん達のことはワタクシ嫌いじゃありませんですわ。


「なんで微妙にお上品な言い回しにしてみたんだい?」

「それはともかく珍しいな。エルザが自分のことをそんなペラペラ話すだなんて」


 ……そうだろうか。

 ……そうかもしれない。


 私は溜息にならないよう注意しながら、緩く息を吐いて天井を見上げた。





 ――人類は魔族に敗北した。





 ほんのひと月ほど前の話だ。


 突然の宣戦布告と同時に人類の領土へと侵攻を始めた魔王軍に対して、我々ヒュームを筆頭とした人間種はろくな抵抗も行えないまま蹴散らされた。

 最後の希望として旅立った、聖剣に導かれし勇者とそのパーティーも、魔王との直接対決に敗北して二度と帰ることはなかった。


 勇者の亡骸を天に掲げながら魔王は雄叫びを挙げ、その咆哮は人類に残っていた僅かな反骨精神すら打ち砕いた。

 私が奉公に出ていた先の領主様もその例に漏れることなく、ブヨブヨした肉体を机の下に隠して悲鳴を上げていて。


 クソ領主様は己が保身を考えた。


 それほど賢くない頭で考えて、ある意味で王道とも言える作戦を取った。

 これから人類の新たなる支配者となる魔王に金銀財宝を捧げることで、自らの(そしてついでにその領地の)安全を保障してもらおうとしたのだ。


 己が貯め込んだ金銀財宝を吐き出し、管轄の貴族から財産を一切合切取り上げ、領民からはなけなしの税金を搾り取る。

 それでもまだ足りないのではないかと疑心暗鬼に囚われた領主様は、今度は年頃の娘を特典付録感覚で生贄に捧げようと考えたのである。


 ほどほどに容姿が整っており、そこそこに肉付きが良く、たとえ死んでも悲しむ身寄りもない女。

 そして何より領主様自身が厄介払いしたいと思っていた少女。


 つまり、私のことだ。


「おい見てみろ、ようやくご到着だぞ」


 初老の騎士に呼ばれて、私は思考を切り上げながら痛む尻を持ち上げた。

 荷馬車の中から外の眩しさに目を細めると、遥か遠くに禍々しい暗雲をまとった巨大な城の影が見える。


 あそこが私の人生の終着駅で。

 もしかすると、この騎士たちにとっても終わりになるかもしれない場所だ。


「はっはっは。ワシは来月、末息子の結婚式があるんだ。それまでは死ねんよ」

「それを言うならワシだって。孫に剣の稽古をつける約束をしてるぞい」


 ……


 何故だろうか。

 ここで私が『こんなリア爺(リアル充実お爺ちゃんの略)と一緒の馬車に乗っていられるか!私は元いた村に戻るぞ!』と叫んだ瞬間、何か超常的な力に巻き込まれて、全員帰らぬ人になりそうな気がした。


 私はわりと本気で心配していたのだが。

 リア爺二人はガハハと仲良く声をあげると、私の妄言を吹き飛ばした。


「……。……エルザ、すまん。おまえのような年若い娘に、こんな役目を押し付けなきゃならん不甲斐ないワシらを許してくれ」


 ひとしきり笑いが続いた後。

 初老の騎士は顔を曇らせ、心の底から申し訳なさそうに頭を下げた。虎殺しの騎士もそれに倣うように無言で私の半眼を見つめてくる。


 ――本当にそんなことはない。


 これは本当に、己が身から出た錆のようなものに他ならないのだから。

 だからこれが自分の命運だとしても、それを悲観したりなんて全然していない。


 もし何らかの感情を抱いているとしたら、それはきっと後悔。

 こんな生き方しか出来なかった私自身への、今は亡き両親への謝罪の念だろう。


 父さん母さん、私を産んでくれてごめんなさい。

 私はもうすぐ魔王に八つ裂きにされて、たぶん煮るか焼くかされて食べられてしまいます。お風呂は苦手なのでできれば焼いて欲しいです、と。


 ……いやいや、だからなんでここでボケを入れるんだ私。

 そんなだから周りから絡みづらい子扱いされてしまったんじゃないか。


 くだらない自問自答に首を振りながら顔を上げてみるが、二人の騎士は私の奇行にキョトンとした視線を返すばかりで。

 遥か遠くの魔王城の大きさは、まだまだ全然変わらない。


 ……でも、もしも。

 ……もしも私の人生がここで終わるのではないとしたなら。


 捨て鉢みたいなこれまでの生き方を改めて、せめて三日に一回くらいは日記をつけるような殊勝な人間になろう。

 私は魔王の居城を見つめながら、そんな戯言に口元を歪めていた。





――――――――――――――――――――

world:デイリーダイアリー

stage:魔王城 5日目

personage:エルザ

image-bgm:鯨(Buzy)

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