3.仮住まいの準備(中編)―金を稼ごう
ギルドチケットを破った綾斗は、気づくと森の中にいた。
「ここはもう仕事場なのか? モンスターなんていな……」
目が合った。目の前にいる、体長2~3メートルの牛のようなモンスター。角は大きく伸び、牙も生えている。鼻息を荒くして、こちらを睨んでいる。今にも襲ってきそうだ。
「こいつが猛獣か……?」
能力10000倍の綾斗でも、猛獣を目前にし、手に汗を握っている。緊迫した空気が流れる。
その次の瞬間、猛牛はこちらに向かってきた。綾斗は、突然のことに対処できず逃げ遅れた。
「うわあ! こっち来んなー!!」
パニックに陥った綾斗は闇雲に猛牛を殴った。
殴り飛ばされた猛牛は、動かなくなると、その体から緑に光るオーブを放出した。
「なんだ? このオーブは」
近づくと、そのオーブが体に吸収され、突然レベルアップ音が頭の中に響いた。
「え? レベルアップ? ステータスは変化したのか?」
ステータスを開く。
カツラギ アヤト 【無国籍】
L V:3
H P:8400000
M P:2800
ATK:480000
DEF:320000
AGI:400000
DEX:440000
INT:620000
LUK:+100
SKL:〈LVアップ時能力2倍〉〈自由魔法〉〈創造魔法〉
《Page 1/2》
「なんじゃこりゃあ!!!」
前に確認した時よりも、表示項目が明らかに増えている。レベル1の時には、LV(レベル)、HP(体力)、MP(魔力)、SKL(スキル)しか表示されていなかった。しかし今現在、ATK(攻撃力)、DEF(防御力)、AGI(素早さ)、DEX(器用さ)、INT(賢さ)、LUK(運)も表示されている。
そして、もう一つ、ステータス画面には変化が起きていた。
「ん? 『Page 1/2』? 次のページがあるのか?」
ページのめくり方は知らなかったが、ステータスを開いたときと同じように心で念じてみる。するとページが変わり、そこにはまた様々な情報が表示されていた。
カツラギ アヤト 【無国籍】
ギルドランク:E
クエスト参加回数:1
クエスト成功回数:0
合計評価ポイント:0.0 pt
―――クエスト情報・達成状況―――
クエスト名:『猛獣狩猟クエスト・中級』
難易度:☆6(推奨ランク:B)
残り:57' 48"
討伐数:1(ノルマ:4)
評価ポイント:9.8 pts(ノルマ:28.0 pts)
クエストランク:D
《page 2/2》
「はあ……こんなページもあんのか。面白いな」
2ページ目にはギルドとクエストについての情報が表示されていた。恐らくこのページは、ギルドに入会したときに作成されたページだろう。だが、1ページ目についてはよく分からない。なぜ、今表示されているか、考えられるのは3つだった。
1つ目、「クエスト中にのみ表示される」。しかし、これは可能性が低い。なぜなら、戦う機会などはクエスト以外にもあるからだ。これらがクエストのためだけのものならば、ここまで詳しく記載する必要はないはずだ。
2つ目、「レベルアップの特典のようなもの、又は、一定のレベルに達した際の特典」。これも、いまいちだ。前述の通り、戦う機会はギルドの外にもいくらでもある。もし、レベル1の人とレベル3の人が勝負する場合、ステータスの表示内容が違うのには違和感を感じる。
そして3つ目、「単に表示にミスがあった」。現在は一番信憑性が高かった。というのも、綾斗がよく読んでいる、異世界転移系小説などでは、システムのバグなどにより表示やデータにミスが出ることなどがよくあるからだ。これもその類なのでは、と考えるのが妥当であった。
「ま、考えていても仕方ないな。制限時間もあるし、早く仕事を進めよう」
とりあえず今は仕事を優先することにした。
「お、今度は……虎、いや狼か?」
次に姿を現したのは、虎と狼を足して2で割ったような猛獣、ウライフだ。体は山吹色と銀色の毛に包まれ、鋭い目はこちらを見ている。爪と牙はとても尖っており、先をみると少し赤黒くなっている。体長は1mほどだが、全身から溢れる迫力と殺気には思わず気圧される。
「い、いけるか? いや迷っている暇なんてねぇ!」
今度は正面から殴りかかった。ウライフは攻撃を避けようとしたが、遅かった。いや、遅すぎた。避けるよりも早く、綾斗の手はウライフを殴っていた。そのまま先程と同様、体から経験値オーブを放出する。それは瞬時に綾斗へと吸い込まれていった。すると、またレベルアップ音が脳内に響いた。ステータスを確認しようかと思ったが、数値を見るのが面倒なので今は放っておいた。
「本当にこれが推奨ランクBのクエストか? 楽勝すぎる」
ウライフは平均レベル60で、森モンスターの中では四強に入るほどだ。クエスト中にはあまり出現しないモンスターだが、運悪く遭遇した場合、戦いを挑むような者はいない。しかし逃げることはできない。逃げようと思って背中を向け、駆け出したが最後、無事では済まない。殺されることも珍しくはない。
しかし、それは一般人での話であって、綾斗のような者でなくても、ややレベルの高い戦士や勇者、魔法使いなどからすれば、なんてことはない。ただ、綾斗のように素手で殴り、しかも一瞬で倒せるわけはない。その点、やはり綾斗は最強と言っても過言ではない。
「この程度なら何十匹でも倒せるな。早く狩ろう」
しかし綾斗はそんなことなど考えず、一匹でも多くの猛獣を倒すことしか頭になかった。
「お、出たな。ィよし、待ってろよォ!」
またも出現したモンスターに綾斗は迷うことなく向かっていく。綾斗と遭遇したモンスターも可哀相なものである。
☆
その後綾斗は、50分ほどにわたって殺戮を続けた。しかし疲れる様子はなく、まだピンピンしている。一般人なら体中痛くしてもおかしくはないほどであったが、そこは綾斗のことなので何も言うことはない。
「ふぅ……こんなもんでいいかな。じゃステータス確認しよーっと」
あの後綾斗はステータスを一度を確認していない。単に面倒だし、時間を割くことになるからだ。
現在の綾斗のステータスは次のようになっている。
カツラギ アヤト 【無国籍】
L V:12
H P:4300800000
M P:1433600
ATK:245760000
DEF:16384000
AGI:204800000
DEX:225280000
INT:317440000
LUK:+100
SKL:〈LVアップ時能力2倍〉〈自由魔法〉〈創造魔法〉
《page 1/2》
ギルドランク:E
クエスト参加回数:1
クエスト成功回数:0
合計評価ポイント:0.0 pt
―――クエスト情報・達成状況―――
クエスト名:『猛獣狩猟クエスト・中級』
難易度:☆6(推奨ランク:B)
残り時間:8' 24"
討伐数:85(ノルマ:4)
評価ポイント:772.3 pts(ノルマ:28.0 pts)
クエストランク:SSS☆
《page 2/2》
「俺マジで大丈夫か」
ステータスを久し振りに確認した綾斗は驚愕した。自分のステータスなのに、信じることができない。今まで疲れなどなかったのに、この数値を目にした瞬間、どこからか疲れが一気に押し寄せた。とりあえず近くの切り株に腰掛ける。
「ふぅ……今日はもうダメだ。やる気が起きない」
そんなことを呟く綾斗の目の前を、またしてもモンスターが通った。先程までの自分なら喜んで狩っていたというのに、気にする様子もなく、ただ空を仰いでいる。
「風が……気持ちいいな…………」
少し休んだあと、綾斗は徐に立ち上り、
「そろそろ帰るかな。あ、でも帰り方聞いてない」
どうしようか迷ったが、ステータスを開くときのように『帰りたい』と念じてみると、目の前に画面が現れた。
「ギルドセンターへ帰還してもよろしいですか? YES/NO」
念じることはなんて便利なんだ、と思った綾斗は、またも念じてみる。すると見事に『YES』が選択され、眩しい光に包まれた。
気づけばギルドセンターのロビーにいた。報酬を受け取って早くティオニス商会へ行きたかったが、受け取り方が分からない。窓口の説明を見ると、報酬受け取りは4番窓口になっている。
「4番窓口か……行くか」
綾斗が4番窓口へ向かおうとしたとき、
「カツラギ アヤト様~! 4番窓口へどうぞ~!」
突然名前を呼ばれた綾斗は「大声で言うなよ」とボソッと呟くと、早歩きで窓口へ向かった。
窓口の向こうには、金髪美女の受付嬢が座っていた。受付嬢はいつものように「どうぞお掛け下さい」と一言。イスに座ると、「これが今回のクエストの結果になります」と言い、受付嬢が何やら領収書のような紙を差し出した。領収書のような紙には、上部に「RESULT」と記され、その下には次のような項目が書き込まれていた。
《RESULT》
カツラギ アヤト 【無国籍】
ギルドランク:E ⇒ A
クエスト参加回数:1
クエスト成功回数:1
合計評価ポイント:772.3 pts
クエスト名:『猛獣狩猟クエスト・中級』
難易度:☆6(推奨ランク:B)
討伐数:85
クエストランク:SSS☆
評価ポイント:772.3 pts
報酬:30G 80S
「え? ギルドランクがEからAに? 本当か?」
あまりの昇格ぶりに驚く綾斗は受付嬢に尋ねる。
「はい、本当ですよ! いやー、お客さんすごいです! この施設の記録をたくさん塗り替えたんですよ!」
「へぇ、どんなものがだ?」
嬉しそうに話す受付嬢にさらに質問をする。
「どんなものが……というか、ほぼ全てです」
自分のクエスト結果が施設の新記録と聞けば、声を出して喜んでもおかしくないはずだが、綾斗は「なんとなくそんな気はしてた」というような顔で、クールを貫いた。
「今回アヤトさんが更新した記録は、『討伐数』『クエストランク』『評価ポイント』です。討伐数はこのクエスト内のことですが、クエストランクと評価ポイントは施設の新記録なんです! 初めて見ましたよ、こんな数値」
と言って、興奮気味の受付嬢はリザルトのクエストランクの項目を指さす。
「『SSS☆ってなんですか!?』って思わず叫んじゃいました。私がこれまで見た中でも『SS』が最高だったんですがね……」
「SSS☆ってそんなにすごいのか?」
「あ、当り前じゃないですか! SSS☆なんて誰もが一度は得てみたい程の称号なんですよ!」
SSS☆を軽視していると思われた綾斗は、受付嬢に少しだけ怒られる。でも、すぐにいつも通りに戻ると、はにかんだ笑顔で「だからこそ、すごいんですよ?」と言った。
畜生、可愛すぎるぜ。
「じゃあアヤトさんのためにちょっとだけ説明しますよ。クエストランクはですね、開始時が『E』でその後評価によってD、C、B、A、S、SS、SSSって上がってくんですよ。で、その後ろなんですが、SSSの次が『E☆』です。そこからD☆、C☆、……って上がっていって、最後にSSS☆がくるんです。つまり、SSS☆はクエストランク最高位のことなんです!」
そんなにすごいのか、と思った綾斗はもう一度リザルトの紙を見て、改めて自分がどれだけヤバい奴なのかを痛感した。
「アヤトさん本当にすごいです! 年下なのに憧れちゃいますね」
「それほどでもない。そういえば名前を聞いてなかった。名は何という?」
しれっと名前を聞き出す。
「私はカノン・ティオニスと申します」
「カノン・ティオニス? ティオニスっていうとあの……」
聞いたことのある名前だ。
「はい。あの『ティオニス商会』の娘です」
(これはすごい! プラスで美女とか、もう確定だな)
これからお世話になるだろう店の娘と聞いた綾斗は、美女という理由で候補入りしていたカノンを、ハーレムメンバーに確定させた。
(とりあえず、今からそこに行くことも伝えて好感度上げてから落とそう)
「へぇ、ちょうど今からそこに行こうとしていたんだよ」
それを聞いたカノンは「本当ですか!?」と顔に大きな笑顔を浮かべ、
「ちょうど私もそろそろ仕事をあがるんですよ。だから……」
そう言うと少しもじもじしながら、小さな声で
「一緒に行っていいですか……?」
(はぁぁぁ!? マジかよ!!)
突然のことだった。今までクールでいた綾斗もこれには表情を変えて驚いた。まさか、会ってわずか数分でこうなるなんて思いもしなかった。
(というか、なぜ? こちらからは何も仕掛けてないし。)
確かに、綾斗はいずれ落とそうとは考えていたが、今は特に何もしていなかった。となれば、考えられることは一つ。
(てことは、アレか。素の魅力とかに惹かれたのか? ま、それならそれでいいや)
何もしていないのだから、こうとしか考えられないだろう。実際、カノンは綾斗の無双的能力、17歳とは思えないクールな表情や口調などに惹かれていた。
などといろいろ考えていると、カノンから声をかけられた。
「ダメ……ですか……?」
「ん、いや、全然いいぞ」
(う、上目遣いはずるいッ!)
女子に上目遣いを使われたら「NO」なんて言えない。況してこんな美女だと、どんなことでも「YES」を出してしまいそうになる。
女子の上目遣いは便利なんだな、と綾斗は思った。
「じゃあ、支度してきますね!」
「ちょっと待った!」
帰り支度をするために席を立とうとしたカノンを、綾斗は引き止める。
「え、何ですか?」
話に夢中で、リザルトの一番下のことを忘れていた。そもそも綾斗はこれ目的にギルドに来ていた。
「報酬はどこで受け取れる?」
報酬の件。これのためにクエストを熟したのだ。ここに来て報酬ゼロなんてそんな悲しいことはない。
綾斗から報酬について聞かれたカノンもすっかり忘れていたようで、「あー、忘れてましたね」と言って席に戻ってきた。
「えーと、報酬はですね、このロビーの左奥にある部屋で受け取れます。その際にリザルトチケットを提示してください」
そう言われて左を見ると、少し大きめの扉が1枚ある。と、ここで綾斗は重要なことに気づく。
「そういえば俺財布とか持ってない」
「アヤトさんの場合、大丈夫ですよ。そんな大金はそのままお渡しできないので、ギルドセンターの職員の誰かが家まで届けることになってます」
なるほど、と一瞬は納得したが、さらなる問題が頭に思い浮かんだ。
「俺家持ってない」
「え!? まさかの!?」
さすがに家無しというのは想定外だったらしく、かなり困惑している。
「届ける家が無い……えーとこういう時はどうするんだろう……」
カノンはデスクの下にある、分厚いマニュアルのようなものを取り出すと必死に調べ始めた。
「あーでも心配はいらないと思う…………多分」
「心配ない、というのは?」
心配ないと言われたカノンはそこにも疑問を抱く。
「さっき、ティオニス商会に用がある、と言ったろ? 用があるっていうのはな、家のことなんだよ。」
「家のこと? まさか家でも買うんですか?」
「ご名答」
「えぇ!? 今から家ですか!?」
またもカノンは驚く。ちょっとうるさいな、とも思ったが、可愛いので許す。
「というわけで、買った家に届けてほしい」
「はぁ……分かりました……」
なんとなくまだ呑み込めていないようではあるが、急いでいるので話を進める。
「ところで、誰が運んでくれるんだ?」
どうでもいい質問だが、あえて聞いてみる。するとカノンは「それは私の仕事です」とはにかみながら答えた。それを聞いた綾斗はやっぱりか、と思って心で喜んだ。
「じゃあ、換金してくる」
「はーい。じゃあギルドセンター入口の外で待ってますね!」
綾斗は席を立つと、急ぎ足で換金部屋へと向かった。
その部屋に入ると、また待合室のようになっていた。ベンチが手前に並べられ、奥には2つの窓口がある。だが、今日は1番の窓口しか開いていない。そこにいたのは、メガネを掛けた小太りの中年男性だった。行くのを少し躊躇ったが、待っていても何にもならないので、早く済ませようと向かった。
「いらっしゃい。換金だね? チケット見せて」
なんとなく『換金』が『監禁』に聞こえたが、気にせずにチケットを見せる。
「お! お客さんが話題の青年かい」
「話題の青年……?」
話題の青年と言われた綾斗は思わず聞き返す。
「あのカノンちゃんから聞いてたと思うけど、お兄ちゃんさっきのクエストですごい記録を出したのよ。その分報酬も弾んでいたからねー。準備が大変だったんだよ」
それを聞くと、知らないところで迷惑かけてるんだなという、申し訳なさが込み上げた。
「なんか……すいません」
謝った綾斗を見て、おじさんは声をあげて笑った。
「何も謝ることなんてないよ。逞しくていいことじゃないか!」
(意外といい人なんだな。さっきまで疑ってたのがさらに申し訳ない)
そんなことを考えていると、おじさんに声をかけられた。
「じゃあ、報酬はケースに入れてカノンちゃんに持たせたからね」
「あ、ありがとうございます」
最後に、疑っていたことを謝ろうと口を開こうとしたとき、
「いやぁ、あのカノンちゃんがついて来てくれるだなんて、羨ましいなぁ。僕だったらあの香りだけで興奮しちゃうなぁ!」
(やっぱこの人危ないわ)
最後の最後で期待を裏切られた綾斗は逃げるようにその部屋から出た。
「ふぅーっ。ちょっとカノンが心配だわ。あんなのと同じ人と会ったら襲われるかもしれないし。早く行こう」
なんとなくカノンの身を案じた綾斗は足早にギルドセンターを出た。