悪役令嬢様と用務員さん(クリスマス特別編)
この世界は、日本の乙女ゲームの世界であるからか、普通にクリスマスというのがある。
日本のクリスマスと何ら変わらないイベントは、未だに友人関係のままのフローズにとっては、好都合なイベントであった。
「ゼンは、何が欲しいのかな?」
フローズは、自分の想い人の姿を浮べながら、ウンウンと唸っていた。その手には、日本でいう、カタログ的な冊子が握られている。
「高いものは、受け取るのを嫌がられそうだし、かと言ってその辺りのものをあげるのもな・・・」
この機会に、自分の気持ちを再確認してもらおうと、フローズは気合を入れる。
そんな彼女を物陰から見守る影があった。
それは、彼女の想い人にして、この学園の用務員さんことゼンであった。彼は、彼女がクリスマスを心待ちにしていると知って、頭を悩ませていた。
「・・・貴族に何をあげたらいいんだ?」
そう、彼の気がかりは、彼女の身分だ。
彼女は、れきっとした公爵家の令嬢である。突然、平民のゼンに告白してくるという突拍子もないことをやってのけたが、それでも貴族なのだ。対して、ゼンはただの平民だ。その生活には、大きな差があるのは、言うまでもないだろう。ゼンが頭を悩ますのも仕方の無いことだ。
だが、フローズなら、ゼンから貰ったということだけで、喜びそうな気がするが。
こうして両者は、それぞれの悩みを抱えながら、クリスマス当日を迎えたのだった。
「メリークリスマス!」
学園はもう冬休みになっているというのに、冬休みでも仕事があるゼンに合わせて、用務員室でまち構えていたフローズは、満面の笑みで、ゼンにプレゼントを渡した。
一方、仕事を終えて、気を抜いていたゼンは、まさかフローズがいるとは思わず、目を白黒させた。
「メリークリスマス、フローズ。今日はパーティがあるんじゃなかったのか?」
「そんなの、抜けてきたわ。あんな所にいるよりも、私は貴方と一緒に居たいもの」
率直な言葉と妖艶な笑みを向けられて、ゼンは顔を紅くしながら、フローズから視線をそらした。
その様子を見て、フローズはフフッと笑った。
未だに友人としての関係だが、ゼンのこういう反応を見ると、案外脈アリなのかもしれない。
フローズは、その嬉しさを噛み締めた。
そう言えば、前世の”俺”の嫁も初めはこんな反応だったんだよね。
男であった前世を持つフローズは、前世の時の嫁の姿を思い出してた。
しかし、ゼンはゼンである。前世の人を想うのは、失礼だろう。
そう切り替えて、フローズはゼンがプレゼントを開けるのを見守った。
「うわぁ・・・こんなに良いもの貰っていいの?」
そう言ってゼンがキラキラとした目で見ていたのは、ティーカップのセットだ。
紅茶を入れることが趣味と言っているゼンだが、実はと言うと、ティーカップを持っておらず、毎回恥ずかしそうにフローズにマグカップ入りの紅茶を出していたのだ。
それを見ていたフローズは、ゼンにティーカップをプレゼントとしたのだ。
・・・別に、これで彼とお揃いのコップで紅茶が飲める!とは思っていない。いや、半分くらい思ってはいる。むしろそれが目的だったりするのだが。
誰かに言い訳をしつつ、早速嬉しそうに紅茶を入れ始めたゼンを見ていたフローズは、ふと部屋の片隅に素っ気ないラッピングがされた小さな箱があるのに気がついた。
コレは、もしや・・・?
フローズが、期待で胸を高鳴らせていると、手早く紅茶を入れ終えたゼンが、戻ってきた。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。こんなにいいカップが貰えるなんて・・・」
嬉しそうに、頬を赤く染めるゼンを見て、フローズはだらしなく頬を緩めた。
あー、可愛いな・・・。
思わずフローズの中の”前世”が出てきてしまうほど、とりあえず、頬を赤く染めるゼンは可愛かった。
「あ、そう言えば、俺もプレゼントわを用意したんだ。つまらないものだけど・・・」
そう言いつつ、ゼンが取り出したのは、フローズが目を留めていたあの箱だった。
お礼をいいつつ、受け取った小ぶりの箱は、思ったよりも、軽かった。
「開けてもいい?」
「・・・うん」
ゼンが頷いたのを見て、フローズは丁寧に包装を剥がした。
そして、現れたプレゼントの中身を見て、フローズは思わず息を飲んだ。
「俺みたいな、庶民は貴族の暮らしなんて分からないから、とっても安いものだけど・・・。と言うか、材料を買って、自分で作ったものだけども・・・」
ゼンの言葉を遠くに聞きながら、フローズはただただ、その中身を見つめた。
中に入っていたのは、ネックレス。
小ぶりな石が使われた、上品な印象を与えるネックレスは、使われている石が、宝石ではないのにも関わらず、宝石よりも格段に美しく見えた。
そして何より、それは、手芸が好きであった”俺”の妻と過ごした、初めてのクリスマスで貰ったものと一緒だった。
”彼女”が手作りしたのだと、恥ずかしそうに言っていたのを思い出す。
分かっている。彼は”彼女”であって、”彼女”ではないと。だって、彼には、記憶が無いのだから。それが、いくら"彼女"そのものの、容姿をしていてもだ。
でも、私が彼を恋しいと想うのと同じくらい、ふとした仕草に”彼女”を見つけて、私の中の”俺”が、愛おしいと言っている。
フローズは、行き場なく溢れ出した感情のまま、ゼンに抱きついた。
「ありがとう。本当にありがとう」
感極まって、涙まで溢れてくる。
そんなフローズに、アワアワと慌てるゼンに、フローズは泣きながら、クスリと笑った。
再び、この世界であなたに会えたこと。それが、私にとって、何よりのプレゼントだよ。
ゼンは、突然抱きついてきたフローズに、驚きながらも、決して彼女を振り払おうとはしなかった。
彼は、自分の中に広がる、懐かしさに戸惑いを隠せなかった。
それは、彼女にネックレスを送ろうと決めた時からだった。
まるで導かれるように、無心で作り上げたそれは、初めて作ったものであるのに、ひどく懐かしかった。
何故、こんな気持ちになるのかは分からない。
フローズに聞いたら、わかるのかもしれない。そんな予感はするが、聞かない方がいいのかもしれない。
ひどく曖昧な中に、ハッキリとした感情があるのがわかる。
俺は、きっと彼女が__
ゼンは、その答えを出すのを躊躇って、頭をひとつ振った。
案外ヘタレなゼンが、答えを出すのは、もう少し先のようだ。
だが、案外いいクリスマスだ。と考えている辺り、もう答えは出ているのかもしれないのだが。
お粗末さまでした。