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雨の降る日は

作者: 凪紗わお


「……雨、止まないね」


クラス、いや、この学校中で屈指の美少女、嶌野夢奈(しまのゆめな)が文化祭の劇で使う背景の制作作業を止めてそう呟く。梅雨の時期だからある程度は仕方ないが、それでも彼女の表情は暗く沈んでいた。


今、教室には俺――小西深夜(こにししんや)亀岡柚姫(かめおかゆずき)というお調子者の女子と、そして嶌野しかいない。他にも数名いたのだが、この雨の中買出しに行っている。ご苦労なこった。


「ゆめちゃん雨嫌い?」


「ううん、好きだよ。なんか癒される」


「あー、なんかわかる。落ち着くよね」


「うん」


小さく頷くだけで何でそんなに可愛いんだ嶌野


「こにぴーは雨嫌い?」


「残念ながらな。出掛けるのがクソめんどくさくなる」


「そういや最寄りのコンビニが徒歩15分って言ってたね」


「そういうこった。亀岡は?」


「あたし?その時の気分で変わるかなー」


楽しい気持ちの時は好きだし、悲しい気持ちの時は嫌い、か。気分屋の亀岡らしい回答だ


「…それにしても止みそうにないね」


「ああ、台風が接近してるって今朝テレビで言ってたな」


「泊まり込み、カナ?」


なんで亀岡は嬉しそうなんだよ。


「たっだいまぁー!」


「ガムテとか色々買ってきたぞ」


賑やかし女子その2、梅村友美(うめむらともみ)田中涼真(たなかりょうま)が帰ってきた。作業が進まないな、これは


「おつー!雨大丈夫だった?」


「2人ともレインコート着てたからね!ノープロブレム!」


「遅かったな。デートか?」


「んなわけねーだろ。梅村には彼氏いるしよ」


「じゃあ何で?」


「じゃーん!お菓子とジュース!麦茶もあるよ!」


な?作業止まるって言っただろ?

流される方が得策だと直感し、大道具や背景のためのクソでかい紙を教室の隅に追いやる。そして教室のド真ん中にお菓子やジュースを広げ、円になって床に座る。文化祭の準備期間ならではのお楽しみってやつだ


「ねぇ、誰が乾杯の音頭やる?」


「んー。じゃあ小西よろしく」


面倒事を押し付けるのが随分得意だな田中学級委員?何に対して乾杯しろってんだ


「……乾杯できることに乾杯!」


『かんぱーい!!』


平日は毎日顔を合わせているし、休み時間ともなればずっと話しているのに話題が尽きることはない。修学旅行とかの消灯後のピロートークタイムのテンションみたいな感じだ


「さて!今年も残すところ半年ということで、改めて今年の目標を語り合おうぜ!」


「言い出しっぺの田中から右回りな」


「おう。俺はやっぱバイクの免許だな」


「二回目だっけ」


「うむ。ペーパーでまた落ちそうだがな…次、梅村!」


「ウチ?ウチはやっぱり書きかけの小説を完成させて、どこかの賞レースに出すことかな」


「この前読んだけど、面白かったよ」


「夢奈ありがとう!次はこにたん!」


「せめてどっちかで統一してくれ。あー…無難だが、彼女欲しい」


「ほうほう、どんな子が好みなんだい?」


ニヤニヤしながら聞いてくる亀岡。超うぜえ


「そうだなー。大和撫子……は言いすぎか。一緒にいて楽しい人」


「ちぇ、つまんなーい!」


「るっせ。てか次亀岡、お前やで」


「あたしか。目標なんかないよ。目標を決めるのが目標!」


「つまりないんですね、わかります」


「見てろよ田中!すっごい目標見つけてやるんだから!最後、ゆめちゃん!」


「私の目標なんか、最初から決まってるよ」


思いつめたようで、なおかつ固い決意で語る


「松葉杖を使って歩けるようになること」


あのお調子者達を黙らせるほどの、言葉の重み。それには理由がある。


二週間前――嶌野がジュリエットを演じることが決まったその日、彼女はトラックに撥ねられた。右脚の太ももの中程から下を切断しないといけないほどの大事故だ


「野暮なこと聞くようだけど、義足は無理っぽい?」


「昨日お医者さんに聞いたんだ。私の場合、神経が剥き出しになってるから装着しようとするだけで気絶するんだって」


「……なんか悪いな。辛いこと言わせちまった」


「ううん、いいの。いつか言おうと思ってたから、いい機会だったよ」


「そう言ってもらえると、ってやつだな。さあ皆!まだまだポテチもジュースもあるぞ!盛り上がろうぜー!」


『おおー!!』


――――――


「やーまーねーえーなー!」


今の状況を説明しよう!

田中の頭が俺の脛に、俺の頭は梅村の太ももに、梅村の頭は田中の脛にそれぞれ乗っかって、トライアングルを描いているッ!

俺の頭が太ももに乗ってるのは脛に乗ることで梅村のくまさんパンツが見えるのを阻止するためであって、べ、別に脚フェチとかじゃないんだからねっ!


……ごめんなさい、ぱんつ見えました


因みに亀岡は嶌野を連れて障害者用トイレへ。あいつヘルパーか何かの才能あると思うんだ。


「こにぴー、くすぐったい」


「すまん。ところでお2人、雨は好きか?」


「きらーい」


「俺も」


「だよなぁ」


「誰か好きって言ったの?」


「嶌野」


「さすがゆめちゃん、感性が違う」


「つかさ、嶌野ずるくね?」


「ずるい?」


「右脚なくて辛いはずなのに健気に笑ってるし可愛いし所作の一つ一つが綺麗だし可愛いし」


「へー。そんなに私が好きなの?」


「えーっと。いつからそこに?」


「小西が友美に文句言われるところ」


世間一般ではそれを『最初から』と言います


「散ッ!!」


シンクロナイズドスイミングさながらの解散だった。嶌野はその上を行く。2週間で築き上げた車椅子のドライビングテクニックで俺の前に立ちはだかり、行く手を阻む。ピンチだ。


「ね、屋上行こ?」


天使からのお誘いだが、生憎今の俺には悪魔にしか見えない


『こにぴーがんばー』


「覚えてろよてめえら」


――――――


我が校の屋上は、出てすぐのところに屋台のテントみたいなものがある。いまどき珍しい屋上解放の学校で、今日みたいな日は雨宿りもできるし、昼寝やメシ、カップルがいちゃつく場所になっている。今日は俺と嶌野の貸切だ


「改めてだけど、よく降ってるね」


「そうだな」


「ふたりきりだからいいか。ねぇシン。さっきのアレ、どこまで本気なの?」


俺達は幼馴染みだ。中学生の頃、学校では思春期特有の照れくささもあって流石に「そういう関係」と思われたくなかったからか、どちらからともなく苗字で呼び合うようになった。まぁ2人きりになると訳が違うけどな


「あ?全部に決まってんだろ」


「真顔でよく言うよ」


嘘が苦手な俺は、何故かサトラレの疑惑もある


「あの事故があって、気持ちが揺らいだこともあった」


誤魔化すようにさっき途中で買ったカフェオレを一口飲む


「悪い意味じゃねえぞ?どうすればゆめの力になれるか、ずっと考えてたんだ」


多分俺は、散々逃げてきたんだ。嶌野……いや、夢奈から、彼女の現実から。だから、もう逃げない


「いつ頃だろうな、夢奈を好きになったのは」


「えー、知らないよぉ」


ま、そりゃそうだ


「……俺と、付き合ってください」


「デートするにしても、色々制限されちゃうよ?」


「夢奈が望むならリハビリもデートコースさ」


「なにそれ、へんなの。……でもなんか嬉しいかも」


「ねぇ、シン。私もあなたのことが大好きだよ」


――――――


「あ、こにぴー、ゆめりん。おかえり」


苦手な奴が。生徒会長、山下やよい。こにぴーの渾名をつけた張本人。


「ただいまー。って生徒会長がなぜここに?」


「私だって3-2のめんばーだ!」


「もうやよいちゃん、シンのジョークにキレないの」


「おい夢奈、その呼び方は2人きりの時だけって」


「そう言うシンだって使ってんじゃん」


「なになに、その呼び方!まさか!」


あー、やっぱ亀岡はこの手の話題に食いつくよなー


「うん。今日から付き合うことになったの」


「わあ!」


「おめでとぅーっす!」


お調子者二人、盛り上がりすぎ


「その話はあとにして、俺が聞きたかったのは生徒会の仕事を放ったらかしにしてまで山下が来た理由なんだが」


「中島先生から連絡があってね。今現在後者に残ってる生徒は全員宿泊なんだって」


「それを伝えに来てくれたんだね!」


「ってことはこにぴーが言っていたように台風直撃ってとこか」


「床下浸水50cmって言ってたわよ」


「この車椅子だと、ちょうど膝の辺りか」


「何にせよ帰るのは明日、水が引いてからになるわ」


「そっか……よし、時間も時間だしメシにしよう!」


「はいはい。職員室に置いてあった保存食セットよ。明日の分もあるから食べる量は調整してね。せーの!」


『いただきます!』


――――――


雲に隠れた月が高く昇る頃、雨はむしろ暴風に変わっていた。すきま風が酷く、補強されていない窓が今にも吹き飛びそうだ


「小西、窓にテープ貼りまくるぞ。お前身長あるから高いとこ頼むぞマジで」


「了解」


「山下は亀岡か梅村と一緒に寝袋取りに、片方は嶌野の車椅子を抑えててくれ」


「了解。ともちん、一緒に行こう」


「うん!」


「あ、亀岡、悪いけど毛布一枚追加で」


「ん?…ああそういうことね、こにぴー!あたしに任せて!」


「じゃあ、ウチはゆめちゃんの係やね」


「ゆずちゃん、よろしくね」


マジかアイツ、生徒会長を顎で使いやがった


それから数分、進捗状況は大方の隙間は防げたがまだガタつくといったところか


「小西ヘルプ」


「努力プリーズ。今手離したら窓が吹き飛ぶ」


「ただいま。はいこにぴー、毛布」


「あざっす」


作業が終わって女子は就寝、男子は片膝立てて見張りを。三時間後に交代だ。因みに毛布は車椅子で眠る夢奈にかけた


「嶌野は寝かせたままでいいのか?」


「ああ」


少なくとも今は、夢奈は守られるべき存在だからな。それに障害者に仕事を与えるべきではないと判断した


「なあ小西。警告しとくぞ」


「おう」


「昨日、俺と嶌野で絵の具を買いに行ったんだ。スーパーでさ、行きも帰りも他人の目が痛かった」


「どんな目だよ」


「なんつーか……動物園でサルを見るような目だ。お前はデートの度にそれを味わうわけだ。警告ってのは――」


言い終わる前に殴った。


「殴ったことは謝るよ。でもな、夢奈をサル扱いしたことは赦さねえ。それにな、俺ァそんな覚悟、とっくに出来てるんだよ」


確かに、最初のうちは視線が痛く感じると思う。勘のいい嶌野夢奈という女性なら、それを見抜けてしまうほどに。優しい彼女は、やがて別れ話を切り出し、裏で泣くのだろう。


そうならないために、俺は――


「俺は、嶌野夢奈の全てを受け容れる」


幼馴染みというアレを抜きにしても、心からそう思った


「……余計なお世話だったな。お幸せに」


「おう。さっきは赦さねえっつったけど、俺はお前のこと親友だと思ってるからな」


「…水くせえなこの野郎、その話は後だ。今はとにかく見張りを続けよう」


やあ親友、気にしないふりはいいが、声が上擦っているぞ。


――――――


「ほーら、こにぴーにゆめりん、おてて離して起きなさい」


『!?』


どうやら無意識のうちに手を繋いで寝てしまっていたらしい


「仲睦まじいのは良いことだけど、特にこにぴーは手伝ってよね」


私も恋人が欲しいとか言ってた気がするが聞こえなかったからな


寝袋を生徒会室に返却し、顔を洗ったタイミングで腹が減った。6人で朝食というのも修学旅行っぽくてなんかいいな


「じゃあウチと柚姫は一階の浸水状況見てくるね。何かあったら携帯鳴らすから」


「私は生徒会室に戻るわ。会長がいないと締まらないじゃない?」


「あ、俺も付いてっていい?講堂を使う申請の書類欲しくてさ」


「ん、わかった」


4人を見送って、静寂が訪れる。


「……二人きりだね」


「ったく、落ち着きのない連中だ」


「それにしてもありがとう。私を受け容れてくれて」


「聞いてたの?」


「うん。今までで一番かっこよかった」


うっわ滅茶苦茶恥ずかしいなこれ


「と、とりあえず大道具完成させて、皆に一泡吹かせてやろうぜ!」


「うん!」


数分後、梅村と亀岡が帰ってきた


「たっだいまー!」


「お帰り。ってか何で裸足なんだよ」


「水出すの手伝わされたんだよね。こにぴーも手伝ってよ」


「こいつにゃ無理だろ。嶌野を守る任務があるし」


「お帰り田中くん。そしてそうだね、私をサル扱いした誰かさんとは大違いだもんね」


「え、そんなことしたの?」


「幻滅だよ学級委員の田中くん?」


「民主主義だ、多数決でお前の負けな」


「負けって何!?聞かれてたのかよ!?反省します!」


「ところで水位はどれくらいなの?」


「あと3時間くらいで追い出す作業が終わるから、お昼ご飯食べ終わる頃には帰れると思うよ」


「了解。じゃあ皆大道具作るの手伝おうぜ。こいつら二人に任せきりってのも示しがつかないからな」


『サーイエッサー!』




「いつも通りの廊下だね」


「水が少し残ってることを除けばな」


「でも、お日様が反射して綺麗」


言われてみれば確かに。5人の足と車輪が立てる波すら美しく思える


「帰ろう。家族が待ってる」


俺史上、最高にキザなセリフだということは、自覚してるぞ、流石に


――――――


「初デートなのに豪雨とはこれいかに」


「でも、この前よりはずっとマシだよ」


突然だが、彼女の左脚も筋力が衰え始めている。車椅子の影響だろうか


俺の目標…文化祭準備の日に立てた目標は最高の形で実現した。しかし――


「ねぇシン。私の目標は叶わないって思ってる?」


「……正直な。左脚も弱ってきてるしさ」


「私、諦めないから!」


「なんでまた」


「ちゃんと立って、シンとハグしたりちゅっちゅしたいから!」


あらやだ大胆なお嬢ちゃん。冗談はさておき、あまり無理して欲しくないというのが本音だな


「晴れたらリハビリ付き合うよ。前にもそれすらデートコースになるって言ったろ?」


「うん、ありがとう」


「さあ寝ようぜ、明日は映画見に行くんだろ」


「そうだね。じゃあ――」



『おやすみなさい』



――――――



あの日までは、俺は雨が嫌いだった。コンビニへ行くにも15分はかかるし、何をするにも気が滅入ってしまうから。だけどあの日、お前に告白して、カップルになって……その気持ちはなくなった。今なら言える。俺も雨が好きだ。理由?聞かないでくれよ


雨の降る日は、いつも以上に夢奈を好きでいられるから。それだけだ

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