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ゾンビ男と科学者ちゃんと

本編より葛藤してる(むしろ番外編でやって大丈夫か)。

 ペンライトをあてて見せて、都は感嘆のため息をつく。片目をつむったタイラが、「今日も死んでるか?」と軽口を叩いた。彼の目を覗き込み、都はうなづく。

「瞳孔も開きっぱなしだわ。世界が明るすぎたりしない?」

「なあ、ほんとは君のことなんか見えてないんだって言ったら……どうする」

「興味深いわ」

「言うと思った。残念ながら普通に見えてるよ」

 レポート紙にさらさらと何か書き写しながら、都はちらりとタイラを見た。タイラはといえば、欠伸まじりにクッキーなど口に運んでいる。

 色々と試しては見たけれど、タイラの肉体は確かに死んでいた。あらゆる生命活動をやめていて、もちろん食事行為などは必要ない。それでも彼が空腹を訴えるのは、恐らく魔力維持のためだろう。都にとって魔力などというものは眉唾物だが、ここまで仲間がそのようなファンタジーで生かされているのを見れば信じざるを得ない。

 タイラはクッキーを咀嚼して、都を見た。

「動く死体はそんなに珍しいか?」

 手を止めて、都はうなづく。それから、彼がどんな思いでこのようなことを言うのだろうと考えた。そんな都を尻目に、タイラは涼しい顔で足を伸ばしている。はだけたシャツから、赤い染みのついた包帯が見えた。彼の言う通り、生前負ったであろう傷だけが治らないまま残っている。大きなところで頭、左胸、彼を死に追いやったであろう致命傷が。

 何も言わずに近づいて、都はタイラの頭の傷に触れる。包帯の上からでも、パックリと割れているのが分かった。

 できるなら。

「治す方法があればいいと思うけど」

「自然治癒力はゼロだぞ」

「なぜ死んでからの傷は治るのかしら」

「そういうもんだ。タンバリンを叩き続けるようプログラムされてる猿の玩具が、タンバリンを叩き続けるのと一緒だ」

 もしそうならば、プログラムは変えることができるはずなのだ。都はそれを上書きする方法ばかり考えて、今日も彼の目を見る。光をあてた彼の黒目が、動きはしないかと期待する。そうして――――

「そうして、俺を生きてる人間に近づけていって、意味があるのか」

 そんなこと。都だっていつも考えている。最初は、彼の体を研究すればいつかは『死なない生きもの』でも造りだせるだろうかと考えていた。でも今は。

 まるで彼を生き返らせるために、他の研究をしているような気になる。

 そんな恥知らずも言えよう、都は自らの手で娘を造り出した咎人だ。今さら、神への反逆と罵られようと何も怖くはない。それでも時折タイラの方が、都の手を止めることがある。まるで「ここからは神の領域だ」とたしなめるように。苦笑しながら、「君のその野心には頭が下がるけど」なんて飄々と。

 もしかしたら生前には、案外信心深い人物だったのかもしれない。

 時々は彼に、生きていたころのことを聞くけれど、思うような答えが返ってきたことはなかった。前にレミの言っていたことを考えれば、強い感情により彼の魔力が増幅すれば自我が消える可能性もある。だから無理に思い出させようとは思わないが、やはり気になることはあった。どんな風に生きてどんなふうに死んだのか。彼と言葉を交わしていると、気になることばかりだ。

 不意に、恐ろしくなった。

 声が震えないよう気をつけながら、都は尋ねる。

「あなたが、あなたじゃなくなることが……いつかあるかもしれないのね」

「そりゃあ、俺の自意識が消し飛ぶ時の話をしてるのか?」

「そう……そうね」

「らしい言い方だ。つまり君は、自意識のなくなった俺を、俺だとは思わないんだな」

 都が黙って目を伏せるのを見て、タイラは喉を鳴らして笑った。「俺もそう思うよ」と、肯定する。わからない、今も。彼がどんな思いでそんなことを言っているのか。都にとって人の心は専門外だ。ただ、心臓の止まった彼を見る限りでは、やはり人の心は心臓に宿るものではないと証明されただけだった。

「こわくはない?」

「怖いさ。理性がふっ飛んだら、君のことだってあいつらのことだって襲うかもしれない。いや、襲うだろうな、今だって腹が減れば危うい」

 最後だけ冗談のように言って、タイラはまたクッキーを口に運ぶ。違うわ、と都は首を横に振った。「そういう意味でなくて」ともどかしさから続けようとすると、タイラは不意に笑う。

「『自我の消失について恐怖を覚えないか』という話であれば、先生」

 目を細めて、彼は言った。「考えたくない」と。

 ハッとして、都は口を押さえる。なんてことを聞いたのだろう。死んだ人に、『死ぬのは怖いですか』と聞いて、どんな答えを望もうというのか。

 しかし彼は、飄々と「どうして口をつぐむ?」と尋ねてきた。

「好奇心の赴くままに、知りたいことを知ろうとすればいい。俺には答えられないこともあるが、まあできる限り協力しよう」

「なぜ」

「俺もかつては生きていたから、だ」

 それ以上の返答はなかった。

 都の欲求がいつか生きている人間に役立つはずだとタイラが思っているのなら、やはり彼は根っこでは信心深い人物なのだろう。科学は神への冒涜であり、誰より神のもたらす奇跡を信じる学術だ。毎日神に祈りながら、十字架を折ってみせる研究をする。そのひたむきさで、時々は神に許しを請い、時々は悪魔に微笑まれるものだ。

 タイラは小さく息を吐いた。「それでも、君が俺を憐れに思うのなら。一つ頼まれてほしいことがある」とどこか真剣な声色で言う。

「さっき、言ったな。理性がふっ飛べば君やあいつらを襲うだろう、と」

「それは……可能性の一つとして、あるかもしれないという話だわ」

「ああ、そうだ。可能性の一つとして聞いてくれればいい。可能性の一つとして、俺は君たちを襲うかもしれない。……だけど俺の体の中で再生しないのは、脳味噌だけだ」

 彼が何を言うつもりか、直感的に分かった。わかってしまった。それだけは言われまいと、口を開き――――結局何も言えないまま、都は拳を握る。タイラは机の引き出しを勝手に開けて、都が護身用に持っているピストルを軽そうに手でもてあそんだ。彼が、囁く。「だから可能性の一つとして、君は俺の額に穴をあける練習をしておいてくれないか」と。

 都は頭が重くなったように感じ、静かに自分の額をなでた。

「あなたを、殺せと言うのね」

「違う。もう死んでるんだ」

 わかっていた。たとえ彼を生きている人間に近づけたところで、彼がそれを望まないだろう。タイラワイチは、『悔いなく生きた』と言ったのだ。この延長戦すら、本意ではないだろう。だからといって、

(なぜ私にそんなことを言うの)

 それでも生きていてほしいと願う全てを、本人に否定されたような気持ちだった。

「……いいわ」

 わかっている。理解できる。生きていてほしいというのは都のエゴ。死人に何を望んでも、その傲慢さが死人を辱めるだけ。痛いほどに、わかっている。

 ここで都がやると言わなければ、いつか彼は、自分のこめかみに銃口を向けるだろう。そんな孤独があるだろうか。そんな寂しさを、彼は死んでなお味わうのだろうか。

 都は、続ける。

「大丈夫、死んだ身体で、自我もなく……それはあなたではないと、私がさっき定義したのだもの。その引き金を引くことに、なんのためらいも」

 こちらを見るタイラが、ぎょっとした。都も、頬を伝う滴が床に落ちるのを、驚いて見る。動揺して拭ったけれど、涙は止まらなかった。言葉が出てこない。ただ目から水が溢れてこぼれるだけだ。

「……悪かった」

 不意にタイラが呟く。それから手を伸ばし、都の頬に触れた。彼のひどく冷たい指先が、そっと涙を拭く。「少し意地悪をしすぎたな」と、優しく笑った。

「ユメノとの約束だ。俺は、お前たちの物語を見届けよう」

 失敗、しちゃった。

 そう思って、都はうつむく。今この瞬間に、誰が一番つらいと思っているのか。その苦しさを、彼一人に押し付けてしまった。

 タイラは、そっと都を抱き寄せる。彼の体は冷たくて、血の匂いがした。

「大丈夫、俺は何も考えていないからね。吹っ飛ぶほどの自意識もないさ」

「でも」

「こんな俺の存在を惜しいと思ってくれて、嬉しいよ、先生」

 彼の手を取って、握りしめる。こうしているうちに、体温を分け与えられはしないだろうかと。血の通っていたころの彼の腕は、温かかったのだろうか。科学者といえど、本物にならない夢を見る。

 今は言葉を持たない。永遠に近い孤独を覚悟した彼に、伝える言葉を持たない。今は、まだ。


 戦争は来年書こう……。

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