はじまり
『薬中男と科学者ちゃんと?』のハロウィン特別セルフ二次創作となっております。みんな怪物です。キャラ崩壊注意、というか薬ちゃんキャラを全く違う世界で怪物にさせたものなのでこんなものかと思っていただけたら嬉しいです。
【舞台は大抵、深い森の中】
赤い頭巾をかぶった少女――ユメノは、右手にパンの入った籠、背中に箒を背負って深い森を歩く。今日は森に住む友人を訪ねる予定なのだ。
「アレー道迷っちゃったかなぁ」
呟いて、ユメノは空を見上げる。「太陽があそこにあるからー」と指さしてみて、それからいっそ清々しく「わかんねえ」と肩をすくめた。そんなユメノに、後ろから声をかける人影があった。
「お嬢さん、こんな森の奥に、何の用でございましょ」
【待って】
振り向いたユメノは、「関係ねーだろ」と不機嫌さをあらわにする。声をかけてきたのは、獣の耳とふさふさの尻尾を生やした青年だった。
「えっ、すげえ可愛い顔してマジ口わる……」
青年はそっと口に手をあてて、何か考えるような顔をする。ユメノは腰に手をあてて仁王立ちして見せて、「つうか、お前誰だよ」と睨んだ。
「あっ、自分……ノゾムと申します。めっちゃお見知りおき」
「人間なの? 動物?」
ノゾムはどこか不思議そうな顔をして、自分の顔の真横に手をあてる。「パードゥン?」と、聞き返す仕草をした。ユメノは思わず真顔で言う。
「待って、お前の耳そこ?」
【聞いてねーっす】
なんとなく一緒に歩きながら、ノゾムは「まあ自分、オオカミっていうか人間っていうか、狼男らしいんで」と真面目に言う。
「らしいんで、ってなんだし」
「いやぁ……そんなもんでしょ。犬だって犬として扱われるから犬になるんすよ。自分は狼男として育てられたんで、狼男なんだよなぁって」
「よくわかんねーけど、まあのんたんは狼男ってことで」
「それで、お嬢さんは?」
尋ねられたユメノはいきなり立ち止まり、「ふうー」とため息をついた。「あたし、ユメノ」と簡潔に名前を言う。それから、背中の箒を掴んだ。
「ああーその箒、ずっと気になってたんすけど何に使うんすか? 掃除?」
不意にユメノが箒を空に掲げた。「えいっ」と、可愛らしい声で言ってみせる。ノゾムも空を見た。見る見るうちに黒い雲が集まり、何か言う暇もなく稲光が空間を裂く。
「え、ええ……」
「あたし、魔女のユメノ! いま雷落とした理由は別にないぜ」
「ええー……」
【Q:つまり森を歩く意味もないのでは?】
雷で焦げた大木を見て、ユメノはそっと箒を揺らす。一瞬の間の後に、大木はその姿を数分前の健全なものに戻した。ノゾムは残念そうに目線を落として、「手ぇ出せる気がしねー」と独り言を呟く。
「てか、魔女さんって箒で魔法使うんすね」
「いや。いつもは杖だけど、なんとなく振るもん欲しかったから箒使っただけ」
「なんでもいいんだぁー」
それじゃあ箒は? とノゾムが改めて尋ねた。「そんなの」とユメノは当たり前のように言う。
「飛ぶために持ってんだよ。わかんないの?」
何一つ有効活用していないな、とノゾムは思った。
【キャラ崩壊待ったなし】
ユメノの話を聞いて、ノゾムは腕を組む。「ここら辺に人の家なんてあったかなぁ」と、言ったそばからユメノが指をさした。「家じゃん、あれも」と。ノゾムは立ち止まって、「ああ、あれは」と言いかける。もちろん、ユメノは聞いていない。勝手に走って行って、その戸を叩いた。
「ごめんくださーい、アイちゃんいますかー」
扉が開き、顔を出したのは小さな女の子だ。「いませーん」と邪気なく答える。ノゾムも近づいて行って、「こんにちは」と挨拶した。女の子は明るい笑顔で、「こんにちは」と挨拶を返す。ユメノがそっと屈んで、「何この子ーめっちゃ可愛い。天使?」と言いながら頭を撫でた。
「そうよ」
いきなり澄んだ声が響き、ユメノは驚いて立ち上がる。家の奥から、白衣を着た女性が歩いてくるところだった。
「天使よ、天使以外のなにものでもないわ。うちのミユはこの世界に舞い降りた、たった一人の天使なの」
物憂げな様子ながら力強くそう言い切った女性に、ノゾムはそっと頭を抱える。
「だから、番外編やる時はこの人の立ち位置ちゃんと考えようって言ってるじゃないすか~」
「いきなりメタ発言やめろ」
【マッドと冠するサイエンティストです】
ノゾムとユメノに紅茶を淹れてやりながら、女科学者は「そう」と呟いた。
「お友達の家……ごめんなさい、私たちは引っ越してきたばかりで、この森は詳しくないのだけど」
「いいのいいの! というか、お姉さんたちのこと知りたいな」
科学者は黙り、静かに子どもの頭をなでる。「この子はミユ。私はミヤコ」と簡単に名乗った。
「2人は親子なの?」
「そうね」
ユメノが尋ねようかどうしようか悩んでいるうちに、ノゾムが「お父さんは」とあっさり聞いてしまう。そんなノゾムを小突きながら、ユメノは「デリカシーなくてごめん」と手を合わせた。都は、どこか不思議そうな顔をしている。
「この子は、私が造った女の子よ」
「つくった……?」
「前に住んでいた街では、みんな私たちのことを『フランケンシュタイン博士とその怪物』と呼んだわ」
「なるほど?」
「今でも訂正したいのだけど、この子は怪物ではなく天使よ」
「訂正箇所そこかなぁ」
【天使の怪物たる所以である】
実結がついて行くと言い張り、都親子も連れて森の奥を歩くことにした。
「前にそのお友達に会ったのはいつ頃なんすか?」
「うーん、何年前だろー」
「そんなに会ってないんすか」
「お互い、1年なんか1時間みたいなもんだからなぁ」
ユメノはそう言って、「あ、歳のこと聞くなよ」と何か言われる前に釘をさす。魔女だから多少は、と思いながらもノゾムは天を仰いだ。ということは、彼女の友人も人外の可能性が高いぞ、と。
「それにしても寒いねー。なんで森の奥ってこんなに寒いんだろ。木がありすぎて陽の光届かないからかな」
そうぶつくさ言ったユメノに、実結がここぞとばかりに手をあげる。「まかせて!」なんて言って、近くの木に駆け寄っていった。それからその小さな手で大樹を抱え込み、「よーいしょ」と言いながら――――軽々と、持ち上げた。
「ほら! おひさま、みえるよー!」
引っこ抜かれた大木が、ゆっさゆっさと揺らされた。それを呆然と見たノゾムが呟く。「森も災難だな」と。
【いわく健全な死体だそうで】
一度抜いた木を植え直し、実結は「あったかくなったよー」と汗を拭う仕草をして見せた。
「そっかぁ……。あたしも運動すればいいのかもね」
そう呟いたユメノに、後ろから「ダイエットか?」と声がかかる。
「いやダイエットとかの話じゃなくてさぁー、寒いし」
「嬢ちゃん別に太ってねえぜ」
だからダイエットじゃないし、と言いながら振り向いたユメノは、声にならない悲鳴をあげた。ノゾムと都親子も、足を止めて振り返る。そこには、赤く濡れたジャケットで、見るからに瀕死そうな傷を負った男が立っていた。顔色は非常に悪いが、なぜだか明るい笑顔だ。思わず、ノゾムが「悪霊退散」と呟く。
「悪霊と決めつけんな、青年。死んでることは否定しねーけどな」
腰を抜かしたユメノが「幽霊!? 無理! むりむり」と言いながら後ずさっていった。「失礼だな」と男は涼しい顔で言う。
「幽霊とは違うぞ、そんなふわっふわしたもんとは」
「でも死んでるんでしょ」
「ちょっとそこも微妙なんだよな、俺。埋められたところから這い出ただけだからさぁ。まあいつまで経っても怪我治んねえし、脈もふれねえし、死んでるんだろうけどな」
「じゅーぶん、ふわっふわしてるじゃないすか」
確かに、と自分で言って、男はくるりと踵を返す。未だ震えているユメノに、ゆっくりと近づいた。
「それにしても嬢ちゃん……美味しそうだな?」
「えっ」
「もうさ、死ぬほど腹減ってんだよ」
一瞬で青ざめたユメノが、「来ないで、あたし美味しくないよ」と涙目で首を横に振る。男は静かに手を伸ばし――――
ユメノの持っていた籠から、パンを一斤つかみ取った。それをそのまま、口に運ぶ。
「死んでも腹が減るってのは、こりゃどういうことなのかね」
言いながら頬張り、「上手いなこれ」と嬉しそうな顔をした。呆れつつも、ノゾムが「名前は」と尋ねる。男はぼんやりとノゾムを見て、「タイラ」とだけ答えた。
「なんというか……元気そうな、死体ですね?」
タイラはパンを口いっぱいに頬張りながらうなづく。
「ふぇんぜんふぁ、ひふぁいふぇす」
「なんて?」
【森の中での勧誘行為は特に禁じられておりません】
パンを飲み込んだタイラに、ずっと様子見をしていた都が近づいた。タイラの目の前に立ち、意を決したように抱きつく。呆然とする周囲を尻目に、都は感動した面持ちでタイラを見た。
「すごい……心臓が動いていないわ」
そうなんだ? とタイラ本人が呟く。「どうなっているのかしら、今食べたパンはどこへ行ってしまうのかしら」と都は思案顔だ。
「あなたにとても興味があるわ。私たちの実験を手伝ってもらいたいの」
そっとタイラの手を掴んだ都は、彼に熱視線を送る。タイラは何も考えていない顔で、「いいよ、美人だから」と答えた。
ノゾムはなんとなく実結の耳をふさいでやりながら、「あの二人の適応能力、人間ではないな」と内心思った。
【しちゃった……】
なんとか立ち上がったユメノが、タイラに何度も「ニンゲン、食べない?」と確認している。タイラといえば、面倒そうに「食べちゃうかもよ」なんて答えていた。ユメノは涙目で、「あのね、あのね」と何かうつむいて言っている。
「……ちゃった」
「え?」
「こわすぎて何か召喚しちゃった」
次の瞬間には、辺りを黄金の光が包んだ。タイラと都はさすがの適応力で、「なんだこのエフェクト」「興味深いわ」と言い合っている。焦っているのはノゾムとユメノだけだ。身を寄せて怯える。
「ちょ、ちょっ、ユメノさま! 自分で呼んだもんでしょ。中止とかできないんすか。てか何お呼びしたんすか」
「わっかんないけど、この雰囲気だとたぶん……悪魔」
「ストーップ! ストップ召喚!」
やがて光は空中に散りゆき、中から漆黒の羽を持った――――少年が現れた。ユメノよりも小さな少年は、まだあどけない瞳を真っすぐに向ける。
「こんにちは! ユウキといいます、つよいアクマです。ぼくをよんだのは、お姉さんですか?」
うろたえながらも、ユメノはそっとうなづいた。それから、静かにタイラを指さす。
「あいつ、やっつけられる……?」
【なるほど……?】
パッとタイラを振り向いたユウキが、そっと手をかざした。微かな風が吹き、少年の髪を揺らす。――――が、それだけだ。タイラは風で少し寒そうにして、「死んでも寒いとは」と文句を言っている。
やがて、ユウキは泣きべそをかいてその手をノゾムに向けた。
「ぼくは……! ぼくはつよいアクマなんですよ!」
いきなり、ノゾムが後ろに吹き飛んで木にぶつかる。「理不尽だ」と叫びながら転がった。口に手をあてたユメノが、「今のあんたがやったの?」とユウキに尋ねる。そうですよ、と言いながらユウキは涙を拭った。
「すごいじゃーん。ノゾムぐらいなら倒せるってこと?」
「ぐらいならって……自分だってハートブレイクっすよ……?」
パッと顔を輝かせたユウキが胸を張る。「今のはちょっとぶつけただけですよ」と嬉しそうに言った。それから、顔をしかめてタイラを指さす。
「あのぞんびは、ジゴクにつれていくようしばろうとおもったんです!」
「あ? なんかやったのかよ、わからなかったけどな」
「なんできかないんですか!?」
「知らねえよ、俺に聞くなよ」
子犬のように吠えるユウキを見て辟易としたタイラが、そっと目を伏せる。「ああでも、地獄に連れて行こうとして失敗したってんなら簡単な話じゃねえか?」と言って笑ってみせた。
「地獄も引き取り拒否なんだろ」
ユウキは虚を突かれた顔をして、ポンと手を叩く。「なるほど」と。
【ボーイミーツガールは物語の基本】
そーっとタイラの腕を突いてみて、ユウキはため息をついた。
「ぞんびなんて、ぼくがさわっただけではじけとぶものなのに」
「何それこわい」
真顔で腕を組んだタイラが、少し避ける。「はじけ飛ぶなんてダメよ」といきなり都が間に入った。「彼にはまだまだ価値があるもの。科学や医療の世界できっと役に立ちます」と、言い切る。あまり嬉しくなさそうに、タイラは「ありがとう学者先生」と肩をすくめた。
そんな都の背中から、実結が静かに顔を出す。
「はじけとばしちゃダメ、だよ……?」
不意に、ユウキは赤面して後ずさった。なぜこんなところに、と口ごもる。「どうした?」と首をかしげるユメノの、後ろに隠れてしまった。
「天使がいます」
「は?」
「ぼくはしってるんですよ、一度だけ天界にいったことがあります。きみ、天使でしょう? ぼくはアクマですから、天使とはおはなしできません」
ははあ、とノゾムはニヤニヤ笑いながら、ユウキを肘でつつく。「タイプなんすか?」と聞けば、次の瞬間には吹っ飛ばされていた。「そういうのとちがいますよ!」とユウキは怒る。
「どうよ、先生。オタクの娘さん、悪魔に見初められてますけど」
「そうね、ミユは天使よ」
「あれこの人、会話が成り立たないタイプかな?」
今さらにタイラが不安げな顔をするが、まるで気にせずに都は納得の表情をしている。実結はといえば、強引にユウキの手を取っていた。
「ミユのことしってるの?」
「し、しってますよ! 手なんかにぎっちゃいけないんですよ!」
「ほんとー? じゃあおともだちになって!」
「きいてますか!」
わかってなさそうに笑う実結を見て、ユウキはまたため息をつく。少し考えていたようだが、やがて諦めたように「神さまにはないしょにしておきましょうね」とだけ呟いた。
【食文化という壁】
呆れたタイラが頭をかきながら、「いや怖がらせたのは申し訳ねえけども、アクマ召喚するほどじゃないじゃないの」とユメノを見る。ユメノはといえば、恥ずかしそうに「あたしも召喚できちゃうと思わなかったから」とぶつぶつ言った。
「というか、ほんとに人間たべない?」
「食べねえよ。なんで生前食べなかったもんを死んでいきなり食うようになるんだよ」
「え、じゃあ主食は?」
「桃」
「モモ……」
当惑しながら、ユメノはユウキを見る。
「悪魔くん、主食は」
「タマシイです」
「こわい……」
張り切った様子の実結が、手をあげた。「ミユはシチューすきだよ」と。都もうなずいて、「シーチキンが好き」と申告する。それからノゾムも、「キノコが主食です」と言った。
「ツッコミが追い付かない……あたしはチョコレートが好き……」
【教養あるタイプの悪魔です】
何とかタイラに怯えない程度には復活したユメノが、「でもなんで死んじゃったの、おにーさん」と尋ねる。「覚えてねえんだけど、たぶんロクな理由じゃないと思う」とタイラは自分でそう言った。
「こんな森に埋められてるくらいですしね」
「そうだな、こんな森で復活してもやることないのにな」
暇すぎてイマジナリーフレンド作るとこだったわ、とタイラは本気とも冗談ともとれる声音で言う。どうでもいいっす、とノゾムが呟いた。
はたと立ち止まり、ユウキがタイラを見る。
「どーしてしゃべれるんです?」
「あん?」
「ゾンビは、イシソツウができないものですよ」
「難しいこと言うなぁ」
タイラは首をかしげながら、「というか悪魔の旦那から見ましたらやっぱり俺はゾンビなんですか」と逆に尋ねた。
「肉体をはなれたレイコンが天国にもジゴクにもいけずにこの世をさまようものの、とくに肉体をえたすがたをゾンビとぼくたちはよびます」
「ごめんもうちょっとわかりやすく言って」
「Living dead」
「発音」
【何年いると思ってる】
「それにしてもご主人はなんでこんな森をあるいているんですか」
「ご主人って、あたしのこと言ってる?」
戸惑いながらもユメノは、ため息をついた。「友達の家を探してるの。悪魔くんさ、なんか人探知能力とかないの?」と無茶ぶりをする。ないですよ、とユウキがしれっと言った。「誰の家を探しているんだ」とタイラが尋ねる。
「アイちゃんだよー。知ってる?」
期待薄な顔のユメノとは裏腹に、「あいつか、知ってるよ」と簡単そうにタイラは言った。
「だよね」と笑ってから、ユメノは立ち止まる。「は? 知ってんの? なんで」と聞き返した。
「カツトシだろ。そうか、お前が魔女の友達か」
「なんで知ってんの!」
「馬鹿お前……俺が何年、この森で暇をもてあましてると思ってんだよ。出口以外ならなんでも熟知してるよ、俺は」
「え、迷子じゃないのそれ」
カツトシの家はあっちだ、と言ってタイラは指さす。木々の隙間から微かに、赤い屋根が見えるような気がした。
【パーティと聞いて】
古いドアを叩いて、ユメノは「アイちゃーん、来たよー」と声をかける。3秒もしないうちに中から足音が聞こえ、扉が開け放たれた。
「ユメノっちゃーん」
中から出てきたのは、褐色肌の青年だ。青年は思い切り飛び出し、勢いのままユメノに抱きつく。黒いマントが翻って赤く映る。
「遅かったじゃなーい。元気してたー?」
「元気元気。っていうか中入ろうよ、おひさま出て来ちゃうよ」
そうよね、と上機嫌な青年が、ユメノを中に招き入れた。扉を閉めた青年は、「で?」と腰に手をあてる。
「なんでこんなに大所帯なわけ?」
説明を求める空気の中で、タイラが「よお」と手をあげた。「パーティと聞いたもんで」と、説明になっていないことを平然と言う。青年は口に手をあてて、「あんた何でいるのよ死体!!!」と叫んだ。
【健康的ぃ】
死体と叫ばれたのが今さらにショックだったのか、タイラは黙って天を仰いでいる。そんなタイラを無視して、ユメノが「森で会ったんだよ、色々あって」と答えた。
「色々ってぇ?」
「まあ、迷子になったりとか」
「遅いわけだわ」
それからユメノは、一人ずつ簡単に紹介していく。
「あのね、アイちゃん。こいつはノゾム。狼男なんだって」
「どうもノゾムです、狼男です」
「こっちはユウキ。あたしが呼んだ悪魔くん」
「つよいアクマですよ!」
「それでこっちが都お母さんとミユちゃん。科学者の先生と天使なんだって」
「ご挨拶が遅れましたが、近所に引っ越してきました。よろしくお願いします」
「ミユはシチューがすきだよ!」
「それで……ええっと、タイラ。よくわかんないけど、死体」
聞いたカツトシが、「死体だわ!」と怯えたようにまた叫ぶ。「死体死体うるせえよ」と今度こそタイラは怒った。
「つーかお前、吸血鬼に言われたくねえぞ」
えっ、とノゾムが目を丸くする。想定外の反論だったようで、カツトシは動揺を隠しもせずに「誰が吸血鬼よ、僕はただの森ガールよ」ともごもご言った。
「森ガールではねえだろ、なんだ森ガールって」
「何を根拠に、僕が吸血鬼だなんて」
いきなり、タイラが都を前に出す。それから都の髪を、優しくかき上げた。細い首筋が露わになり、カツトシが思わずという風に喉を鳴らす。
「美味しそうだろ」
ぐっと耐えるカツトシに対して、都は表情も変えず「いいわ」と言い切った。
「吸ってみて」
「ダメだこの人、未体験の被吸血行為に好奇心を隠せないでいる」
吸わないわ、とカツトシが敗北感を漂わせながら呟く。「そうよ、僕は吸血鬼よ。でも血なんか吸わないわ」と、恨めし気にタイラを見た。
話を聞いていたのか聞いていなかったのか定かでないノゾムが、勝手に持ち出してきたガラスの瓶を掲げてみせる。
「これ、血ですか?」
不意にカツトシは額に青筋を立てて怒鳴った。「トマトジュゥスよ! 舐めんじゃないわよ!」
【アイデンティティ】
それにしても、とユウキが何か難しそうな顔をする。
「血をすえない竜の子とは、なぐさめようもないですね!」
「やだこの子……ちっこいのに言ってることが辛辣」
煽った手前少しは罪悪感があったのか、タイラが「まあそれを言ったらみんなアイデンティティ的にどうかと思うところはあるぜ」とユウキをなだめた。確かに、と言ってユメノはノゾムの背中をバシッと叩く。
「ほらこいつとか、狼男のくせに主食はキノコだし」
叩かれたノゾムは、「ひえっ」と言いながら肩をすくめた。狼男? とタイラが怪訝そうな顔をする。
「なんだ、ただの浮かれたガキかと思っていたが……この犬の耳みてえなもんはもしかして本物か?」
言いながらタイラが、ノゾムのピンと立った獣耳を遠慮なく触り始めた。
「ちょっ、あんまさわ……」
「確かに作りもんのさわり心地じゃねえけど」
「あの、あっ……さわ、さわんな……って」
「何か思い出してきそうだぞ。俺、犬飼ってたのかな」
「あっ……あ……やめれくらはい……」
耐えきれずタイラの腕を振り払ったノゾムが、顔を赤くして睨む。いかにも「なんということを」という顔だったので、さすがのタイラも手を引いて首をかしげた。
「どうした」
「あんた……! 耳をさわるなんて何考えてるんすか!」
「いや、耳をさわってみたいなって考えてたよ」
「こんなこと生まれて初めてだ! 絶対ゼッタイ、責任とってくださいよ!?」
「責任、とは」
肩を震わせながら、ノゾムは両手で耳を隠す。
「いいから黙って! オレのこと責任もって飼ってくださいよね!」
驚いたタイラが、「死体に飼われて満足か?」と口走った。「やっぱり死体なんじゃん」と、横でユメノが呟く。
ということはタイラをモノにするには、あの狼男の青年も飼い慣らさなくてはいけないわ、と都は思った。
【今宵はそう、】
ノゾムの顎の下を撫でながら、タイラは「つうかパーティはいつやるんだよ」などと供述する。
「パーティなんかやらないわよ、どこ情報よそれ」
「今日はハロウィンだって聞いたぞ」
「だからどこ情報よ」
「小鳥のさえずりだよ」
言いながら、タイラが懐から何かの電子端末を取り出した。その中の、青い鳥のアイコンをタッチして見せる。ノゾムが「世界観を大事にしてくださいよ」と困惑の表情をした。
カツトシがタイラの懐をじっと見つめている。なんだよ、と言うタイラに、カツトシは青ざめながら首を横に振った。
「めっちゃ怪我してる、こわい~」
今さらかよ、とタイラが突っ込む。カツトシは光の速さで奥に引っ込んでいき、そして戻ってきた。その腕には、大量の包帯が抱えられている。
「やだもうこわい~。何この怪我、絶対死んでる」
「だから死んでるんだって」
「動かないで! 包帯巻くから」
「死人の手当てして楽しいか?」
精神衛生的な問題よ、と言いながらカツトシは包帯を巻きつけた。仕方なさそうに、タイラはされるがままになっている。その様子を、なぜか都が写真に撮り始めた。「参考に」と言いながらフラッシュをたく。
最終的には体中に包帯を巻かれたタイラが、なんとか残された狭い視界でよたよたと歩き始める。
「ゾンビらしくなりましたね!」とユウキが楽しそうにした。
それを見てようやく安心した様子のカツトシが、腕を組んで窓際に背もたれる。「別にパーティやってあげてもいいけどぉ、ほんとトマトジュースぐらいしかないわよ」とため息をついた。
「じゃあ、私も家から何か……持って来ましょうか」と都が控えめに提案する。実結も「おかしもってくる!」と言った。
「ふうん、じゃあ、あたしもなんか持ってこようかな。ねえここって熊とかいる?」
「狩る気っすね? 絶対にやめてほしいっす」
都たちが「行ってきます」と言って外に出て行くのを、追いかけるようにユメノも出て行こうとする。「待って待って、森を荒らさないでください」とノゾムが追いかけた。
彼らの様子を見たユウキが、「行かないほうがいいとおもうけどなあ」と窓の外に目をやる。
「ほら、こよいは」
不意に、ノゾムが立ち止まった。空を見上げ、カッと目を見開く。低く唸る声が聞こえたかと思えば、その声は雄々しい遠吠えへと変わった。
表情も変えず、ユウキが続ける。
「満月、ですよ?」
【パーティ終了のお知らせ】
ゆらりと体を揺らしたノゾムは、静かに手を伸ばした。けらけらと笑ったユメノが、何の気負いもなく近づいていく。
「どした? そんな怖い顔しちゃって」
次の瞬間だ。ユメノは簡単に押し倒されて、ノゾムに組み敷かれていた。「えっ」と言ったきり、ユメノはただ目を丸くしている。ノゾムが息を荒くして、口を開けた。鋭い犬歯が、ユメノの首に迫る。
と、いきなりノゾムの体が吹っ飛んだ。カツトシの家の中で、涼しい顔をしたユウキが手をかざしていた。
「ぼくのご主人はダメですよ、わんちゃん」
呻きながら立ち上がったノゾムは、目を細めて鼻をひくつかせる。それから、唐突に跳んだ。ユメノを助け起こそうとしていたカツトシに、思い切りぶつかる。転がったカツトシに噛みつこうとするノゾムに、何かがまとわりついた。
「おおかみさん!」
実結だ。小さな手で必死に抱きつきながら、実結がノゾムを止めている。ノゾムが、確かに動きを止めた。
ミユ、ミユ、と呼びながら都がノゾムに近づく。その表情は、娘の心配をする母のそれであった。ノゾムの顔が険しくなり、都に向かって手を伸ばす。
「いい加減にしろよ、坊主」
ノゾムの腕が止まった。その背中から抱き上げて拘束しているのは、タイラだ。そっと、実結が手を離す。どこか放心したように母に抱えられて、わっと泣いた。タイラはノゾムを組み敷いて、「ったく狼男のアイデンティティも厄介だな」とひとりごちる。ノゾムはといえば、低く威嚇するようにうなっていた。
不意にタイラが、「いてっ」と言いながら手を離す。どうやら引っかかれたようで、赤い液体と銀色に光る何かが飛び散った。その様子に興奮したようで、ノゾムはそのままタイラの腹に噛みつく。
「いだだだだだだ! てめえそんな……腐りかけの肉なんか食って美味いか!? 離せ馬鹿やろう」
しかしノゾムは全く離さない。「お前ら助けろよ!!!」とタイラが叫んでも、加勢しようとする者はいない。ただ一歩引きながら、惨状を見つめるばかりだ。ようやくタイラはノゾムの頭を両手でしっかり掴んで、そのまま勢いよく頭突きした。ノゾムが一度大きく揺れて、その場に倒れ込む。目を回したようで、起き上がって来ない。
「……寝た?」
「みてえだな」
「起きたら元に戻ってるかな」
もどってないとおもいます、とユウキが当たり前のように言う。「こよいは満月ですから。しかたないですよ?」と。
「なんとかならないの」
なりますよ、とユウキは平然と言った。カツトシが「なんとかして」と叫ぶ。ユウキは小さな肩をすくめ、「なぜ?」と逆に尋ねた。「ぼくはアクマですよ、なんのためにそんなことをするんですか」と。カツトシは黙って、困ったように目を覚まさないノゾムを見る。
不意に、実結が都のかげから顔を出した。泣いた後の、くしゃくしゃの顔だ。とても小さな声で、「こわい」と呟く。それを見たユウキが、空咳をして手のひらを上に向けた。金色のエフェクトの末に、何か金属でできた首輪のようなものが現れる。それを迷うことなく、ノゾムの首に装着させた。
「ソンゴクウがつけてる頭のわっかみたいなものです、とくべつに、かしてあげます」
にやにや笑いを浮かべたタイラが、「いやあ、悪魔の旦那も女の子には弱いね」なんていらないことを言う。案の定、ユウキがタイラに向かって何か唱えた。途端に、タイラは「ひっ」と言いながら自分の体を抱いて震える。
「寒いぞ、なんだこれ」
「やっぱりあなた、ふつうのぞんびじゃないでしょう。いやがらせも本気をださなきゃききませんよ」
【仕切り直し】
せっかく巻いた包帯もおじゃんになってしまい、都が不安げにタイラを見る。
「だ、だいじょ……?」
「大丈夫じゃねえよ、死ぬほど痛かったよ」
「もう死んでるのに……」
「ほんとだよ。もう死んでるんだから痛覚いらねえだろ、どう考えても」
どうなっているのだろう、とこんな時も都は知りたくてたまらない顔をした。呆れながらも、タイラは自分の腹を見る。ふう、とため息が漏れた。
「治ってるよ」
え、とずっと落ち込んでいたユメノが反応する。身軽に駆けてきて、タイラの傷の様子を見た。「ほん、とだ……」と信じられない顔で呟く。
「治ってる、ノゾムに噛まれたところ。でも」
「……わかんねえよなぁ、基準が。そうだよ、死んでからの怪我はすぐ治るんだよ。でも死ぬ前の怪我が治らねえ。絶対だ、死んだときに治ってなかった傷は、良くも悪くもならねえ」
ぶつぶつ言いながらも、タイラはユメノの額を軽くはじいた。「まあそういうことだから、そんなに不安そうな顔すんな。どうせ死んでんだ」と、軽口を叩く。でも、とユメノがあまりに深いため息をついた。
「なんであたし、あの時魔法使って止められなかったんだろ。誰も傷つかないように、できなかったんだろ」
「大丈夫だ。傷ついたのは死体と、大暴れした当の本人ぐらいだから。お前が気に病むような事態にはカウントされないはずだ、元気出せ」
「よくわかんないけど、ありがと」
謎の励ましによって多少は明るい表情になったユメノが、小さくうなづく。その横で、ようやくノゾムが目を覚ました。億劫そうに起き上がって、「いてて……なんか体中が痛い」と呟く。タイラが顔をしかめた。
「こっちの方が痛いっつうの。お前なんて絶対飼わねえからな、いい加減にしろよ」
「え……すみません、なんで怒ってんすか」
説明する気のないタイラの代わりに、「覚えてないの?」とカツトシが口を挟む。簡単に説明されて、ノゾムは青ざめた。
「きょ、今日って満月でした……?」
「知らなかったのかよ、ドジっ子かよ」
慌てたように、ノゾムは頭を抱える。「自分なにしましたかね、やっぱりなんかヤバい感じだったんですよね、うわあ」と必死で記憶をたどっていた。ずっと見ていたタイラが、堪えきれなくなったように吹き出す。
「……まあ、そう頭悩ませるほどじゃねえわ。でも天使ちゃんらのことは怖がらせてたから、謝った方がいいんじゃねえの」
いきなり振り向いたノゾムは、まだ怯えている実結に向かって頭を下げる。それから都、ユメノ、カツトシへと順番に頭を下げ続けた。
「スミマセン。ご迷惑をおかけしました。ほんと、違う種族の人らと会うのも久しぶりで、忘れてて」
それからノゾムは、うつむいたまま「嫌いになりました……か?」と小さく尋ねる。その声があまりに痛切な響きだったので、いきなりユメノがノゾムの背中を勢いよく叩いた。ノゾムは「てっ」と小さく悲鳴をあげる。
「いーよ、別に。あたしも、時々魔法使うと加減がわからなくなるし。お前おもしろいから全然嫌いにならなかったよ、よかったな、元が面白くて」
「え、その評価は素直に喜んでいいやつですか」
未だぐずぐずと鼻水をすすっている実結が、前に出た。「おおかみさん」と呼びかける。ノゾムは背筋を伸ばして、「はい」と答えた。すっと、実結が手を出す。その手のひらには、小さなキャンディが握られていた。
「おなか、すいてたの?」
ノゾムはそれを受け取りながら、思わず目頭を押さえる。「やばい泣きそう。幼女はジャスティス……」と呟きながら。
【そうだ、本を呼ぼう】
そういえば、とノゾムが自分の首のあたりに手をやりながら口を開いた。
「この首輪みたいなもんはなんなんですか」
「くびわですよ」
今まで黙っていたユウキが、間違いないという顔でそう答える。違っていてほしかったな、とノゾムは思った。重力を感じさせない動きでノゾムの目の前に降り立ったユウキが、ふんふんと言いながら首輪の様子を観察する。
「サイズもぴったりだし、ちゃんとつかえてますね。よかった!」
「えーっと?」
「まりょくせいぎょそうちです。満月の夜はかってにまりょくがたかくなっちゃうから、気をつけたほうがいーんですよ」
ここぞとばかりにユメノが手をあげた。「でもそれって、あたしたちも一緒のはずじゃん? 魔力が高くなってる感じはするけど、別に精神的に変わりないんだけど」とまるで学生のように質問する。うーん、と腕を組んだユウキが、「ご主人」と人差し指を立てた。
「本をよびましょう」
「本?」
「だいじょうぶですよ、ご主人ならできますよ! ぼくをまほうじんなしでしょうかんしたご主人なら」
近くに会った箸のようなものを持たせ、ユウキはそっと「さあ、ドーレーミっ」と囁く。当惑しながらも、ユメノは繰り返した。
「どーれーみっ」
ボワンと音がして、金色の煙が巻き上がって消える。その中から、愛らしい女性の姿が現れた。背中には小さな悪魔羽、そして黒くて細い尻尾のようなもの。彼女は言った。どこか何もかもに諦めたような顔で。
「こーいう呼ばれ方しちゃうんだ、私。こりゃもう本編でも番外でも便利な説明書キャラで確定だわ」
「何この人、いきなりメタいんだけど」
【便利な説明書という概念、それが小悪魔セトレミちゃんなのだっ】
召喚されて間もないというのに、彼女はふてぶてしくテーブルに腰かけてメンバーを見下ろす。
「私、セトレミちゃーん。しくよろぉ」
何人かが「しくよろぉ」と挨拶を返した。
「それでえ? とりま種族の違いでもご説明すればよろしいわけ? もう心の底からメンドーなんだけど、まあいいわ。まず人間さんからね」
言って、レミは都を指さす。どこからか取り出した眼鏡をかけて、簡単に説明を始める。
「人間は、基本的には魔力を持たない種族ね。魔力適正もないから、つまり、魔力を持つのに向いてない体のつくりをしているの。それで何で生き残れてるかっていうと……高度な社会性が武器なのよね。短命で、種族としての在り方もたった10年100年でまるっきり変わっちゃうこともあるってんだから、ほんと理解しがたーい。でも人間たちの書物とか映像媒体とかは面白いわ。1人1人が短命だから、何でも後に残る形で表現したがるのよね。まあ、そこらへん評価できます」
それから周囲を見渡し、今度はユメノを指さした。
「そーんな人間たちの中にも、まれに魔力適正があって魔力を持つ者も生まれるの。それが魔女ね。別に男でも女でも魔女よ。普通の人間よりかは長命だけど……なんせ人間の中から発生するものだから、人間の歴史より長生きしている魔女はいないわね。結局、どれぐらいが寿命なのかわかんなーい。たかが魔力を持った人間だからぁ、悪魔の敵じゃないけど。でも時々悪魔を使い魔として使役してる魔女がいて、まあ私も? よくわかんないよねー。人間って真面目ちゃんだから、真面目にオイタするとこわーいって思うわ、魔女さま見ると」
ムッとしているユメノを置いてきぼりにして、麗美はノゾムを見る。
「今日の主役の狼男くんね。まあ、人間とも狼とも違う、複雑な種族よ。でも人間も狼も、もともと魔力なんてないわ。だから普通に考えれば、狼男くんに魔力も魔力適正もないはずなんだけど……。ううん、オオカミが月に向かって吠えるのって、あれ、魔力の欠片なのかしらね。もしくは人間とオオカミっていう異種間の結びつきに、若干の魔力を使用しているのかしら。なんにせよ、月の魔力にあてられて自分の中の魔力を膨らませる性質があるの」
レミはノゾムをじっと見て、「気を付けてほしいんだけど」とどこか雑な口調で続けた。「さっきから魔力適正って言ってるじゃない? 魔力があるっていうのと魔力適正があるっていうのは違うのよね。基本的には、逆の方が多いんだけど。たとえばそこの吸血鬼さんみたいに」と、いきなりカツトシを示してみせる。
「まあバンパイアとか色々と名前あるけど……竜の子ですから、ドラキュラとお呼びしましょうね。そう、竜が絶滅して久しい現代、竜の子孫のドラキュラさんたちはひっそりと生きている感じ。もちろん魔力適正バリバリ。でも自分で魔力を作り出すタイプの種族じゃないわ、竜の時代からね。基本は動物の血を飲んで魔力に還元するのがベターなんだけど……あなた、飲めないタイプね。一応普通に食事取ってれば死なないから、それでもいいんじゃない? というか私には全然関係ないから」
最後にあっさり切り捨てて、レミは空咳をした。
「そう、ドラキュラさんは魔力適正はあるけど魔力がないタイプ。だから外から取り入れて作らなきゃいけないのね。こうやって魔力適正があるドラキュラさんやら魔女さまは、月の魔力ぐらいじゃちょっと元気になるくらいなんだけど。狼男くんは、本当は遺伝子レベルに編み込まれた欠片みたいな魔力しかなくて、魔力適正もその分しかない。で、満月なんか出ちゃうと、膨らんだ魔力が魔力適正超えちゃうの。そうするとどうなるかっていうと、魔力で負担がかかっている分だけ理性が吹っ飛んじゃうって相場で決まってんのよね」
なるほど、とノゾムが手を打った。どうやらノゾムにとっては納得の説明だったようだ。ユメノとカツトシは首をかしげているが。レミはまた周りを見る。少し遠くにいたユウキと実結を見て、迷った末に「天使さまと悪魔さまはちょっと簡単には言えないわね……」と諦めた。あの、とノゾムがちょっと口を挟む。
「ミユちゃんってその……比喩とかじゃなくて天使認定なんすか?」
「なーんか、私にもよくはわかんないんだけど。人間ではないわね、身体のつくりも、その精神も。そうね、天使そのものと言えるかどうか微妙だけど、この在り方に一番近いのは天使ね。うん……まあ、ユウキさまはどこからどう見ても悪魔なんだけど。というかなぜこんなところにいらっしゃるのか甚だ疑問ではあるのだけど。まあいいです」
それから最後にタイラを見て、レミは頭痛を覚えた顔をした。「放っておきたいんだけどー、こいつのことは」と気が進まない様子を見せる。
「というか、説明の前にちょっと聞いていい?」
「俺にか?」
「いつ死んだの」
「いや覚えてないな」
「じゃあ、いつ目が覚めた?」
「はっきりとはしない」
「生きてた時のことは覚えてる?」
「ああ……それ覚えてりゃ、もうちょっと面白かったのにな」
なるほどね、とレミは呟いてため息をついた。「目が覚めた時のことは覚えてる?」とまた尋ねる。ああ、とタイラはうなづいた。
「めちゃくちゃ喉が渇いたから起き出したら、あの日も確か満月だったな。ひどいもんだよ、水を飲んでも喉はかわくし、日に日に身体が腐っていって、こりゃなんの拷問だと毎日頭抱えた」
「それで、次の満月まで耐えきっちゃったんだ?」
「ん? ああ、そうだったかな。気づいたら、腐り落ちた身体が全部再生してて、死ぬ前に負った傷以外は全部治ってた。今は、まあ、セカンドステージだと思って諦めてるよ」
レミは腕を組んで、何やら考え込む素振りを見せる。「ゾンビ、ねえ」と呟いてまた黙った。「やっぱりゾンビなのかよ」とタイラが眉を顰める。
「そう、ゾンビの説明……面倒だから、人工ゾンビの説明は省くけど。ゾンビは種族名ではないわ。元々ただの人間だもの。人間から派生して生まれた魔女とも違うわ。ゾンビは人間の死後、生まれるもの。まあ、ゴーストの方がわかりやすいわよね。いわゆるお化けよ。それが、何の因果か死体を依り代に肉体を得て動き回るようになった姿がゾンビ。生前はただの人間だったのだから、魔力適正は基本的にないわ。だけど死んでいる以上、その体を動かしているのは魂のベクトル、そして魔力よ。まあ、ほんとは魔力なんて持たない人間だから、その魔力の大小もかなり曖昧で、簡単に言えば『強い感情』ってもんがダイレクトに出てきてる可能性ね、これ。魔力が多ければ身体が再生することもあるわ。どうやら脳味噌だけは壊れたら元に戻らないみたいだけど」
そこまではペラペラと一気にしゃべって、レミは一息ついた。どうよ、と言い放つ。タイラが「俺って魔法使えんの?」などとへらへら笑った。話を聞け、とレミは睨む。
「でもぉ、さっき狼くんの時も言ったけど、魔力が適性を超えるほど理性が吹っ飛んじゃうもんなの。ゾンビなんて死体を依り代にしてまでこの世界に干渉したいと思うほどこの世に執着してるんだから、それだけ強い思いがあって、ゴーストなんかより魔力が大きいやつが基本っていうか、だから大抵、理性なんてはじけ飛んでるんだけど……」
また、レミがタイラを見た。タイラは相変わらずへらへらと笑っている。なるほど、とレミが手を叩いた。
「あんた何も考えてないんでしょ」
「おう喧嘩売ってんのか」
「何か考えてたらもうちょっと理性が危ぶまれてるはずなんだけど」
「考えてるよ、でも執着って言われてもさっぱり……そも生前のことなんか全然覚えてねえし」
わかった、とレミはしたり顔をする。「たぶんあんたの最期は、生前の記憶が戻った瞬間に何らかの強い感情で魔力に人格破壊されるやつだ」と簡単に言い切った。「クソみてえなシナリオやめろ」とタイラが真顔で言う。「あんたにはお似合いじゃないの」とレミは笑った。
「俺、生きてる間にお前になんかした?」
「別に。ただどこか違う世界線からあんたにはこういう扱いをするべきって忠告されてるような気がするのよ」
【解説悪魔の、最後の意地悪】
というわけで、とレミはテーブルから軽やかに飛び降りる。「私帰るわ、お仕事おーしまい」と言って、辺りは勝手に金色の煙が包囲した。
「待って」とユメノが言う。「まだ、聞きたいことが」と。レミは最後に振り向いて、耳を傾けた。
「長命とか、短命とか、どれくらいのこと言ってんの? みんな、どれぐらい、生きてくの?」
レミはくすっと笑った。かすんでいく景色の中で、「それは自分で確かめてみたら? あなた長命なんだから、みんながどれくらい生きたかなんて、瞬きでもしてるうちに記録できるんじゃない」と、柔らかく言い残して消える。はらはらと、薔薇の花びらのようなものだけが残った。
しばらくうつむいていたユメノが、「ごめん帰る」とだけ言って家を飛び出していく。「もう暗いから」と追いかけようとしたカツトシの、目の前で扉は閉じられた。
「どうした、思春期か」とタイラが笑う。肩を落としたカツトシが、静かに口を開いた。
「本当に、理不尽なものよね。特に寿命なんて話は」
「……そうか、魔女は人間から生まれるもんだったか」
「ユメノちゃんの家族はみーんなただの人間で、ユメノちゃんだけが魔女だった。もう、300年ほどになるかしら。ユメノちゃんはあんなに若いけど、父親も母親も、家族も友達もみんな寿命が来て死んでしまったのよね」
仲間たちは、静かに顔を見合わせた。それから、ノゾムが頭をかきながら「その前に認識を同じくしておきたいんすけど」と呟く。
「オレら、もう友だちですよね?」
ある者は純粋に、ある者は不敵に、ある者は苦笑して――――同じように、うなづいて見せた。
【永久に続くハロウィンであればと、願う】
大きな木の下で膝を抱えながら、ユメノはため息をつく。
逃げて来ちゃった、どうしようもないことなのに。
空を見上げれば、満ちた月が誘うように君臨している。鼓動が高鳴るのは、魔女としての性だ。
別に力も欲しくなかったし、魔女にもなりたくなかった。力なんてあっても、本当は気弱で振るうべき場所がわからない。誰も傷つかないように力を使おうとしても、ユメノの力で傷つく誰かがきっといる。それがこわくて、どうにも人に向けて魔法など使えはしない。
寒くなってきた。自分の体を抱きかかえて、ぎゅっと目をつむる。
「かぜひいちゃいますよ、ご主人」
ハッとして顔を上げれば、いつからいたのか隣にユウキが座っていた。ユメノは瞬きをして、そうだねとうなづく。
「ユウキは風邪ひかないの?」
「アクマですからね」
そっか、と言ったきり黙ったユメノの顔を、ユウキは覗く。「いけませんよ、さみしいときはさみしいと言ってくださいね。ヒトは、さみしいとしぬ生きものです」
「何それ。兎と勘違いしてるんじゃない?」
「いいえ。ニンゲンはコドクでしねる生きものです。ニンゲンが自分よりタンメイのウサギを見るように、ぼくらもニンゲンをときどきは飼ったりカンサツしたりしますけど、ニンゲンはさびしさでしにます。めんどうな生きものです」
散々な言われようだ、とユメノは思った。それでもユウキなりに気を使っているのだろう。素直に感謝しておく。
「ユウキは、いつまでここにいるの」
「ご主人が帰れと言うまでです」
「セトレミちゃんは勝手に帰っちゃったけど」
「やくめを終えたからかえったんですよ、ぼくのやくめはご主人をまもることです。ご主人はそのためにぼくをよびました。ぼくはまだやくめを終えていません」
理路整然とそう言う少年に、ユメノは俄然興味が湧いてきて顔を近づけた。「アクマって死ぬ?」「しにます。ニンゲンよりもずっとじょうぶですけど、じゅみょうがあります」「ユウキはあたしたちよりも長く生きる?」
不意に、ユウキが微笑む。それは孫の問いに答える祖父や祖母の表情に似ていた。
「それは、わかりません。セコイヤとタラノキのじゅみょうをきそったところで、そこについてる葉っぱがいつ落ちるかは神さまだけがしっていることです」
きょとんとしたユメノに、ユウキはただ「だからそう、先をあんじてもしかたないですよ」と言い含めるように続ける。そんな2人の背後で、何か物音がした。「まあ、死んでも生き返るやつだっているしなあ」と、楽しそうな声もする。振り向けば、タイラがにやにや笑いながら2人を見ていた。
「ちょ、いつから……」
「今さっきだよ。寒くねえか、ここ」
懐に手を入れて体を震わせて見せながら、タイラもユメノたちの隣に座る。ユメノは自分の膝に顔をうずめながら、そっとふてくされ顔をした。
「タイラはさぁ、でもさぁ、死んでるから……もしかしたら明日消えちゃうかもよ?」
「お前、本人が口に出さないことをよくもそう簡単に。こわいこと言うなよ」
ごめん、と素直に謝れば、タイラはくすくす笑う。「謝るんなら最初から言うな」と頬杖をついた。
「死ぬってどういう感じか聞いていい?」
「覚えてないって言ってもいいか?」
「……今は、どういう感じなの」
「そうだな……ううん、俺は昔のことをさっぱり覚えてないが、1つだけはっきり言えることがある」
何? とユメノは興味津々の顔をする。タイラは目を細めて、「人生に何の悔いもない。そのはずだったって、さ」と答えた。しかしすぐに苦笑しながら、「そういう自信があったんだけどなあ」と頭をかく。
「お前らと会ったら、アレだな……死んでからこう言うのもおかしな話だが。死ぬのが惜しくなった」
「え?」
「もったいねえ話だよ、こんな面白そうなやつらと死ぬ気で遊ばねえなんて」
もう死んでるんだけどな、とタイラは残念そうに言った。ユメノは少し顔を赤くして、「うん」と相槌を打つ。だから、とタイラが続けた。
「この存在が続く限り、お前たちの物語を見届けてやろう。明日消えるもんかもしれないし、永久に近いものかもしれないが。それでもこの場所でお前たちを見ていること、許してくれるか?」
ユメノは未だ自分の膝を抱いたまま、微かにうなづく。その後ろから、何かが飛びついた。ユメノが驚いて顔を上げる。目の端で溜まっていた涙が流れた。抱きついて来たのは実結だ。ユメノの首をぎゅっと抱きしめて、「ユメノちゃん、ミユとおともだちになってね」と懇願するように言った。その小さな腕に触れて、ユメノはちょっと笑う。
「ミユちゃん……力加減、できるタイプなんだね……」
いつの間にか座っていたカツトシが、「ちょっとタイラ、勝手なこと言わないでくれない? あんたなんかに見守られたくないんだけど」と辛らつなことを言い捨てた。悪かったよ、とタイラが肩をすくめる。
ひょっこり出てきたノゾムが、ユメノの顔を覗いた。
「よければ自分も友達になりたいんすけど。まあ魔女ほどじゃないにしても、健康に気をつけて長生きしていくんで」
都も、ユメノの手を取って微笑んだ。「大丈夫よ、きっと千年は生きるほどの健康品を作り出すから」と、胸を張っている。ユメノはなんだかおかしくなって、「期待してる」と答えた。
いつの間にか、タイラが立ち上がっている。寒いから帰ろうぜ、なんてあっさりと言った。
ユメノも、立ち上がる。空を見上げれば満月だ。今夜はパーティをやるのだろうか。パーティだといい、明日も明後日も。
「ありがと、みんな。こんなに素敵なハロウィン、初めて」
なんて、小声で言ってはみたものの。「何か言ったか?」とタイラが振り向いて。ユメノは自分の腕で涙を雑に拭いながら、声を張った。
「ハッピーハロウィン! 怪物たちに幸あらんことを!」
その瞬間に、ユメノの頭に何かが降ってくる。隣でノゾムも、「いて」と呟いて頭を押さえた。地面に落ちた何かを拾って、実結が嬉しそうに「おかしだ!」とはしゃぐ。次から次へと落ちてくるキャンディやチョコレートに、カツトシは怯えながらも「すごーい」と感心していた。タイラが、振り向いてユウキに声をかける。
「大盤振る舞いじゃねえか」
「さあ、なんのことですか? みなさん今日のてんきよほうをごぞんじない?」
きょとんとするユメノに、ユウキが子どもらしく無邪気な笑顔を見せた。
「ハロウィンの夜は、アメときどきトリートになるでしょうって、てんきよほうしさんが言っていましたよ!」
ユメノは空を見上げながら、両手をお椀のように上へ向けてみた。美味しそうなお菓子が山ほどその手に落ちる。その中の一つを口に運んで、ユメノは思い切り破顔した。
そしてこの素晴らしい夢が――――永久に続くハロウィンであればと、願う。
……戦争まで書きたかったな。