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第1話 正義の国

 ようやく森を抜けた。

 サラはその小さな背を逸らして、目の前にそびえる巨大な壁を見上げる。


「おおきい」


 思わずそんな声が出た。


「ずいぶんと立派なものを作ったわね」


 隣に立つリリスが目を細める。焼きすぎた肉が山盛りになった皿を見つめるような呆れた口調であった。

 ともあれ、ここがひとまずの目的地であることは間違いない。

 壁には小さな門が埋め込まれている。あそこから中へ出入りするのだろう。

 サラは背負っていたリュックを肩から下ろし、伸びをした。


「今度は長く滞在するの? リリ」

「せいぜい二日三日ぐらいよ」


 ふたりは旅人だ。冒険者と名乗ることもある。

 サラは長い金髪の少女だ。本人は旅の間に髪が汚れるからと言って切りたがっているのだが、リリスがそれを許してくれない。

 リリスは若いからこそ身だしなみに気を遣うべきだと言い張るのだが、旅の途中でサラの長い髪を見る機会があるのはたまたま道中をともにする冒険者の一団か、あるいはリリス、それか魔物ぐらいなものだ。

 リリスは肩にかかるほどの長さの銀髪をもつ。腰に黒鞘の刀を佩いていた。

 見た目こそはサラと変わらない年齢に見える。

 しかし彼女はサラの母親(・・)だ。

 少なくともリリスはそう主張している。真実はわからない。

 世界が伝染病に侵され、人類の過半数は死に絶えた。

 村は滅び、町は国へと名前を変えた。

 生き残った人々が爪に火をともしながら生活しているようなこんな暮らしの中では、なにが真実かなどどうでもいいことなのかもしれない。

 ともあれ、今自分たちに大切なのはようやく次の国にたどり着いたというその事実一点だ。


「ここに薬があるといいのだけど」


 リリスが無感情にぽつりとつぶやいた。

 きっと期待はしていないんだろうな、とサラは思った。




 入国審査は、門の中にて厳重に行なわれた。

 普段の国に入るよりもよっぽど時間がかかった。

 氏名、年齢、生年月日、血液型。また、性格診断のようなものまであった。サラがよくわからない部分は、リリスに埋めてもらった。

 審査をするのは、ふたりの真面目そうな中年の男だった。


「それでは荷物も見せてもらってよろしいですか?」

「大したものは入っていないわ」

「規則ですので」


 リリスは肩を竦めた。そうしてサラの背負っていた小さなリュックと、自らの大きなリュックを下ろす。中身を男に見せるように開いてみせた。


「あたしのほうは、テントや寝袋。食料や水が入っているわ。こっちの子のは、主に着替えや生活用品ね」

「中身を机の上に広げてもらってもよろしいですか? 腰にくくりつけたポーチなども含めて」

「ずいぶんと慎重なのね。一度出すとまた畳んで入れるのが手間なのだけれど」

「中に悪人を入れてしまうと、我々の秩序が乱れますからね」

「あたしたちが悪人に見える?」

「とてもお美しい方々だとは思いますが、目に見えるものが真実とは限りませんので」

「まったくもう、わかったわ」


 リリスはリュックの中身を机の上に並べてゆく。ポーチも同様にだ。その際に小さな薬の小瓶を懐に隠すのを、サラだけが気づいた。

 男たちは一品一品を見聞し、紙に書き込んでいった。

 検分はすぐに終わる。二人旅だ。もともとそれほど荷物は多くない。


「えーと……、では、最後にその刀のことですが」


 リリスが腰に佩く黒鞘の刀を差し、男は事務的に告げてくる。


「国の中での抜刀は禁じられています。もし破った場合、厳重な処分が待っていますので、お気を付けください」

「もちろん、わかっているわ」


 リリスは刀を見せるように持ち上げながら。


「あたしたち魔法使いが魔手抜刀剣ましゅばっとうけんを振るうのは、魔物相手だけよ。人に向けたりはしないわ」


 いけしゃあしゃあと嘘をつく母親に、サラは人知れず眉をひそめる。

 男たちはリリスの言葉に微笑する。


「人類の敵対者たる魔物と討伐する魔法使いの方々のご活躍には、いつも胸を打たれております」

「貴女はお若いのに、真の正義の心をもっていますね」

「そうね、ありがとう。あたしたちもきっとこの国を気に入ると思うわ」


 サラは茶番を退屈そうに眺める。

 リリスは微笑みながら、荷物を詰め直していた。

 再びリュックを背負うと、男たちは胸に手を当てて慇懃に腰を折った。


「それでは『正義の国』はあなたたち冒険者を歓迎するでしょう」




「正義の国ってなに?」

「知らないけれど、中では悪いことはしちゃいけないらしいわ」

「それは当たり前のことなんじゃないの?」

「そうね」


 リリスは軽く笑ってサラの頭を撫でてきた。

 国の中は整然としていた。

 今までにいったことがあるどんな国よりも綺麗な景観だ。

 埃すら落ちていない。掃除が行き届いているのだろう。治安は極めてよさそうであった。


「いい王様が治めているのかもしれないわね」

「ふうん」


 リリスの言葉に、サラは少し首を傾げた。

 なにか含みをもたせたような言い方だった。

 まあいい、どうせリリスは長居をしないだろう。


「きょうの宿もきれいだといいな」


 とりあえず今は早く湯を浴びて、髪の油をすすぎたい。

 水がきれいなら、それはとても素晴らしい国だろう。サラは自然と足取りが軽くなるのを感じた。

 大通りの正面には黒い外観のひと際大きな目立つ建物があった。王が住むとしたらあそこだろうな、とサラは思った。どの国にいっても、王が一番大きな建物に住んでいることだけは変わらない。奇妙な習性だ。

 国を見物しながら通りを歩いていると、声をかけられた。


「あなたたち、旅人さん?」


 振り返ると、同い年ぐらいの少女がそこにいた。黒髪を伸ばしていて、両手にパンの入った籠を抱えている。目がぱっちりとした、快活そうな娘だった。

 サラは知らず知らずのうちにリリスの後ろに隠れていた。

 リリスは片手を広げながら、彼女に微笑む。


「そうよ。この国に来たばかりなの」

「だと思った! だってあなたたちのように綺麗な女の人、初めて見たもの!」


 少女は手を叩いて笑っていた。心から嬉しそうだ。


「長い金髪も、短い銀髪もとてもすてきね! 会えて嬉しい!」


 彼女は手を差し出してきた。リリスは握手を交わす。

 一方、サラはリリスの後ろに隠れたままだ。

 リリスが代わりに無礼を謝った。


「ごめんなさいね、この子は少し人見知りをするの」

「ううん、気にしていないわ。一目見れただけでも嬉しいもの。そんなに綺麗な人が見る世界はどんな色なのか、私も知りたいな」


 サラは心の中で『この人はなにを言っているのだろう』と思う。

 外見が美しかろうと、魔物に遭遇したら見逃してもらえるわけではない。飢えれば死ぬし、伝染病にかかれば死ぬ。異性絡みの余計なトラブルに巻き込まれてうんざりすることなどしょっちゅうだ。

 人の住むところに入れば、こうして嫌でも目立ってしまう。サラは己の見た目があまり好きではなかった。

 陰鬱な表情を浮かべるサラを見て、その心がどんな煩悶の模様に染まっているのかを一目で理解したであろう母親(リリス)は、苦笑しながら話を変えた。


「あなたはこの国の人ね?」

「ええ、運がいいのね、旅人さん。この国はとても素晴らしい国なんだよ」

「へえ」


 リリスが蛇のように目を細めた。

 少女は気にせずにニコニコと笑っている。


「だっていい人しかいないんだから。もし困ったことがあったら、周りの人に尋ねてみて。みんな親身になってくれるはずだよ」


 そんなはずがない、とサラは強く思った。だって人間はそのようにできてない(・・・・・・・・・・)のだから。

 しかしリリスは彼女の調子に合わせる。


「だったらお言葉に甘えてみようかしら。あたしたち、今晩の宿を探しているのだけど」

「ああ、それなら女性が泊まるのに一番ぴったりのところがあるから!」


 片手をあげながら彼女は、その宿の場所を丁寧に教えてくれた。

 案内の申し出を「悪いわ」と断ったリリスに、彼女は笑顔を浮かべる。


「私の名前はアメリア。また会えたらよろしくね!」


 お互い手を振って別れた。サラも小さく手を振った。

 言っていることはともかく、最後まで爽やかな少女だったな、とサラは思った。

 歩き出しながら、サラは母親を控えめに見上げた。


「アメリアさん、いい人だったね」

「そうね」


 リリスは冷めた口調でうなずいた。




 奥まった場所にあった宿は立地にこそ恵まれていないようだったが、しかし内装はこの国全体の雰囲気を保つためのように綺麗だった。

 宿泊費は、リリスが少し驚くぐらいの格安料金である。

 宿の店主は『この金額なら旅人さんが喜んでくれるんだ』と言っていた。


「本当にいい国なのかもしれないわね」

「リリは疑り深いんだから」


 共同シャワーを使ってさっぱりとした気分になったサラは、ベッドに横になりながら言った。

 髪はまだ少し湿っているが、そのまま放置をしても風邪を引くことはない。やはり屋根のある場所は快適で最高だ。

 体中が軽くなったような気分でサラは毛布の上をゴロゴロと転がる。

 できればずっと国の中にとどまっていたいのだが、そのようにもいかないのがつらいところだ。


「病気にさわるわよ。ちゃんと下着ぐらいは履きなさい」

「はーい」


 サラは裸足でぺたぺたと床を歩き、リリスに手渡された下着を受け取る。

 前かがみになると、その真っ白な鎖骨を隠すように金色の髪が零れた。

 腰をわずかに揺らしながら下着に足を通していると、ふと顔を赤くしたリリスが目に入る。


「リリ、どうかした?」


 そっぽを向いた彼女は、口元を押さえている。


「……あなたももう子どもじゃないんだから、少しは慎みを覚えなさい」


 サラは小首を傾げた。


「でもここには、リリしかいないもん」

「それはそうだけど」


 リリスはなにか言いたそうな顔をしている。

 おかしなリリだ、とサラは思いながらキャミソールをかぶり、腕を通す。

 そうしてまたベッドにダイブをしようとしたところで、背中に声がかかった。


「お薬を飲んだら夕食にいくから、ちゃんと着替えなさい」

「えー、ごはんはいいよ、面倒だし」

「なにを言っているの。せっかく国に来たんだからしっかり栄養とりなさい」

「わたしは湯浴みができたらもう満足、もっとゴロゴロしていたいよ」

「叩き起こして引きずっていくわよ」


 普段の澄まし顔に戻って物騒なことを言うリリスに。サラは眉根を寄せた。


「……わかったよ。リリは融通がきかないんだから」


 そのむくれ顔に、着替えのワンピースが放り投げられた。


 第2話 4月27日21時更新

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