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五話 不思議の国Ⅱ

 眩暈がした。体の底から吐き気がした。内臓を掻き回されるような、脳を握られているような、骨に噛みつかれているような、それでいて爪を剥がされるような現実的な痛みと共に、


「――――な、んだ……」


 ゾロアの中から、“ソレ”は取り出された。


 顔は同じ。身長も体格も同じ。違うのはただ一つ、肌の色。

 現れた“ソレ”の肌は褐色――瞬時に察する。

 目の前に居る存在の正体は、自分の中に巡っていた『魔神の血』であることを。


 同時に、ゾロアは自分の中から膨大な魔力が失われるのを感じる。

 分けられた。自分を、半分に分けられた。

 酷い虚脱感に襲われながら、ゾロアは自分自身を睨み付ける。


「どうやって、出てきた……」

「取り出された、というべきだな」


 意思疎通は可能。しかし、


「戻る気はないのか」

「忘れたか? 俺は――絶対悪そのものだってことを」


 もう一人のゾロア――絶対悪は己が手に漆黒の鎌を出現させる。

 魔装具『堕天死の教典フォーリンデッド・ゾロアスター

 ぎらりと刃が煌めいた直後、ゾロアの首筋に大鎌があてがわれていた。

 そのまま振りぬかれ――ゾロアの体はどろりと粘性の高い水となって崩れ落ちる。


「――忘れるわけがないだろう? 自分自身のことを」


 絶対悪の首筋にあてがわれる鎌の刃。水魔法の変わり身で攻撃を躱していたゾロアは、絶対悪の背後から本物の大鎌を容赦なく振り抜いた。

 舞い散る鮮血。その量は僅か。

 絶対悪は己が体をゾロアに預けるようにして倒れ込むことで鎌の可動域を逃れ、密着した状態で爆発を起こす煌炎魔法を発動――爆発の中から両者が弾かれるようにして飛び出した。

 抉れる部屋の床。破片が散り、煙が立ち込める。爆発で激震した部屋にそれ以外の異常はなく、

攻撃が反射されるのはあの巨大な扉だけなのだろうとゾロアは推測。

 そして行動開始。ゾロアは大きく鎌を薙ぐ。空間を一閃する漆黒の斬撃が爆風域を吹き飛ばし、絶対悪が鎌で斬撃を弾き返そうとする。

 しかし、漆黒の斬撃は接触と同時に変異――漆黒の球体となり、床の破片などを引き寄せ始めた。絶対悪は即座に後退。直後、漆黒の球体は人間一人分程度まで肥大化、瞬時に凝縮して、床を――その場の空間を削り取った。

 闇属性魔法『ブラックホール』。使用する魔力量に応じた規模で、万物を消失させる闇を具現化する魔法だ。斬撃と偽ることで接触まで持って行ったが、やはり同一人物。


「嫌な相手だな……」


 思考回路が同一である以上、攻撃パターンは筒抜けと思っていい。

 異なるのは相手に対する認識。

 戦勝の黄金に住まうゾロア。

 絶対悪の闇に染まるゾロア。

 何方が『己』を手にするのか、これはそういう戦いなのだろう。


「……ったく、さっさと俺の中に戻れよ、絶対悪」

「それは俺のセリフだ、戦勝」


 瞬き一回にも満たない一瞬後、二振りの大鎌が接触、甲高い音が鼓膜を不快に震わせる。

 ゾロアは鎌を上へ、刃同士を滑らせるようにして弾き返し、右脚を軸にして回転しながら手の中で、鎌の柄をくるりと持ち替え、遠心力を込めて絶対悪の胴を薙ぐ一閃を繰り出した。

 再び甲高い音。

 絶対悪は柄で刃を受け止め、右手を伸ばしてゾロアの首を掴みあげた。

 指が肉に食い込み、ぎりぎりと締め上げるその力はゾロアの基礎能力とは比べ物にならない。

 

「ぐっ……んだこの力……」

「お前は人間。俺は魔力そのもの。魔力の扱い方で俺を勝れると思ったか?」

「あ、ああぐう……」

「このままへし折ってやる――のもいいが」


 絶対悪は驚くほどあっさりと、その手を離した。

 崩れ落ち呼吸を整えるゾロアを見下ろして、絶対悪は、こう呟いた。


「もう一度言うぞ。俺が絶対悪だってことを忘れたか?」


 先刻の言葉と変わらないニュアンス。


「絶対悪は、お前のなんだ? 絶対悪は、お前をどうしたいと考えた?」


 絶対悪――アンラ・マンユが、少年を生み出した理由。


「絶対悪はお前の父だ。絶対悪は、お前を依代として契約を果たそうとした。レガリアは、契約してこそ真価を発揮するからな。――つまり、俺はお前の中には戻らない。俺がお前という器を使用して、『ゾロアスター』になるんだよ」


 ゾロアの放った煌炎と水魔法を片手で消し飛ばし、絶対悪は腕を伸ばす。

 黒い腕が、輝きを侵食する。


 ――だめ。


 どこかでそんな声がした。だが届かない。


「まさかこんなチャンスが訪れるとはな」


 ――ゾロア!


 どこかでそんな声がするが、届かない。


「お前の体とウルスラグナはもらうぜ。これまでご苦労、深層で眠れ」


 絶対悪の体の輪郭が薄れ、漆黒の光となり、ゾロアの中へ吸い込まれていく。

 どくん、と心臓が強く鼓動した。


 ☆ ☆ ☆


「……ねえちょっと、これお姉さん予想外なんだけど」


 アリスは隣で崩れ落ちるラグナを見下ろして、声を絞り出した。

 余裕はない。むしろ焦りが強い。

 黄金剣を封印するどころか、更に良くないモノを目覚めさせたのかもしれない。


「……ゾロ、ア……」

「チッ、英雄ってのは一筋縄じゃいかないわね!」


 ラグナの髪の毛を掴み、持ち上げ、胸の中心へ爪を立てる。

 レガリアを壊すには、核を潰すしかない。

 核の形は蒼い多面体。それは全てのレガリアで共通しているはずだ。


「『英雄』を殺せるのは『英雄』だけだけど、君自体は英雄じゃないんだよ」


 肉を抉って入りこむアリスの腕が、指が、何かに触れる――多面体に触れる。

 これを握り潰して《十王戦勝》を破壊する。

 初めからこれを行わなかったのは『英雄を殺すのは英雄にしか不可能』だったからだ。そのために英雄の力を無駄に削ぐことは避けていた。

 しかし、第二の英雄は『何かを手にした』。

 この少女の力と合わされば、全てのバランスを崩壊しかねないと判断したのだ。

 ゆえに、無慈悲に、壊す。


「――だからもう壊れろ、模造神」


 醜く顔を歪めたアリスは、ウルスラグナの核を、強く握りこんだ。

 潰れろ。潰れろ潰れろ――潰れろ、と。

 

「潰れろォ――――ッ!」



 ピキリ、と――亀裂が生じた。







 『不思議の国(ワンダーランド)』に、亀裂が生じた。






 空間が、表裏が、アリスの意思とは関係なく、混ざり合う。



「――俺のモノに触れてんじゃねえよ、お嬢さん」

「……どう、やってこちらに……!」


 ラグナの胸に沈み込むアリスの腕が男の手に掴まれ、へし折れる。

 骨が肉を裂いて突き出し、血が溢れるがアリスは見向きもしない。

 その双眸が凝視するのは、何処より現れた褐色肌の男――ゾロアスター。

 

「返せ」


 ゾロアはへし折った腕の、力任せに引き千切った。

 肘から先が失われ、アリスはラグナの髪を離して後方へ弾かれるようにして退避。

 放り捨てられる腕などどうでもいい。痛覚など、心底どうでもいい。

 ――あれは、なんだ?


「すまない、ラグナ。痛かっただろう?」


 ラグナはゾロアに抱きかかえられ、彼の顔をじっと見つめる。

 離れ離れになっていた家族の顔。声。それはラグナの心に――


「……ゾ、ロア……――を、返せッ!」


 酷い痛みと怒りを溢れさせた

 だが、その怒りも痛みも、悲しみすら、その男の前では何一つ意味を成さなかった。


「俺が『ゾロアスター』だよ。君が与えたくれた名前だろう――《十王戦勝(アフラ・マズダー)》」


 抱き寄せた少女の、その幼くも可憐な顔を引き寄せ、男は唇と唇を合わせた。

 どこまでもどす黒い愛のぬくもりに、少女は涙を流して――瞳から黄金の光を消失させた。

 輝く黄金の髪は漆黒に、瞳には闇が渦巻き、――再びキスを交わす。

 眼を背けたくなるような漆黒が蠢き、薄れ、少女は男の両腕を覆う黒きガントレットへ。


「異能顕現力は、Sだったはず……なのに、なんで! なんで! それは使えないはず!」

「『Sでこの程度』なんだが、何か問題があるか?」

「総力が上昇したってことなの……これが、英雄が起こす奇跡ってわけ」

「奇跡? 何を馬鹿なことを。『この程度を奇跡』などと、底が知れたな」


 男は拳を握りしめ、憤怒を強く表したアリスを冷めた眼で睨む。

 

「英雄は一人で十分だろう。《絶対悪の英雄ゾロアスター》ただ一人でな」


 わなわなと肩を震わせるアリスのスカートの内から、何かが落ちる。

 それはトランプ。数百枚を優に超えるトランプがアリスの周囲を舞い、何十枚かが引き千切られた右腕に張り付き、まるで幻のように前腕が再生した。厳密にはトランプが腕に変異したというべきか。


「あんまお姉さんの空間で好き勝手されると困っちゃうわね。少しだけ遊んであげる。機嫌損ねたお姉さんは、怖いってことを教えてあげるッ!」 


 トランプが無数の銃火器に変異――死闘の合図は、一斉砲火の轟音だった。 


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